第四話 脱出
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ソウブルー要塞の地下迷宮の探索を開始して一時間が経過。一階部分の探索が完了した。
エーヴィアの術式によって作成されたマッピングデータを確認すると、元々存在した地下一階の広さと比較して二倍程の規模に拡大しているようだった。
大広間のようなスペースは無く、横幅二メートル程の通路が延々と続いている。
子どもの時に連れて行ってもらった迷路型のテーマパークを思い出す。
「巨大化に複雑化か。どれだけ出鱈目な力が働いたんだ」
「どうします、蒼一郎様。このまま地下二階へ進みますか?」
カトリエルお手製の回復薬はまだ一つも使っていない。
エーヴィアは兎も角、自分は時折現れるアンデッドを磨り潰すだけの簡単な仕事しかしていない。
消耗なんてあって無いようなものだ。
だが、所々に仕掛けられたトラップは全て、エーヴィアが看破し、解除した。
自分が討ち漏らしたアンデッドはエーヴィアが死霊術で情報を吐かせた。
囚人達の遺体や遺骨、遺留品、その他、所有権の曖昧な物品をズタ袋に詰め込むのと荷物持ちはエーヴィアが買って出た。
と言うか、自分が物品の回収をしようとしたら――
「物質的な触媒を持つアンデッドなら兎も角、完全に霊体のアンデッドに気配はありませんから、魔力を探るしかありません。魔力探知なら蒼一郎様の方が遥かに格上です。回収はわたしがやりますから、蒼一郎様は周囲の警戒をお願いします」
といった具合に止められ、せめて荷物持ちくらいはしなければと思っても――
「余計な荷物は戦闘行動を阻害することになります。荷物持ちはわたしがしますから、蒼一郎様は全力で戦えるように身軽でいて下さい。ロードクラスやキングクラスのアンデッドが出て来たらわたしは足手まといにしかなりません。頼りないかも知れませんけど大丈夫です! これでも冒険者ですから、荷物持ちくらいへっちゃらです!」
――矢張り、何もさせてもらえない。
戦力外通告か。いや、せめて用心棒として全力を尽くすか。依頼主は自分なんだがなぁ……。
つーか、囚人達の遺体を十五歳の女の子に運ばせるってのはどうなんだ。ブラック企業の社長か、俺は。
「一度戻りましょうか。一度、バーグリフ様に報告を行っておきたいですからね」
何より、エーヴィアを休憩させたい。
「はい! 分かりました!」
無邪気に飛び跳ねるエーヴィアの隙を突いてズタ袋を奪い取る。
道中で見つけた遺体の数は三体。その他の収集品も合わせれば二百キロにも届こうとする大荷物だ。
「だ、ダメです! 蒼一郎様!」
「冒険者の身体が頑丈に出来ているとは言え、女の子が持つ重さじゃありませんよ。道中のアンデッドは粗方屠って安全を確保しましたから、大丈夫ですよ」
「で、でも……」
「さあさ、行きましょう」
渋るエーヴィアの手を取り、少しだけ強引に引っ張って地上を目指す。
だが、地上を目指して三十分が経った辺りで違和感を覚えた。
「あ、あれ……?」
どうやら彼女も同じらしく、不安げに言葉を漏らしながら、マップと壁を何度も見比べ始めた。
「あの、蒼一郎様……」
「ええ、此処が入り口の筈です」
マップだけでは無く、自分の感覚も此処が入り口だと言っている。
だが、ソウブルー要塞の地上階に繋がる階段があったはずの場所は他の通路と同様に壁が並んでいた。
「閉じ込められた、か」
感覚でも、記録でも此処が出入口で間違いない筈だ。
消えて無くなっているならそういうことなのだろう。
「ど、どどどどど、どうしましょう!?」
「ふむ……」
厄介な状況だ。自分独りだけならテンパって泣き叫んでいたところだ。
エーヴィアの前でそんな姿を晒したら彼女を余計に不安がらせてしまうので、此処はグッと我慢だ。
「空間を大幅に歪める術式に心当たりはありますか?」
「え……いえ、私も魔術の専門というわけではありませんから……で、でも、存在するとしたらバーグリフ様も調査の依頼じゃなくって、術者を探すようにとお命じになったと思います!」
僅かな逡巡の後、自信無さげに言葉を濁し、たどたどしい調子でありながらもエーヴィアは解へと辿り着く。
「その通りです。流石ですね、エーヴィア。焦っていても、ちゃんと思考は冷静だ」
髪を乱さないように頭を撫でてエーヴィアに笑顔を向ける。
顔を赤くして目を逸らされたが、何はともあれ、リラックスして冷静にならないことには話にならない。
「魔術に因る現象である可能性は限りなく低い。となると敵は魔人では無く、邪神か邪教徒か」
「邪神、ですか? ベルカンタンプ鉱山のような?」
「魔人の能力を細分化して、単純化。更に簡略化したのが人類種の使う魔術ですからね。消去法で神の御業ということになりますが、八雷神や善なる神々が我々を弄ぶ理由はありません」
仮にそうだとしたら青のルスルプトが自分の夢に干渉して、警告の一つでもよこしてくれる筈だ。
