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第十七話 ハールダロルヴェ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 一対四百――。


 無謀に無謀を極める戦力差だが、蒼一郎にとってこの数自体はそれ程、大きな問題では無かった。

 群体アンデッドのワイルドハントともなれば、その数は優に千を超える。

 ソウブルー要塞の地下迷宮にしても同じだ。四百程度の数、二や三と大差は無い。


 四百の内、百がドラゴニアンで無ければ。背後に重症者を抱えていなければ。


――さて、どうやってこの場を制するか。


 逡巡している間にもドラゴニアン達は接敵と同時に蒼一郎を包囲した。

 幸いと言って良いかどうか定かでは無いが、誰一人としてヴィルスト達の方へは向かう素振りすら見せなかった。


「当代の龍殺し、倉澤蒼一郎殿とお見受けする。我が方の羽虫が御身の使徒に無礼を働いたこと、まずはお詫び申し上げる」


 包囲していた人狼三百、ドラゴニアン百が一矢乱れぬ動きで片膝を付いて、蒼一郎に頭を垂れた。


「…………………………」


 彼等の行いに蒼一郎は沈黙で返す。と言うよりも、表情から戸惑いを消すことで精一杯だった。

 意味が分からない――……、そう思っている矢先、一人のドラゴニアンが蒼一郎の眼前に歩み出る。


「無礼ついでに恐縮。我等竜人に、龍殺しの御業を我等に一手指南頂きたい」


「指南……?」


「左様。我等、竜人は人類種にして最強。しかし、武人足り得ど、支配者に非ず。故にオライオン一門に身を置き、此度の戦に参陣した次第に候。されど、帝国が大陸に天下を敷き、幾星霜。かつての精強とは比ぶるべくも無し」


「で、断ったら、重症を負った十五にも満たない子供に四百人で仕掛かると?」


「戦の倣い故」


「ま、良いでしょう。生徒の身の安全を確保することが出来、強力なドラゴニアン百、人狼三百を一人で、この場に押し留めることが出来る」


「感謝の極み」


「では、始めましょうか」


「応」


 ドラゴニアンが抜刀し、蒼一郎を睨み付ける。

 だが、蒼一郎は腑に落ちない様子で首を傾げる。


「たったのお一人で自分と立ち会うおつもりですか?」


「如何にも。我等は御身と戦では無く、立ち合いを所望するもの也」


 戦争か、殺し合いか、蒼一郎にとって有利なのは断然後者だ。


「ま、良いでしょう」


 彼等の意図が読めず、その価値観を理解出来ない。

 だが、好都合であることは事実。蒼一郎はドラゴニアンの提案を受け入れる。


「我が名は西家が嫡男――」


 ドラゴニアンの名乗りは剣戟によって中断される。


「生憎と戦いに身を投じて半年満たず。加減出来るだけの技量など持ち合わせていません。ですので、指南代は貴方方の命を頂戴します。これから死に逝く者の名など不要です」


 レーベインベルグを旋回させ、その勢いを利用して力強く刺突を繰り出す。

 ドラゴニアンの卓越した跳躍力によって跳び越えられ、背から生える両翼は跳躍の軌道を鋭く修正した。

 距離にして一メートル満たずの短距離飛行は、蒼一郎の予測を狂わせ、背後からの強襲を可能とした。


――速い……ッ!!


