第十三話 準備運動
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「うーん……」
氷の団の将、絶無の零がトレスドアを攻略した話を聞かされた翌日。
ギルド地区の公園の芝生でカトリエルの膝を枕にして寝転がっていると、堂々巡りの思考に苛まれる。
「昨日からどうかしたのかしら? 帰って来てから随分と悩んでいるようだけれど」
「トレスドア陥落の件でちょっと、ね」
「ああ……、人間と亜人の主従が逆転したらしいわね。それで? 貴方の懸念は何なのかしら?」
「懸念と言うか――。いい加減、氷の団が目障りになってきたから潰したいな、ってね」
「貴方にしては剣呑……いえ、いつものことかしら?」
――失礼な。
「無益な殺生は好きでは無いよ。けど根本的な解決手段が、それしか無いなら殺るしかない。本来の目的を果たすためにも、ね」
第一の目標はカトリエルを戒める仮腹の儀を無力化すること。
第二の目標は魔人を殲滅すること。
しかし、視界や意識の隅で何かしている程度なら兎も角、こうも派手に動かれると気が散って仕方が無い。
自分の目的に注力する前準備として、氷の団を殲滅するのは決して間違った判断では無い筈だ。
しかし――、
「だけど、如何せん距離が……氷の都は遠い。氷の都まで半日程度の距離ならまだしも、今の自分の足でも片道で五日は要る。そこまで時間を割いてでも潰したい相手でも無い、んだけど……どうにも、ね」
「煮え切らないわね」
――返す言葉もない。
「レーンベルグが兵力を派遣してトレスドアを平定するという話は貴方も知っているわよね?」
「ああ、勿論。先帝が暗殺されて以来、帝国は分裂の危機に晒されている。トレスドア奪回を名目にして今一度、確たる支配体制を敷くつもりなんだろ」
「それには人がいるわね。武官だけでは無く、行政官も派遣しなくてはならない。一時的とは言え、レーンベルグは多くの人手を失うことを意味する」
「その分、オライオンは背後を気にすること無く、大規模な兵力を動員することが出来る」
「レーンベルグの意識がトレスドアの奪回に向いている間にオライオンは動くでしょうね。当然、狙うのは帝国の流通の要、ソウブルー。同じ轍を踏まないように徹底的に」
「成る程。前回は参戦出来なかったが、次はそうはいかない。最初から此処で待ち構えて、鏖だ。君にも指一本触れさせない」
とは言え、一日中、カトリエルに引っ付いているわけにもいかない。
いや、引っ付いていたいが、それはそれ。これはこれ、だ。
今日も今日とてソウブルー要塞の地下迷宮の攻略に挑む。
「嗚呼……退屈……」
ソウブルー要塞地下迷宮の地下十八階。
天井に張り付いたスライムを天井ごと焼き払い、自らの影の中に引きずり落とそうとするシャドーピープルを床ごと破壊し、壁から急襲を仕掛けるレイスを壁ごと引き裂き、魔導書に擬態し読者の眼を潰し心を取り込む呪本を破り捨て、ダンジョンに巣食う魔物を一通り殺した辺りで、自分に同行するメアリが心底退屈そうに溜息を吐いた。
「ねぇ、委員長さん。聞いてるー? 退屈過ぎて堪らないんですけどー?」
「殺し合い以外でしたら協力しますが?」
「女が何を求めているのか分かっているくせに、それを与えないなんて男の風上にも置けないわねぇ」
生憎、バトルジャンキーを殺し合いに誘う程、人生に絶望していない。
「トレスドアに行ってみてはどうです? 今ならトロールの大軍団を相手に大暴れ出来ますよ」
「委員長さん、話聞いてるー? 殺し合いがしたいんであって雑草刈りなんてしたくないんだけどー? しかも、草刈りなんかのために余所に行ったら、委員長さんが邪神や魔人を独り占めするに決まってるじゃない」
独り占めどころか、一人として欲しくねーよ。
次に魔人が自分の前に現れたら、メアリに押し付けてバックレてやりたいくらいだ。
と言うか、魔人を効果的に殺す手段を得るために死した勇者の国クラビス・ヴァスカイルに向かう。
そして、其処で得た情報や手段をメアリのような戦闘狂に提供し、魔人を殲滅させる。それが当初の目的だった。
クラビス・ヴァスカイルに至る道は未だ見えず、魔人たちは空気を読まずに自分の目の前に現れる。
そのせいで望んでもいない戦いを押し付けられる。迷惑千万な話である。
「だったら大人しくしていてくださいよ。早かれ遅かれ二次会が始まるのですから」
