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第二十一話 決戦

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 オライオン四天王の一人、絶無の零がこの場を立ち去ったことを皮切りに、周囲を漂う広域洗脳(ベレス)の魔力が霧散する。

 それを合図にトロール達が濁流の如く、蒼一郎を呑み込まんと迫る。

 トロールの平均体重は六百キロにも及ぶ。普通の人間相手ならば、集団で体当たりを繰り出すだけでも脅威になる。

 それ程脅威的な重量と質量を持つトロールが、人間の頭部程もある巨大な拳を叩き付けると同時に離脱し、第二波、三波と蒼一郎を断続的な攻撃の波に晒す。


「術式の効力は切れたか」


 トロールの波状攻撃を受け流しながら、広域劣化洗脳(ベレス)の影響により、正気を失っていた人々が昏倒し、崩れ落ちていく姿を横目で視界の隅に捉える。

 そして、流石と言うべきだろうか。戦士達は昏倒して地面に崩れ落ち、その衝撃で意識を取り戻して立ち上がろうとした。


 尤も、広域劣化洗脳(ベレス)を受けていた間の記憶は残っておらず、四肢を砕かれていることを今更になって気付く。

 当然、何故自分がそうなっているのか、何故自分が此処にいるのか、訳が分からないといった面持ちだった。

 それにしても彼等の痛みに対する耐性は尋常では無く、両足が砕かれ、ねじ曲がっているにも関わらず、それを意に介すこと無く、今度こそ立ち上がる。


 それ自体は大したものだが、矢張り、どうして良いのか分からないと呆然と立ち竦む。

 あの様子では助太刀を期待出来そうにない。


「エーヴィア!!」


 トロール達の攻撃を半ば強引に切り崩し、真正面のトロールを頭蓋から股下にかけて一刀両断に叩き割るが、彼等の波状攻撃は正しく波。津波の如しだ。

 真っ二つに斬り裂かれたトロールの残骸すらも飲み込んで、新手のトロールが拳を振り被る。

 常人の肉体程度ならば、容易く粉々に粉砕するトロールの剛撃が、蒼一郎の肩口に突き刺さり、骨が軋む音を脳髄に響かせた。

 守りを無視した強引な攻撃の代償としては安いものだと、蒼一郎は受けた傷を無視して、この場で唯一頼れる人物の名を、エーヴィアの名を叫ぶ。


「お任せください! 蒼一郎様!」


 蒼一郎の意図を理解したエーヴィアが声高に叫ぶ。

 以心伝心のようなやり取りが彼女の意気を高揚させ、揚々と、そして素早く死霊術の印を結ばせた。

 術式の対象は蒼一郎が、今し方斬り殺したトロールだ。


 蒼一郎がトロールを殺せば殺す程、その死体と霊体はエーヴィアの支配下に置かれ、時に蒼一郎の盾に、時に蒼一郎の刃となってトロールの大群を食い止める。


 だが、零は撤退する際、彼等に『精々無駄死にしないことだ』と言った。

 零の忠実な駒である彼等はその言葉に従った。蒼一郎自身の戦闘能力もさることながら、エーヴィアの死霊術で流れが変わった。

 一当てするだけの波状攻撃を繰り返しても蒼一郎の戦力と、自軍の被害を増やすだけだと悟り、迷うこと無く撤退を選択する。


「蒼一郎様、いかがなさいますか?」


「追撃の必要はありません。衛兵団に任せてしまいましょう」


 全滅させるのは容易い。だが、先ほど殲滅したドラゴニアン、人狼の部隊同様に、原初(フォルメス)の火を発動しなくてはならないという確信染みた予感があった。


――グァルプ直属の部下か……、士気の高さも、統制も、さっきの部隊とは段違いだ。


 一体一体の力だけで言えば、ドラゴニアンの方が遥かに勝る。

