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第二話 接触回避

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ソウブルー要塞の一キロ先にある監視塔――通称、裏切りの塔。この地に若き冒険者が訪れた。

 彼等は度重なる苦難を乗り越え、裏切りの塔へと辿り着き、数多くのアンデッド達を屠った。


 だが、全てのアンデッドが滅んだわけでは無かった。


 冒険者ギルドは、裏切りの塔にスケルトンナイトが発生したことを、()()と評した。

 アンデッドが発生する条件自体は整っていたが、あまりにも早過ぎた。


 つまり自然発生したアンデッドでは無く、人為的――死霊術によって黄泉返りをさせられた可能性が高いと判断されていた。

 ()()()()()()()裏切りの塔に、地下区画があることに気付かなかった。

 彼等の師である黒衣の冒険者だけが、その存在に気付いていた。


 黒衣の冒険者は優しい先生の顔をしたまま十人の冒険者を連れ帰り、一人で裏切りの塔に戻って来た。

 裏切りの塔を包み込むように群生する森林を、極僅かに生き残ったスケルトンナイトごと焼き払い、塔に辿り着く。


 そして、黒衣の冒険者と邪悪な死霊術師との決戦が――始まらなかった。


 黒衣の冒険者は心労で苛まれていた。

 十人の冒険者――大切に育てた生徒達が独り立ちをする第一歩は、黒衣の冒険者の心を想像以上の負担を受けて悲鳴をあげていた。

 そんな時は身体を動かすに限るという理由で残党狩りをしてみたわけだが、思いの外、フラストレーションの解消には至らなかった。


 人気の無い森林。目の前には解体予定の塔。魔が差したと言うべきだろうか。

 黒衣の冒険者は塔の出入口を封鎖し、火を放った。


 ギルドが誇る理想的な冒険者像の体現。


 魔人や龍を相手に怯むこと無く勝利する少年達のヒーロー。


 優しくて頼りになる先生。


 そんな絵に描いたような規範の仮面をかなぐり捨て、火を付けたのである。


「ひゃーーーーーあっはーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 


 余程、ストレスに苛まれていたのだろうか。予想に反して、これが存外に面白い。

 黒衣の冒険者は狂ったように嗤った。

 塔の中の魔力を探査すると、死霊術師の魔力が右往左往するかのように激しく動き回っているのが分かった。

 一心不乱に脱出を試みようとしている。それを察して、更なる嗤いが込み上げて来るのを感じた。


 黒衣の冒険者の身体から立ち昇る魔力光は、さながらトゲ付きの肩パッドを身に付けたモヒカンのような有様であった。


「お、お前は情緒というものが理解出来んのかーーーーーーーっ!!」


 必死の思いで塔の中から飛び出して来た死霊術師が抗議の声をあげる。

 だが相手が悪かった。黒衣の冒険者は知ったことでは無いと言わんばかりに、その顔面に靴裏を叩き込む。


「こそこそと隠れてやることと言えば、スケルトンナイトを生み出すだけ。アンデッドの王様気取りですか? やることなすこと全てがみみっちい犯罪者如きが。死に方を選べるなんて思い上がらないでもらいたいものです」


 念入りに蹴りを叩き込み、死霊術師の意識を刈り取り、頭陀袋の中に詰め込む、その一部始終を見届ける者がいた。


「倉澤蒼一郎。分かり切っていたが健在であったか」


 痩せた身体をした見すぼらしい物乞いが、見かけに反して尊大に言葉を吐いた。

 その者の名は零。かつてグァルプと名乗り、呼ばれていたルカビアンの十九魔人の一人である。


 超越種ルカビアンとしての力と技、知能の殆どを消失し、失った物を渇望していたにも関わらず、未だにこの貧相な身体を使っていた。

 人、亜人、魔物を襲うどころか、争いから逃げ隠れし続けていた。

 足りない物が多過ぎて何もかもが欲しくなる。

 この飢餓感が気持ち良くて、この今にも死にそうな貧弱な身体に却って愛着が沸いていた。


 二か月間の間、受けなくても良い苦痛を受けて喜ぶ辺り、マゾヒストの気があるのかも知れないと慄いた事もあった。

 改めて、初心に戻る為、倉澤蒼一郎の顔を見に、氷の都からソウブルーまで歩いてきた。

 その甲斐はあったと零は確信する。

 何もかもを失った今だからこそだろうか、いずれ地べたを這わせて殺してやりたいと思っていた倉澤蒼一郎が酷く恐ろしい化け物であるかのように感じた。


「今、あの男の目の前に姿を見せて、魔人グァルプであったと口にしようものなら、躊躇うことなく殺しにかかることだろう。あの男はそういう奴だ。


――あの無様な死霊術師では無いが、情緒も無く決着を付けるのは面白くない。


「それにしても恐ろしい……だが、かつての私はあの力程度ならねじ伏せることが出来ると思っていた。いや、出来て当然だった。ふむ……奴との決戦は劇的であるべきだ。戻るとしよう。氷の都へ。精々謳歌するのだな。次にオライオンがソウブルーに現れる時がお前の最期だ」


