第二十二話 乱入
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蒼一郎の述懐を阻止するように肉迫する零。
結果的に蒼一郎VS零、メアリVSオライオン&ヴァルバラの構造が出来上がった。
蒼一郎がこの場に現れる直前までメアリVSオライオン&ヴァルバラに加え、零を除くオライオン四天王の三人という構造で戦いを繰り広げていた。
この場にいない零を除くオライオン四天王の内、三人は帝国の言葉で言う『死したる英雄の国、クラビス・ヴァスカイル』に召された。
「さあ、続きを愉しみましょう?」
メアリの唇が弧を描く。
男の下腹が熱く滾りそうな程妖艶であると同時に、肝が凍てつきそうな程酷薄な笑みを浮かべるメアリにヴァルバラが飛び出した。
オライオンの心情を正確に読み取ったメアリは、嘲笑するかのように鼻を鳴らす。
「別に怖がらせるつもりは無かったんだけど、ねぇ?」
肉迫するヴァルバラの両腕が閃き、幾つかの瓦礫が豪速で飛翔するが、その尽くがメアリの鉄扇によって粉砕され、土煙と化す。
次の瞬間、甲高い擦過音が火花を噴き上げ、ヴァルバラがオライオンの真横を掠めるように弾き飛ばされた。
それを成したメアリの表情に勝ち誇った様子は無く、虚ろな瞳で立ち上がるヴァルバラを、同じく虚ろな瞳で見つめて下らなさげに鼻を鳴らした。
「愉しみましょう――と言ったんだけど、言葉が理解出来なかった? それとも、そもそも愉しみという言葉の認識が違っていたのかしらねぇ?」
「チッ……SS級の冒険者は伊達では無いと言うことか」
「卑劣の王の名が伊達では無いところを見せてもらいたいんだけど……期待出来そうに無いわね」
気怠さと不満を感じさせるメアリの物言いにオライオンは視線を零に向けるが、帰還を果たした零も蒼一郎と剣と炎を交わしており、見るからに加勢出来る状況には無かった。
「どうした、グァルプ。名を変え、手を変え、品を変え、それでもこの様か? ルカビアンという下駄を失った程度で何も出来なくなるのなら、世界の隅で大人しく震えていれば良いものを!」
レーベインベルグの刀身から放たれる炎は原初の火では無く、現代の魔導術式によって構築された極普通の、極ありふれた、ただの爆炎だ。
魔人グァルプが憑依しているとは言え、僅かな魔力しか宿らぬ痩せた乞食の身体で、しかも一騎討ち。
態々、根源の炎を召喚するまでも無いと蒼一郎は考えた。
だが、手抜きは無い。
爆炎によって生じる衝撃で自らの動き、攻撃を加速させ、時には零の攻撃を逸らし、減衰させる。
それに加えて、龍装甲による行動速度、反射速度の強化。高速世界を認識し、制御する思考強化。肉体強度の向上で零を一方的に蹂躙する。
零がやっとの思いで反撃して蒼一郎に与えた傷も、間を置かずして再生していく。
「これではどちらが魔人か分かったものでは無いな、倉澤蒼一郎!」
零が哄笑を漏らす。勝算があるのか、それともただの負け惜しみか。
「魔人、か。生憎、人間が生み出した技術を駆使しているだけなんだがな。地殻変動で世界が滅びたにも関わらず、復興する事もせず何千年もグダグダと……。いい加減に見苦しいんだよ老害が! 今度こそ殺してやるから潔く逝け!!」
凶相を浮かべると共に、八双の構えから距離を詰め、袈裟懸けに斬撃を振り落とした瞬間の事だった。
「――ッ!?」
足元が裂け、亀裂の中から無数の突起物――突撃槍の穂先が隙間無く生え、回避する間も無く蒼一郎は全身を串刺しに貫かれる。
「あら素敵な姿」
これまでに数々の魔人や邪神を葬って来た蒼一郎を無残な姿に変えたのは、零の配下となったトレスドアのトロール達だった。
零の命令が入るまで、己の役目を果たすその時を、地面の中で虎視眈々と狙いっていた。
体躯に恵まれているだけの被差別種族、隷属人種が稀代の大英雄倉澤蒼一郎に下克上を果たす姿に、メアリは惜しみない拍手を贈る。
蒼一郎の奇襲の影響だろうか、誰も彼もが血を流し五体のいずれかが欠損している。
地面の中から這い出ることすら出来ず絶命したトロールも決して少なくない筈だ。
それにも関わらず、零からの無言の命が下るまで地中で耐えていたトロール達にメアリは舌なめずりをして称賛と敬意を示す。
