第十六話 殺し合い
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黒煙と炎が不快な熱気を放つ。鉄と血の雨が死臭を漂わせる。
人々の悲鳴と建物の崩落音が不協和音を奏でる。
――――此処は、地獄だ。
蒼一郎の眼には、約一週間ぶりに帰還したソウブルーが地獄へと変貌を遂げているように見えていた。
その地獄の業火の中でカトリエルとエーヴィアが、その命を奪われようとしていた。
この惨状を引き起こしたのが目の前にいる己の敵なのか。
それとも別の誰かにとっての敵、氷の団を率いるオライオンがやった事なのか。
今のこの男には知る由も無ければ興味も無かった。
だが、大切な人に牙を剥き、その命を奪おうとした者だけは明確だ。
魔人グァルプ。この化け物こそが倉澤蒼一郎の敵だ。
この男が自らの手で、この場で、必ず殺さなくてはならない大敵だ。
「殺す――――、殺すか。大きく出たなぁ、人間!」
畏怖と侮蔑。そして、共感。
綯交ぜになった様々な感情を吐き捨てる魔人だったが、化け物の心境に気付く事は無かった。
この男がこの地に帰還を果たしたのは化け物と舌戦を繰り広げる為では無い。
殺し尽くすために、ただそれだけの為に、この化け物を追ったのだ。
――所詮は今日、この日、この場所で死ぬ化け物だ。精々好き勝手に囀らせておけば良い。
グァルプの嘲弄染みた言葉に刃で応え、その巨体を組成する肉を引き裂く確かな手応えを感じた。
――――――殺せる。
頬に生暖かく、酸のような刺激を感じる返り血を浴びて、蒼一郎は確信する。
「――――――ッ!!」
切断面から溢れ出す返り血に遅れて触手が瀑布の如く溢れ出す。
追撃を阻止され、回避に転じさせられるが、後退するのは癪に障る。
反射的にバックステップを踏もうとする軸足を強制的に切り替え、サイドステップで彼我の距離を維持したまま、側面に回り込む。
執拗に迫り来る触手が地面を深々と貫き、鞭の様に撓る触手が横薙ぎに振るわれる。
身を屈めて一閃を避け、勢いが落ちた触手を素手で鷲掴みにして引き千切る。
「ぬ…………ぅっ…………!?」
魔人の巨体が蠢き、グァルプは苦悶にも似た驚愕の声を漏らす。受けた苦痛は何程の事も無い。
だが、蒼一郎の触手の動きを見切る反射能力、触手を引き千切る膂力。いずれも常人のそれでは無い。
――獣人よりも鋭い反射能力。ドラゴニアンを凌駕する膂力。それらが人間の思考能力によって制御されているだと……!!
様々な種族の特性を高次で兼ね備えた存在。まるで魔人であるかのような在り方だった。
触手を引き千切り、破壊と共に距離を詰める蒼一郎は、グァルプの後退を許さない。
カウンター気味に撃ち込まれた触手と、視界全体に広がる魔弾の嵐でさえも斬撃で一蹴され、その追撃を食い止めることは出来ない。
「貴様ッ!?」
「今までは唯の遭遇戦! 貴様等の都合に振り回されてばかりだった! だが、今回は違う!」
驚愕に歪むグァルプの巨体に飛び乗り、不気味に蠢く巨大な眼球目がけて剣閃を飛ばして引き裂く。
汚らしい鮮血が花火のように飛び散り、返り血を避けるように飛び退き、更に剣閃を煌かせる。
「貴様は俺を誘い込んだつもりかも知れんが、それは違う。俺が俺の意志と殺意で貴様を殺しに来た! そして! 貴様の様な化け物を相手に! 今までのように手札も策も無いまま戦ってやると思うな!!」
グァルプの眼がサマーダム大学戦での蒼一郎との差異を捉えた。
首、耳、手首、足首、衣服、靴、身体の至る所に魔石が埋め込まれている。
ファッションとして見れば悪趣味だが、それらの煌びやかな装飾の全てが魔術兵装だ。
全身を重火器、兵器で針鼠のように武装しているようなものだ。