 しかし、一部隊としての力はドラゴニアンの部隊にも勝る。

 一人で深追いする気にはなれず、当然、エーヴィアを巻き込む気にもなれなかった。


「蒼一郎様の仰せのままに。私、周辺の確認をしてきますね。戦士達には意識を失った人達を避難所に連れて行くように要請します」


 エーヴィアと別れ、零が待ち構えるアルキス・トリエンナの簡易要塞を睨み付ける。

 元から目障りだと思っていたが、最早、生かしておく理由も無い。侵攻あるのみだ。


 だが、それは己にとって最重要事項では無いのだと思い起こすように、首を振る。

 殺意を払い除けて気を取り直した蒼一郎は、踵を返してカトリエルの錬金工房の中に足を踏み入れる。

 この男にとって大事なものはこの中にある。


「カトリエル、無事か?」


「ますたー、おかえりなさい!」


「うん。胡桃さん、ただいまー」


 胡桃の無邪気さを漂わせた笑顔の出迎えが、緊迫した空気を纏っていた蒼一郎の心を一瞬で解きほぐす。

 そうだ。この世界でも、元の世界でも、この笑顔が大事で、大切で、どうしようも無く好きなのだと。 


「それにしてもなんだ? 珍しい格好だな」


 カトリエルは、胡桃の両脇に腕を回してしっかりと胸の中に抱き入れ、壁に背を付け、腰を抜かしたかのように座り込んでいた。

 一見すると、いや、よく見ても分かり辛いが、彼女の身体と顔は強張り、緊張している様が蒼一郎の目には見て取ることが出来た。

 それとは対象的に胡桃は呑気に笑みを浮かべて尻尾を勢い良く振り回して、カトリエルの髪やスカーフを靡かせていた。


 死が近く、死と隣り合わせの世界だからだろうか。

 気付けば、大事で、大切で、どうしようも無く好きだと思える人が出来ていた。

 そんな彼女の何処と無く間抜けな姿に蒼一郎は顔を綻ばせる。


「正気を失った人たちに囲まれたせいで、この子が外に飛び出そうとするから力づくで食い止めていたのよ」


「あー……」


「言えば分かってくれるのだけれど、貴方に似て衝動的に動くところがあるから」


 胡桃は待てと言われたら待つことが出来る柴犬だ。

 躾して覚えたことでは無い。人間の、倉澤家の住人の言葉をいつの間にか覚え、理解出来るようになっていただけだ。

 躾や訓練によって仕込まれたことでは無い為、他に気の取られるようなことが起これば、自分自身の本能や感情に忠実になる。


「倉澤家の性質なのかしら?」


 カトリエルが冗談めかして言うが、冗談になっていない。

 何処ぞの誰とも知れない人間に工房を囲まれ、ましてやその中に蒼一郎やカトリエルが良く思っていないルトラールが混ざっていたら、衝動的に飛び出して蹴るなり噛み付くなりしてやろうと思っても無理のない話だ。

 ましてや飼い主がこの男と、この男以上に短気で乱雑で粗暴な倉澤蒼一郎の母親なのだ。

 胡桃にそういう気質が備わったのが誰の影響かなど今更問い質されるまでも無いことだった。


「心当たりがあり過ぎてぐうの音も出ないよ」


 降参するように呟くと、蒼一郎はカトリエルの隣に腰を落とした。


 胡桃が甘えた声で「ますたー!」と表情を綻ばせるので、カトリエルが両脇に回した両腕に力を抜くと、胡桃はカトリエルの膝に腰かけたまま蒼一郎に両手を伸ばして抱き着いた。

 蒼一郎は胡桃のされるがままになりながら、左手でわっしゃわっしゃと、かき回すような乱暴な手つきで胡桃の頭を撫で回す。

 胡桃の頭髪が寝ぐせが着いたかのような、無残な有様になっていく。


――この娘の髪、誰が整えているのか分かっているのかしら?


