第三話 深淵へ
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とある午後の昼下がり――
生徒達の座学と実地研修の合間を縫って、依頼をこなす日々が続く中、今日は久しぶりの休日だ。
「偶にはお互いに何もしない日があっても良いでしょう?」
カトリエルの提案で休日を合わせ、ギルド地区にある公園を訪れていた。
「やっぱりこういう日もなきゃダメだな」
昼食を済ませて、頭はカトリエルの膝の上で、胡桃さんの頭は自分の腹の上。
「何のために魔人と戦っているのかを改めて思い知らされた気分だよ」
「私としてはあまり無理をして欲しくないのだけれど……クラビス・ヴァスカイルに旅立った英雄達から魔人を滅する方法を聞き出して、それを帝国中に広める。後は戦える人に任せてしまえば良いのよ」
暗に戦うな――と言われているようだ。
今日みたいな、特筆すべきことのない平和な日常を守りたいから戦ってきたつもりだったが、どうにも此処最近は思考が物騒な方向に偏り過ぎていたような気がする。
現世とクラビス・ヴァスカイルを接続するための研究に注力して、もう少し家族の時間を増やすべきかも知れない。
「うん、それもそうだな。剣を置くかどうか別として、魔人と直接戦う役目は他に任せてしまっても良いかも知れないな」
「かも知れない、じゃなくて任せてしまいなさい」
子どもを叱りつける大人のような口調のカトリエルに頬を抓まれる。
「ふぁい」
でも、魔術兵装をかき集めるくらいは許されるだろう。それと魔術を覚えてみたりとか。
そんなことを考えていると勢いよく胡桃さんが身を起こした。
どうしたんのだろうか、カトリエルと顔を見合わせていると「蒼一郎さ~ん!!」とリディリアさんの呼ぶ声が聞こえた。
胡桃さんはすぐ様立ち上がると尻尾を振りながらリディリアさんに飛び付き、勢い余って、そのまま押し倒してしまった。
「あらら」
「仕方の無い子たちね」
どれどれ……と胡桃さん達の様子を見に行こうと身体を起こそうとして、再びカトリエルの膝の上に押し戻された。
「君もな」
「別に良いじゃない」
別に構わない。普段からべたべたと引っ付き回っているわけでは無いし、彼女にしては珍しく甘えた反応で寧ろ、嬉しく思う。
「休暇中にすまないが……」
「すまないと思うなら失せなさい」
胡桃さんに押し倒されたリディリアさんを避けて、声をかけてきたアーベルトさんをカトリエルが一刀両断に叩き斬った。
「ま、まあまあ……カトリエル。アーベルトさんには普段からお世話になっているんだし……」
「世話をしてやっている、の間違いじゃないかしら?」
ソウブルー要塞関係では大切な胃痛仲間なので、あまり虐めてやらないでくれ。
居た堪れないような、申し訳無さそうな『でも俺も仕事なんだ分かってくれ』
アーベルトさんはそんな具合の表情を浮かべていた。
「ええと……こんな格好で失礼ですが」
「休暇中に仕事の話を持ち出す奴が失礼なのよ」
身体を起こそうとするがカトリエルに両肩をホールドされているせいで、膝枕をされたままアーベルトさんと対峙する羽目になった。微妙にハズイぞ、これは。
「あー……それでバーグリフ、様からのお呼び出しでしょうか?」
金貨百万枚の借金。その返済に関わる依頼だろう。借金の話はカトリエルにはしていない。
グァルプ討伐の報酬で相殺になったということにしている。
あの男、徹底的に自分をタダ働きさせるつもりらしく、巨人三体とキャスタードラゴン討伐の報酬を返済に充てさせてくれなかった。
「ああ、少々厄介なことになった。冒険者ギルドを通じて指名依頼を出している。明日にでも確認してくれ」
「ギルドには毎朝、顔を出しているのに態々休暇中に言いにくる意味があるのかしら」
流石に言い過ぎだ。自分の肩をホールドする腕を掴み上げて身体を起こしてポジションを交替する。
「失礼。依頼の件、承知しましたとバーグリフ様にお伝えください。明朝、依頼内容の確認と受諾が完了次第、要塞に伺います」
「伝言、確かに承った。では、よろしく頼む」