その姿は単独で重装一個軍隊に匹敵する大火力の形成を可能とする程の異様で圧倒的な出で立ちだった。
魔人を殺す以上、当然の備えだ。その姿を見て大袈裟だと一笑に臥す者などいる筈が無い。
――一種族を除いて。
「大量の魔術兵装で!! 借り物の力で!! 魔人の力に並んだつもりか!? 嗤わせるな!!」
「散々殺されたにも関わらず、人間というものがまだ理解出来ていないようだな!」
魔人が束ね合わせた触手で模った巨腕が、雷光の如く纏った紫電を放って罵倒する。
人間が束ね合わせた魔力で模った双翼が、閃光の如く迸る魔力光を放って嘲笑する。
「馬鹿でも分かるように昔話をしてやろうか!」
蒼一郎は口の端を吊り上げ、巨腕の指先から放たれた魔力弾を避ける。
避けきれない魔力弾は火花を散らして斬り捨て、殴り壊し、間合いを維持したまま剣閃を煌かせる。
「今から遥か遠い昔日! 人間は火を手にした! そして世界の支配者となった!」
「貴様…………ッ!!」
半分は挑発だった。魔人達は人間に限らず他の人種、魔人以外の人類を蔑視している。
それが魔人や神を差し置いて自らを世界の支配者と称する。その傲岸にグァルプが怒りを露わにする。
人間の言葉に対する絶対的な否定が魔力砲となって襲い掛かり、加速する思考が蒼一郎に警告を発する。
――――直撃を受ければ灰すら残らない。
――――ならば直撃を受けなければ良い。
魔力砲の構成情報を読み解き、一の太刀で結合の一部を破壊。
甲高い音とも魔力砲の表面が削げ落ち、実体化した魔力の破片を基点にして根源の炎で術式を焼き殺す。
「そしてッ! 人間は電気を発明した事により! 更なる発展を遂げ支配体制を盤石のものとしたッ!!」
この世界では幾つかの差異があるが、地球の歴史では人間が火を手にした瞬間。
これこそが地球の支配者となる第一のターニングポイントであったことは紛れもない事実だ。
少なくとも大半の地球人にとっては当然の常識だ。
だから、蒼一郎の言葉はグァルプにそれが真実であると奇妙な錯覚を抱かせる程、真に迫っていた。
「分かるか? 人間は火と電気! つまりは道具を手にした事で支配者としての立場を得た! 貴様等、魔人が埒外の化け物だろうが足りぬ力を道具で補い! 道具を使ってねじ伏せるのが人間として正しい在り方だ! 脈々と続く人類の歴史がそれを証明してる!」
「舐ァめるなァッ!! まともな歴史すら持たぬヒトモドキの下等生物がァァァァァァァァァァァァッ!!」
挑発でも嘘でも無い。それは覆しようのない絶対的な事実だ。
それを信じて疑わない絶対的な自信と物言いが、グァルプの怒りに触れた。
怒号と共に、視界を埋め尽くす程の触手と魔力弾による飽和攻撃が蒼一郎を呑み込んだ。
「舐められて当然だろうが!」
回避運動を取りつつ、触手を斬り払い、翠緑の魔力光を纏った拳で魔力弾を叩き落とす。
サマーダム大学で戦った時には持ち得なかった技能だ。
脳機能の拡張による魔術の構成術式、魔力の構成情報の解読。音速で飛翔する魔力砲に対応出来る反射神経の鋭敏化。
それを可能とする魔術兵装がサマーダム大学に封じられていた闘霊脳である。
蒼一郎に人としての限界を遥かに越える力を得、真正面から魔人に立ち向かえるだけの力を手にしていた。
「人類を舐めた挙句、返り討ちに遭って殺される! それを何度も繰り返す学習能力の無い低脳! 舐められないなどと思い上がるな!」
後退するグァルプを追い回し、巧妙に立ち位置を変えつつ、追い詰めるように誘導を続けた結果、彼等の周囲から人の気配は消えて無くなった。
――カトリエル達とも十分すぎる程の距離を取った。これで彼女達を巻き添えにする憂いも無い……!!