 零は身体を引きずりながら氷の都への帰路につく。目的が出来た。やってみたいことが出来た。

 倉澤蒼一郎は気付いていない。炎上する塔を挟んで背中合わせの位置に魔人零がいることを。

 小動物以下の魔力しか宿していない脆弱な身体は蒼一郎の魔力探知能力の網に引っかからない。

 未だかつて無い混乱が帝国に襲いかかろうと、その時を虎視眈々と狙いを定めていた。


「まずは力だ。力がいる。悠長にしていてはあの男の寿命が尽きかねん」


 魔人と人間では時間の感覚が違い過ぎる。気紛れに百年も休憩しようものなら倉澤蒼一郎は墓の下。

 地の底に潜られては、地べたを這わせることも出来なくなってしまう。


「まあ良い。半世紀くらいは勤勉に忠勤に勤めてやる。そういう遊びも悪くない」


 いざ力を取り戻すと決まれば、この脆弱さ故の苦しみも手放し難い。

 だが、この不自由さを満喫するのは、倉澤蒼一郎とトゥーダス・アザリンと決着をつけた後からでも遅くはない。

 安定に微睡み立ち止まって腐るくらいなら、渇望するために力を手放すのも良い。

 千年周期で無力になってみよう。そんな思いを抱えながら、グァルプは重たい身体を引きずった。


――第一の目標は氷の団に所属する。倉澤蒼一郎との決戦は壮大であるべきだ。氷の団を率い、完璧な作戦でソウブルーを蹂躙した上で倉澤蒼一郎と決着を付ける。


 氷の団の数と質に些かの不満はあったが、流石に帝国の外に出るのは時間がかかりすぎる。

 何より倉澤蒼一郎の戦士としての全盛期は後十年も持たない。

 動員可能で、許された時間の中で制御出来る最大戦力は氷の団しかない。


 氷の団の内部に入り込むために最低限の力が要る。

 そのためにも新たな身体が要る。今よりも若くて健康的な身体が良い。

 まずは相手を殺さなくてはならない。

 この身体では女の子供の細首一つ圧し折ることも出来やしない。武器が要る。

 倉澤蒼一郎が切り倒した木々の中に鋭く尖った枝が見つかった。


「倉澤蒼一郎。お前の為したことがお前自身の首を絞めることになる。これは傑作だ」


 探せばもっとマシな武器を見つけることは出来るだろう。だが、

 復活後の第一歩を他ならぬ倉澤蒼一郎が間接的に手を貸している。これほどの皮肉はない。


『地べたを這い蹲らせて、お前が切り倒した木々が良い武器になってくれた』


 なんて言ってやったら、あの男はどれだけ悔しがるだろうか。

 楽しみで仕方が無いという顔をして木の枝で手槍を作り、獲物探し求めてさまよい歩く。


「娼婦……娼婦を探すか」


 零は小さな街で人目を忍んで突っ立っている娼婦を買った。

 物乞いのような見た目であることを理由に断られることだけが懸念材料だったが、零にとっては運が良く、世界にとっては不幸なことに娼婦は「前金なら良いよ」と言った。

 金貨五十枚を見せびらかすと娼婦は零と腕を組んで、襤褸小屋の中へと入っていく。


 それから五分もしない内に娼婦が一人で出て来た。


「このルカビアンたる私に欲情するなどと、身の程を弁えるのだな。ヒトモドキ風情が」


 娼婦の身体、技能、記憶を手に入れた零は知った。

 この娼婦は、物乞いの姿をしていた零に死んだ父親の面影を見た。

 背徳的な性的興奮を覚えていたのだ。

 ルカビアンにとって親とは最も身近な敵だ。そんな者に欲情するなど、零に嫌悪感を滲ませるには十分過ぎた。

 だが期待通り、娼婦の身体は手に入った。

 娼婦の記憶を通して、この街の何処に誰が住んでいるかを把握すると軽い足取りで街中を練り歩き、目当ての男――、ナハルトという名の青年に近付くとこう言った。


「今日は一人でいるのが嫌な気分なの。サービスするから一緒に寝てくれない?」


 そして、娼婦の家に連れ込んだナハルトを殺す。

 女の身体とは言え、不健康な物乞いの身体とは段違いの身体性能だ。

 さっきよりもスムーズに殺すことが出来た。

 殺傷、魂の取り込みと複製、肉体の再構築、この女の身体を手に入れるまで五分を要したが今度は三分で済んだ。

 成長と進歩を感じて、若くて健康的なナハルトの身体を手に入れた零は満足気な笑みを浮かべた。


