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第十五話 到着

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 氷の団の一部隊がソウブルーの偉大なる指導者バーグリフの本拠地、ソウブルー要塞に到着した。

 巨人族でも悠々と出入り出来そうな巨大な扉の前では、全身が岩の装甲で覆われたストーントロールがこじ開けようと力を込め、その背後には小柄なハーフリングの弓兵が矢をつがえ、その両脇にはエルフの魔術師が防御結界を展開する。

 此処でバーグリフを討ち取れば、ソウブルー陥落は達成したも同然だ。


――もしも、この手でバーグリフを討ち取ることが出来れば、新政権で重役に就くことが出来るかも知れない。


 そんな明るい未来を想像したが、彼等の役目は決死隊だ。

 誰かから命じられたわけでは無い。

 並み居る衛兵たちを突破して、この地に辿り着いたのが偶々自分達だった。ただそれだけだ。

 この巨大な門を隔てた向こう側では、バーグリフを守る精鋭達が迎撃の準備を終えて、手ぐすねを引いて待ち構えている筈だ。


 彼等はオライオンが率いる本隊が到着するまでにバーグリフの周囲を固める親衛隊達を排除し、先帝ハルロンティ・アーリーバード同様、オライオンが一騎討ちでバーグリフの首を獲る為の状況を整える。

 それが、それこそが自分達の使命なのだと内心で自らの運命と生命を定義していた。


 ソウブルーの陥落は、オライオンの力と帝国弱体化を同時に証明し、反帝国の気風を更に盛り上げる足掛かりになる。

 生きて立役者となるか、死して礎となるか。彼等は今、運命の盆水嶺に立たされていた。


「行くぞ……!」


 ストーントロールが意を決したように短く呟き、力強く扉を押した。誰かがごくりと唾を飲み込んだ。

 軋む音を立てて扉が開いていく。予測出来得るあらゆる攻撃を想定して、誰もが緊張した面持ちで身構える。


 扉が開く。攻撃はまだ来ない。


 来ない。


 来ない。


 来ない。


 扉は完全に開き切った。


 だが、予想された猛攻撃は行われなかった。


「無人……なのか?」


 緊張の糸同様に、弦がはち切れそうになるまで矢を引いていたハーフリングが呆気に取られたように呟く。


「臭いがする。仲間じゃない人間の臭いだ。俺が先行する」


 ワーウルフのバッカイルが慎重な足取りで前進する。

 次々と要塞の中へと足を踏み入れる氷の団の決死隊。その数、三十。


 隠れている衛兵たちの心臓の鼓動が聞こえないかと耳を澄ます。

 天井、側面、背後に奇襲を目論む衛兵が潜んでいないかと目を凝らす。

 隠形の術式で音も姿を消した暗殺者の気配を探ろうと魔力を漂わせる。

 勘と経験を総動員して、薄暗い要塞内を進む。

 扉の先は大きく薄暗い回廊があり、そこを通り抜けると玉座がある。


――進む度に闇が濃くなっていく。本当に人間か……?