 空を飛ぶのでは無く、大地を飛び、羽の無い種族よりも敵の死角を広く狙い撃つことが出来る。

 種族差に舌を巻きつつ、背後に横薙ぎの斬撃を一閃しながら方向転換して攻撃を弾き返す。


 がら空きになった胴に二度、三度と剣閃を放つが、ドラゴニアンの技量もさる者で斬撃の尽くを受け流して、ここぞとばかりに反撃に移る。

 火花を散らし、幾度かの攻守逆転を繰り返し、蒼一郎の蹴りがドラゴニアンの両腕を叩き、再び胴を無防備させる。

 ドラゴニアンは咄嗟に胴を庇おうとするが、蒼一郎の狙いは胴では無く、頭蓋であった。


「余裕だな。人間」


 額を薄皮一枚斬られたものの、辛うじて防御が間に合ったドラゴニアンが額から血を流す。

 火花が散り、ギチギチと刃の噛み合う音が喧しく響き、両者の力がせめぎ合う。


 力比べをするような格好となり、ドラゴニアンが嘲笑を浮かべる。

 種族差がそのまま膂力の差となる。


 人間如きが龍の力に――。


「余裕なんですよ。一対一なら」


 防御の上から力任せに一刀両断にして切り捨てる。


「次。おいでなさい」


 血糊を振り払い、周囲を見回す。


「参る!!」


 次のドラゴニアンが蒼一郎の背後から襲いかかる。

 裂帛の気合いと共に吐き出される気焔と地鳴りがする程の踏み込み。


「奇襲なら静かにやれば良いものを」


 単に蒼一郎が彼に背を向けていたというだけで、当人に奇襲している意識は無いのだろう。

 背後からとは言え、喧しく音を立てるのは武人としての性か、最も優れた人類種としての傲慢さか。


 すぐさま向き直り、その眼に上段に構えた敵の姿を眼に納める。

 大振りに振り落とされたショートソードの軌道から飛び退き、刀身の腹を叩いて力の流れを狂わせる。

 だが、ドラゴニアンはその流れに逆らわずに身体を旋回させ、二の太刀を繰り出す。


「器用なことをする」


 ショートソードを携えていたドラゴニアンの右手から繰り出されたのは大剣による斬撃だった。

 半身で避けると、先ほどまでは無手だった筈の左手から短槍が放たれる。


 蒼一郎は感心したように、しかし慌てた様子も無く、ただただ驚嘆の声をあげた。

 振るわれる度に異なる武器が繰り出され、その尽くを火花を散らして弾き返すと、ドラゴニアンが姿を消した。

 眉間に尖った物を突き付けられたような不快感に鳥肌が総毛立ち、背後に写る殺意の源に斬撃を放つ。


「ぬ……ぅ……!?」


 一の太刀で膝から下の両足を斬り飛ばし、崩れた体勢を両翼で立て直す暇も与えず、眼から上を二の太刀で刎ね飛ばした。


「次!」


「応!」


 地面を滑るように飛翔し、足元を狙うドラゴニアンの顔面を蹴り上げる。

 二メートル程の高さまで跳ね上がった頭部に刺突を繰り出す。脳漿をぶち撒けさせてやるつもりだった。

 それに対し、ドラゴニアンは発条仕掛けのように弓なりに反った上体を前方に打ち出し、大上段からの斬撃を頭蓋に叩き落す。

 刺突と斬撃が激しい火花を散らして交錯し、ドラゴニアンの剣が宙を舞い、レーベインベルグが肩を掠めた。

 

「フッ……!?」


 次の瞬間、蒼一郎の膝蹴りがドラゴニアンの股間を突き刺し、胸倉を掴んで刃を差し込み心臓を破壊して蹴り飛ばして刀身を引き抜いた。


「一度躱せたくらいで勝ち誇ってるんじゃありませんよ。ほら、次!」


「参る!!」


 閃光が走った。


 これまでに斬り殺したドラゴニアンとは比較にもならない程の斬撃が飛翔する。

 十合程打ち合ったところで、死角からの下段斬りを繰り出す。先程、両足を斬り飛ばした者と同じように。

 だが、角型の剣に阻まれ、レーベインベルグを弾き飛ばされる。


「チッ……!」


 甲高い金属音を立てて宙を舞うレーベインベルグを一瞬ばかり目で追った蒼一郎の隙を突いて、腹部に刺突が放たれた。

 回避は間に合わない。そう悟るなり、地を蹴って更に間合いを詰める。


――自ら斬られにきたと言うのか!?