この男がサマーダム大学から持ち出した魔術兵装の一つに無差別大量破壊兵器とも呼ぶべき物がある。
攻撃の下準備、その一つ目を無事に終えることが出来たと判断するなり、蒼一郎は地面に斬撃を走らせる。
炎上し、崩壊する市街地を巨大な亀裂で引き裂き、地の底にグァルプを叩き落す。
「焼け死ねええええええええええええええええええええッ!!」
蒼一郎が起動したのはレーベインベルグでは無く、右腕に巻き付けた数珠型の魔術兵装だった。
その魔石に刻印されている魔術式は戦術級軍用魔術、光の大洪水。
術式の発動基点は、術の発動直前に術者の手によって齎された破壊箇所だ。
蒼一郎という術者の斬撃によって崩落した大地に叩き落されたグァルプを狙うのは、四方八方の全周囲。
その名の如く、破壊と灼熱をもたらす光の大洪水から逃れる術は無い。
「チ……ッ!?」
人と魔が奇しくも漏れ出しそうになる驚愕を歯噛みして、同時に舌打ちして誤魔化す。
今の一撃はグァルプの中心核ごと消滅させられる筈の威力だった。だが、仕留め損なった。
グァルプは身体の半分を爆散させ、その爆発の衝撃で破壊をもたらす光の渦から生還を果たしたのだ。
――まさか、人間が光の大洪水を単独で発動出来るようになっていたとはな……!!
帝国で言う所の戦術級軍用魔術は、所謂一流の魔術師が数百人で決められた身振りと順番で、定められた量の魔力を放出し、魔力の結合と爆発的膨張によって発動を可能とする。
発動条件を完全に言語化し、術式として魔石に刻印を施すことで人間には不可能とされた戦術級魔術兵装の単独使用を可能とした。
瞬間的な破壊力だけなら原初の火を遥かに凌駕する威力を持ち、光の大洪水の術式が刻印された魔術兵装が封印指定処分を受けるのも当然の事と言えた。
それだけにグァルプは身体の半分を推進剤代わりに自爆させてでも、その効果範囲から離脱しなくてはならなかった。
――後数秒でも照射を受け続けていれば死んでいたところだ。だが。
グァルプは思う。
――――これだけの破壊規模を持つ魔術兵装が連発出来るはずが無い。この男の性格上、ぶっつけ本番などという無謀な手立てを取るはずが無い。何処かで一度、試し打ちをしている筈だ。
同じく蒼一郎も思う。
――――光の大洪水はこれで使えなくなった。だが、今の一撃は相当な消耗になった筈だ。
期待はしていたが、光の大洪水だけで魔人を仕留め切れるなどと見くびってはいなかった。
今の所は順調な筈だ。だが、グァルプの次なる行動が蒼一郎と闘霊脳の予測と計算が狂わせる。
グァルプはその巨体を叩き付けられるように地面に着地して肉片を飛び散らせたかと思うと、緑色のシルクハットをかぶったタキシードの青年に姿を変えたのである。
その腕には青竜刀のような刃幅が広く婉曲した片刃の剣が握られている。
ライゼファーやガエルを例に考えれば、魔人にとって醜悪な巨大な姿こそが本来の姿で、人型は能力を制限した状態の筈だ。このタイミングで人型に姿を変える意図が分からない。
――――此方を舐めているのか? それともあの姿が真の姿というのは俺の思い違いか……?
満身創痍とは言わずとも追い詰められているのは事実だ。
此処に来て、まだ敵を舐める程、愚鈍な存在では無い筈だ。
「道具を使う意義を理解出来ない、原始的な低脳が何のつもりだ?」
グァルプの意図が分からず、愚弄と共に問いかける。
まともな回答が返って来ることを期待しているわけでは無いが、予想に反して魔人は感情的に表情を歪める。
「純粋に人間を殺してやりたいと思ったのは久しぶりだ。これほどの屈辱を受けたのは久しぶりだ。ヒトモドキ――――、いや、殺戮者、倉澤蒼一郎。お前の土俵に合わせて殺してやろう」