 玉座の様子は見えないがバッカイルの嗅覚が其処に人間が、バーグリフの姿がある事を察知した。


「妙だ……仲間の臭いがする」


 まるで人間、暫定バーグリフの周囲を取り囲むような位置から仲間の臭いがした。


「まずい先を超されるぞ!!」


 血気に逸るストーントロールが雄叫びと共に回廊に大きな足音を響かせて走り出す。

 それに釣られたように決死隊が駆け出した。

 バッカイルの嗅覚が捉えた敵の数は一体。

 この回廊を抜けた先には満身創痍のバーグリフが絶望的な状況に立たされているはずだ。


 彼等は誰かに命じられて決死隊となったのでは無い。

 陸から、空から、海から――――――、人間よりも亜人の数が多い氷の団は其々の特性を活かして、ありとあらゆる手段を用いて、ソウブルーに攻め入っている。

 彼等が自らの意志で決死隊となる事を選んだという事は、他の部隊も同じ事を考えるのが当然だ。

 手をこまねいている内に、栄光ある未来を掴むどころか、栄光を築く礎にすらなれないかも知れない。

 必死の想いでソウブルー要塞に侵入したというのに何も出来ず、何も成せないままでいるのはご免だった。

 それまでとは違う緊張感に押されて、彼等は必死に駆ける。バーグリフのいる王座に。


 だが、バッカイルはこうも言った。


 妙だ、と――


 玉座に近付けば近付く程、その違和感は確信へと変わっていく。

 しかし、血気に逸り、我先へと玉座へと走り出す仲間を止める術が、バッカイルには無かった。

 それに氷の団が放つ雄叫びの大合唱が要塞内に響き渡り、今更、慎重も何もなかった。


――生者の臭いと既に死に絶えた腐臭がする。この死臭は……


「漸くのお出ましか? 卑劣の王の従僕にしては酷く臆病な連中だな。些か拍子抜けさせられてしまった」


 そう言って彼等を出迎えたのは玉座で足を組み、気だるげに頬杖を付くバーグリフ。

 そして、彼を平伏すように崩れ落ち、物言わぬ躯となった氷の団の先発隊だった。

 彼等が想像していたような満身創痍のバーグリフはいない。

 そこには敵が弱過ぎて、あからさまな失望を表情に滲ませ、退屈に苛まれた男の姿があった。


「帝国を代表する七大都市の支配者の中でも、私は賢人、或いは仁君と呼ばれている」


 物臭そうに吐き捨て、無気力に立ち上がりながらバーグリフは言葉を続ける。


「だが、帝国は武を持って大陸を、世界を飲み込み、我が物として来た暴威の国だ。分かるかな? 我等が帝国は闘争を!! 武を尊び力を貴ぶ国であるということを!!」


 床に投げ置かれた大剣がバーグリフの細い脚で蹴り上げられ、緩やかな弧を描いて天井近くまで飛び、重力に従って落下し、バーグリフの手の中に納まった。

 そして、無造作に振るわれる腕の動きに連動して、流れる様な軌跡を描いて刃の切っ先がバッカイル達に突き付けられる。


「つまり、この地の支配者たる私も力を重んじる者の一人と言うわけだ。何が言いたいか分かるかな? 私は戦いというものがな、好きで好きで仕方が無い。だが、支配者などやっているせいで戦い一つするのにも随分と不自由になってしまった。故にだ。私は諸君らを歓迎しよう。オライオンの従僕共。何度でも我が前に立ち刃向かうと良い。私がそれを赦そう。諸君らの魂をクラビス・ヴァスカイルに捧げる事を引き換えにな」


 其処には治安維持の強化に努める牧歌的な支配者はおらず、闘争本能に支配された戦鬼がいた。

 ゆらりゆらり――、漫然と歩み出るバーグリフの目が、バッカイルと視線と合った。

 その瞬間、彼等の目の前からバーグリフの姿が掻き消えた。


 エルフの魔術師たちはそれが視覚情報の遮断と隠蔽の魔術、隠形術によるものと判断し、すぐ様、魔力探査の術式を展開する。

 それと同時に探査情報を仲間に共有する術式を実行するが、探査術式はバーグリフの魔力はおろか、その残滓すら捉えることが出来なかった。

 何故ならバーグリフの姿が消えたのは魔術による影響では無いからだ。

 この支配者が繰り出したのは魔術では無く、体術。


 敵の眼の動きを捉える事で三十人全員の視界を把握すると、死角から死角へと跳躍するように踏み込む事で、彼等に消えたと錯覚させたのだ。

 

 先頭に立つストーントロールと、消えた筈のバーグリフが背中合わせに立っていた。

 ストーントロールは肩口から脇腹にかけて袈裟懸けに、音も無く斬り落とされていた。

 前後の繋がり無く、そうなっていた。

 それがいつ行われていたのか、彼等は勿論、絶命したストーントロール本人にさえ分からなかった。


 そうかと思えば隊列の右端で弓を構えていたハーフリングが左右に両断され、瞬きをした瞬間、隊列中央にいたオーガ三体が崩れ落ちて床に鮮血と臓腑をぶちまけた。


「暗殺術では戦いにはならんか。これでは素振りをしているのと変わらん」


 気付けばバーグリフは玉座に座り込んで頬杖を付いてつまらなそうに吐き捨てていた。

 その声色には失望と苛立ちさえも含まれていた。


「諸君、私がこうやって態々隙を作って見せているのだ。仕掛けてみてはどうかね? それともこの程度の隙では怖くて仕掛けられんか? ならば大サービスだ」


 おもむろに立ち上がるバーグリフ。大剣は構えず、柄尻を親指と人差し指で摘まみ、大仰に両腕を広げて無防備に歩き出す。


「此処までされて尚も警戒……などと気位の無いことはするまい? それともこの場は見逃した方が良いかね? 諸君らの力では、まるで話にならない。話にならないなら、ならないなりに数を集めるか、オライオンを連れて出直して来ると良い」