「けれど、この子を抱いていたお陰で幾分か恐怖を和らげることが出来たのだし、苦労ばかりと言うわけでもなかったのだけれどね」


 若干の不満を感じたが今更と言えば今更だと口を開く。


「恐怖? 君が?」


「貴方は私を何だと思っているのかしら?」


 失言だ――、そう思った時には既に手遅れだった。

 カトリエルに睨み付けられ、反射的に謝罪の言葉が口から飛び出す。

 平時においては顔だけの男だ。カトリエルは最近、それを理解した。


「ごめんなさい。君はいつも冷静で落ち着いているからね。だから意外だと思ってね」


「あの光景、蟲が蠢いているとでも言うべきかしらね」


 工房の中に入り込もうにも結界に阻まれて中に進むことが出来ない。

 理性があれば、その結界を破るために思考を張り巡らせるのが普通だ。

 しかし、理性を失った頭では、結界に阻まれても不可視であるが故に結界に身体を押し付けて何が何でも先に進もうとする。

 工房に詰めかけた人々は百や二百どころでは無い。

 最前列にいた者などは後から来た者達と結界に挟まれ、全身を圧迫された。

 その中には身体能力に優れた戦士や、巨人のような体躯を持つルトラールもおり、身体の穴という穴から、血塊と臓物を吐き出し、圧死した者も少なからずいる。

 

 そうなったとしても正気や理性の無い人々は気にも留めない。

 他人が圧死しようが、自分の骨が、臓器が、身体が圧力で砕かれ、爆ぜ、口から逆流しようとも工房の中に入り込もうと身体を押し付ける光景は不快感を催し、それは宛ら蟲が命を省みることなく蠢いているような不気味さと恐怖を感じさせた。


「かと言って、彼等を無力化しようにも、この子から手を離している間に人波の中に飛び込むんじゃないかと思うと気が気じゃなくて」


 あの光景を胡桃に見せたくない以上に、あの中に飛び込ませることは絶対にあってはならない。

 ただその一心でカトリエルは、工房の外に集まる人々に牙を剥き出しにする胡桃を強く抱き締めていた。


「苦労をかけてごめん。この子を守っていてくれてありがとう。それと……君が無事で良かった」


「良いのよ。いつまで経っても私が来ないことを不審に思った貴方が必ず来てくれると思っていた」


 胡桃の頭を撫でる左腕の動きを止める事無く、右手でカトリエルの肩を抱き寄せる。

 すると、彼女は脱力して蒼一郎の肩に頭を乗せてもたれかかって溜息を吐いた。


「カトリエル師ご無事……です……ね」


 工房に飛び込んで来たのはブリジット・ヴァラスとヴィルスト、トーマ・カナリウムであった。

 蒼一郎にとっては割と日常的で、別に見られて困る光景では無い。

 カトリエルも最初の内は恥じらいを見せていたが、人工生命体とは言え人間。慣れる生き物で、今更どうと思うことも無かった。

 だが、純情な少年少女には刺激的過ぎる光景で、ブリジットは語尾を小さくさせ、ヴィルストとトーマは顔を赤くして目を逸らした。


「あらら、旦那の方が先に戻ってたんだね。邪魔しちゃったかい?」


「わあ……」


 少し遅れてやってきたリリネットは顔をニヤ付かせ、ネフェルトは羞恥で顔を赤くして両手で口を押えつつも何処と無く絵になる光景から目を離せずにいた。


「ああ、すみません。どうやら二度手間を取らせてしまったようだ」


 欧米人のようにオープンに振舞うつもりは無いが、今更照れるような年齢でも無い。

 とは言え、三々五々の反応を目の当たりにすると、流石に羞恥心のようなものが湧き上がって来る。

 だが、カトリエルは蒼一郎の肩にもたれかかったまま、胡桃は蒼一郎の胸元に額を当てて、それぞれにリラックスしており、此処で自分が照れるのは却って見苦しいと、妻と愛犬に触れる手をそのままに、平静を装いながら口を開く。


「バーグリフが戯れで戦況を混乱させたせいで、まだまだ予断を残さない状況だ。これ以上、彼等の戯れに付き合っていられないと言いたいところだけど、殺した筈の魔人グァルプが生き延びて氷の団に加担していた」


