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第十七話 再会

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 廃墟と化したトルトーネ街の生き残りを求め彷徨っていると、街の外へ逃げ出した住人が数名戻って来た。

 多分、台風が来たら「田んぼの様子を見て来る」とか、「用水路の様子を見て来る」とか言って、翌朝、遺体になってる手合いだ。

 恐らく、キャスタードラゴンが崩れ落ちる様を目の当たりにして戻って来たのだろう。

 命知らずな上に無鉄砲だが、今は人手がいる。


「まだ生き残っている人がいるかも知れません。手を貸して下さい」


 幸いにも彼等は素直に従ってくれた。

 これで『もっと早く助けに来い』だの、『良いから俺達を安全な所へ連れて行け』だのと噛み付かれたら、命の一つや二つは貰っていたかも知れない。


 魔人ヴィヴィアナを引き下がらせるのに神経を随分と擦り減らしてしまった。

『まあまあ、そう言わずに一つお願いしますよ』とおべっかを使う精神的なゆとりが残っていない。

 加えて、廃墟に点々と転がるバラバラの遺体が自分の精神をゴリゴリと削っていた。


 この世界に召喚されて損壊の酷い遺体は何度も見て来たが、それも戦闘中で興奮状態にあるのが常で、落ち着いた状態で見るのは今回が初めてだ。


――兎にも角にも、優先すべきは生存者だ。


 顎から上が無くなり、脳漿を地面にぶちまけて横たわる足の無い遺体から眼を背け、住人達を引き連れて瓦礫をひっくり返す。

 加護のお蔭で重機が無くても素手で瓦礫をひっくり返すことが出来るのは良いが、スプラッターな遺体と度々顔を合わせる羽目になり、その度に胃の中から苦い物が込み上げて来る。強力な加護も良し悪しだ。


「生存者は……これだけ、か」


 日没、生き残った住人達が遺族の名を呼んで泣き叫ぶ姿を見て、思ったよりも多い……とは言えなかった。

 今日一日で発見出来た生存者は約五十人。救助作業に回せるのは半数程度。多少は作業の効率も良くなる筈だ。

 比較的、損壊の少ない建物に移り、瓦礫の中から掘り出した食糧を口に運ぶ。


「こんな時に飯なんか……っ!」


 そう言って反発する若者も何人かいたが、「救出作業はまだまだ続きます。食って寝て、体力を回復させ、明日に備えなさい」と訴えると渋々従った。


「すまん」


「自分も逆の立場なら貴方と同じことを言っていたと思います」


 避難所が気まずい空気でしんと静まり返った瞬間のことだった。

 地鳴りと共に避難所の扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。


「待ぁたぁせぇたなあ!! 龍殺しぃ!!」


「喧しい!! 空気を読みやがれ!!」


 張り詰めた空気と精神が弾け、突如として現れたルトラールの鳩尾に蹴りを突き刺す。


「おいおい、ご挨拶だな! 手を貸せって言うから来たってぇのによぉ!」


「ああ?」


 すっかり忘れていたがキャスタードラゴンと交戦する前、ルトラールを応援に寄越すように御者に頼んでいた。


「挨拶だよ」


 適当な言い訳をすると「お? おう? おう」と貴様はオットセイかと妙なリアクションを示した。

 加護の影響で膂力も肉体強度も上がっているというのに、ルトラールは何の痛痒も示さなかった。

 

――有耶無耶になったのは良いが釈然としないな。


 尤も、ルトラールは人間でありながら全長三メートルを優に超える大男だ。

 肉体に大きく影響を及ぼす加護を受けていることは容易に察することが出来る。

 人類最強になったつもりは無いが、そこそこ上位に来ているという自信があっただけに忸怩たる思いを抱かずにはいられないが、気を取り直そう。


「それにしても来るの早くないか? てっきり夜明け前くらいに合流かと思っていたんだが……」


「あ? ああ……それなんだがな?」


「ルトラール殿、お待ち下され……は、早過ぎますぞ……!!」


 避難所に飛び込んで来たのは息も絶え絶えになったトーマ・カナリウムだった。


「ええっと?」


「そこの坊ちゃんが通信魔術の使い手でな。合流が早くなったってわけだ」


「合流が早くなったのは良いが、何でこんな危険地帯に連れて来た?」


「いや、それがな? どうしてもついて来るって聞かなくってな。それに増援要請なら兎も角、難民の救援要請だろ? 敵がドラゴンならとっくに始末してるだろうからよ、連れて来ちまった」