「二次会? オライオン達が?」
「レーンベルグが、トロール達に支配されたトレスドアの平定に、兵を派遣することが決定しました。麻痺した行政を回復させなくてはなりませんから、兵力だけでは無く、行政官の派遣も必要になります。分裂しかかった帝国を再統一させる為にも、首都のレーンベルグが単体で事を成し遂げねばなりません。ソウブルーが増援を要請したとしても、レーンベルグには応じる余裕は無い。前回は八千の兵力で奇襲を仕掛けたが、ソウブルーを落とせなかった」
「ふふん……。成る程ね」
メアリは得心がいったらしく、愉快げに口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
「次の襲撃は八千を遥かに越える兵力が動員されて、魔術兵装を用いて、戦術も戦略も駆使する。レーンベルグから横槍が入らない絶好のタイミングで大攻勢を仕掛けて来るってわけね」
「派手な戦争になるでしょうね……ってか、もう少し社会情勢知っておきましょうよ」
まあ、自分もついさっきカトリエルから聞いた話だが。
「えー……」
豹や獅子等、猫科の猛獣を思わせるSSランクの冒険者が、猫その物な態度で嫌そうにぶー垂れる。
何と無く出来の悪い生徒が出来たみたいな気分になる。自分の生徒が一人残らず優秀だからだろうか。
「だから強者との戦いを逃すんですよ」
――と、釘を刺しておく。
世間知らずのバトルジャンキーはさて置き、ソウブルーの商業地区は随分と様変わりしてしまった。
ギルドに所属していない冒険者や戦士、所謂渡り鳥や、武器商人等の姿をよく見かけるようになった。
それとは対象的に観光客は減少傾向にあり、商業地区の雰囲気も何処か物々しい。
呼ばれたわけでも無く、誰もが大きな衝突が起こる必然を予期している。
最高位の冒険者がそれを理解していないのは予想外だったが……
「戦えればそれで良いのよ。考えるのは他に任せるわ」
脳筋ここに極まれり。
だが、それが許されるだけの出鱈目な力の持ち主だという証かも知れないが。
「だったら、大人しく仕事してください。レーンベルグが手一杯な内に……、十日と経たずに攻め寄せて来るはずですから」
「仕方が無いわねぇ……。それで委員長さんはさっきから何を熱心に読んでいるのかしら?」
「いつも通りです。対魔人戦術に有効な魔術兵装に関する記述を探しているんですよ。結局の所、身体能力の差を如何にして埋めるか。それが一番の問題ですからね」
何とかしてサマーダム大学から魔術兵装を借り受けることは出来ないものやら。
神馬の蹄で音速を超過し、音速戦闘を可能とする機動力を。
強化装甲で音速戦闘を可能とする強度、魔人の攻撃と魔術に耐える防御力を。
闘霊脳で音速の世界を認識し、肉体を制御する思考と反射を。
其処までやって漸く、下位の魔人グァルプと互角。
自分の命を狙うメラーナ等、上位の魔人とは勝負にすらならない。
「委員長さん。強くなりたいならもっと戦うなり、愉しむなりしないと。装備や才能、目的意識だけじゃすぐに限界が来るわよ?」
「限界……?」
「委員長さんの目的は魔人を殲滅する方法を模索して、他の誰かに魔人を殲滅させることじゃない? だったら、私や衛兵団長さん、支配者クラスの仲間を増やして、オライオンのように人を率いて戦えば良い。元々、魔人なんて数を集めて、封印指定級魔術兵装や、戦略級軍用魔術を駆使して封印するのものだし。委員長さんみたいに下位とは言え、単騎で魔人を完全消滅させる方が例外なのよねぇ」
「それは状況が――」
「なまじ一人で魔人と戦えるから、願望と、手段と、目的が出鱈目に散らかっているのよ。委員長さんの場合、迷いと雑念が有耶無耶になるくらい戦い続けるか、愉しむしかないわね。だから――」
「貴女と戦えって? それはこの仕事が片付いてからお楽しみですよ?」
「むぅ……」
「ま、SSランク冒険者の金言です。心には留めておきましょう」
「そう言うわけだから――」
「貴女との殺し合いは地下迷宮の全容を解明してから。待つくらい犬にでも出来るのですから、我慢してくださいよ」
胡桃さんだって好物を前にしても、待てと言われたら、良しと言われるまで我慢できる子なのに。
「前人未踏の地下迷宮なんて期待していたけど、退屈過ぎて死にそう」
怠惰な口振りと共に繰り出される投げやりな打撃が、メアリの背後に迫っていたアンデッドを撃ち砕く。