「グァルプが?」


 蒼一郎の肩にもたれかかるカトリエルの身体が強張った。

 グァルプは、カトリエルの胎内に魔人ハーティアが封じられていることを知る者だ。

 その上、グァルプはその封印を解き、覚醒のままならない内にハーティアを殺害し、その力を取り込むことを企んでいる。

 これからのことを思えば脅威度が高く、最優先で始末する必要のある外敵と言えた。


「……………………」


 ブリジット・ヴァラスも絶句して驚愕を示す。

 学び舎を破壊し、恩師を、学友を、想い人を、ブリジットの人生を台無しにした張本人が未だ生き残っていたのだ。

 彼女の反応もまた当然と言えた。


「どういう心変わりか知らないが、人を使い指揮するということを覚えたらしい。ま、奴自身の力はかなり弱っていたし、前程手を焼く事は無い。心配しないでくれ。グァルプが力を取り戻す前に、俺が此処で始末を付ける。今度こそ確実にだ。カトリエル、君は皆を連れて八雷神教会に避難しておいてくれ。莫迦共を始末したら、すぐに迎えに行く」


「ええ。では行きましょうか。名残惜しいけれど」


 名残惜しいという言葉とは裏腹に坦々とした口調で蒼一郎から身を離して立ち上がる。


「胡桃さん、カトリエルの言うことをよく聞いて、おりこうにしているんだよ?」


「はーい!」

 

「先生!!」


 無邪気な子供のように両手をあげて返事をする胡桃とは対象的に、ヴィルストが緊迫した声で傅き、蒼一郎は厳めしく表情を変える。

 カトリエルと胡桃の目には、蒼一郎の厳格な態度の中に一抹の不安が見え隠れしているのが一目瞭然であった。


「どうか、僕も魔人との戦いに連れて行ってください!!」


 ヴィルストの懇願に、矢張り――といった表情を浮かべて溜息を吐き、逡巡する蒼一郎の傍らをカトリエルが通り過ぎ、ヴィスルトの肩に手を触れた。


「ッ!!」


 小さく呻き、身悶えするヴィルストを見下ろし、カトリエルはあからさまな溜息を吐いて、蒼一郎に向き直る。


「駄目ね。元から受けた傷をその魔術兵装で癒したのでしょうけど、再生術式を受け入れられるだけの肉体強度が不足している。完治には程遠い。このまま放っておいたら後遺症で冒険者を続けることも出来なくなるでしょうね」


「ヴィルスト、君は既に限界を通り過ぎているのではありませんか? 帰還途中で足を止めざるを得ない程に」


 帰還ルートが違ったとは言え、ドラゴニアンの部隊を殲滅してソウブルーへの帰還を開始したのは同時刻だ。

 その間、蒼一郎は胡桃の捜索、正気を失った戦士の無力化、零との交戦、トロールの撃退と連戦をこなしている。

 それにも関わらず、ヴィルストが工房に辿り着いたのは全てが片付いてからのことで、動きの鈍さを明らかにしていた。


 そして、ヴィルストのコンディションは蒼一郎が指摘した通りで、本来なら民間人を守るべき立場でありながら、己の傷が原因で何度も立ち止まらせてしまった。

 その後ろめたさから、参戦を願い出たのが見抜けぬ蒼一郎達では無い。


「ヴィルスト」


「はい……」


「君は十四という若さでありながら、初めての戦場で非常に優れた身体能力を持つドラゴニアンを討ち取った。これは間違いなく素晴らしく、類を見ない戦果だ。今の君の実力で、これ以上を望むのは強欲が過ぎます。身の丈に合わない強欲は破滅を引き寄せることになる。師としてそれを認めるわけにはいきません。焦りは禁物ですよ、ヴィルスト。ここで無理をしなくても、その身に宿した無限の可能性は開花するのですから、確実に」