尤も、メアリの賛辞は即ち、殺人予告のようなもので、幾人かのトロールは殺意に煽られ身を震わせることになったが。
「私を前にして何処へ行こうと言うのだ」
「んー? 殺し甲斐のある敵の方へ」
オライオンの問いに、メアリは軽々と言って退けた。
最早、メアリの興味と視線は死にかけたトロール達にのみ向けられている。
オライオンどころか、眼前の魔人ヴァルバラですらメアリの関心から、視界から外れていた。
「移ろで落ち着きも無い。SS級の冒険者とは言え、女は女、と言うことか」
「不満なら男らしく、何処へも行けないように女を繋ぎ止めることねぇ」
気の無い声色で、取り敢えず返事をしておいてやるとでも言わんばかりの態度で、メアリの視線は矢張り、トロール達に向けられている。
安い男だ――、オライオンの激情を背に受け、メアリは無意識に口の端を吊り上げていた。
「者共!! 気を抜くな!! この程度で、この男は!! 倉澤蒼一郎は死なん!!」
零が鋭く檄を飛ばす。全身を貫かれた程度で死ぬような手合いでは無いのは分かっている。
だが、あの倉澤蒼一郎を殺す千載一遇の好機が訪れたが、メアリの殺気も存分に味わっていた。
メアリの気紛れな介入を許し、好機を活かすこと無く有耶無耶にされるわけにはいかなかった。
「我が従僕共は取り込み中だ。貴様の相手は私だ。存分に楽しませてやろう」
劣勢に立たされながらもオライオンは大口を叩くことを止めなかった。
何より、この女の舐めた態度を看過していては、配下への示しも付かない。
ある意味で、オライオンを本気にさせたとも言える。
「フフッ……」
メアリにとって、この状況はどちらに転ぼうとも都合の良いことだった。
自らの肉体や命をも顧みること無く、倉澤蒼一郎を追い込んだトロール達。
そんなトロール達の絶対的な忠誠を一身に受けるだけでは無く、倉澤蒼一郎からも警戒心を露わにされている零。
殺し合いのパートナーとしては、負けず劣らず魅力的な相手だ。
「これで暫くは満たされそう。委員長さんを殺さずに済みそうねぇ」
笑みを張り付けたまま、首だけオライオンの方に振り向いて口を開く。
「貴方が魅力的に振舞ってくれるのなら、わたしも留まって死合ってあげる。慈善事業じゃないんだから、殺る気の無い男と殺し合ってあげる程親切じゃないの」
「零は倉澤蒼一郎を殺すぞ。その次は私と、魔人と、零の三人で貴様を嬲り殺しにする」
「あらあら、委員長さんを見捨てる理由がまた一つ増えてしまったわねぇ」
その光景に零は、我が意を得たりと口の端を吊り上げて嗤う。
「我が主は貴様を此処で確実に殺せと仰せだ。今度こそ殺してやるから潔く逝け」
「意趣返しのつもりか? 時代遅れの古代人風情が」
身を捩り、己の身を貫く突撃槍を引き抜き、或いは圧し折り、モズの早贄のような拘束から逃れ、地面に降り立つと同時に、零が指を鳴らす。
次の瞬間、トロール達の身体が輝き出す。
その光の発生源は――
「トロールが魔力を……!?」
魔術兵装すら操ることが出来ず、魔力が宿らない代わりに強靭な肉体を得た種族がトロールだと言われている。
一人や二人だけなら突然変異種と納得することも出来るが、この場にいる数百体のトロール全員が、一人の例外も無く魔力光を放つ。有り得ないと断言しても良い光景だ。
「妙な小細工を……ッ!」
トロール達から放たれる魔力光が零の身体に収束し、爆発的な膨張する。破壊に転化された衝撃が蒼一郎に襲いかかる。
直撃を受ければ、トロールに全身を貫かれる以上のダメージを負うことになるが、その攻撃範囲はあまりにも広く、下手をすればメアリを巻き込む羽目になる。
――別に巻き込んでも良いか。どうせ死にやしないだろ。
投げやりな信頼感を抱きつつ、原初の火を召喚し、零の攻撃を焼き殺す。
蒼一郎を呑み込まんとしていた魔力光から火の手が上がり、空間へと燃焼し、光を炎で包み込み、無へと帰す。
「根源の炎に太刀打ち出来ないことは元より織り込み済みだ。しかし、理論の実証は出来た」
「あ?」
「人間が魔人を打倒する為に、部隊の編制を魔術に拘ったのには理由がある。これがその答えの一つだ! 拘束雷電陣!」
