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第十六話 魔人ヴィヴィアナ

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


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 視線と視線が衝突する――なんて言えれば少しは格好も付くのかも知れない。

 認めてしまうのは誠に遺憾ではあるが、蛇に睨まれた蛙、と言った方が正確だ。


 原初(フォルメス)の火を召喚するだけの魔力は既に無く、奴を殺す以前に逃げる手立てすら無い。

 それどころか、敵対的な魔人を前にしながら構えるどころか、レーベインベルグに手を伸ばすことすら出来なかった。


――力の差があり過ぎる……!!


 存在感が、魔力が、魔人ヴィヴィアナを構成する全ての要素が自分を確実に殺しにかかろうと牙を剥いている。


「待って、ヴィヴィアナ先生!! おにーちゃんはオウラノじゃないから殺しちゃダメ!!」


 棒立ちのまま何も出来ないでいるとヴァリーが両手を広げて自分を庇った。

 自分を凝視する蛇のような無感情で酷薄な瞳に戸惑いが浮かんだ。奴の気持ちが分からないでも無い。

 魔人に襲われそうになっている人間を庇う魔人など前代未聞だ。


「え、何? 洗脳されちゃった?」


「失礼な。何処の世界に友達を洗脳する奴がいると言うのです?」


 肩を竦めると二人の魔人が「え?」と声を揃える。

 気持ちは分からないでも無いが、これは大人気なく怒っても許されるんじゃないだろうか?


「おにーちゃん、本当に!? 本当に友達って言ってくれるの!?」


「当たり前じゃないですか。さっきも言ったでしょう? 勿論ですよ、と」


「やった……! おにーちゃん、大好きっ!」


 自分を庇っていたヴァリーが両手を広げたまま、右足を軸にくるりと反転して飛び付いて来た。

 彼女を抱き止め、ヴィヴィアナの様子を見ると「ヴィヴィアナ先生は認めないよっ!?」と顔を真っ赤にして半泣きで咆えた。


 奴の嫉妬に満ちた表情が心地良――くは無い。

 殺されそうな程の目力の篭もった視線で貫かれる。

 それでも気を飛ばして来るのが精一杯で、攻撃に転じようとする気配は全く無い。

 自身の攻撃でヴァリーを巻き込むのを恐れたか、それとも自分を殺してヴァリーを哀しませることを厭うたのか。恐らく両方だ。


「そいつは、倉澤蒼一郎はライゼファーを完殺したんだよ? それでもヴァルバラはそいつのことを友達って呼べる?」


「それは……」


 逡巡するヴァリーは答えを出すことが出来ず、逃避するかのように自分の胸元に顔を埋める。

 ヴァリーから見えないことを良いことにヴィヴィアナが人を舐め腐ったようなツラして嘲笑を浮かべた。


――勝ち誇りやがって。


「なんでライゼファーを殺したの……?」


「奴が敵として自分の目の前に現れて、家族や仲間に危害を加えたからです。だから戦いになりました。話し合いの余地は無く、身の安全の為にも戦って勝利し、殺すしかありませんでした」


 適当な言葉で濁すことくらいのことは出来る。

 だが、子供のようなあどけない瞳で問いかけて来るヴァリーに嘘を吐くのは抵抗を感じ、ありのままの事実を語る。


「そっか」


 それだけ言ってヴァリーは自分から身を離す。

 彼女が此処で自分の敵になると言うのなら、仕方が無い。

 覚悟はしていたが、予想に反して彼女は再び自分の盾になった。


「な、なんでぇ!?」


 ヴィヴィアナにとっても完全に予想外の行動だったらしく、素っ頓狂な声をあげ、奴は助けを求めるような顔をして自分に目線を合わせてきた。


――俺に頼るな。俺は敵だぞ。


 奴の縋り付くような視線を無視していると、ヴィヴィアナが観念したかのように、死臭を霧散させて深く溜息を吐いた。


「まあ良いよ……今回は情報収集が目的だし」


「情報、収集?」


「そうだよー、今日は戦いって雰囲気じゃないし、お話しよーよ? お前にとっても好都合だし良いよねぇ? 切り札どころか手札すら無いんだしぃ?」


「お見通し、と言うわけですか」


 どれだけ、此方を読み取れているんだ。この化け物達は……と慄きつつ、ふと気付いた。

 ヴァリーから聞いたところによると魔人達はSFじみた文明を知る種族だ。つまり――


「いきなり、物を投げつけるなんてマナーがなって無いんじゃなぁい?」


 投げ付けたのでは無い。


「話題の提供がてら、本来の持ち主に返却しただけですが?」


「ふぅん?」


 自分が投げた物――メモリースティックを受け取ったヴィヴィアナが意味あり気に笑みを浮かべた。


「随分と進んだ文明のようですね。ルカビアンが築いた文明と言うのは。メモリースティックに保存したプログラムで巨人、と言うか生命体を操作するなんて発想、元の世界のマッドサイエンティストでもいないと思いますよ」


