第二話 再出発
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ソウブルーが誇る最高学府サマーダム大学。その直行馬車と言うだけあって、明らかに身なりの良い乗客が多い。
ガエルのメイスを移送する隊商を護衛した時とは明らかに客層が違う。帯剣した自分が酷く場違いに感じられた。
尤も、帯剣しているレーベインベルグ自体が華美な意匠を施されている上に、着慣れつつあるV系のコスプレ衣装と言う名の礼服のお蔭で奇異の視線に晒されることは無かった。
だが――
「其処な剣士殿」
恐らくは自分の事だろうと思い振り返ると、金属鎧と見紛う程のメタリックな質感を持つジャケットを身に纏う、恰幅の良い禿頭の紳士がにこやかな笑みを浮かべていた。
「は、私でしょうか?」
「うむ。宜しければ名を聞かせてはもらえないだろうか」
まずは、自分から名乗るのが礼儀ですよ?
そう思わなくも無いが温厚そうな声とは裏腹に、人から名乗らせるのが常識だと言わんばかりの傲岸な態度だった。
馬車の乗客たちが我関せずといった態度で窓の外に視線を向け、あるいは視線を合わせないように俯いている。
彼等の態度から察するに、目の前の御仁は非常に面倒な手合いなのだろう。
「姓は倉澤、名を蒼一郎と申します」
――まずはテメェが名乗れやボケェッ!!
という態度をおくびにも出さず名乗ってみる。
馬鹿正直に本名を名乗ることも無かったかも知れない。
「倉澤、蒼一郎殿……か」
彼は口の中で自分の名を反芻すると得心がいったかのように頷いてみせる。
「申し遅れた。私はアドルフ・ラーフェン。ラーフェン家の当主だ」
姓持ち、つまりは貴族か大商人の類だ。
そして、ラーフェン家の名はソウブルーを訪れる以前、リディリアさんの口から聞いたことのある名前だ。
――要注意人物として。
確か、ラーフェン家は帝国派貴族の中でもバリバリのタカ派で、親戚筋であろうとも反帝国派の他家に死傷者を出す程の衝突を繰り広げる程の武闘派らしい。
身内と殺し合いが出来るだけの過激な思想を持つ貴族の親玉、厄介以外の何でも無い。他の客の態度も頷ける。
因みに帝国派は先帝ハルロンティ・アーリーバードの治政をの継承を主張し伝統を重んじる勢力で、逆に反帝国派は先帝を討ったオライオンが新たな皇帝に相応しいと主張する力を重んじる勢力だ。
そして、帝国派の性質として人間至上主義を掲げ、ドワーフやエルフ等一部の亜人を除いて、それ以外の人種は人間の隷属種と豪語している。
過激な帝国派にとって、胡桃さんを溺愛する自分は良くて気の触れた物狂い扱い。最悪、危険思想の持ち主だとして排斥対象になっている可能性がある。
龍殺し、破邪、魔人殺し。自分の顔を知らなくても名前を知っている者は多い。
反射的に本名を名乗ってしまったのは迂闊だったかも知れない。
「して、私に何用でしょうか?」
「何、サマーダム大学まで長い。旅の仲間が欲しいと思っていたところだ。この中年の話し相手にはなってもらえないだろうか?」
心底断りたいが、サマーダム大学の到着は四日後か、五日後だ。
断ったとしても、このお貴族様とこの密室の中で同じ日数を過ごさなくてはならないことに変わりはない。
「外国の粗忽者で宜しければ」
「何、それもまた旅の醍醐味というものだ。たまには権力闘争に煩わされること無く、無頼になりたくもなる」
それに巻き込まれる方にしてみれば、堪ったものでは無いが。
そして、さらっと人のことを無頼漢扱いしてんじゃねぇよ、無礼者め。
「倉澤蒼一郎殿。貴殿はサマーダム大学には何用なのだね?」
「私は冒険者ですから、依頼主との折り合いが付けば何処へでも馳せ参じますよ」
「貴殿はサマーダム大学が今、どうなっているのか知っていて向かおうと言うのかね?」
「ええ、存じております」