「邪神や邪神を信奉する邪教徒が敵だと考える方が良いかと思います。ただ、秘術の規模や出鱈目さは邪神ガエルを凌駕しています。余程、上等な生贄を捧げたか、神格の高い邪神が降臨していると考えるべきです」
「ど、どうしたら良いんでしょうか?」
「まずは確認作業ですね」
回収物を床に置いてレーベインベルグを大上段に構え、地を蹴り踏み込みと同時に斬撃を叩き落とす。
妙な手応えと共に弾き返された。身を翻しながら片手突きを繰り出すが同じことだった。
そして、壁には傷一つ付いていない。
「ふむ……」
壁に手を当て、精霊兵器を内部に直接召喚するがキャスタードラゴンと同じで反応が無い。
「どう、ですか?」
エーヴィアが不安げな表情を浮かべている。あまり良い状況とは言えないが、馬鹿正直に「ヤバいです」なんて言っても仕方が無いので、肩を竦めて笑っておく。
「時間と空間が切断されているかどうかまでは分かりませんが、物理的、魔術的な干渉は受けないようですね。矢張り、邪神達の法則を撃ち砕く必要がありそうです」
今の状況で、その方法を考えても堂々巡りにしかならないので次の取っ掛かりを探す。
ズタ袋の中を覗き込むとすぐにそれも見つかった。
「そう言えば、回収した遺体ですが……これも妙ですね」
エーヴィアは「はい」と頷いて、言葉を続けた。
「昨日まで要塞の地下は監獄として機能していたんですよね? なのになんで囚人の遺骨が残っていたんでしょうか? 獄死自体はよくあることですけど、放置してたらアンデッド化してしまいますし……」
衛兵や司祭すらいないような小さな集落は例外だが、基本的には遺体を触媒にしたアンデッドが発生しないように然るべき手段で処分するのが通例だ。
元は監獄だ。囚人達の遺体が存在することから全く別の場所では無く、監獄を作り替えて迷宮を作ったであろうことは間違いないはずだ。
一応、遺体に操霊術をかけて情報を引き出そうとしたが、死んでから数日が経過しているという情報しか得られなかった。
「迷宮と、迷宮の外では時間の流れ方が違うのかも知れませんね。我々の感覚では迷宮がまともだったのは昨日まで。しかし、囚人達にとっては数か月が経過していた……? いやだが、それだと死後数日しか経っていない遺体と白骨化した遺体の違いと法則性は何だ……?」
考えても分からない。
分からないことは後回しだ。
「考えても埒が明かないし、下のフロアを調査に移動してみましょう」
ズタ袋の中に入れた荷物は一度、床にぶちまけて身軽になる。
状況が状況だ。調査は後回しにして、まずは自分達の身の安全を最優先にしよう。
「分かりました! でも、蒼一郎様が一緒で良かったです。一人だったらどうなっていたことか……」
「自分も同じですよ」
エーヴィアの母親もトーヴァーさんと再婚するという話になっている。
これから幸せになろうという時に苦楽を共に支え合った一人娘が帰って来なくなったなどというクソッタレな不幸、決してあってはならない。
「では、行きましょうか」
二階へと場所を移すと空気が冷え込んだ。気温の変動では無い。殺気の類でも無い。魔術的な干渉とも違う。
重々しく厳かな空気がする。墓地や教会、神社等の霊地、その跡地と似たような雰囲気がする。
「矢張り、神の類か」
レーベインベルグを引き抜き、慎重に歩を進めようとすると「蒼一郎様!」とエーヴィアに引き留められる。
振り返ると――
「階段が消えた……?」
降りて来た階段があった場所は壁になっていた。地下一階と同じだ。
「ど、どうしましょう……」
エーヴィアの震える手を取り、抱き寄せる。
「大丈夫です。何とかしますから安心してください」
この際だ。打てる手は全て打つ。自分とエーヴィアとでは神に対する畏怖が違い過ぎる。
邪神の腹の中に居ては彼女も落ち着けないだろう。
安全の確保を最優先と言いつつ、迷宮の調査に後ろ髪を引かれる気持ちが少なからずある。
対魔人要塞ソウブルーの地下に隠された秘密や封印された武具の数々――。
現状、どれだけの魔人が封印から解き放たれているのか定かでは無いが、上位の魔人の中でも人類種に明確な敵意を持つトゥーダス・アザリンを、奴を討ち滅ぼす力が要る。
邪神如きにかかずらっている場合では無いが――、不安そうにしているエーヴィアに無理強いさせてまで探索する必要は無い。
エーヴィアを抱き寄せ、原初の火を四方八方に走らせる。延焼は早く瞬く間に床も、壁も、天井も飲み込み、通路の先へと浸食し、進路上にある全ての物を、物質、霊体、魔術に関わり無く、何もかもを燃やし尽くす。
「此方へ」
スケイルドラゴンの翼膜で仕立てた外套でエーヴィアを包み込み、熱気から彼女を守る。
自分にしがみつく両手が未だに震えている。炎上と共に壁面に亀裂が走り、泡となって崩れ落ちて行くのを眺めながら彼女の震える手を包み込む。
「矢張り、迷宮の内部に邪神の力を発現させる何かが仕掛けてありましたか」
