第十二話 派閥
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
トリエンナ家の御曹司、アルキスとの裏取引が始まってから約一月。
泳がせているのか、泳がされているのか。何も定まらないまま無駄に過ぎ去った一月でもある。
定まらないと言えば、生徒達の教育方針もそうだ。
彼等は学習することに貪欲ということもあり、はっきり言って優秀だ。
内容次第では自分の監督抜きで依頼を遂行させることもある。
単独で冒険者としての責務を果たし、依頼を得られるようになった事が彼等の自信にも繋がっている。
元から高い彼等のモチベーションは更なる向上を見せていた。
そして、矢張りと言うべきか、彼等の興味や関心はより高額で、より危険な依頼の方へと向かっている。
それが目下の自分の悩みにもなっていた。
懊悩を抱えたまま授業を終えると、誰一人として教室から出ていこうとしない。
皆一様に何処と無く不安げで、神妙な顔つきで自分を見つめていた。
「みんな、どうかしましたか?」
「倉澤先生にお尋ねしたいことがあります」
子供達の代表としてヴィルストが立ち上がる。その表情は珍しく自信なげだ。
「ええ、何ですか?」
余程の大事なのかも知れない。姿勢を正してヴィルストの言葉を待つ。
「その……、倉澤先生は反帝国派、なのでしょうか?」
「それは無いかなー」
思わず反射的に口が動いてしまったが、質問の意図が大分、図りかねる。
――反帝国派? 自分が? オライオンとか、トリエンナ家のお坊ちゃんの仲間? あー、無い無い。絶対無い。
改めて落ち着いて考えてみたが、有り得ないと断言出来る。
どちらも殺すつもりでいる相手だ。自分が手を下すまでもなく殺されていそうな連中ではあるが。
「そ、そうなのですか? 最近、倉澤先生がトリエンナ家の手の者と会っている姿を多くの人が見ています。僕達の依頼主が倉澤先生が何か大きなことを仕出かすのでは無いかと、市街地を中心に不安が広がっています」
実際見せ付けているのだから当然だ。
自分が新市街地区、職人地区、ギルド地区でアルキス・トリエンナと顔を合わせて何かの企み事を話す。
その姿を多くのソウブルー市民達に見られている倉澤蒼一郎の姿をアルキス・トリエンナに見せ付ける。
自分がアルキス・トリエンナと接点を持つ姿を見られても、何も問題無いと判断しているくらい親しみを感じている。そう勘違いさせるには一番手っ取り早い方法だ。
後は住民達が流した『当代の龍殺しも反帝国派』という噂がダメ押しとなって、勝手に親近感を覚えてくれる。
だが、自分の身内の中でも、特に清濁併せ吞めないのが自分の生徒達だった。
「そうでしたか。しかし、みんなに心配をかけるとは先生失格ですね。まずは謝罪します。ごめんなさい。ですが、どうか安心してください。自分は外国人ですから、帝国の常識からずれていることは自覚しています。けれど、妻と友人、君達生徒も帝国人です。だから自分も今の帝国を大切に思っています」
「だったら、どうしてですか? 貴族とは言え、不穏分子だってことは子供の僕らでも分かっていることです!」
――さて、どう説明したものだろうか……。ああ、そうだ。今日の補習はこれにしよう。
「みんなは反帝国派……、その旗頭である卑劣の王オライオンのことをどれだけ知っていますか? 些細なことでも良いので思い付くことを全て発表してください」
「先帝を暗殺しました」
「先代の龍殺し」
「氷の団の頭目」
「支配者に勝るとも劣らない魔術兵装の持ち主」
「金髪金眼の人間」
「配下にオライオン四天王と呼ばれる側近がいます」
「亜人や獣人との融和を掲げています」
「氷の都を占拠して獣人や亜人を集めて戦力にしています」
「反帝国派の貴族達から支援されています」
「僕らの家族を、殺した男です……!!」
生徒達がオライオンの情報を口にする中、ヴィルストだけはオライオンに対する怒りを口にした。
ああ、成る程。確かにその通りだ。
自分が反帝国派……オライオン派の貴族に近付くことを面白くないと思って当然だ。
だからこそ、この補習にも意味が出て来ると言うものだ。