「分かり……ました。先生、龍装甲(ハールダロルヴェ)をお返しします」


 ヴィルストは片膝を付いて、神に捧げるかのように龍装甲(ハールダロルヴェ)を差し出した。


「いや、しかし……」


 蒼一郎は考え込む。工房から上層のギルド地区にある八雷神教会まで、それなりの距離がある。

 この混乱した戦局に加えて復活したグァルプが氷の団の幹部として暗躍している。

 その不安を拭うには、十全の力を発揮出来ずとも、龍装甲(ハールダロルヴェ)は十分な力となる。


「いえ、貴方が持っておきなさい」


 蒼一郎の迷いなど知ったことでは無いと、カトリエルが有無を言わさぬ口調で言い切った。


「この籠手……、龍装甲(ハールダロルヴェ)を作ったのは?」


「わ、私です。偉大なる先達カトリエル師!」


 ブリジット・ヴァラスが強張った表情で前に出る。

 両者に面識こそ無い。だが、サマーダム大学に在籍しておきながら、カトリエルの名すら知らないのは物知らずの誹りを受けて当然とも言うべき存在だ。

 サマーダム大学出身者の優秀、有力な魔術師、錬金術師の名前を、サマーダム大学の研究者や生徒達にあげさせたら、ほぼ確実に五番以内にあげられる程で、学内に彼女の肖像画も残されている程だ。

 そんな偉大なる先達が自作した魔術兵装に観察者のような視線を注いでいる。

 ブリジットの人生の中でこれ程の緊張感を覚えたことは無い。


「この人専用に作った急造品としては及第点ね」


 カトリエルの評価にブリジットは複雑そうな表情を浮かべる。

 辛うじて合格を頂けた。魔術師、錬金術師等の師業の総本山たるサマーダム大学の中でも類を見ない才媛とされる彼女に評価されるということは素晴らしく名誉なことだ。

 大学に戻ってから教員役を務めている研究者達に、このことを報告したら成績に加点されるのは間違いないと断言しても良い。

 しかし、龍装甲(ハールダロルヴェ)は急造品では無く、寝る間も惜しみ心血を注いで漸く完成まで漕ぎ着けた最高傑作である。

 それを口にすると不合格を言い渡されそうで、真実を口にする勇気など更々無く「恐縮です! 今後も精進して参ります!」と言うだけに留めた。


「起動と維持に必要な魔力量が従来の魔術兵装とは段違いで、魔術兵装と呼ぶのも烏滸がましい。けれど、貴方の魔力と制御能力なら何の問題も無いわ。大幅に劣化しているとは言え、闘霊脳(バントラトン)神馬の蹄(ザグルザゲル)強化装甲(ハールネラス)の性質を兼ね備え、それに加えて自動回復機能を持つ龍装甲(ハールダロルヴェ)なら、あの時の貴方に限りなく近い力を取り戻すことが出来る。正しく当代の龍殺し、破邪の龍殺し倉澤蒼一郎を龍殺したらしめる魔術兵装と言っても過言では無いかも知れないわね」


 そう言葉を紡ぐカトリエルの視線は龍装甲(ハールダロルヴェ)に埋め込まれた宝石から微動だにしていない。

 其処に刻まれている術式を見ただけで、カトリエルはその効力や性質を完全に理解したのだろうとブリジットは察した。

 同じサマーダム大学の出身でも、学生と研究者から独立を果たした錬金術師の埋め難い絶対的な差を嫌という程見せ付けられ、悔しくもあり、それが大恩ある倉澤蒼一郎の妻にして、尊敬する先達のカトリエルで誇らしいやらで、矢張りブリジットの表情は複雑なままであった。


「…………………………」


 そして、ブリジットの背後で気まずそうにしているのが、リリネットであった。

 ブリジットの依頼を受け、龍装甲(ハールダロルヴェ)に術式を刻印したのが彼女だ。

 ドワーフ特有の器用さで刻印した微細な術式が一目で看破されたのでは立つ瀬がない。


――倉澤の旦那様の奥様って凄いなぁ……。


 何と無く蒼一郎のことが気になってソウブルーに足を運んだネフェルトだったが、ただの村娘でも蒼一郎を取り巻く人々が如何に才気の溢れた優秀な人々であるか、容易に察することが出来た。