何せサマーダム大学が地獄と化した瞬間をこの目にしているのだから。
「そうか……先帝ハルロンティ・アーリーバードが身まかられてから帝国はおかしくなってしまった。未だ皇帝の座は空位。ドラゴンの襲来に度重なる魔人の復活と侵攻。邪教徒暗躍の噂さえも耳にする。挙句、帝国四五〇〇年の歴史を象徴するサマーダム大学が死地と化した!! 全くもって忌々しい!!」
アドルフ・ラーフェンが声を荒げると同乗している乗客達が恨みがましい視線を向けてきた。
恐らく死者、行方不明者の遺族なのだろう。
「現実を受け入れることの出来ぬ愚か者め」
アドルフはその敵意の篭もった眼を一顧だにする事無く、見向きもせずに吐き捨てた。
敵を増やすなら勝手にすれば良いが、自分を巻き込んでくれるな。
「そこなご両人。この馬車にはサマーダム大学に家族を置いている者も同乗している。ご自身の発言は今しばらく吟味して頂きたいものだな」
乗客の一人が立ち上がって非難する。違うんです。ご両人では無いんです。
かと言って、アドルフ・ラーフェンを非難する勇気も無い。
この男を敵に回したらどんな厄介ごとに巻き込まれるやら。
ドラゴンに、魔人に、邪神。取り敢えず、殺っちまっとけば平和になるような手合いでは無い。
「フン……被害状況を知らぬようだな。親切で言っておいてやろう。期待と望みは捨てることだ」
彼等の辞書には退くという言葉が載っていないらしい。或いは退くという言葉が読めないらしい。
この二人がただの一般人なら今すぐ馬車から蹴り飛ばしてやるのに。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。サマーダム大学に着くまでの間、場所と時間を共にする旅仲間です。いがみ合うのはご法度ですよ」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めようとする両者の間に入ってなだめると、何が面白くないのかアドルフ・ラーフェンは鼻を鳴らして「冒険者風情が……!」と乱暴に座り込んだ。
――あ? 何で俺に矛先向けていやがるんだ、このハゲデブの中年は。
貴族然とした若い男も「人の心も分からぬ獣達め」と、ぼそりと呟いて席に戻っていった。
達じゃねーから。一緒にするな。二人まとめて素っ首叩き斬ってやろうか。
この沸き上がる殺意を抑えるべきか、それとも解放すべきか。
感情の行き場に思いを馳せているとアドルフ・ラーフェンが舌打ちする。
本当に大人げない中年だな。本気で斬り殺してやろうか。
「トリエンナ家の若造めが、忌々しい」
怒りが霧散した。それどころか、馬車の温度が三度くらい下がった気がした。
これも以前、リディリアさんに聞いている。トリエンナ家はラーフェン家の親戚筋に当たり、反帝国派の大巨頭だ。
それぞれの主張の正当性を巡って日夜、血みどろの戦いを現在進行形で繰り広げている。
自分は家族を迎えに行きたかっただけなのに、乗り込んだ馬車が一触即発の紛争地帯だった。
周囲を見渡すと身なりの良い乗客達が沈んだ表情で、恨みがましい視線を自分に向けていた。
一番無害そうに見えるからって、自分に八つ当たりをされても困る。
ギスギスした馬車の雰囲気に耐えきれず、次の馬車に乗り換えようとしたその時だった。
馬が嘶き、馬車が揺れ、出窓から見える景色が流れ出す。出発してしまった。自分の間の悪さに泣けてくる。
流石に走行中の馬車から飛び降りるのは外聞が悪いだろうか?
逡巡している内に馬車はトップスピードに到達し、脱出の機会さえも損なわれてしまった。
サマーダム大学に着くまでの数日を、この狭くて険悪な空間で過ごさねばならないとは……
馬車の走る音が自分の溜め息をかき消した。
嗚呼、早く胡桃さんに会いたい。
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