魔人が踏み込むと同時に、飛び散った肉片からクナイの様な形状の投擲剣が一斉に飛翔し、四方八方から蒼一郎を襲う。
――――お前の土俵に合わせて殺してやろう。
その言葉の意味を理解して、蒼一郎は口の端を吊り上げる。
「使える道具は全て使う――。漸くか?」
殺した生命の魂を複製し、その能力を得る特殊能力。
これまでに得た力の全てを使い切るという宣言に他ならない。
威力が高いだけの単純な触手と魔力弾を捨て、道具を本来の能力を使う。
その行動が互いにとって吉と出るか凶と出るか定かでは無いが、互いに目的は同じだ。
――己の殺意を研ぎ澄ませ。目の前の敵を完殺する。
グァルプの身体を取り囲むようにして現れた数十本の投擲剣が高速旋回の後、切っ先が蒼一郎に向く。
一斉に射出される投擲剣を回し蹴りの衝撃から生じる風圧で弾き飛ばし、投げ付けられた岩を蹴り砕いた。
剣閃と共に球状に収束した根源の炎を放つと、氷の盾が墓標のように連なり、侵略する業火の勢いを殺して地面に落とす。
地に落ちた根源の炎が火柱と形を変えて、魔人が放った氷の刃を全て消滅させる。
その向こう側から火柱を避けるように弧を描いて、丸鋸の様な凹凸が付いた四枚の円盤が音も無く飛翔する。
召喚した精霊弓から魔力弾を五月雨の如く放ち、円盤を叩き壊すと破片の向こう側から魔人が跳び越え、肉迫してくる。
精霊弓を投げ捨て、レーベインベルグを両手で構えて地面を蹴る。
「真正面から魔人と打ち合えるなどと思い上がりを!」
言い終わるか終わらないかの内に両者の間合いが零になる。
「ッ!?」
爆発的な急加速と、亜音速の踏み込みがグァルプの予測と判断に齟齬を産み、さしもの魔人の息を呑む。
超々高速移動を可能とする加速術式が幾重にも刻印された魔術兵装、神馬の蹄。
この神馬の蹄こそが魔人と一足違いでソウブルーへの帰還を果たさせた。
静から動へ移る緩急の切り替えは瞬間移動と見紛う程で、そこから生じる疾風迅雷の斬撃を捉え切れず、斬られた事をグァルプが自覚したのは、背後へと走り抜けた蒼一郎と背中合わせになってからの事だった。
だが、それでも一方的に殺すことが出来る程、魔人という存在は簡単な種では無い。
蒼一郎は首筋の裏側に刺さされるような錯覚を感じ、魔人と背中合わせになった身体を急反転させる。
流れる視界の隅で、グァルプは既に体勢を整え、魔弾を放ち終えていた。
再び、神馬の蹄を起動して迫り来る魔弾を踏み越え、亜音速の斬撃を叩き込む。
――――手応えが妙だ。
そう思った瞬間、魔人の身体が紙吹雪となって飛び散る。
闘霊脳によって強化された蒼一郎の動体視力が、紙吹雪の一枚一枚に魔術的な刻印が施されているのを捉えた。
サマーダム大学で聞きかじった知識の中に、符術という外国のマイナーな魔術に使われる魔道具がある事を思い出す。
「…………ッ!」
レーベインベルグの刀身に根源の炎を纏い、鋭く息を吐いて斬撃を繰り出す。
二股の刀身が術符に食い込み、グァルプの額に触れた瞬間、仄かな光を放つ半透明の檻が蒼一郎を閉じ込める。
「この程度で俺が止まるか豚が!! 灰と消えろ!!」
刀身に帯びた魔力を開放し、大蛇の如く蠢く炎の顎門が牢獄を灰燼に変える。
空を蹴って宙を舞うグァルプが無数と錯覚する程の術符を降り注がせる。
――陰陽師でも気取っていやがるのか……!
爆ぜ飛ぶ術符の雨を縫うように潜り抜け、魔人に肉迫し猛追する。
突如として、その足を阻まんとする四つ眼の何者かが地面から這い出た。
グァルプの放つ魔力波と、四つ眼が展開する結界の魔力光が蒼一郎の視界をホワイトアウトさせる。
灼かれた眼では、その姿を観察する事も叶わないが、闘霊脳によって拡張された五感が告げる。
――あの四つ眼、魔力も存在規模も薄い……! だったら警戒は要らんか!