 そして、自分自身が如何に場違いであるかを。

 そんな彼女の葛藤など知ったことかと気にも留めない女がいた。


「だから、さっさと行って、手早く片付けて、すぐに戻って来なさい。態々遠方から、貴方を訪ねて来てくれているというのに、こうも慌ただしくては落ち着いて話もできないでしょう?」


 そう言ってカトリエルは蒼一郎の縁者達に視線を、ベルカンタンプ鉱山のリリネット、サマーダム大学のブリジット・ヴァラスにトーマ・カナリウム、そして、エルベダ要塞のネフェルトへと順に視線を移し、彼女の手を取った。


「ああ、そうだな。その通りだ。カトリエル」


 後の事をカトリエルに任せ―――――、


「と言うわけで、死ねェェェェェェェェェェェいッッッッッ!!」


 蒼一郎の咆哮を知覚出来た者は一人もいない。

 声の発生源はアルキス・トリエンナが所有する簡易要塞の真上、高度四千メートルの上空。

 それがこの男の現在位置だ。


 レーベインベルグを媒介に召喚した爆炎を推力に変え、龍装甲(ハールダロルヴェ)によって得られた速力、膂力で以って跳躍し、召喚した精霊盾を足場に、高度四千メートルまで駆け上がったのだ。

 ミクロサイズになった簡易要塞に狙いを定め、用済みとなった精霊盾と共に大上段の構えから急降下を開始する。

 度重ねて召喚した爆炎と魔力光を全身に纏い、爆炎を呼ぶ度に落下速度が加速度的に増していく。


 その様は宛ら――、


隕石招来砲(ベネルパルファー)だ!! バーグリフめ、中に入り込んだ戦力ごと我々を潰すつもりだ!!」


「狼狽えるな!! 対戦術級魔術防壁を展開!! 対術迎撃砲用意!!」


 蒼一郎自身に備わった膨大な魔力と、それを遥かに凌駕し、常軌を逸したレーベインベルグの内包魔力は目にした者達に、無差別攻撃術式だと錯覚させる程のものであった。


 だが、それを眼前に捉えて尚、動じない者も少なからずいた。


「相変わらず行動の早い男だ。倉澤蒼一郎」


 口の中でそう呟いて、口の端を歪める零。


「フン……、アレは術式などでは無い! 迎撃せよ、魔人!!」


 オライオンは接近する存在が術式の類では無く、膨大な魔力と術式を纏った人間であると即座に看破すると洗脳(ベレス)で制御下に置いた、魔人ヴァルバラをけしかける。

 地面を蹴り飛ばし、真正面から肉迫するヴァルバラ。彼女の足元にある地面が陥没し、半径数百メートルのクレーターを作り、簡易要塞が傾かせる様を目の当たりにして蒼一郎は息を呑んだ。


「だが――!!」


 知人に剣を向けることに凄まじい抵抗を感じるような男だが、ヴァルバラならばある意味、気楽な相手と言えた。

 彼女に友達になって欲しいと乞われ、肯定した事に偽りの気持ちは一切無い。

 だが、相手は魔人、超越種ルカビアンだ。高度四千メートルから急降下し、爆炎を纏った一撃を叩き込んだ程度で死ぬような相手では無い。

 これで死ぬなら、この世界の人々も、蒼一郎も苦労はしていない。


――後で死ぬ程謝りますから、まだ友達でいてくださいよ?