粉塵と化した骨片が打撃の風圧で吹き飛び、襤褸屑になったローブと錆びた大鎌が固い音を立てて床に落ちた。
確かヘルと名付けられた脅威度の高いアンデッドだ。
「ヘルの奇襲を受けて退屈なんて言えるのは貴女くらいのものですよ」
「……退屈」
彼女が時折漏らす「退屈」の言葉を聞き流すこと十数回。
地下十八階のマッピングが完了した。既に地下十九階への階段は発見している。
「地下十九階の調査を飛ばして地下二十階へ向かいましょうか」
「地下二十階に何があるか知っているの?」
「いいえ? ただ何かありそうだと思って」
地下十階に巣食っていた邪教徒と、邪神。
だったら地下二十階にも何かが巣食っている可能性は高い。
「何も無いじゃない」
ま、ゲームじゃあるまいし、何も無いことも、ある。寧ろ、無いことの方が多いわけで。
肩を竦めて、先に進もうとすると後頭部に針で刺されたような痛みを感じた。
其処からは、ただ反射だけで動いていた。
礼服の裾が音を唸らせる程の勢いで身体を反転させ、自分でもそれを成した自覚が生まれない程、流れるような自然な動きで、赤熱化させたレーベインベルグを抜刀し、メアリの鉄扇の連撃を迎撃する。
「んふ……大抵の相手なら今ので全身の骨を砕かれて、スライムみたいになってたところよ。流石は委員長さん。魔術兵装の火力頼りなんて言ってたけど、謙遜を通り越して嘘じゃない」
「SSランクの冒険者にお褒め頂き、感激の至り……なんて、ね。どういうつもりですか?」
返答次第じゃ、ただじゃ置かないぞ……と言いたいところだが、彼女にとってはご褒美にしかならない。
しかも、ただで済まないのは自分の方だ。
「退屈過ぎてつまらないから、ちょーっと味見をね」
――味見で殺されて堪るか。
「と言うわけでカモンカモン」
そう言って右手に持った鉄扇を此方に突き付け、左手に持った鉄扇で自らの頭を小突いた。
まるで頭蓋に斬撃を繰り出して来いと言わんばかりの態度だった。
「仕方がありませんね。本当に味見程度しか付き合いませんよ?」
随分とストレスが溜まっているようだし、ここらで発散させてやった方が暴走せずに済みそうだ。
「良いね。委員長さんも話せるようになってきた?」
「但し……」
全身の発条を使って距離を詰め、踏み込みと同時に振り落としていた斬撃を頭蓋に叩き付ける。
逆手に持ち替えた鉄扇が盾のように広がり、耳を劈く擦過音と共に閃光のような火花が飛び散った。
防がれることは最初から織り込み済みだ。
「此方は戦うようになって半年足らずのド素人。加減も何もありません。何があっても責任は取れませんよ」
「大丈夫、大丈夫。やっぱり委員長さんはこっち側の人間だねぇ」
「失礼な。自分は平穏を愛する男だぞ」
密着した状態から左側頭部に剣打を、右膝に蹴りを浴びせ、彼女の体勢がぐらりと崩れたところに合わせて、掬い上げるようにして斬撃を叩き込む。
剣閃がメアリの脇腹から肩口にかけて走り抜け、彼女の上半身が独楽が回る様に飛んで行く。
――ただの錯覚だ。
視覚を誤魔化すことは出来ても、直感は誤魔化せない。
血の一滴も流すこと無く崩れ落ちる彼女の残骸を無視して、背後に迫る影を横一文字に薙ぎ払う。
剣の勢いに任せて身体を反転させると案の定、血どころか汗の一滴も流さず涼しい顔をしたメアリが肘と膝でレーベインベルグを挟み込んで受け止めていた。
刀身が赤熱化していても、まるで意に介していない。
「赤のウァカロルの加護で熱は効き難い体質なの。この身体を焼きたかったら原初の火じゃないとね」
「だったら最初からそう仰ってくださいよ。魔力の無駄ですから」
「委員長さん、ケチ臭いわ~」
「倹約家なだけです」
何せ借金は金貨百万枚。魔力も財産だと思えば、効果的に使う必要が出て来る。
赤熱化させるのだって魔力がいる。効果が無いなら使うだけ無駄だ。
それにしてもあからさまに手を抜かれている。未だに自分が無傷でいられるのが良い証拠だ。
その上、此方の攻撃は一切通用していない。
これで彼女が満足するならそれで良いが、今はただの様子見だ。
自分がギリギリで見切り、防ぎ、回避出来る速度と力で攻撃を繰り出しているに過ぎない。
しかし、その速度と力も徐々に増している。彼女を満足させるには何処まで付き合えば良いのか。
まるで一人でチキンレースをやらされている気分になる。
――そろそろ殺すか?