 そして、大剣を地面に突き刺し、得心が行ったかのように掌に拳を打ち付けた。退屈に苛立ち、眉間に寄った皺も緩んだ。


「うむ、思い付きで適当に喋ってみたが、これがお互いにとって最良とも言えるな。私は戦いを楽しみたい。諸君らは私を打倒したい。だが、このままでは私は戦いを楽しめないし、諸君らは私を打倒出来ない。これでは、誰も得をしない。そんな戦いは無益だ。ささ、今すぐ仲間の所へ戻り給え。そして、数を揃えて此処へ戻ってきたまえ」


 まるで小さな子供を甘やかすような温和な笑みと、声色で氷の団に語り掛けるバーグリフ。

 だが、彼等とて伊達や酔狂で強大な帝国に、現体制に反旗を翻したわけでは無い。

 ここまでの嘲りを受けて尻尾を巻いて逃げ出せる程、惰弱には出来ていない。


「舐めるなァァァァァァァァァァァァッ!!」


 咆哮と共に床を蹴り、バーグリフに肉迫したのはバッカイルだった。

 彼の激情に突き動かされたかのように、エルフの魔術師たちが術式を展開する。


 だが――、


「舐めているのは君だろう?」


 バーグリフから失望の吐息が漏れる。


 彼等の劣勢は決して揺るがない。どんなに咆えようとも、その戦力差は歴然だ。

 バーグリフは未だに魔術の行使も、魔術兵装の起動も行っておらず、ほんの少しばかり児戯にも似た暗殺術を披露しただけ。

 それにも関わらず、子供騙しにすらならない挑発を受けた程度で激昂し、自棄を起こして敗北必至の敵に無謀な攻撃を繰り出す蒙昧さ。

 もう何度目の失望になるか分かったものでは無い。


「君はソウブルーに、此処に何をしに来た? 自殺かね? 違うだろう? 戦争を、私を殺しに来たのだろう? 君は咆えた程度で私と相対出来るだけの力が漲って来るのかね? そういう能力の持ち主なのかね?」


 本当に誇り高く矜持のある者なら、この場を逃げ出し、バーグリフの言う通り戦力を結集させるべきだったのだ。

 その場を取り繕うだけの無謀な突撃をする事になど何の意味も無いし、誇りある行いとは言わない。ただの自殺だ。


「君に力は無い。しかし、人を動かす力はある。気付いているかね? 君が動いたことで、状況は私の素振りから、戦いが始まろうとしている。君には人を動かす力があるというのに――」


 迫り来るバッカイルの剣撃を拳で打ち払い、無防備になった腹部に手刀を放ち、上半身と下半身を真っ二つに引き裂く。


「君が軍団を率いれば、鼠の群れも獅子をも凌駕する戦闘集団となったであろうに。弱過ぎる上に数が少な過ぎる。君は誇り高く戦ったつもりかも知れないが、虚仮にされた自分自身を取り繕っただけだ。無駄死にでしかない。君のように人を動かす力を持ちながら、死を美徳とする者はより多くの生者を死に導く。それは害悪だ」


 真っ二つになったバッカイルが地面に叩き付けられると同時に、エルフの魔術師達がバーグリフをバッカイルごと撃ち砕かんと魔力の光弾を断続的に発射する。

 だが、バーグリフは動じず、歯牙にもかけない。


「地べたを這い蹲り、汚泥を啜ってでも最後には勝利する。それが真に尊き者の戦い方だ。死にたがりなどプライドの無い輩にはソウブルーはおろか、私の首さえもくれてやれんな」