アーベルトさんが立ち去り、一通りのじゃれ合いを終えたリディリアさんと胡桃さんがやってきた。
「あの……蒼一郎さん?」
自分の膝の上に寝転ばされたカトリエルが戸惑った様子で声をかけてきた。心なしか顔が赤い。
そうかそうか。二人の前で膝枕、と言うか自分に甘える姿を人に見せるのは恥ずかしいか。
「そのまま、自分の膝の上で反省していろ。アーベルトさんに対して強く当たり過ぎだ」
「へ~、珍しい。カトリエルさんも蒼一郎さんに甘えることあるんですね~」
「ええ、二人きりのときは割と」
勿論、大嘘である。
「ちょっと……蒼一郎さん!?」
顔を紅潮させて身体を起こそうとしたので膝の上に押し戻す。さっきの仕返しだ。
彼女は自分の膝の上で身じろぎしていたが、暫くすると脱力して諦めた。
「たまの休暇に水を差されたのが不愉快になっただけよ」
と、最近はお互いに遠慮が無くなって来たような気がする。
「人って変わるものなんですね」
リディリアさんがしみじみと呟くが、その一方で変わらないこともある。
胡桃さんがいつもと変わらない調子で自分の空いている膝に頭を載せて寝転がった。
いや、外見は途轍もなく変わったか。
「って言うか、一日中こんな感じだったんですか?」
そう言って、周囲を見渡す。
「人の目があるのに? 偶に蒼一郎さん達を見る人の目が殺気立ってますよ?」
今の胡桃さんは美少女だし、カトリエルに至っては言うまでも無い。
多少の僻みはあるだろう。本気で殺気を飛ばされたら自分や胡桃さんが気付くし、冒険者ギルドでは割と本気で殺気を飛ばされることもあるし、この程度なら可愛いものだ。
「それはさて置き、元気が無いようですが、どうかしましたか?」
リディリアさん何処と無く疲れた表情をしていた。
「聞いてくださいよ、トーヴァー叔父さんったら今度再婚するって言うんですよ」
ああ、相手はエーヴィアの意外と肉食系なお母様か。
ついにトーヴァーさんも年貢の納め時って奴らしい。
実際の現場を見たわけでは無いからどうなっているか知らないが、エーヴィアが若干引き気味になるくらいだから、それはもう情熱的なアプローチだったのだろう。
「こっちは未だに結婚どころか良縁の一つすら落ちていないってのに……」
「だからこの人にしておきなさいと言っているのよ」
『はあ!?』
リディリアさんと声が重なり、驚いた胡桃さんが飛び起きる。
何でもないよと頭を撫でると、そのままぱたりと膝の上に寝転がった。
「あなた、外国の貴族みたいなものでしょう? それに帝国の爵位もそろそろ授与出来そうな頃合いじゃない。変な虫が付く前に信用出来る娘を側室に付けてしまいたいのだけれど。家族が増えれば、その分、あなたも無理をしなくなりそうだし」
そろそろ守りに入りなさい、ということなのだろうか。
妙なプレッシャーをかけられたが、こういった具合で休暇を終えた翌日――。
「あのぅ……本当にわたしで良いんですか? 蒼一郎様」
エーヴィアが困り顔で自分を見上げた。
バーグリフからの指名依頼、と言う名の勅命を達成する為にも彼女の協力が必要不可欠だった。
「諜報能力に長けたエーヴィアで無ければなりません。今回の依頼、君以上に頼りになる仲間はいませんよ」
「蒼一郎様にそう言ってもらえたら凄く嬉しいです! でも、今回の依頼って……」
エーヴィアが戸惑うのも無理は無い。バーグリフからの調査依頼だが、問題は調査する場所だ。
今まで元の世界との違いに散々驚かされてきたが、今回もまた常識外れな出来事が起こった。
それはこの世界の住人達にとっても冗談みたいな出来事だった。
「魔人ライゼファーがソウブルー要塞の地下に魔人ハーティアが封印されていたと言っていたことを覚えているな?」
覚えているどころかハーティアと親交のある魔人、ヴァルバラとヴィヴィアナと接触したくらいに関わっている。
当然、例の件はバーグリフには報告していない。ヴィヴィアナは兎も角、ヴァリーとは戦わずに済みそうなので、戦わないつもりだ、とは口が裂けても言えない。