 驚愕を滲ませるドラゴニアンを意に介さず、更に踏み込む。脇腹を貫かれたが、急所からは逸れている。

 一瞬の虚を突いて、召喚した精霊剣で肩口を袈裟懸けにして上半身を斜めに裂いて刎ね飛ばす。

 精霊剣の切れ味では斬り落とすと言うよりも、力任せに分断と言った方が正確で、その切断面は決して綺麗なものとは言い難かった。


「つ――――……!!」


 次という言葉が、右肩に走る灼熱感によって遮られた。

 左肩に刺さった棒手裏剣に似た形状の投擲剣を、血の弧を描いて引き抜き、次の挑戦者に投げ返す。

 投擲術の修練を修めていないということもあり、容易く受け止められるが、次の投擲物――、落下して来たレーベインベルグを蹴り飛ばすと同時に肉迫する。

 防御の上から心臓を貫き、拳を振り落とし、精霊剣の柄尻でドラゴニアンの額を叩き割った。


「次!!」


 斬った。


「次ッ!!」


 貫いた。


「次ィッ!!」


 焼いた。


「次だ!!」


 爆ぜた。


「来い!!」


 ありとあらゆる手段でドラゴニアンと一対一で殺し続けた。

 そして、八十程斬り殺した辺りで蒼一郎の息が上がり始めた。


(コイツ等……少しずつ強くなってきている……? いや、俺の動きを見切ってきているのか?)


 最初の内は、ドラゴニアン一人を殺すのに十秒前後で片が付いた。

 それが今では三十秒取られることが出て来た。

 傷を増やし、血を流し、息を切らしているにしても時間がかかり過ぎている。


――癖や動きが分かったからと言って、どうにかなるものじゃないだろ、普通!


 そう、普通ならば――。


 だが、蒼一郎が相手取っている敵は普通では無く、それが成せる存在だ。


――時代錯誤的な殺し合いのお蔭で何とか戦いが成立しているけど、こっちも足止めを喰らっているな……。


 蒼一郎は不安を胸の内に押し込み、ヴィルスト達の方へと視線を向ける。

 己よりも荒い息で、顔面を蒼白にしている。


――カトリエルは……まだか。原初(フォルメス)の火で残りの二十は殺せるだろうが、三百人の人狼がネックか……。


 ヴィルスト達の避難を要求すれば、恐らくドラゴニアンは受け入れる。

 だが、この乱戦模様でこの場から逃がしても却って危険に晒すだけで、何のメリットも無い。

 カトリエルと入れ違いになっても面白くない。


――焼き殺すならせめて半分は殺しておきたいところだが……。


「呆けておられるとは余裕だな!」


 死角から迫り来る短槍の刺突を払い除けた左手を軸に、円運動で距離を詰めて脇腹を貫いて絶命させる。


「思考を張り巡らせる程度には、ね。()()。其方はバーグリフの首が取りたい。此方はオライオンの首が欲しい。お互い、座興に感けてばかりいられる程、暇じゃあないでしょう?」


 あまり余裕は無いが、せめてばかりの虚勢を張ってみせる。

 すると、一人のドラゴニアンが激しく武器を打ち鳴らして、蒼一郎に突撃した。


「命を懸けた修練を座興と! 戯れと言ったか!!」


「別に挑発したつもりは無いんだが……、何事も口に出してみるものですね」


 二本の槍から繰り出される連撃をゆっくりと後退しながら捌き、口の中でぽつりと呟く。

 疲労が蓄積しつつあったがヴィルストが見ている手前、身体の軸をぶれさせること無く、相手の攻撃を両手持ちにしたレーベインベルグで丁寧に払っていく。


 そういった意味ではドラゴニアンは見取り稽古の相手としては非常に優秀と言えた。

 一見すると種族的優位を利用した力任せの攻撃に見えて、その実、槍の動きと身体の動きが完全が一致しており、相手の目を決して離さず、柔軟な足運びで攻撃を絶やさない。理想的な連撃だ。