 地面に崩れ落ちたバッカイルの上半身を蹴り上げ、迫り来る魔力弾めがけて回し蹴りで砲弾の如く発射し、同じ要領で下半身も蹴り飛ばし、魔力弾の包囲網に穴をこじ開け、攻撃の網を、悠然と歩いて脱出する。


「転生後は生き残る事と勝利する事を最優先に考えてみることだな。人として生まれ変われたら、の話だが」


 生き残ったエルフ達に迫るバーグリフ。王座に断末魔の声が鳴り響いた。


「ふむ……」


 崩れ落ちた氷の団の死体をつまらなさそうに眺めて、退屈そうに王座へと腰を下ろす。


 そして、叫ぶ。


「アーベルトォォォォオオッッッッ!!」


 こだまするバーグリフの咆哮が掻き消えてから待つ事、一秒――、アーベルトは現れない。

 二秒、三秒、四秒、五秒、六秒――、アーベルトは現れない。

 己の声が届く範囲にアーベルトはいない。

 そう判断したバーグリフは愉し気に、そして悪童のように口の端をニィっと吊り上げた。


「小うるさい側近はライゼファーに片腕を奪われて再起不能。我が右腕だる従僕のアーベルトもいない。つまり、今の私は自由! 自由に出歩いて闘争を楽しむなら今の内と……、そういう事か!」


 まるで夏休み初日の小学生のように瞳を輝かせて立ち上がり、景気良く大剣を振り回すと、意気揚々と要塞の外へと歩き出した。

 派手に暴れてみせればオライオンや、その側近もやって来るだろう。そう思うと楽しくなって来た。

 またいつぞやのように百人切り、千人切りなんてことも出来るかも知れない。


 夢が広がる――――その瞬間の出来事だった。


「ッ!」


 空間を引き裂くような一条の魔力弾がバーグリフを襲う。

 咄嗟に大剣を傾けて構え、防御行動に移り、魔力弾を受け流す。

 凄まじい勢いで振動する大剣がバーグリフの腕を痺れさせ、逸れた魔力弾は耐魔力防壁が編み込まれた壁を引き裂いた。

 支配者は破壊された壁に見向きもしない。破砕音と崩落音で大体の破壊状況は把握出来る。


 それよりもだ――。


「退屈をさせてしまったようだな。狂戦士バーグリフ」


 ソウブルーの支配者となる以前の、懐かしい二つ名で呼ばれてバーグリフが冷笑を浮かべる。


「ああ、退屈したとも。態々、戦いの舞台を整えて待っていたというのに辿り着くのは満身創痍の雑魚ばかりだ。待ちくたびれてしまってな。今し方、お前"達"を探しに行こうかと思っていたところだ。反逆者の王、オライオンよ」


