第十八話 領域
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「あ…………ガっ………………あッ………………ッ!!」
龍装甲を装着し、魔力を流し込む。
ヴィルストの身体に起こった変異は、彼が期待していた全能感とは大きく異なるものだった。
身に宿った変異。それは苦痛だけだった。
苦痛に負けて悲鳴を上げたら、激闘の最中にある師に気遣われてしまう。
そんな無様なことがあってはならないと、ヴィルストは必死に悲鳴を噛み殺す。
「今しばらくの辛抱を。今、龍装甲が背中の傷を無理矢理治しています」
「自動再生術式? 流石はサマーダム大学の研究者ってところかね?」
問う余裕の無いヴィルストに代わって、リリネットが口を開いた。
「と言っても学生の領域を越えないものです。理論自体は数百年以上前に完成しているものを流用しているものですし……」
口にするブリジットの声色は謙遜とは毛色の違うもので、後ろめたさや恥ずかしさがあった。
「私と学友……、オラツィオ、フィリウス・アレクセンは、サマーダム大学の生徒という立場から、研究者となるための理論提唱、実績作りに悩みを抱いていました。その時でした。倉澤蒼一郎殿のご尊名を耳にし、実際にそのお姿を目にしたのは。私達は、特に男たる二人の学友は倉澤蒼一郎殿に激しい憧憬の念を抱きました。ドラゴン、魔人、邪神を当然であるかのように鎧袖一触するお姿に、私達もこうありたいと」
「成る程。この龍装甲が、君達の出した答えの一つってわけだ」
「はい。サマーダム大学を襲った魔人グァルプを追撃する為に、倉澤蒼一郎殿はサマーダム大学の魔術兵装の保管庫の最奥、封印の間に足を踏み入れました。風より早く、音さえも置き去りにして、超高速戦闘を可能とする神馬の蹄。脳機能を拡張し、超高速の世界を認識、制御し、不可視の魔力を感知する戦闘思考を得る闘霊脳。そして、超高速の世界がもたらす反動や、魔人の膂力にも比類する力をもたらす強化装甲を手にしたのです」
「魔人グァルプと戦って勝利したときの、倉澤の旦那の力を再現することを目的とした魔術兵装ってわけだ」
「御推察の通りです」
強力過ぎるが故に封印指定を受けた魔術兵装の数々を身に纏い、魔人との戦いに赴く蒼一郎の姿に、ブリジット・ヴァラスは英雄を見た。
そして、それまで漠然としたままの研究テーマが、具体的な形を得た。
「戦いに挑む者全てを破邪の龍殺しとする」
倉澤蒼一郎が魔人グァルプとの戦いに持ち込んだ魔術兵装の性質を兼ね備えた魔術兵装の開発。
高速移動、高速戦闘能力。高速戦闘思考能力。高速の世界にも容易に耐え得る肉体強度。
だが、その性能は学生が開発した物にしては傑作であるというだけであって、研究者という平等な視点で見れば欠陥品と言っても過言では無い。
封印指定級の魔術兵装複数個分の性質を兼ね備えた魔術兵装と言えば響きも良いが、オリジナルの魔術兵装の出力と比較しても精々、十パーセント前後。模造品ですらない。
学生の研究成果という前提を考慮するのなら、神馬の蹄、闘霊脳、強化装甲、更に自然治癒力増強、四つの性質を一つの魔術兵装に集約させている一点のみが評価に値する。
その前提が無ければ、所詮は子供の研究でしか無い。明確な理由もある。
「倉澤蒼一郎殿が魔人グァルプと戦った際。特に効果的であった魔術兵装三種に、再生力を追加しました。ですが、それは倉澤蒼一郎殿の膨大な魔力があることを前提に作られた魔術兵装なのです」
本来、魔術兵装とは術式が刻印された魔石の中に、生体電気程の微量の魔力を流し、反応させることで特定の魔術を行使する。
これにより、魔術を修めていない者や、魔力が乏しい者でも、魔術を繰り出すことが出来るようになる。
豊富な魔術知識と膨大な魔力を保有する者でも、面倒な手順を踏まずに、スイッチを押すが如く手軽さで魔術を行使することが出来るため、見た目の華美さと相まって愛用する者は決して少なくは無い。