「さて、みんなが発表してくれた意見の中にもあったように、彼は非人間族の融和を謳っています。その言葉を信じた非人間族は数万という数になって続々と氷の都を目指しているそうです。自分のような非人間族の家族がいる人間もオライオンの支配を歓迎し、喜んで支援していると聞きました」
「それでも倉澤先生は反帝国派の支配では無く、現体制の方が良いとお考えなのですか?」
ヴィルストの表情に安堵は無く、かと言って疑惑も無い。純粋に疑問を感じているようだった。
傍から見れば、半獣のような姿をした胡桃さんを家族にしている自分にとって、現体制よりもオライオンの身体性の方が都合が良い筈だ。
見回してみると他の子供達も同じような表情をしている。
「自分は卑劣の王と呼ばれている、オライオンがどんな人間なのかを知りません。会ったことはありませんし、顔を見たことすらありませんから、彼のことは情報だけでしか知りません。その上で自分があの男に対して感じたことを言葉にするなら……」
彼等の主張することが心から出たものだとしたら、反帝国派に移るのも吝かでは無かった。
だが――
「あの連中のことを言葉にするなら気に食わない、でしょうか」
「気に食わない……ですか?」
「ええ、気に食わないですね」
ヴィルストは素っ頓狂な声をあげたが、実際に口にしてみるとこれが非常にしっくりくる。
「偽善と欺瞞に満ちた卑怯者ですよ。あの男は」
「倉澤先生がそう感じた理由を伺っても良いですか?」
「その前にみんながどれだけ自習しているか確認させてください。先のソウブルー襲撃で氷の団側の死傷者数を答えられる人は手を挙げて」
十人が真っ直ぐに手を挙げた。本当に優秀で何よりである。
「素晴らしい。みんなが知っている通り、氷の団は八千人で編成された軍団でソウブルーを襲撃しました。そして、その内の三千五百人が死亡。壊滅的な被害を受けた氷の団は侵攻を諦め、撤退を選びました。では、この三千五百人の中から、何人の人間が死んだか答えられる人はいますか?」
自分の問いかけに教室の中がどよめく。答えられる生徒はいないようだ。
「正解は二十人。死んだ人間は裏切りの塔を占拠した氷の団の間者を始めとした極少数。そして、要塞の中に入り込んだ人間もオライオンと、オライオン四天王と数人の雑兵のみ」
オライオン四天王の内、二人が命を落としているがどちらも獣人と亜人だ。
人間の幹部は一人として命を落としていない。
戦場だけでは無い。氷の都を運営する役人の中に人間以外の種族は一人として存在していない。
非人間族を中心に構成された組織と言えば聞こえは良いが、少数の人間が大多数の非人間族の隷属化する組織だ。
寧ろ、氷の団こそが差別主義者の巣窟だと言っても良い。
連中にとって非人間族は、ただの消耗品でしかない。
その癖、亜人、獣人との融和を目的などと耳障りの良い言葉ばかりを口走る。
これが偽善と欺瞞で無ければ何だと言うのか。
潔さの欠片も無い卑劣なやり口が気に食わない。
彼が卑劣の王と呼ばれている理由とは別だが、正しく卑劣漢だ。
「たったの二十二人……!? あの戦いで人間は動員されていなかったということなのですか?」
「亜人達をソウブルー要塞にぶつけ、落とすことが出来れば良し。出来ずとも、帝国に不満を持って氷の団に集う非人間族は多く、時間をかければ失った戦力は補充出来る。敗北の責は帝国の反発に転化すれば、戦意高揚に繋げることが出来る。恐らくですが、オライオンにとって先の敗北は、何の痛痒も感じていないはずです」
本当に勝つ気があるなら、あんな杜撰な攻め方をする筈が無い。
本気でやってあの様なら、ただの愚か者だが、其処まで容易い敵では無いだろう。
「そんな……! それじゃあ反乱の名を借りただけの亜人、獣人への弾圧じゃないですか!」
「そうか! だから倉澤先生はオライオン達のことが気に食わないと仰ったのですね?」
「そういうことです」
氷の団のトップが人間で幹部も人間。それにも関わらず、氷の団側の被害は非人間族のみ。
実際の数字を見れば、その違和感は誰の目にも明らかになる。
「そんな奴を自分は仲間とは認めない」
『もしかしたらオライオンの反乱は本気では無いのかも知れない』