 遂にこの戦闘の首謀者が到着した。金髪金眼の男、オライオン。帝国で言うところの先代の龍殺しである。

 その身に纏う外套は彼が五年前に斬殺した龍の翼膜と甲殻を加工して作られた物であり、卑劣の王、反逆者の王、オライオンのトレードマークとも言うべき戦装束である。


 漸く現れた敵の存在に退屈に苛まれていた支配者が嘆息する。

 だが、その態度とは裏腹にバーグリフの双眸は爛々と輝きを放っている。


 オライオンの背後には禿頭で筋肉質な大男。

 熊の頭蓋骨で出来た兜と狼と頭蓋骨の肩当を身に付けた男。

 龍の背骨を削り出して作った杖を持つ老人。

 オライオンの側近を公言して憚らない自称オライオン四天王達が控えていた。


 狼の獣人(バッカイル)達のような惰弱とは段違いの力を秘めているのは気配だけで分かった。

 そして、アーベルトが呼び出しに応じない理由もだ。


「数が一人足りないようだ。私の過保護な右腕に足止めされたのかね? そうだとすると諸君らを独り占め出来る時間はあまり長く無さそうだな」


 おどけた態度で、慌てた素振りを見せる。

 オライオン四天王はバーグリフが敵と認識しても良いと思える程の力を有している。

 だが、たった一人ではアーベルトをほんの僅かな時間、足止めするのが精一杯とも判断していた。


 バーグリフは思う。せめて後一人、アーベルトの足止めに回すべきだったと。

 更にもう一人回せば、流石のアーベルトも長く――、三分か四分くらいは足止め出来た筈だ。

 しかし、そうすると今度は自分が戦いを楽しめない。

 何より忠実な側近の癖に強敵を三人も独り占めするなど許されるものでは無い。


――そもそも、オライオン四天王とやらの強さが中途半端なのが良くないのだ。


 彼等が弱ければ全員、アーベルトに譲ってやっても良かった。

 彼等が強ければ一人でも十分な時間、アーベルトの足止めが出来たはずだ。


「お互い、あまり時間は残されていないようだ。さっさと戦いを始めようじゃないか」


 急かすバーグリフにオライオンは苦笑を浮かべる。


「ソウブルーの支配者という立場は余程、退屈なようだな。我が方に就けば、戦いには不自由せんぞ? ソウブルーの占拠は、ほんの始まりに過ぎない。我々は帝国という存在全てを相手にするのだからな」


 オライオンの勧誘にバーグリフは肩を竦めて首を横に振る。


「良いかね? 戦争や闘争というものは国が富み、知識や技術が洗練され続けているからこそ面白いのだ。次から次に生まれる最新の兵器や戦術。これを我が意思と号令で制御できるから闘争は楽しく、心が躍る。だから、お前のような帝国を打倒した先の未来を見据えていない輩の下には就けない。何故ならお前如きに支配されては帝国は荒廃の一途を辿っていくだけだからだ。その後に続く戦いは先進的になるどころか、原始的に後退していくのは決定的だ。それでは意味が無い。私は支配者となって学んだことがある。戦争する時は戦争する。内政する時は内政する。何事にもメリハリというものが必要だという事を。所詮、貴様など退屈な日々に彩りを齎す、ちょっとした刺激、息抜き程度の存在でしか無いのだよ」


 バーグリフがソウブルーに善政を敷き、帝国でも有数の都市に仕立て上げたのも、それが全ての理由だ。

 狂戦士であるが故に闘争を楽しむために必要な事を追求した結果、治安の良い都市になってしまったのは皮肉以外の何物でも無かったが。


「よくぞほざいた。だが、貴様さえ、ソウブルーさえ落としてしまえば帝国は流通の要を失う。反帝国派の亜人達は帝国各地で決起し、分断された帝国は一気に力を落とすことになるだろう。貴様など帝国打倒の最初で最後の壁に過ぎん!!」


 そうだ。この狂戦士はオライオンにとって最初で最後の壁だ。

 老いぼれた先帝を殺したことなど、此方が本気であることを証明するために行った宣言でしかない。

 帝国の行く末を憂い嘆く自称国士や、反乱軍を名乗る野盗とは訳が違うのだと。


 オライオンと、三人の側近が身構える。


 バーグリフはお互いに時間が無いと言った。その意味が理解出来ない程、愚鈍では無い。

 彼等を要塞内部に送り出した、此処にはいない四天王の一人。彼の足止めは長くは続かない。

 それ程、間を置かずしてこの場に現れるであろうことは目に見えている。


 あの衛兵(アーベルト)は一人でオライオンやバーグリフに勝るとも劣らない力を有している。

 バーグリフと合流されては勝利する事が出来たとしても大きな被害を受けることになりかねない。


 彼等は裂帛の気合いと共にバーグリフに迫る。

 バーグリフは些かも揺るぐことなく肩に担いだ大剣を構えて見せる。


「来るが良い。先帝ハルロンティ・アーリーバードを殺したという卑劣の業、披露してくれたまえ。出し惜しみをしていると私の過保護な右腕が戻ってやってきてしまう。切り札を切れずに死ぬなど間抜けを晒したくはあるまい?」