 だからこそ蒼一郎も敢えて丁寧な体捌き、剣捌きで対応する。

 ヴィルストに少しでも多くのことを学ばせるために。

 尤も、ヴィルストでも学べるということはドラゴニアンなら、より多くのことを確実に学べる。

 その事実が蒼一郎を劣勢に追いやっていた。


 左右から挟み込むような中段の薙ぎ払いが二条の閃光を放つ。

 百九十センチにも届こうとする長身の蒼一郎にとって中段攻撃。本来ならば逆だが点よりも攻撃範囲の広い線の攻撃の対応を困難にした。


 回避が困難であれば防ぐ。

 片方の槍がレーベインベルグで受け止められるのは自明だ。

 しかし、生まれながらにして一流の戦士たるドラゴニアンが操る武具もまた一流。

 精霊剣や精霊盾如きで防げる程のナマクラでは無い。


「よっと」


 だが、ある種の術理と法則性、流れさえ見極めてしまえば、相手が何を狙っているかを読むことは決して不可能では無い。

 軽い掛け声と共に姿勢を低くして、凄まじく撓る重い薙ぎ払いを軽く避ける。

 

――次は足払いと併用して来るだろうから、同じ避け方は使えないか。


 一瞬だけ、蒼一郎の姿を見失ったドラゴニアンの隙を突いて体勢を立て直す。

 振り落とされた槍を地面に叩き付けるように受け流すと、再び中段の薙ぎ払いが飛来し、読み通りに一拍遅れて下段突きが撃ち込まれる。

 地面を突いて身体を浮かせて連撃を避ける。ついでに切っ先を持ち上げて、砂をかけて眼を潰す。

 それすらも慣れているらしく、相手は狼狽えること無く、蒼一郎の上段からの一撃を飛び込んで避けて背後に回り、視界を封じられたまま追撃する。

 ドラゴニアンの脅威的な直感から繰り出された一撃を円運動で受け流し、最低限の回避運動で攻撃の機を伺う。


――自分もまだまだ甘い。目を潰したら、却って目の動きが見えずに先読みが遅れる。安易に目を潰せば良いってものじゃないな。


 内心で一つの理を得た蒼一郎が胴を薙ぎ払う。横一文字の一閃を放つと、ドラゴニアンは宙に浮いて避ける。

 攻撃を避けられはしたが、斬撃のついでとばかりに剣の勢いに逆らわずに繰り出した回し蹴りは、綺麗に芯を貫いた。


――はっ! ざまぁ!


 まともに蹴りを受けたドラゴニアンが呻き声を漏らすが、それでも、昏倒、転倒だけは気合いで食い止めた。

 大上段から繰り出された斬撃を受け止めようと槍を上段に構え、視線を上に向けた瞬間、蒼一郎の爪先に顎を蹴り砕かれる。

 血反吐を漏らし、ふらついた頭で次の攻撃を防ごうと構えるも、力任せに振り落とされた斬撃によって槍ごと身体を真っ二つに斬り裂かれる。


「お見事……!」


 称賛に対する返答は己の内側から聞こえる生々しく裂ける肉の音だった。


「そろそろ、この無益な戯れ事に終止符を打つべきでは無いかと思うのですがねぇ? 指南くらい、道場を開くなり何なりすれば、命のやり取りをせずとも出来ることなのですから」