 次に目指したのが雑貨屋だ。

 娼婦は雑貨屋の娘、リリンがナハルトのことを好いていて、いつも相談を受けていた。

 ナハルトの身体と言葉を使ってリリンを惑わしてベッドの上で殺した。

 リリンの身体と雑貨屋の金を手に入れた零は笑みを浮かべる。今度は一分で事が済んだ。


 リリンの身体を手にした零は上機嫌だった。

 この色気の無い小さな身体と朴訥とした顔をした娘を好いている男が二人いる。

 しかも、一人は衛兵で、もう一人は魔術師だ。どちらも簡単に始末出来た。


 家を訪ねて目の前で服を脱いで愛を囁くだけで、どちらも警戒することなく服を脱いでリリンの身体を貪ろうとした。

 あまりにも馬鹿らしくて爆笑しながら殺してした。

 その無様な死に顔を思い出す度に変な笑いが込み上げ、零は吹き出しそうになる。


 それはさて置き、零は衛兵の屈強な肉体と優れた戦闘能力、魔術師の魔力を手に入れた。

 これで美人局のようなやり方で身体を奪う必要も無くなり、零は意気揚々と衛兵の詰所へと向かった。

 今の零の身体は衛兵テオだ。衛兵の詰所に入り込んでも何の違和感も無い。


 何食わぬ顔で衛兵団の仮眠室へと向かい、寝首を掻いた。

 最早、肉体の再構築は十秒で済むようになっていた。

 無人になった衛兵団の詰所を立ち去る。

 これ以上、この街で戦闘能力の向上は見込めそうにない。次に目指したのは娼館だった。


――知識が要る。ヒトモドキの社会に紛れ込むための知識が。


 数多くの男を相手にする娼館勤めの高級娼婦なら文句無しだ。

 零は魔術師の姿で娼館へ行き、手透きの娼婦を全員買った。

 代金はリリンの店に置いてあった売上から払った。

 どうせ後から皆殺しにするつもりだったが面倒を避けるために、支払いに応じた。

 VIPルームで待ち構えていた娼婦二十人を処理するのに二十秒かかった。


 一人当たり二秒。順調に力が馴染みつつある。

 それでも力に対する飢餓感と執着心は衰える気配が無い。


 ここらで一年休憩――なんて怠惰なことにならずに零は安堵の表情を浮かべ、意外と勤勉な己を再発見することになった。


「ここで得られる力と知識はこれで十分だが、娼館と衛兵団の詰所が丸ごともぬけの殻では事の露見が早くなり、騒ぎが大きくなる。今はまだ倉澤蒼一郎と、トゥーダス・アザリンに気取られるわけでにはいかん……些か面倒だが完食していくか」


 取り込んだ衛兵達の記憶によると次にソウブルーから定期便が到着するのは二か月後だ。二か月もあれば氷の都の中枢に食い込めている頃合いだ。露見したとしても零にとって何の問題にもならない。


 物と金が残されたまま、貧富、年齢、性別、衛兵、住民に関わらず、住民全員が姿を消すという怪事件が発生する筈だったが、事が露見する頃には魔物の巣窟と変わり果て、消えた住民は漏れなくモンスターの餌になったと処理されることになるのであった。


「亜人の身体と能力が要るな」


 人間の身体は才能や素質に影響を受け過ぎる。

 亜人なら単純な身体性能だけなら平均的な人間を軽く上回る。

 バードマンを取り込めば自由自在に空を舞い、半魚人を取り込めば海中でも陸上と同様に活動出来る。

 トロールを取り込めば、気温や湿度の影響を受けなくなる。

 エルフを取り込めば魔力は更に増大することだろう。


「魔物の身体も悪くはない」


 元々、魔物はルカビアンの遺伝子操作によって生み出された家畜で、亜人は人と魔物を掛け合わせて生み出した新人類種だ。

 今や、魔物も亜人も独自の生態系、進化を遂げているが、元々はルカビアンの生活をより豊かにするために作られた生命だ。活用しなくては勿体ない。


「子守りなどに現を抜かしている場合では無いぞ、倉澤蒼一郎。力を得ねば、次に敗北し、死ぬことになるのは貴様だ」


 魔人零は行く先々で目に付いた生命の尽くを奪いながら、氷の都へと一歩一歩近付いていく。その足取りはとても軽かった。

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