 激突するバーグリフとオライオン。この内乱もいよいよ決着の時が迫ろうとしている。


 その一方、市街地ではカトリエルが魔人グァルプと交戦し――、


「力の差というものを弁えるべきだな。人間」


 其処には襤褸のように引き裂かれた女の姿があった。

 血と魔力を失い過ぎて、女の意識が朦朧とする。

 立っているのか、座り込んでいるのか、それとも倒れているのか、己の状況が分からなかった。


 熱波に煽られ、揺れる白衣は切り裂かれ、焼け焦げ、そうで無ければ彼女の鮮血で朱く染まっている。

 白衣の下にある衣服は更に紅く湿り、破けた衣服のから露出する真っ白な柔肌からは赤い色をした温もりが零れ落ちていく。


 ぐったりと頭を垂れる彼女の口から洩れる呼吸は浅く、短い。まだ生きている。

 当初にグァルプが発言した通り、殺してはいない。

 魔人の目的は彼女を殺す事では無く、心を手折る事にある。


――しかし、思った以上に手の焼けるな。


 カトリエルは破壊術に長けた魔術師では無く、調合、回復、防御に特化した錬金術師だ。

 その防御はサマーダム大学学長ゴドウェン・ゼリマノフの薫陶が骨子となっている。

 そのゴドウェンもグァルプの手で殺害された。

 魔人グァルプは殺した生物の魂を複製して使役する他、魂から記憶や能力を引き出し、我が物とする力を持つ魔人だ。


 基本的に魔人は魔人以外の生命を取るに足らない存在と蔑視している為、人間や亜人から記憶は勿論の事、能力を取り込むなどと汚らわしい事をする事を良しとはしない。

 人類の感覚では生きた人形の様な芸術的な美しさを持つカトリエルも、魔人にとっては汚らしい生き物だ。

 触手を束ね合わせて作った巨腕が、まるで汚らしい物を摘まむようにカトリエルを持ち上げて嫌悪感を滲ませた。


――出来ることなら、このまま空に向かって放り投げて墜落死させてしまいたいところだが……


 彼自身の目的の為、嫌々ながらゴドウェンの記憶を取り込んだ事でグァルプはカトリエルの防御魔術の構造を完全に把握し、理解する事が出来る。

 それは力業で破壊するのでは無く、技術的な手法で防御結界を発動前に術式ごと解体することが可能である事を意味する。

 魔力は枯渇寸前で、対魔人戦闘用の魔術兵装と薬は工房の倉庫に積まれたまま。

 こうなってしまっては流石のカトリエルもただの町娘でしかない。

 交戦開始から現時刻に至るまで、戦いは無かった。有ったのは理不尽な暴力だけ。


――思わせぶりに現れておきながらこの様とは。


 グァルプは彼女を殺さないように気を使わなくてはならない程だった。


「そろそろ心が折れてもらえると面倒が無くて良いのだが……。ああそうか。市街地への攻撃が行われて随分と時間も経つ。もういつ衛兵団が現れても不思議では無い。そう考えているのだな?」


 それこそが、いや、それだけがカトリエルの勝算だった。

 市街地への無差別攻撃に大火災。更に氷の団の一部が暴徒化して民間人を襲い始めた。衛兵団による鎮圧が行われるのも時間の問題だ。


「残念だが衛兵団は来ない。この戦いを長引かせるためにこの私が手ずから衛兵団を間引いただのからな。今頃、オライオンが側近を連れて要塞内に突入しているのではないかね? 衛兵団の主力は慌てて要塞内に帰還中。此方を目指しているのは案山子同然の雑魚ばかりだ」