魔力を蓄えた高価な宝石に、術式を精巧に刻印するというドワーフ職人の工芸めいた技術が施され、魔力を要求されない代わりに財力を要求されることになる。
極端な例ではあるが、レーベインベルグの評価額は金貨二百万枚。乱暴な計算ではあるが日本円にして約二十億。魔力の充填だけでも二億円に相当する。
その為、魔術の発動と制御のみを魔術兵装に行わせ、その際に使用する魔力は魔石からでは無く、術者自身の魔力を使うという補助器具的な使い方をする者もいる。
所有者の財力と能力、事情に応じて使い所が変わって来るが、魔術兵装とは時間、知識、能力、才能を要求する魔術行使に、財力という新たな選択肢を投じた補助器具だ。
ブリジット・ヴァラスは魔術兵装のデメリットを敢えて増やすことで技術的制約の幾つかを解決させた。
それは魔術兵装でありながら、内臓された宝石の魔力と使用者の魔力。二つの力を使わせるというものだった。
使用者の体内から魔石に宿る魔力と、均一量の魔力を取り出し、融合。
融合反応の際に生じる、魔力の爆発的な膨張を断続的に発生させることにより、魔石を一つしか持たない龍装甲に複数の魔術効果を発動させる。
財力か、魔力。そのどちらかがあれば、誰でも、いつでも、気軽に、特定の魔術を行使することが出来るという魔術兵装の在り方を逸脱している。
自前の魔力で原初の火を召喚出来るだけの魔力を内包する倉澤蒼一郎だからこそ自在に操ることが出来る。
逆を言えば、それ以外の常人にはまともに扱える代物では無い。
倉澤蒼一郎の素質ありきで作られた、危険性を伴う魔術兵装の出来損ない。欠陥品だ。
常人が使用すれば、たちまちの内に死した英雄の世界クラビス・ヴァスカイルに移住する羽目になる。
だからこその認証コードによる使用者制限だ。
だが膨大な魔力さえあれば、という前提さえ満たす事が出来れば、誰でも破邪の龍殺しに一歩近づくことが出来る。
それが龍装甲だ。
「さ、流石は……倉澤、先生だ……」
そうだ。前提を満たせば良い。
「先生は以前から仰っていた……! 魔力と筋力。この二つに大きな差は無い。使ったら使った分だけ回復する。負荷をかけた分だけより強固になるのだと……! だから僕たちは常日頃から、限界に至るまで魔力使うように指示されていた!!」
急激且つ強制的な肉体の回復に生じる負荷に、ヴィルストは少女達の前でうめき声を漏らすという無様を晒してしまった。
だが、それでも――
「この程度の負荷ならあッ!!」
倉澤蒼一郎という男は、子どもが戦いに身を投じることには酷く否定的で、ともすれば過保護な反応を示すことも多々ある。
だが、口先と態度とは裏腹に、実際にやっている事は苛酷を極めるスパルタだ。
何故、そのようなことになっているのかと言えば『蒼一郎自身が魔術の素人である』の一言に尽きる。
負荷をかけ続ければ魔力が増幅するというのも、昏倒する程の魔力の消耗を経ての経験則によるものだ。
スパルタ教育を施している自覚の無い師、スパルタ教育を受けている自覚が無い徒。
その無理矢理な教育方針によって、人並み以上の魔力を宿すに至ったのがヴィルストだ。
何より――。
「初めて見る本気で戦う倉澤先生。その隣で戦うことが出来る。生徒の中では僕が初めてだ。その誉れが僕の手にある……!!」
かの日の倉澤蒼一郎の再現。そのデッドコピーでしかない。
純然たる人間、半人半神と、使役されるために生まれた人造人間の間にある差は明確過ぎる程の差だ。
それでも、ヴィルストは走った。駆けた。
我こそが破邪の龍殺し、その二代目であると。
「ヴィルスト!?」
その姿に驚いたのは敵であるドラゴニアンでは無く、倉澤蒼一郎だった。
「破邪の龍殺し、倉澤蒼一郎が一番弟子ヴィルスト!! いざ尋常に……勝負!!」
半死半生の体で、流れ出る鮮血を意にも介さない堂々たる名乗りに、一番の戸惑いを顔に浮かべたのは蒼一郎だった。