 まずはこの世界の存在では無く、その根拠となる知識を提示する。

 案の定、ヴィヴィアナの眼に明らかな好奇心が浮かんだ。


「へぇ、オウラノにそんな知識があるわけないし……、グァルプの世迷言かと思ったけど、本当に純粋種なんだねぇ。二十人目のルカビアンって感じじゃないし、別次元から来たのかな?」


「グァルプから聞いた……?」


「うんうん。お前、グァルプから大絶賛されてたよー? 処刑前の負け惜しみかと思ったけど、本気で言ってたとは吃驚だねー」


 奴から大絶賛される謂われは無い筈だが……処刑されたのなら、気に留める必要も無い。


「処刑? ヴィヴィアナ先生、それどういうこと?」


「ん? メール入ってない? 裏切ったグァルプの処遇について相談したいからセントラルタワーに集合って」


 奴に関する質問はヴァリーに任せよう。

 それよりもセントラルタワー、それにメール。

 まだこの世界にはルカビアンが生み出した文明が残っているということだろうか?


「何をトチ狂ったのか分からないんだけどさー、グァルプがガエルを殺して好き勝手やってたのをコイツに半殺しにされて、トゥーダスに回収されて、バエルに処刑されちゃった」


 やれやれだね、と肩を竦めるヴィヴィアナにヴァリーは戸惑ったように肩を抱いて身震いする。


「裏切りに処刑って……一体、どうなっちゃったの……」


「自分の能力が同じ魔人にも適応されるのか、その実験として格下のガエルを狙った。そう本人から聞きました」


「あらら、まだそういう野心的な感情が残ってたんだ」


 ヴィヴィアナが呆れたような口ぶりで言う。

 魔人には野心が無いのか、それとも過去に起こった事が原因でグァルプから野心や感情が失せたということだろうか?


 魔人に野心が無いのだとしたら奴等の暴虐は何の目的も無く、気紛れで行われているということになる。

 自分と身内の安全が保障されるのであれば魔人に鞍替えするという手もあるが、満ち足りるということが無いのであれば、仲間になるのは危険だ。気紛れで殺されては堪ったものではない。

 尤も、ライゼファーを完殺した自分を迎え入れるということは有り得ないだろうが。


「ガエルの取り込みに成功した奴は他の魔人も取り込んで、自分が最強の魔人になるのだと息巻いていましたよ」


「だから戦った?」とヴァリーが問いかけてきた。

 責める意図は無さそうだ。ただ疑問を唱えているだけのように見える。


「サマーダム大学で自分がお世話になっていた方と、自分を慕う少年達を殺したからですよ。更にソウブルーに住んでいる自分の家族を狙うと言い出したので追いかけて殺しました。半殺し止まりでしたが」


「ああ、それだよそれ。ずっと疑問に思ってたんだよねー」


 ヴィヴィアナが思い出したかのように、ポンと手を叩いた。矢張り、来たか。


「お前がライゼファーを殺したのはソウブルー。グァルプを半殺しにしたのもソウブルー。ソウブルーに何かあんの?」


 この二人の口ぶりから察するにライゼファーと親しかったであろうことは想像に易い。


――下手な嘘は首を絞めるな。 


「魔人ハーティアですよ」


「へぇ?」


「ライゼファーはハーティアの気配を感じてソウブルーを訪れたのです。襲撃自体は物のついで。何と無く目に付いたから仕掛けたといった様子でしたよ」


「ハーティアが!? おにーちゃん、ハーティアはどうなったの?」


『ハーティアも殺してしまったのか?』


 ヴァリーとヴィヴィアナの眼が言外に問い詰める。


――くわばらくわばら。


「封印されていたハーティアの残滓を感じ取っただけで、今から二十年前に封印は解かれて今は別の場所へ移動したらしい――、ライゼファー本人からの申告です。グァルプは他の魔人の居場所を探すためにサマーダム大学を襲撃し、ヤンクロットの眼の強奪を目論んでいました」


「で、グァルプもソウブルーを襲撃? ルカビアンがいるってこと?」


「サマーダム大学で奴に手傷を負わせたのですが、トドメを刺すことが出来ず、撤退を許すことになってしまいました。その際、奴はオライオンを陰から支援することで被害を大幅に拡大させる事で自分の家族や仲間を傷付けようとした。嫌がらせって奴ですよ」