 お互い引き返せないところまで来ている。挑発と慈悲を込めた心にもない言葉。

 無言で繰り出された中段に構えた刺突剣が口火を切る。


「ま、そうなるでしょうね」


 その一撃を払い流し、流れるような飛翔から繰り出された長刀の唐竹割りは間合いを詰め、姿勢を下げて斜めに構えたレーベインベルグで受け止める。

 屈強なドラゴニアンの一撃でも握り手に近い部分で受け止めれば身体にかかる負荷は小さく、斜めに受け止めることで力を大きく分散させることが出来る。


 間合いが近過ぎると悟ったらしく、ドラゴニアンが長刀から手を離し、刺突剣を両手で構え直す。

 鋭く突きを放つも跳ね上げられて、がら空きになった腹部に前蹴りを突き刺される。


 仰け反りながら地面に落ちる寸前の長刀を器用な足で握って横薙ぎに一閃。

 それすらも見越していたと言わんばかりに、回転運動による回避から繰り出した斬撃で腹部を引き裂き、臓腑を溢させる。


「ですが、いい加減に学習しましょうよ」


 すぐさま背後のドラゴニアンに向けてレーベインベルグの切っ先を突き付け、隙を見せずに構え直す。

 間合いに入るまで、後一拍子というところで蒼一郎に牽制され、動きを止めた。


「其方が此方の思考や動きを読めるようになってきたということは、逆も然りですよ」


 一対一の連戦という図式が成り立ってはいるが、囲みを作るドラゴニアン達の一人一人に注意を欠かしてはいない。

 彼等がどんなに一対一の立ち合いだと言い張ろうとも、蒼一郎は一対多であると認識していた。


「次は此方から動いてみましょうか」


 柄同士がぶつかり、力が入った瞬間、一歩退いてその均衡を崩して隙を作る。

 レーベインベルグを振り回し、腹部を半ば程まで引き裂いて、叩き付けるように地面になぎ倒して、そのまま走り出す。

 一人倒れる度に、また一人ドラゴニアンが蒼一郎との立ち合いに名乗りを上げていたが、今度はその相手を蒼一郎が選ぶという形に切り替わった。


 それでも蒼一郎に選ばれたのは己だと確信した者達の闘争に対する反射もさるもので、思考するよりも先に蒼一郎の顔面目掛けて連続突きを繰り出す。

 それを首だけの最小限の動きで避けて、距離を詰めてドラゴニアンの握り手を鷲掴みにする。

 そして、無理矢理斬撃の射線を作ると腹部を鋭く切り裂いて打ち捨てる。動きが止まることは無く、近場にいたドラゴニアンの額を貫く。


 澱みなく一瞬で同胞を葬り去る姿を見せ付けられ、蒼一郎が攻勢に移れば苦戦は必至だと思い知らされたのか、次の獲物を選ばせる暇を与えず、上空で待機していたドラゴニアンが急降下と共に巨大な戦斧(ハルバード)を振り落とし、斬撃と石突による打撃の連撃を狙うが、それを軽く受け流す。