「倉澤蒼一郎殿、申し訳ございません。ご依頼いただいた龍殺しに相応しい魔術兵装をお届けに参りました。勝手ながら試運転に倉澤蒼一郎殿門下の彼に」
ヴィルストを支えるように背後に控えるブリジット・ヴァラスが口を開いた。
開いたのは口だけでは無いことに気付き、蒼一郎は龍装甲の性質を一目で見極めた。
ヴィルストが保有する魔力量は十四歳という年齢を考えれば破格も破格だ。
だが、倉澤蒼一郎が扱うことを前提に作られた欠陥品を自在に操れる程の魔力量では無い。
そこで足りない魔力をブリジット・ヴァラスが補う。
彼女にそういった技術があるのは、魔人ガエルに扮したグァルプとの戦いで身を以て理解していた。
「素早い敵でも対応出来て、圧倒出来るだけの速度。その速度が生み出す、高速の世界に対応出来るだけの思考能力。人類種が自力で到達出来ない世界に踏み込む際に生じる反動に耐える肉体強度。千人の敵に立ち向かえるだけの再生能力。一つの魔石に複数の術式を刻印するなんてロイドの親方並の出鱈目だったけど、中々いい仕事が出来たよ」
護りにつく必要が無くなったことでリリネットが蒼一郎の隣で得意気に言う。
「成る程――」
かつての己を再現するために造られたのが龍装甲だとすると、肉体的な意味ではヴィルストの心配をする必要は無くなった。
不安があるとすれば、もっと精神的な部分だ。
ドラゴニアン達の酔狂と気紛れで一対四百の決闘が成り立っていたが、本来は氷の団が仕掛けた戦争だ。
かつてヴィルストから家族を奪った氷の団の戦争。彼にとっての仇敵だ。
冒険者で身を立てていく以上、どんなに綺麗事を並び立てても、他者の殺傷は避けられない。
地面には蒼一郎が殺した百体に届こうとするドラゴニアンの遺体が並んでいる。損壊が少ない者、多い者、様々だ。
彼等が撤退を選択しない限り、蒼一郎はこの場にいる敵を皆殺しにするつもりだ。
――しかし……。
いつかは帝国の法で殺害することを推奨されている野盗から徐々に殺しに慣れさせるつもりだった。
そのいつかが来る日を後に回し続けた結果、何の心構えも無く、誰もが殺し、誰もが殺される死の領域に立たせることになってしまった。
蒼一郎に人を殺す覚悟はあれども、子どもに人を殺させる覚悟は出来ていない。
「破邪の龍殺しよ」
ドラゴニアンの一人が蒼一郎に声をかけた。
「其処な者達を乱入させると言うのなら、我々も決闘では無く、戦争をしなくてはならなくなる。魔術を使い、ブレスを用い、空をも駆けることになるぞ。其方等も覚悟は出来ての事であろうな?」
「勢いで飛び込んだことは否定しない。でも、先生が傷付く様を見せ付けられて、黙っていられない。僕はお前達に家族を皆殺しにされた。倉澤先生は兄の様に、時には父の様に僕の面倒を見てくれた。そんな先生が、またお前達に奪われようとしている。お前達が逆の立場なら見過ごせるのか?」
「愚問であったか」
元より侮ってなどいなかった。
統制が乱れたことで無力な者に対し、虐殺染みた行いをする同胞の存在を知ったからこそ、彼等はこの場に現れた。
武人の矜持を求める彼等が、ヴィルストが子供では無く、一角の戦士であることを認めた。戦いの果てに殺すことになったとしても躊躇いは無い。
決闘は終わった。彼等が終わらせた。此処からは戦争だ。
だが――。
迸る鮮血を置き去りにして、ドラゴニアンの中心に深々と斬り込む蒼一郎に倣って、ヴィルストが突っ込んだ。
歳の割には優れているという印象は否めなかった。誰もヴィルストが脅威であると認めなかった。
彼等の意識と視線は、疾風迅雷の如く敵中に飛び込んだ蒼一郎に誰もが集中していた。
敵の意識の動きはヴィルストにも把握出来た。
倉澤蒼一郎直々に鍛え上げられているのだから、日ごろの鍛錬に比べたら幾分か楽なものだった。
ヴィルストの存在を意識から外した者の中から、一番手近な場所に居たドラゴニアンの頭蓋に剣を振り落とす。