「復興作業も一段落した為、要塞の地下を調査する運びとなった。他にも奴が言っていた言葉で気になることがあった。流石は対魔人要塞ソウブルー、相変わらず良い装備を揃えている――とな。もしかしたら、このソウブルーには私も知らない何かが隠されているのかも知れん。だが――」
「脱走不可能な監獄として使われていたソウブルーの地下迷宮がアンデッドや魔物が出没する正真正銘の迷宮に成り代わっていた。しかも、内部構造まで造り替えられ、囚人たちの生死は不明。本格的な調査を開始する前の事前調査に我々冒険者にお鉢が回って来た、と」
いっそ原初の火でダンジョンを焼き尽くして封印した方が早いのではないだろうか。
だが、対魔人装備があるかも知れないことを考えると破壊では無く、調査が優先になるのは当然か。
エーヴィアと共に地下迷宮へと第一歩を進む。
依頼されたのは以下の五点。
・迷宮のマッピング
・トラップの有無
・生息している魔物、アンデッドの情報
・収集品
・囚人たちの生死確認。並びに遺体、遺品の回収
たった二人で片付けられるような依頼では無い。
自分達の事前調査で得た情報を元に本格的な調査チームを結成する流れになっているらしい。
これだけ唐突な上に珍妙す過ぎる出来後だ。
魔人では無く、邪教徒が余計なことをして邪神を目覚めさせたとか、そういった手合いの事故である可能性が高い。
「雑事は全てわたしに任せてくださいね。それからアンデッドは情報収集に使いますので見かけても一体は残しておいてくださいね」
ダンジョンに入るなり、エーヴィアは術式を展開して、スクロールにインクを浮かび上がらせる。見た物や思い描いたことを記述する自動書記の術式だ。
彼女の献身によるものか、それとも戦力外通告なのか非常に判断が悩ましい。尚、戦うこと以外で自分が役に立てることは無さそうだ。
「ええ、頼りにさせてもらいます。ですが、自分を頼るべきときは遠慮すること無く自分を頼ること。良いですね?」
「はい! 戦闘や囚人の対応はお任せしますね!」
――あれ? 自分用心棒?
うむむ……、死霊術を中心に情報収集に特化した魔術が使えることと、性格と関係的にデリケートな仕事を安心して任せられると思って同行をお願いしたのは良いが、これでは自分が役立たずみたいだ。
「こうやって蒼一郎様と一緒に依頼を受けるのも久しぶりですね! それに二人きりなんて初めて!」
うん、エーヴィアが喜んでいるから別に良いか。深くは気にせずに頷いておく。
「不謹慎かも知れませんが、迷宮探検なんて冒険者らしい仕事で自分も少しワクワクします」
「そう言えば、蒼一郎様が戦ってきた敵って……ドラゴン、魔人、邪神、巨人、控え目に言っても英雄ですよね。今は先生、かな? わたしも蒼一郎様に色んなこと教わってみたいです。先生って♪」
「残念ながら自分ではエーヴィアに教えてあげられる程の知識はありませんよ。寧ろ、色々教えて下さい、先輩」
「あはは、先輩って言われたの凄く久しぶりです。色々教える前にランク抜かれちゃいましたからね」
「敵を斬り倒して上げたランクで、真っ当な冒険者らしいキャリアは相変わらずありませんから、エーヴィアのことを頼りにさせてもらいますよ。ランクが上になっても君が自分の先輩であることには変わりはないのですから」
事実、戦闘能力に特化し過ぎているせいで、この手の依頼ではどういう風に振舞って良いのかが思った以上に理解出来ていないことを現在進行形で思い知らされている。
彼女を自分の依頼に同行させてやれば普段よりも高額の報酬を得られる上に、昇格のチャンスになるという親切心がメインだったが、ギルドに提出する報告書にはエーヴィアの活躍を沢山、書くことになりそうだ。
「はい、お任せです! 蒼一郎様のお役に立てることなら何でもしますから♪」
エーヴィアが上機嫌に飛び跳ねた。彼女が満足ならそれで良いか。
役に立たない大人で申し訳ないという気持ちに蓋をして、彼女と共に迷宮の奥を目指すのであった。
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