土地によって差はあるが非人間族に対する差別は決して小さなものでは無い。
先帝ハルロンティ・アーリーバードが没し、抑止を失ったことで偏った思想を先鋭化させた支配者もいる程だ。
『オライオンは非人間族を根絶やしにする大義名分を作ってくれているのでは無いだろうか』
先帝を暗殺したことと氷の都を占拠したことを忘れたのか、大愚極まる発想の持ち主は僅かだが存在している。
「ですが、氷の団が特定の思想に成り代わって亜人や獣人たちの弾圧、間引きを代行している。そう考えるのは危険であるということだけは覚えておいてください。そう思われることこそが彼等の真意である可能性も決して捨てきれないのですから」
「表向きは反乱軍。その実態は亜人、獣人への弾圧代行者。しかし、その裏の顔すら実は表向きの顔だということですか?」
「ええ。戦況をひっくり返せるような力……戦術級、戦略級の魔術兵装が手に入れば本格的に動くでしょう。あの男は明確に帝国の敵ですよ。自分が気付いているくらいです。多くの者がそれに気付いている筈です」
「なら何故、氷の団を放置するような……反帝国派の貴族達ですか!?」
「これがまた難しいところです」
本当に難しい。
バーグリフからは殺しの許可を得ているが、未だにアルキス・トリエンナの一派を殺すことが出来ていない。
「反帝国派貴族も決して一枚岩の派閥ではありません。それどころか家の中でも複数の閥どころか、帝国派と反帝国派に別れていることが一般的なのです」
――全く以て、あの風見鶏共は……!
奴等が一枚岩なら貴族向けのパーティーを開催して、莫迦面して集まったところを原初の火で一網打尽にしてやれるというのに。
「派閥としての力は不明瞭ですが、オライオンが皇帝となれば反帝国派の立場を使って支援者面をする。氷の団が殲滅されたら帝国派の立場を使い、素知らぬ顔でオライオン達を弾劾するつもりなのでしょう。他にも何処の閥か分からないような、曖昧な態度を取る貴族も少なくありません」
「ただ漠然と敵と見做すわけにも、味方だと信用することも出来ない。面倒な相手ですね、貴族というのは」
「勿論、良識のある貴族もいます。ただ貴族だからというだけ理由で遠ざけるようなことをしてはなりません」
だから、アルキス・トリエンナの一派を始末する為に、他閥の貴族ごと一網打尽にすることが出来ないでいた。
「良いですか? 敵は我々が思っている以上に物質的にも、精神的にも複雑に絡み合っています。目の前に障害が現れたとき、それが本当に倒すべき敵か否か、常日頃から考える癖を付けておきなさい。もしかしたら、それは手を取るべき仲間かも知れませんよ? 勿論、その逆もありますが」
――こんなところだろうか。
彼等は非常に優秀だ。自分が教えられることも日に日に少なくなっていっている。
後は実践を多く積み重ねていけば、立派な一人前になるも遠い未来の話では無い。
だが、その為にも彼等に教え込まなくてはならない事がある。
対人戦――、殺人だ。
盗賊狩りや氷の団の残党狩。その他、犯罪者の処分。
基本的には捕縛よりも殺傷することが推奨されている。
冒険者としてやっていく以上は、殺しとは切っても切れない関係になる。
冒険者に必要なのは殺しを受け入れ、慣れることでは無い。
そんな事は意気込まずとも時間が勝手に解決してくれることだ。
それよりも、敵だからと安易に殺すことを選ばないように、思考を巡らせることの方が遥かに重要だ。
事実、今の自分は目の前に障害が現れると、反射的に相手を殺すことに思考を張り巡らせてしまう。
彼等にはそうあって欲しくは無い。それが自分のエゴでしか無いのだとしてもだ。
「それじゃあ、倉澤先生は反帝国派では無いのですね?」
「ええ。あえて言うなら家族と仲間。そして、生徒のみんな派です。どんな理由があろうとも自分の身内に害を為すなら誰であろうと戦う。それが自分の生きていくためのガイドラインという奴です」
今のところ、身内を守るために帝国派に付いていた方が都合が良い。
だが、帝国が自分の身内を害するなら、反帝国派に付くことも吝かじゃない。
――これでは貴族と同じで、自分も風見鶏だ。
授業を終え、無人になった教室で肩をほぐしていると紙束を手にしたローザリアさんがやってきた。