龍装甲が子供の力作の域を越えないとは言え、獣に匹敵する敏捷性と膂力から繰り出される強烈な一撃は、ドラゴニアンの虚を突き、頭蓋から胸骨までを砕いた。
子どもの身でありながら、生まれながらの武人と称されるドラゴニアンを一撃の名の下に叩き潰した。
「迷いの無い良い一撃です」
「だが、急激な肉体と思考の強化に一番肝心な意志が追い付いてない」
蒼一郎が誉めると、一人のドラゴニアンが諭すように指摘をする。
そうだ。そして、此処から先は戦争だ。
だが――。
「若者が戦士へと成長する様を見るのは善きものだ。例え、それが敵であろうとも」
そう思えばこそ、ドラゴニアン達はヴィルストの戦いに着目せずにはいられなかった。
持て余しているとは言え、単純な身体能力だけで言えば、ヴィルストはドラゴニアン達を上回っている。
殺せるか、殺せないかで言えば、既に実証済みだ。
ドラゴニアン達に怒りも、恐れも無い。死んだ所で、死した英雄の世界クラビス・ヴァスカイルに逝くだけだ。
結果的に雑兵のようになぎ倒され、命を落としても何ら失う物は無く、恐れを抱く意味も無い。
「とは言え、勝たせてもらう。龍殺しの師弟を討つ誉れを我等の手に」
申し合わせたかのようにドラゴニアン達が蒼一郎達を包囲する。
その背後には二百人の獣人がいて強行突破は現実的ではないとヴィルストは考えた。
前後、左右に加えて頭上。二十人近いドラゴニアンが隙間の無い包囲網を幾重にも形成し、口腔に魔力光を収束させる。
ブレスを吐き出す予備動作を目の当たりにして、ヴィルストが真っ先に目を向けたのは蒼一郎の姿だった。
二十人近いドラゴニアンが一斉にブレスを放てば、龍装甲によって強化された肉体とて死は免れない。
絶体絶命の領域を如何にして師が潜り抜けるのか。それを期待してのことだった。
――笑っている……?
まるで恐れるに足りない、蒼一郎の表情が雄弁に語っていた。
一斉にブレスが吐き出される。視界が真っ白な閃光で焼かれたかと思えば、紅蓮に染まった。
「太陽さえも焼き尽くし、再び火を灯したとされる根源の炎。ドラゴニアンのブレスとて例外ではありませんよ」
紅蓮に染まる視界。その正体は原初の火に焼き尽くされ、更なる火種となって蒼一郎の制御下に置かれたドラゴニアン達のブレスだった。
「そして、この距離なら!!」
浅く包囲されていた時とは違い、包囲するドラゴニアン全員が原初の火の射程距離内に納まっている。
根源の炎が渦を巻き、ヴィルスト、ブリジット、リリネットを避けてドラゴニアン達を炎の濁流の中に飲み込んだ。
飛び火する根源の炎の延焼は早く、ドラゴニアンの背後にいた三百の人狼をも飲み込んだ。
燃やす物が無くなり、炎が消滅した時、ドラゴニアン百、人狼三百からなる主力部隊の姿も消え失せていた。
絶叫も、断末魔の叫びも無く、遺体や存在した痕跡一つ残っておらず、完全なる消失であった。
そもそも、龍、巨人、邪神、魔人といった人の手には負えない存在を殺すための術式だ。
いかにドラゴニアンが最強と言えども、人類種に耐えられる術式では無い。
――これが倉澤先生の領域……!
並び立って共闘する。龍装甲があれば、それが可能になると思っていた。
だが、まともに使いこなすことも出来ず、敵の一斉攻撃に怯み、縋り付こうとした瞬間、敵の全てが完全に消滅していた。
「流石、倉澤の旦那。手を貸すまでも無く終わっちゃったねぇ」
リリネットは、蒼一郎との差を気にした様子も無く、気楽そうな態度で肩を竦めた。
「それにしても胡桃さんも、カトリエルも遅いな」
ドラゴニアン達を全滅させたにも関わらず、蒼一郎の意識からは既に追いやられ、勝ち誇るでも無く、次のことに意識が向けられていた。
ただただ遠い。ヴィルストはそう思わずにはいられなかった。
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