 大本命は仮腹の儀でカトルエルの胎内に宿った魔人ハーティアを引きずり出して取り込むことだが、この事実さえ隠すことが出来れば後は知られても問題は無い。

 自分に対する嫌がらせも決して嘘では無いのだから。

 これ以上、ソウブルーを魔人の出現ポイントにされて堪るものか。


「ふーん……それで? ヤンクロットの眼はどうなったの?」


「奴と一体化していたので纏めて斬り捨て、焼き払いました」


「あらら、残念。他は兎も角、ハーティア、ヴァルバラ、ガラベルの安全は確保しておきたかったんだけど」


――他は兎も角、と来たか。


 それに魔人ガラベル――、魔人ヴィヴィアナよりも上位の魔人だ。

 今の自分では殺せない相手だが、コイツ等の関係性を把握しておけば少しは立ち回りも楽になる筈だ。


「ハーティア見つからないの? メールは?」


「多分、二十年前に一度復活してから、ヒトモドキに敗北して、また封印されたのかも知れないねー」


 取り敢えず、ハーティアのことを諦めてくれれば暫くは安心だ。


「でさ、お前は一体何者なわけ? 異世界の純粋種なのは分かるけど、お前は何故、この世界に来たのかな? いや、待った。予想したいから、まだ答え言わないで」


「実は――」


「言うなって!! ちょっとくらい想像させてよ!!」


 答えを言おうとするとヴィヴィアナが慌てたように地団駄を踏む。

 長生きし過ぎているせいか、思考と行動様式に一貫性が無く、まるで子供だ。


「5――」


「ちょっと待ってって!」


「4――」


「え、えっとえっと!!」


「3、2、1」


「早い早い早い!!」


 ヴィヴィアナが駄々っ子のように両手を振り回す。矢張り、子どもだ。

 とは言え、上位の魔人が繰り出す駄々っ子パンチだ。余裕で音速を超過している。

 まともに喰らえばルカビアンは兎も角、自分は余裕で死ねる。


「0――、答えは」


 しかし、激しい風圧に晒されようとも自分はおちょくるのを止めない。絶対にだ。


「お前の世界では死刑反対派が幅を利かせているせいで死刑に出来ない。でも凶悪犯だから終身刑にすると遺族や社会からの反発が激しいから異世界への島流し!! つまり、お前は流刑者!!」


 ヴィヴィアナが早口で言った。

 成る程、異次元への避難という技術を持っていたということもあり、異世界人だとか宇宙人という存在を抵抗なく受け入れることが出来る。だからこその発想か。

 

「失礼な。一々、罪に問う者がいない程度の軽犯罪なら兎も角、島流しにされる程の重罪を犯したことなんてありませんよ」


「えぇー……じゃあ未開文明が支配する異世界の土地や資源を確保するために派遣されたエージェント? 邪魔する奴は皆殺しにしてこーいみたいな命令を受けてたり?」


 皆殺しは兎も角、これまた魔人ならではの発想だ。

 八雷神とは別系統の善神に呼び出されたことを含め、魔人に伝えても差し支えない情報を開示していく。

 一応、今の所はヴィヴィアナの好奇心を満たせているようだが、それもヴァリーという窓口があってのことだ。


 だが、この場をどう納めるかを悩んでいるのはヴィヴィアナも同じだったらしい。


「バエルも言っていたことだけどさー、なんでグァルプじゃなくってライゼファーを完殺しちゃうかなぁ……」


「ヴィヴィアナ先生?」


「ルカビアンの十九魔人以外でまともに会話が成立する奴なんて四千年ぶりだよ? そんな貴重な奴が寄りに依って何でライゼファーを……って思わずにはいられないわけ。理性では手放したくないけど、感情では殺してやりたい。でもヴァリーを哀しませるのも嫌だし、嫌われるのも嫌だし、どうしてくれるんだい?」


「どうしてくれるんだい――って言われましても、ねぇ?」


 自分だって胡桃さんの身の安全を守るために魔人を皆殺しにすると決めていた。

 だが、話が通じて誼を結ぶことが出来るなら無理に殺すことは無いという考えも出て来る。


 だからと言って、話が通じる魔人とは仲良くしよう――なんて単純な話にはならない。


 カトリエルの胎内に封じられた魔人ハーティアという問題がある。

 自分一人の意志や感情で片付けられる問題では無い。

 魔人ヴァルバラは暫定的に味方、魔人ヴィヴィアナは要警戒対象、最大限に甘く見積もってこれだ。


 結論――、


「お互い思う所はあるかも知れませんが、結論を出すのは次の機会にしませんか? 心の整理も付けたいでしょう?」


 問題を先送りすることにした。


「お前ねー……ま、いっか。それで」


 呆れて物も言えない。そんな態度だったがヴィヴィアナも自分の処遇を決めかね、結論を出せずにいたらしく、渋々といった態度で合意する。


「ヴァリー。取り敢えず、帰るよー」


「え? 私も?」


「こんな危険人物の側に一人で置いとけますかっての」


 助かった、が――解せぬ。歩く大量破壊兵器みたいな奴に危険人物扱いされる謂われは無い、筈だ。

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