再び、トロール達の身体から魔力光が放たれ、地面に黒いプラズマが走り、蒼一郎の肉体の中へと入り込む。
肉が弾け、鮮血が飛び散り、体液が沸騰する。片膝を付いて口腔から血塊を吐き出し、咽返る身体を無理矢理押さえつけて、零を眼光で貫く。
「魔力を持たない筈のトロールが何故、魔術を使えるのか。いい具合に困惑しているなぁ? 貴様がこの星について、どこまで理解したか知らないが、人類種、亜人種、獣人種、魔物、これは全てルカビアンが生み出した人工生命体だ。トロールとてルカビアンの創造物の一つに過ぎない。そして、かつての私も、その初期研究に関わっていただのよ」
「インテリってガラかよ、貴様が」
口の中に溜まった血と共に吐き捨てる。
「本来のトロールの設計思想は内包魔力を細胞に組み込むことで、身体の肥大化とそれに伴う、強靭化を図り、単純な肉体労働力の安定供給にあった。現代ではトロールに魔力は存在しないと言うことになっているが、感知出来ない程肉体に混じり合っているだけだ。この私にとって、内部に蓄えられた魔力を外部に放出し、制御出来るように再調整するなど容易いことだ」
体内をプラズマで焼かれて尚、蒼一郎は眼光を失った双眸を零に向ける。
並の者なら視線だけで射殺せる。それ程の圧力があった。
零は、それすらも愉快だと言わんばかりに知識を披露する。
「ペテン師が……! ルカビアンだった頃の知識、能力、記憶は失ったんじゃなかったのか?」
殺す前に殴り倒してやろうという欲求だけが、片膝を付く蒼一郎に再び両の足で立たせた。
「大半はな。だが、知識、能力、記憶を失ったからと言って執着さえ失ってしまっては、何の為に生き足掻いたか分かるまい? 零となった今になって自覚したのだがな? どうやら私は、人工生命工学者であった過去を、思っていた以上に手放し難く思っているらしい。過去の栄光、その執着が貴様を追い込む結果となるのだ。何が役に立つのか分かったものでは無いな。尤も、今の私はヒトモドキ――、いや、人間なのでな。ルカビアンの知識だけでは無く、人間の過去に学び、対魔人戦術を組ませてもらった」
「それが魔力を操れるトロールか」
「それは本質では無い。私の忠実な配下は魔力を自在に操ることが出来ず、私にはそれを解決する術があった。それだけのことだ。対魔人戦術の基本形。それは拘束雷電陣をはじめとする戦術級軍用魔術の運用にある。貴様は兵装使いであるが故に理解していないようだが、戦術級魔術とは身振りで印を結ぶ通常の術式と同様に、複数の術者を特定の位置に配置する事で大規模の印を構築することにある。そして、定められた順に、定義された間隔で、断片的に術式を行使することで、矮小な魔力しか持たないオウラノでも魔人に通用する術式を発動させることが出来る。魔力や魔力制御能力、術式に対する理解力は当然の事、他者と呼吸を合わせる力も要求される。術式の完全な行使には軍隊式の調練が必要だ。だから軍用戦術級魔術と言うのだ」
下らない高説――などとは思わなかった。
零の両脇に控えるようにして整列するトロール達の首、手首、足首には宝石が埋め込まれたリングがはめられていた。
軍用戦術級魔術を行使する為の断片的な術式を魔術兵装化することで、魔力制御能力と術式に対する理解学習を簡略化したのだろう。
最初の魔力光、次弾の拘束雷電陣、いずれも術式を行使する順番も、行使者も異なっていた。
適当に焼き殺したところで、人数が減ったら減ったで対応出来るように対策の一つや二つを作っている筈だ。
「余計な思考に気を取らせるつもりか? 小賢しい」
「自己再生が完了するまでの時間稼ぎに付き合ってやっただけだ。此方も貴様の攻撃でどれだけの配下が生き残ったか、生き残った配下で使用可能な術式を再確認する必要があったのでな。ルカビアンであった頃ならば、こんなことに思考を割く必要など無かったのだが、人間の脳とは不便なものだ。脆弱、低脳であるが故に油断が無くなったという長所もあるがね」
多彩な戦術級魔術を駆使する零。
短所は複数人数で術式を行使する為、発動までの時間が長く、欠員が出る度に配置や術式の変更を要求されること。