 受け流される力に逆らわず、回転と共に攻撃を繰り出すが振り下ろしと、蒼一郎の突き上げで折れた刃がギィンと甲高い音を響かせて宙を舞う。

 更に線では無く点を狙った刺突は戦斧だけでは無く、ドラゴニアンの脳髄を貫き、絶命させていた。


 それを理解するや否や、新手のドラゴニアンが蒼一郎の背後から迫る。

 レーベインベルグの切っ先は絶命したドラゴニアンの頭部に未だ埋没したままだ。

 遺体から剣を引き抜くのでは無く、更に深く差し込み身体を密着させると、その首を腕と腰の力で一気に捻って立ち位置を入れ替え盾にする。


「チッ……!!」


 忌々し気に舌打ちしたのはドラゴニアンでは無く、蒼一郎だった。

 如何に同胞であろうとも死んでしまえば、ただの物でしかない。

 新手のドラゴニアンは絶命した同胞の身体を貫き、その向こう側にいる蒼一郎を貫いた。


 所詮、肉壁は肉壁でしか無いと気付いたのは、ドラゴニアンの遺体から刃が顔を覗かせる寸前のことだった。

 それが辛うじて、急所――、心臓への攻撃を逸らすことに成功していた。


 だが、代償として――


――左腕は使い物にならないか……。まあ良い。カトリエルが到着するまでの辛抱だ。


 ドラゴニアンの首を刎ね、肩を貫く刃を力任せに引き抜いたせいか、神経を傷付けてしまったらしく、上手く力が入らなくなった。

 それ故に次の攻撃はレーベインベルグでは無く、使い物にならなくなった左腕で受け止め、頭蓋を貫いて殺した。

 傷口から鮮血が爆ぜたように吹き出し、蒼一郎の左側頭部が真っ赤に染まり、急激な失血に片膝を突く。


――これで残り十。時間がかかり過ぎるな……。


 蒼一郎の懸念はこの場での勝敗では無く、この後に続く戦いに向けられていた。

 ソウブルーの市街地や要塞部分から時折、爆炎が吹き上がる。


 攻撃を受けているのか、それとも攻撃をしているのか定かではないが、一刻も早く頭を潰さなくてはという衝動が徐々に強くなりつつある。

 ドラゴニアンを百体、たった一人で殲滅出来るなら、それはそれで有効な一手となるが、所詮、彼等も主力の一角に過ぎない。


 戦えば戦う程、傷は多く深くなっていく。

 だが、それでも、これまでの難敵に比べれば大きな困難とは言えない。


 寧ろ、人類種最強と嘯き、百も雁首揃えておきながら、一人の人間すら突破出来ず、一人の人間を足止めするのに数を頼りにせねばならぬという事実に呆れ、嘲りにも近い感情すら生まれつつあった。


 だが――、


「く、倉澤先生が……!!」


「リリネット殿! 私達も倉澤蒼一郎殿に助勢すべきでは!?」 


 見ている方にとっては、特に若者達には蒼一郎が傷付き、荒い呼吸と共に血を流して、片膝を付く光景は正しく悪夢であった。

 特にヴィルストは、蒼一郎が常に余裕を持って――子連れの依頼は常に内心で肝を冷やしているが――敵を圧倒する姿しか見たことが無く、単騎で百体のドラゴニアンを全滅させようとしていることに対する驚嘆よりも、今まさに傷付き倒れようとしている姿に物恐ろしさを感じていた。