一閃と共に両断される四つ眼の傍らを走り抜け、グァルプに肉迫する。
グァルプの着地に合わせて、大上段に構えたレーベインベルグの斬撃を跳躍と共に放つ。
重量感を覚える金属の激しい衝突音が二度重なった。轟音が空と大地、蒼一郎の腹の底に響き渡る。
鼓膜を突き破る爆音とは裏腹に、魔人は軽やかな足取りで蒼一郎の背後に回り込む。
「多重結界……!」
機能を失い、落ち葉のように舞い散る結界の残骸。
重ね合わせた防御結界が斬撃の速度を微妙に狂わせた事で、グァルプは回避を成功させたのだと理解して、蒼一郎は嗤った。
「随分と小賢しい真似をするようになったじゃないか! 化け物!」
「刮目せよ!この小賢しき児戯の数々を! 我が手によって葬り去られた人智の業を!」
それが魔人グァルプの持ち得る道具だ。屈辱だ。屈辱以外の何物でも無い。
グァルプの能力は殺害した生命の魂を複製し、その知識や記憶、能力を奪い、それを行使するというものだ。
彼はこの能力を好いていない。寧ろ、嫌悪していると言っても良い。
常時発動型のこの能力は命を奪えば奪う程、勝手に複製された魂が蓄積され、要りもしない能力や知識、記憶が勝手に流れ込んでくる。
他者の記憶が流れ込んできたところで、そもそもの存在規模が段違いだ。
魔人は人類の人格に影響を受ける程の薄い自我はしていない。
これまでに彼が殺したのは人間だけでは無い。
エルフやドワーフ等の亜人。ドラゴニアンやオーク等の獣人。天使や悪魔、巨人などの古代種。
ドラゴンやユニコーン等の幻想種。多種多様の種族を数千年に渡って殺した。
魂を複製し、記憶や知識、能力を得るという事は、他者に対する誤解の無い絶対的な理解を意味する。
数多くの記憶に晒されても影響を受けない強靭な自我があるからこそグァルプは一つの結論に至った。
――これらの種族の神髄は、須らく塵屑だ。
他者に対する絶対的な理解は、決して共感には繋がらない。
戦えば戦う程、この身に塵屑が集ってくる。この不快感から逃れる術は一つ。
他者という存在が消えて無くなれば良い。この身は不滅で、他者は塵芥。
時間をかければ、いずれは達成出来る目標だ。
――その癖、ほんの少し留守にしている間、自宅を埋め尽くす程、不快な害虫が増えて支配者を気取っている。
不快以外の何物でもなかった。
しかも、害虫を駆除するために害虫の操る、技とも言えないような児戯の真似事をやらされる。
――屈辱でしかない。
考えようによっては、世界に蔓延る羽虫の駆除は児戯で十分とも言える。
それに奴等が生涯を賭して生み出した奥義の大半は魔人にとって児戯に過ぎない。
しかし、児戯同然に繰り出される奥義の数々は、容易く人間に乗り越えられるものでは無い。
もしかしたら、シロアリを絶滅させるよりは簡単かも知れない。
そう思えば、少しは可愛げも――――流石にそれは無いか、と魔人は自嘲する。
そして、複製した魂から一人の男を再構築する。
太古の軍服を身に纏い、腰には細い長剣を帯刀し、長い尾が伸びている。背には翼が生えた竜頭の男。
竜人、あるいはドラゴニアンと呼ばれる種族である。
「我が奥義を受けるが良い!!」
ドラゴニアンの口から清廉な声を張り上げる。
武人然とした声に蒼一郎は意味のある言葉を発する事無く咆哮を返し、神馬の蹄のギアを一段階上昇させる。
目の前の竜頭の男が強敵であると認めたが故の行動だった。
――神馬の蹄に残された魔力も僅かか……! 下手に温存しては却って消耗する羽目になる!
死線を踏み越え、その反動に身体が悲鳴を上げるが闘霊脳の出力を上げて、その反動を無視する。
ドラゴニアンが繰り出した煌めく剣閃の結界ごと一閃で切断し、神馬の蹄のギアを一段階上げて、更に一歩。
音速の壁を踏み越え、グァルプの脇腹を半ば程から斬撃で食い破る。
「好きなだけ分身を放て、奥義を連発してみせろ。その全てを踏破し、貴様は八つ裂きにして殺してやる。化け物!」
「かすり傷一つ付けた程度で勝ち誇るな、人間!」
クナイ型の投擲剣が蒼一郎に襲いかかる。
斬撃一閃――、凄まじい斬風によって生じる圧力が間合いの遥か遠くを飛翔する投擲剣が地面に叩き落される。
「貴様こそかすり傷一つ程度で逃げ帰れると思うな! この場で八つ裂きにして殺してやる!」
「我が児戯がこれで終わりとは思わんことだ! 貯蔵した魔力は後どれだけ残っている!」
「貴様を殺し尽くす程度にはな!」
背中合わせになり交わる事の無い視線の代わりに濃密な殺気が絡み合っていく。
人智を越えた殺し合いはまだまだ続く。
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