それに対する蒼一郎に使える術式は原初の火のみ。
通常の魔術同様の簡素なアルゴリズムで迅速に発動することが出来、戦術級魔術に匹敵する絶大な威力を誇る反面、発動回数に制限があり、限られた攻撃回数以内に術式を発動不可能な状態に持ち込まなくてはならない。
「要は貴様達が術式が発動出来なくなるまで追い込めば良いだけだろうが。戦術級魔術さえ潰せば、貴様達が俺を殺す手段は無くなり、一方的に俺から殺されるだけだ」
「そうだ。だが、お前に勝ち目は無い。お前は今までに殺された事はあるか? 私は何度もある。我が身を以って結束した弱者の力という物を熟知している」
「莫迦が、殺し合いで俺に勝てると思うな」
炎が飛び、雷光が迸り、風が荒れ、冷気が吹き抜ける。
その度に肉片が、血しぶきが、骨片が、そして命さえもが舞い散る。
トロールの命が加速度的に消耗しようとも、零に忠心を誓うトロールの数は千体。完全殲滅するには数が多過ぎる。
蒼一郎の身体がどんなに砕かれても、自己再生能力が備わった今、戦術級魔術でさえも即死級のダメージを与えることは困難を極める。
互いに身命を削り、一進一退の攻防を繰り広げる。
彼等が命を奪い合うのは、これで四度目。零は手の内が変わった。変えざるを得なかった。
だが、蒼一郎は変わっていない。変わらないが故に戦闘処理能力が向上した。装備も増えた。
だが、原初の火という切り札ありきということに変わりは無く、四度目という交戦回数が零に有利をもたらす。
有利をもたらしたところで、漸くにして千日手という両者にとって不服を残す結果となった。
――俺は、あの時よりも力を得た筈だ。なのに何故、弱体化した筈のコイツを殺し切れない!?
――私に油断は無い。数を揃え、戦術を構築し、力を得た。何故、力押しだけのこの男に届かない!?
互いに身を削り、削った身を再生し、歯車の噛み合わない空転した戦い。
攻め切れないまま両者から手札が尽きようとしていた。
「あーあ、あっちの方が面白そう。いっそのこと第三勢力として乱入してみようかしら?」
メアリは凄惨な戦闘痕に、玩具をねだる幼女の様な物欲しげな視線を向ける。
眼前に迫るオライオンとヴァルバラという不可避の死が迫るが、余所見をしながらでもそれがメアリに辿り着くことは決してない。
「ダメね。全然、ダメ。その魔人、もう解放してあげたら? 身体能力が優れているだけで動きは単調。洗脳されているせいで魔人特有の特殊能力も魔術も使えない。アナタはアナタで、魔人の洗脳にかかり切りで魔術も使えず、不利な戦況と、魔人の制御で意識も散漫。雑魚を散らしたいだけなら、これでも十分でしょうけど、私を相手するには不足も不足。話にならないわねぇ。その魔人を開放して、三すくみにした方が面白いわよ、きっと」
ヴァルバラの顔面を蹴り上げ、弓形に仰け反らせ、蹴り上げた足を刃のように一閃して両足を刈り取り、顔面から地面に叩き付け、無防備な後頭部目がけて踵を振り落とす。
常人ならこの一撃で頭蓋が弾け飛ぶところだが、地面に顔をめり込ませるだけで、血の一滴すら流れない。
「ね? 勿体ないからかすり傷一つ付けずに無力化したんだけど……、この娘、いない方が良かったんじゃない?」
「認めざるを得んようだな」
「言われるまでも無く気付いていたみたいね。分かっていても勿体なくて手放せなかったってところかしら?」
――小さい男、いや、それ以下。玩具を手放したがらない可愛らしい男の子みたいねぇ。
メアリの無遠慮な視線に晒され、オライオンは押し黙ってしまい、その態度がメアリに童女のようなような無邪気な笑みを浮かべさせた。
「ふふ、図星みたいね。で? どうする? この娘を開放する? それともこの娘を抱えたまま見せ場無く、私に殺されちゃう?」
「まあ、開放しようとしまいと関係無く、私がお前達を殺すんだけどね。」
メアリの恫喝じみた問いかけに返答したのは、オライオンでは無く、聞き覚えの無い女の――、
この場にいる全員が身震いする程の、殺意を物質化するまで圧縮して作り出した刃のようなヴィヴィアナの声だった。
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