 内心でそう呟き、爆炎が生む衝撃力に乗って高速旋回から生じる、閃光の一撃を繰り出し、すれ違い様にヴァルバラを斬り捨てる。

 落下の勢いを殺す事無く、要塞のテラスに落雷の如き、鉄槌の斬撃を叩き落す。

 その爆撃じみた一撃がもたらした衝撃はアルキス・トリエンナの簡易要塞だけに留まらず、周辺一帯の建造物や木々を巻き上げ、壊滅的な破壊をもたらす。


「派手な重役出勤、ご苦労様。委員長さん」


 巻き添えを喰らったのだろうか、瓦礫の中から全身を血塗れにしたメアリが現れた。

 返り血か、それとも彼女自身の血か定かでは無いが普段通りの口調で、蒼一郎に近付く足取りは非常に軽い。


――まあ、無傷みたいなものだろう。


 突っ込みどころは満載だったが、SSランクの冒険者だからという理由で無理矢理、己を納得させた。


「オライオン四天王の一人、絶無の零。そして、氷の団の支配者、卑劣の王オライオン。独り占めしてくれても良かったのですよ、メアリ」


 目ぼしい敵の中から、魔人ヴァルバラを対象外にしたのは意識的な事なのか、それとも無意識によるものか。

 洗脳されているから脅威では無いのか、それとも別に理由があるのか。

 蒼一郎の問いかけに違和感を覚えたメアリは意味あり気な微笑みを浮かべる。


「わたしの相手が出来る敵は貴重なの。よぉく味わわないと勿体ないわ」


「そんなに戦いたければ戦士ギルドに移籍すれば良いのではありませんか?」


「面白くないわよ、そんなの。あの操られている魔人と一緒。ただ身体能力が優れているだけの下らない味方に、下らない味方でも倒せるような下らない敵。退屈過ぎて死んでしまいそう」


「バトルジャンキーも苦労するものですね。さ、どっちがどっちを殺します?」


「それじゃあ乱戦で。まだまだつまみ食いし足りないのよ」


「そうですか。生憎ですが妻がさっさと片付けて戻って来いと言っているので、あんまりのんびりしていると二人とも自分が殺しますが……、一人も()れなかったからと言って機嫌を損ねないでくださいよ?」


「あら、どうしようかしら」


 メアリが楽しげな笑みを浮かべて唇を舐める。

 まるで童女のような仕草だが、機嫌を損ねたら問答無用で殺す――そんな子供じみた理不尽な要求が無言の圧力となって蒼一郎の背に、冷たく、重く圧し掛かった。

 背後に不吉な物を感じながらも、再び立ち上がった魔人ヴァルバラ、零、オライオンに相対し、レーベインベルグの切っ先を突き付ける。


――敵よりも味方の方が怖いな。


 蒼一郎の心境を正確に読み取ったオライオンは面白く無さそうに表情を歪める。


「随分と舐められたものだ」


「それはそうでしょう? バーグリフとアーベルトさんに手も足も出せずに逃げ帰った雑魚が。起死回生の一手に魔人を二体も持ち出したのは褒めてあげましょう。ですが、魔人とは言え、所詮は下位。しかも、片方は以前、俺に負けた奴だ。これで勝てるなどと思っているなどと……片腹痛いんですよ、戯けが」


「二体……?」


「ああ、成る程。何も状況を理解していないと……。結構です先代。貴様の程度は知れました」


 何も理解出来ていない先代の龍殺し、オライオンを愚弄する蒼一郎に一陣の風が叩き付けるように吹き抜けた。

 かつて魔人グァルプであったオライオン四天王の一人、絶無の零の迅雷を纏う電光石火の一撃であった。


「これ以上、我が主の愚弄を看過するわけにはいかんな。倉澤蒼一郎よ」


「思ってもいないことをいけしゃあしゃあと……! はっきりと言ってやったらどうだ? ヒトモドキ風情がって……なァ!!」


 嘲弄した侮蔑の笑みを浮かべる裏側で、蒼一郎は悟る。


――どうやら、この男は自分が魔人グァルプであった過去を知られたくないらしい。


「ふぅん……、それじゃあ遊びましょうか。先代の龍殺しさん」


 こうして、理不尽達が帝国の秩序を乱す反逆者達に牙を剥き出しにして襲いかかるのであった。

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