生憎だが、馬鹿正直に謎解きに付き合ってやるつもりは無い。
原初の炎に焼かれて地下迷宮が元の姿を取り戻す。
ダンジョンの中にある謎のアイテムの数々は惜しいが――、嗚呼、本当に惜しい――早々にケリを付けるとしよう。
何がこの小細工の基点となっているか知らないが、全部まとめて焼き払ってしまえば同じことだ。
バーグリフは破壊では無く調査を依頼していたが、もう知ったことか。安全が最優先だ。
――借金が、減らない。
「ま、死んだら元も子もない、か」
「え?」
「いえ、なんでもありませんよ。さ、迷宮は監獄に戻ってしまいましたが、調査を再開しましょうか。入ることは出来ても戻ることの出来ない迷宮なんて質の悪い真似をした奴の顔も拝んでおきたいですしね」
監獄の地下三階に降りると再びダンジョンが広がっていた。
背後を振り返ると矢張り、階段が消えていた。
「まさか、各階層ごとに仕掛けられているのか? エーヴィア、撤退しますよ。迷宮を焼き払います」
「はいっ!」
元気良く答えて飛び付いて来た。
いや、原初の火の熱波から彼女を守るために必要なことだから良いんだけど。
そして、地下一階に引き返すと迷宮が広がっていた。
「やっぱり、各フロア毎に空間を歪められている……!」
迂闊だった。地下二階の迷宮を焼き払って三階に進むのでは無く、一旦戻るべきだった。
「あ、あの蒼一郎様?」
「あ、ああ、いや大丈夫ですよ。少し悩ましいと思っただけで……」
今の自分が原初の火を召喚出来るのは自前の魔力で二回、レーベインベルグの蓄積魔力で十回。
既に自分の魔力は枯渇寸前。地下一階の迷宮を元に戻すためにはレーベインベルグの蓄積魔力を使って原初の火を召喚するしか無いのだが……
一回分の魔力を充填する費用、金貨にして二万枚。
「レーベインベルグの魔力を使って脱出するべきか、それとも自分の魔力の回復を待って脱出をするべきか……流石に原初の火一発のために金貨二万が吹き飛ぶのは……いや、だが、一晩休めば回復するとは言え、邪神の腹の中で無防備を晒して眠るわけにもいかない……必要経費と思って割り切る、か」
「と、泊まりましょう!」
「え、エーヴィア?」
「飲み水と食糧は用意してますから一泊くらいならへっちゃらです! それに監獄の中も調査は必要ですよね? 一旦、休憩を挟んでから地下二階と地下三階の調査をして一晩過ごしましょう! そうしましょう!」
「さーて、帰りましょうかー」
「そ、蒼一郎様!?」
何故か、浮かれた様子のエーヴィアを見ていたら頭が冷静になってきた。
うん、やっぱり彼女を連れてきて良かった。一人だったら間違いなく、監獄の中で一晩過ごしていたところだった。
そして、睡眠中の夢を通じて邪神に干渉されていたかも知れないし、エーヴィアが巻き込まれるのも面白くない。
「金貨二万枚をケチって邪神の謀に巻き込まれるのは御免ですよ、っと!」
迷宮化した地下一階を焼き払い、出口の前に放置していた遺体等を回収して地上へと帰還を果たす。
出迎えに現れたバーグリフに一通りの説明を終えると、彼は頭を抱えた。
「そういう星の下に生まれたような男だと思っていたが、ここまで徹底していると喜ぶべきか、嘆くべきか悩ましいな。お前の考えている通り、邪神や邪教徒の類と思って良いだろうが……また邪神とはな……」
「ソウブルーは治安が良いのが特徴だと聞いて来たのですが、正直移住したい気分ですよ」
「面白い冗談だな」
割と本気だ。
「それはさて置き、探索は困難を極めるか。依頼変更だ。可能な限り、邪教徒の情報を探りつつ地下施設の正常化を頼む」
「実費の請求が可能であれば一日に十階層は破壊出来ますがどうします? コイツの充填に金貨二十万が必要ですけど。自分の魔力だけで破壊するのであれば一日に二階層の破壊が精一杯です」
「金喰い虫の神剣か……まあ良い。我が要塞内に邪教徒をのさばらせ続けるのも面白くないのでな」
「毎度あり。それじゃあ、明日から本格的に破壊任務の遂行に移らせてもらいます」
「ところでだ、仮にこれが邪教徒の仕業だとしたら何故、このようなことを仕出かしたと思う?」
と言うよりも侵入不可能な罠では無く、脱出不可能な罠を仕込む等という性質の悪さだ。
邪神なら人間を苦しめたいだけの下らない理由かも知れないが、邪教徒だとしたらどうだろう?
――戻ることが出来ないなら前進するしか無い。先へ進んだ果てにある物は一体……?
何はともあれダンジョンに閉じ込められて、随分と焦らされたのだ。
この報いはしっかりと受けてもらうことにしよう。
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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
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