なんて心の中にいる剣呑な自分が囁く。
粋がった程度で殺せる相手なら苦労はしない。
それに情報が出揃ったら、彼女に魔人を皆殺しにしてもらうつもりだ。
自分如きに殺されるような体たらくでは困る。
「次はどう攻める? それともどう攻めて欲しい?」
メアリが蠱惑的に唇を歪める。
その表情を浮かべるには時と場所と状況が明らかに不適切だ。
ベッドの上でやれ……、と言うか、ベッドの上でやろうぜと言いたくなるような顔だった。
「どうするもこうするも自分に出来るのは剣と炎を振り回すことだけですよ」
「そう? それじゃあその言葉が嘘か真か一つずつ暴かせてもらいましょうか」
来る――、身構えた瞬間、自分とメアリの間に一つの鉄塊が遮るようにして現れた。
一見すると鉄塊のように見えた鋼鉄は呆れる程に巨大で無骨な剣だった。
「――ッ!」
こんな出鱈目な物を武器として振り回すような非常識な輩は一種族しかいない。
反射的に振り返ると其処にはビルの鉄骨を思わせる巨大な剣の柄尻を足蹴にする帝国衛兵団長の姿があった。
「アーベルトさん……!?」
「二人とも準備運動は其処までにしておけ。状況が動いた」
「へぇ? さっき委員長さんが言ってた氷の団の大攻勢って奴かしら?」
邪魔をするな――、とでも言いたげな、メアリの剣呑な声色を聞いてもアーベルトさんは何食わぬ顔で頷いた。
「数にして三万。総動員体制とも言うべき戦力だ。
不確定だが、女性型魔人の一体が氷の団と行動を共にしているという情報も入ってきている」
此方に敵対的な組織と同調しそうな女性型の魔人――、嫌な予感しかしない。
「まさか、魔人メラーナが?」
宿敵を葬ったらライゼファーの仇を取りに自分を殺しに来ると言っていたが、今日がその日だと言うのだろうか。
「え、何? 上位の魔人が来てるの? マジで?」
「あくまで不確定情報だ。あきらかに戦う者の空気を纏っていないにも関わらず、周囲から恐れられている少女が氷の団と共にソウブルーを目指しているという情報が入っているだけだ」
「ふーん。その恐怖感は斥候も感じたのかしら?」
「だからこそ魔人である可能性が高いと判断したのだ」
「委員長さん!」
メアリが両手に持った鉄扇を放り出し、鉄塊のような剣を跳び越え、自分の腕に抱き着いて来る。
「早く上に戻りましょ! 他の奴に邪魔されない内に魔人と殺し合わないと!」
これで所々の言葉を換えればデートのお誘いなんだが、な。
これまでに彼女が見せたことの無い、とても女性的な弾ける笑みを浮かべていた。
一人で行けよ――、と言いたいところだが、お目付け役は必要だろう。
「アーベルトさん」
「なんだ?」
「カトリエルに伝えてください。魔人を始末したらすぐに合流する、と」
「良いだろう」
「あらあら、これから愉しいデートなのに委員長さんは無粋ねぇ」
「戦場に行くのに無粋も糞もありませんよ。いい加減に目障りだと思っていたところです。向こうから殺されに来てくれるなら好都合と言うものです」
「んふふ、剣呑剣呑。やっぱり委員長さんはこっち側よねぇ」
念を押すように何度も言うな。失礼極まりない。
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