「倉澤様」
「やあ、お疲れ様です――。何か問題でも起きましたか?」
何処と無く青白い顔で、にこりともしない彼女の姿に何処と無く異変を感じた。
「トレスドアで奴隷化されていたトロール達が武装蜂起しました。ドワーフを率いる人間の扇動により、支配者のアルスディヤが戦死。トレスドア要塞が陥落しました。七日前の話だそうです」
「帝国の主要都市の一つが陥落……? 色々と思うところはありますが、少数の人間が亜人を率いて要塞の攻略に乗り出す……。まるでソウブルーを襲撃した氷の団のやり口と同じだ。その人間はオライオンですか?」
「いいえ。氷の団の将、絶無の零と自称していたそうです。長身瘦躯の幽鬼のような人相で、剣術と魔術の使い手で、直接戦闘でアルスディヤを仕留めたことから相当の使い手である事が予想されます」
「では、その零とやらは今もトレスドアに?」
「いえ、五百人のドワーフと解放したトロールの内約半数を伴い氷の都に帰還したそうです」
「では、今のトレスドアは……」
武装蜂起で支配者が取り除かれた帝国の主要都市。嫌な予感しかしない。
「まず最初に反撃能力を失った人間は、トロールへの隷属を強制され、立場が逆転しました。ですが、トレスドア要塞の陥落を聞きつけた周辺の部族が混乱に乗じてトレスドアに続々と侵入。都市内で約二十の勢力による闘争が三日三晩続き、敵味方が定まらない混沌とした無法地帯となったそうです」
生徒達の姿が無くて良かった。一言に敵と言っても複雑な事情が絡み合って立場は二転三転することもある。
だから、安易に殺すといった強硬的な手段を選んではならないということを自分の実例も踏まえて説明したかった。
だと言うのに、このような状況で『倉澤先生ならどうしますか?』と尋ねられたら、こう答えるしかない。
――トレスドアの住人の安全を確保を最優先に考えるなら、問答無用で敵を皆殺しにするべきだ。
それはさて置き――、
「零……と言うか、氷の団の狙いはソウブルーの襲撃に失敗して減った戦力の補充か……? それで、トレスドアの奪還の計画はどうなっているのですか?」
「レーンベルグが主導で部隊を展開しているそうです。アルスディヤが取り除かれたくらいで、意気揚々とトレスドアに攻め入る程度の低脳の集まりです。ソウブルーに手番が回って来ることは無いと考えても良いでしょう」
「しかし、此処まで奴等の行動が此方に筒抜けになっているという事は、動いているのは零だけでは無いでしょう。零の動きは囮……。反帝国思想を持つ非人間族に向けて使者を送り込んでいると考えた方が良い。そして、以前以上の戦力が揃ったらソウブルーに再び攻め込むつもりでしょう」
またこの地が戦火に巻き込まれる……。
矢張り、レーンベルグに移住するべきだろうか。
それともいっそのこと、帝国の外に足を向けてみるというのはどうだろうか……?
「しかし、魔人グァルプの暗躍の対応で倉澤様が不在であった前回とは違います」
ナチュラルに戦争に巻き込んでくれているなぁ……。
此方も護るべきものを護らなくてはならないので戦うのは吝かでは無いし、払う物払ってくれれば別に構わないが。
「自分が前線に出るのは兎も角として、あの子達を戦場に出したくはありませんね」
「問題ありません。冒険者ギルドが放出する戦力はAランク以上の冒険者のみです。それにあの子達は、冒険者のマナー向上計画の大切なテストモデルです。ましてや倉澤様の秘蔵っ子たちを安易に磨り潰すようなことは絶対に認めません」
ローザリアさんの力強い言葉に安堵する。
だが、彼女はすぐさま、その瞳に冷徹な色を浮かべる。
「しかし、オライオンとて帝国民です。目指す所が武であるなら、武によって成り立つ帝国に挑む権利がある。何より腐った枝葉の剪定には、反乱という鋏はそれなりに役立ちます」
戦争どころか軍事演習扱いだ。最早、敵が哀れなレベルだ。
ま、その腐った枝葉とやらも自分の身内じゃ無いならどうでも良い。
精々、帝国安寧のため、額に汗して頑張ってもらうとしよう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