――さーて、どうしたものかねぇ。


 ドワーフの少女……もとい、ドワーフの女性リリネットは内心で首を捻る。

 一見すると蒼一郎は派手に出血し、窮地に陥っているように見えないことも無い。


 だが、胡桃がカトリエルを呼びに走り出して、かなりの時間が経過している。

 もう間も無く到着といったところだろう。

 彼女が到着しさえすれば、半殺しにされた程度の傷でも、立ちどころに戦線に復帰出来るようになるのは、自らの身体で体験済みだ。

 だからこそ、蒼一郎も使い物にならなくなった左腕を盾代わりに使い潰したのだろうと読んでいた。


――別に倉澤の旦那は危機には陥っていないんだよねぇ。さっきからこっちをチラチラ見てるし、お弟子さんに学ばせること前提の動きだし。


 彼女とてベルカンタンプ鉱山の自警団を率いる立場にあり、流血にも教導にも慣れている。

 蒼一郎の動きから、その考えを正確に理解していた。


――無理に助けに入ったら、却って旦那に怒られそうって言うか……。けど、ここで渋ったらこの子達が暴走しそうなんだよねぇ。修羅場に来るには若……幼過ぎるし。


 ヴィルストも、ブリジットも強制的に修羅場に放り込まれたことはあっても、自らの意志で赴いたことは無い。

 ぱっと見、彼等よりも幼く見えるリリネットは決断する。


「相手はドラゴニアン。人類種最強の種族を相手に戦いを挑むのかい? 倉澤の旦那と連中の戦いを見ても、あの中に割って入って手助けが出来ると思うのかい?」


「臆するのですか!?」


 いきり立つブリジットの胸を素知らぬ顔で突いて、リリネットは言葉を遮る。


「聞いてんのはあたいだよ。あたいならあの中に入っていける。あたい一人だけならね。だけど、お嬢ちゃんと坊ちゃんは?」


「それは……」 


「どうなんだい?」


 ブリジットの胸を突く指先に力を込めると、柔らかい感触に包まれて指が埋まった。

『畜生』と思いながらリリネットは再び問いかけた。


「冷静になれば分かるよね? あたい一人だけならあの中に入っていける。でも、そうなったらあんた等のおもりは誰がするんだい? 重症を負った坊ちゃんと、場違いなお嬢ちゃん」


 リリネットの手厳しい指摘に二人は口惜しげに奥歯を噛み締める。


「坊ちゃんは倉澤の旦那の大切な弟子で、嬢ちゃんは倉澤の旦那の大切な客人なんだ。二人に怪我でもされたら、倉澤の旦那は間違いなく傷付くし、悲しむことになる。何の手立ても無いのに、あの中に割って入るなんて旦那の信頼を裏切る真似は出来ないね」


「手立て……」


 ブリジットは口の中で何度か手立てという言葉を反芻すると決心したかのようにヴィルストに向き直る。


「ヴィルスト殿。初対面で倉澤蒼一郎殿という接点以外に何の繋がりも無い身ではありますが……。ですが、しかし今一時、この私に、ブリジット・ヴァラスに力と信を委ねて頂けませんか?」


 大量の血を流し、自分の身体が何倍にも何十倍にも重くなったような錯覚を覚えた。

 それでも、ヴィルストは立ち上がった。


――こんな僕にでも、まだ出来ることがある。しかも倉澤先生のために。


 そう思えば、傷付いた身体でも、もう一度立ち上がることが出来た。


「ヴィルスト殿、これを」


 そう言って差し出したのは、宝石を散りばめられたガントレットの左腕部だった。

 かつて、蒼一郎がネフェルトと巨人の巣穴を探索した際に発見した魔石付きのガントレットだ。

 これを託されたブリジットは、今は亡き級友のオラツィオとフィリウスの共同研究によって完成した術式を、ガントレットに埋め込まれたパイライトに刻印するためにドワーフを頼ってベルカンタンプ鉱山を訪れた。


 腕の立つドワーフの職人はソウブルーにも数多くいるが、『龍殺しに相応しい魔術兵装を完成させてみせます!』と言った手前、完成を待たずして蒼一郎と鉢合わせるのは格好が付かないと思って、敢えてソウブルーを避けた。

 そうして、リリネットがガントレットに術式を刻み付けて完成に至った。


 リリネットは、ソウブルーを目指すブリジットに護衛を買って出た。

 道中の馬車でネフェルトと出会ったことを切欠に、ソウブルーを目指す動機となる人物が同じであることを知り、意気投合。

 彼女達の絆を結び付けたガントレットだ。


 その名を――


「多くの人の想いが込められた倉澤蒼一郎殿専用の魔術兵装、龍装甲(ハールダロルヴェ)です。一時的に使用者の認証コードを書き換え、ヴィルスト殿にも使えるようにします」


「僕、にも……?」


 ヴィルストは息も絶え絶えに不思議そうに聞き返した。


 先生専用の魔術兵装なのに何故、僕にも使えるようにするのか、と。


「口惜しいですが、今の私達があの中に入り込んでも倉澤蒼一郎殿の邪魔にしかなりません。ですが、この龍装甲(ハールダロルヴェ)の力があれば、きっと肩を並べることができるはず!」


 師が使う筈の魔術兵装を先んじて使用する。その事実に緊張を感じないわけでは無かった。

 だが、意識を失わないようにするだけで精一杯のこの身体でも、師の役に立てる。

 ヴィルストは緊張と興奮が綯交ぜになった心境で龍装甲(ハールダロルヴェ)に手を伸ばした。

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