 少年たちにとって龍殺しの二つ名はヒーローの称号のようなものだ。

 ヒーロー願望を拗らせたと考えれば可愛いものだが……


「迂闊過ぎるわ!!」


 奴の脇腹に爪先を突き刺して、突っ込みを入れる。案の定、効いていない。


「ま、結果オーライか……で? 救助要因は何人連れて来ている?」


「おう、サマーダム大学に待機中の戦士が五人と……」


 ルトラールが濃ゆい顔を得意気に歪ませて、避難所の入り口を指差した瞬間――


「ますたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 胡桃さんが飛び込んで来た。


「胡桃さん!?」


「ますたー!!」


「胡桃さん、迎えに来るのが遅くなってごめんね?」


「胡桃さん、いいこにしてたよ!」


「そっかー、胡桃さんはおりこうさんだなぁ。偉いぞー!」


「わーい! ますたー!」


 飛び込んで来た胡桃さんを左腕で抱き締め、くるくる回りながら右手で頭や背中を撫で回す。


 うふふふ。あははは――――って――――――。


「何、胡桃さんを危険地帯に連れてきとんのじゃ、このクソダボがッ!!」


 胡桃さんを抱っこしてくるくる回りながら、ルトラールの脛に回し蹴りを叩き込む。


「ひぎゃっ――――――――!!」


 三度目の突っ込みは怒りゲージMAXだ。

 流石のルトラールも効いたらしく、脛を抑えて飛び上がり、尻もち付いてぶっ倒れた。

 このまま顎を蹴り砕いてやろうか。


「ますたー! ますたー! ますたー!」


 腕の中で抱かれている胡桃さんが眼を細めて頬擦りして甘えてくる。実に可愛い。


「ルトラール、大義だったな」


 キャスタードラゴンはヴァリーに連れて行かれたし、ヴィヴィアナも撤退を選んだ。

 胡桃さんの胸元にあるレッドダイヤモンドに刻まれた防御術式はドラゴンのブレスさえも無効化する。

 一応の安全は確保出来ていると判断しても良い。

 つい反射的にルトラールを蹴り飛ばしてしまったが、まあ今回は許しておいてやろう。

 自分も嬉しいし、何より胡桃さんも喜んでいる。


「な、納得いかねぇ……」


「あ、あのー……蒼一郎さん」


 避難所の扉から顔を覗き込ませて声をかけてきたのはリディリアさん、そして――サマーダム大学の生徒、ブリジット・ヴァラスだった。

 サマーダム大学を目指した理由は三つ、胡桃さんとリディリアの送迎、大学への報告、そして彼女――。

 胡桃さんを地面に下ろし、彼女と正面から向き合い、膝を曲げて目線を合わせる。


「ブリジット・ヴァラス。君の仇、魔人グァルプは殺した。核も破壊した。奴が二度と復活することは無い」


「ありがとう、ございます……その言葉を一日千秋の思いで待っておりました。叶うことならあの魔人が倉澤蒼一郎殿の眼前に平伏し、無様に命乞いをして朽ち果てる姿をこの目で見たかったのですが……」


 彼女が思い描いている通りの結果になれば良かったが、事実は違う。

 そして、復讐が成ったからとは言え、死者は蘇らない。魔人ですらそれは覆らない。


「少しは、前を向いて生きていけるような気がします……」


 そうは言うが、ブリジット・ヴァラスの表情は精彩を欠いたままだった。

 このまま彼女を放っておいて良いのか。不安になる表情だった。


「これから、どうするのですか?」


 場合によっては落ち着くまで彼女を引き取るという選択も吝かでは無い。


「大学に残ります。オラツィオと、フィリウス・アウクセンの三人で共同で研究していた術式も未完成ですし、ゴドウェン・マリノフ学長の教えを無にしたくはありません。この胸の痛みと悲しみも消えて無くなってしまう日が来るのかも知れません。でも、術式を完成させて成果を残せば、皆の想いは消えないはずですから……」


 少し不安だが、無為に命を断つなんてことは無さそうだ。

 念のために自分からも楔を打ち込んでおくべきだろうか。幸い、と言って良いか分からないが良い口実が手元にあった。


「その術式が完成したら自分にも頂けませんか」


 巨人の巣窟で発見した宝石付きのガントレットを彼女に渡す。何事も口も手も出すものだ。


「これは……?」


「巨人から奪い取った戦利品です。自分はこれからも魔人や龍、巨人、帝国に仇なす存在と戦い続けます。龍殺しに憧れた若者達の想いが込められた魔術兵装があれば、自分も彼等のことを忘れずいられます。いつまでも」


 有っても無くても忘れやしないが、それを口にするのは野暮ってものだ。


「きっと喜びます。あの二人は龍殺しに、倉澤蒼一郎殿に並々ならぬ憧れを抱いていました。死して尚、貴方と一緒に戦える光栄は彼等にとって一番の供養となります」


「ゴドウェン学長の薫陶を受けた三人が完成させた術式が組み込まれた魔術兵装で冒険に出られる日を楽しみにしていますよ」


「はい……! 龍殺しに相応しい魔術兵装を完成させてみせます!」


 再び感情を宿した彼女の瞳から滂沱の如く、涙が溢れ出す。

 遺志を受け継いで完成させた術式は間違いなく素晴らしい物となる筈だ。

 当然、並大抵の労力と時間で成し遂げられることでは無い。

 だが、彼女はいつの日か必ず完成させるだろう。

 そして、その日が来た暁には、彼等の意志と共にあろうと思う。


――それが一番の供養となるのなら。


 ガントレットを胸に抱き、嗚咽を漏らすブリジット・ヴァラスを慰めるように胡桃さんが彼女に寄り添った。


「胡桃さん、いつもああやって、あの子を慰めているんですよ」


 リディリアさんがそっと耳打ちする。流石は胡桃さん。セラピー犬としても大活躍だ。


「話を聞かずとも状況は察せますね?」


 次に自分が声をかけたのはトーマ・カナリウムだった。


「え、ええ……」


「彼女は君の先輩にあたります。君に余裕がある時で良いので気にかけ、出来れば支えてあげてください」


「お任せ下さい! このトーマ・カナリウム、倉澤蒼一郎殿の期待に応えてみせます!」


 取り敢えずは、こんなところだろうか。ああいや、あと一つリディリアさんに報告すべきことがある。

 しかし、どのタイミングで言うべきだろうか……


『トーヴァーさんが男を見せた結果、エーヴィアの意外と肉食系なお母様と第二の青春を楽しんでいるようです』


――まあ、自分が言うことじゃないか。うん


 何事も口を挟み、手を出しておくと後々になって色々と活用出来るが、敢えて何もしないという選択肢を心に置いておくことを忘れてはならないのだ。

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