 そう言ってみせても、この女は涼しい顔を浮かべたままで動揺も絶望もしない。

 ほんの少し力を籠めるだけで簡単に死ぬ劣等種である事が更にその厄介さを増した。


「カトリエルさんを離して!」


 頭を悩ませているところを集中力を乱す程、癇に障る声が響いた。

 震える声と共にグァルプの触手に幾つもの短刀が突き立ち、裂傷痕から紅い鮮血の代わりに紫色の体液が滴り落ち、突き刺さった短刀を溶かした。


 聞き慣れた少女の声に女は朦朧とした意識を覚醒させる。

 其処にはトーヴァー達を避難させて戻って来たエーヴィアの姿があった。


「何故……何故、戻って来たの……? 相手は魔人よ……、すぐに逃げなさい……!」


 涼しい顔をしていたカトリエルが初めて感情を揺らめかせ、口からかすれた声と一緒に赤い血塊を漏らした。


「一人になんて出来るわけが無いじゃないですか! カトリエルさんに何かあったら、蒼一郎様が悲しみます!」


 そう言って短刀を構えるエーヴィアの腰は引け、手足はガクガクと震えている。

 魔人はその場に存在するだけで自然体のまま、意識する事無く、見る者を萎縮させるような恐怖感と殺気を放つ。

 グァルプの瘴気にも似た存在感はエーヴィアの心にある根源的な恐怖心を増幅させていく。

 真正面から対峙し、戦おうとすればする程、恐怖感が加速度的に増していく。

 まるで本能が逆らってはならないと意志や思考を支配しているような錯覚さえ覚えた。


「倉澤蒼一郎の相識かね? ならば簡単に殺すのは芸がないというものだ。手足をもぎ取り、適当に攫った氷の団の者達に凌辱の限りを尽くさせ、遅参した倉澤蒼一郎の目の前で殺してみるのも一興。いや、それともさっさと殺してしまい、幾つもの複製を生み出し、奴の前で多種多様の死にざまを見せ付けるべきか?」


 エーヴィアをどのようにして殺すか。グァルプにしてみれば嬉しい悩みだった。

 何せ、倉澤蒼一郎の知人で、カトリエルが過敏に反応を示す程の仲なのだ。まさに万金のような存在だ。


「君の心を圧し折る手段として、この少女を惨たらしく殺すことが有効であるかのように感じたが如何かな? だが、出来れば今、この場では殺したいとは思わんのだよ。この少女を使って倉澤蒼一郎に意趣返しというものをしてみたいと思っているのでな。しかし、彼がこの地に戻って来るのがいつになるかは分からない。一先ず、この少女を殺してから彼の弱味を探ることにしてみようか」


 喜色に孕むかのようにグァルプの巨大な眼球が素早い動きを見せる。

 あからさまに気分が高揚していることが読み取れ、吐き気にも似た不快感がカトリエルを苛んでいく。

 カトリエルの口から出た鮮血が、恐れている場合では無いとエーヴィアの恐怖を打ち消した。

 そして、グァルプの口から出た『倉澤蒼一郎に意趣返し』という言葉がエーヴィアに希望をもたらした。

 彼と魔人の間で何があったのか。今の彼女にそれを知る術は無い。それでも察することは出来た。


 あの魔人が、超越種たる存在が人間に報復しようとしている。余程の屈辱を味わったのだ。

 倉澤蒼一郎の手によって。ならば絶望している場合では無い。


「カトリエルさん、少しだけ待っていて下さい。すぐにお助けしますから。それで蒼一郎様の所に行きましょう。大丈夫です。蒼一郎様ならこんな魔人、すぐにやっつけてくれるに決まっています!!」


 この身を戒める恐怖の鎖から解き放たれたエーヴィアがグァルプに向かって駆け出した。

 彼女が狙うのは一点。カトリエルを物のように扱う巨大な腕の形に束ねられた触手だ。


――カトリエルさんさえ助け出せば、いつでも逃げ出せる。倒せなくてもそれくらいなら私にでも……!


 エーヴィアはなけなしの勇気を振り絞り、グァルプの懐へ飛び乗り、短刀を振り回す。

 縦横無尽に踊る剣閃がグァルプの触手を切り裂き、その切断面からは鮮血では無く、新たに生えた触手が怒涛の如く溢れ出し、エーヴィアの短刀を決意ごと撃ち砕いていく。


 触手は留まる事無く、その数を増やし、エーヴィアの逃げ道を確実に奪っていく。

 新たに増えた触手がエーヴィアの周囲を渦巻くように加速させて紫電を放つ。


 触手の渦に巻き込まれて粉々に砕かれた瓦礫が、その摩擦で発火して火の粉の雨となってエーヴィアの頭上に降り注ぐ。


 進む術も、逃げる術も無い。覆い被さる火の粉を打ち払いつつ、突破口を探し求めて視線を彷徨わせるが、そんな物、在りはしないと魔人が嗤う。


「君の殺し方を決めたぞ、少女よ。このままその皮膚をゆっくりと削ぎ落としてやろう。皮膚が削ぎ落ちたら肉を、肉が落ちたら骨を、ゆっくりゆっくりと削ぎ落としてやろう。なに、恐れる事は無い。首から下が全て無くなるまで死なないようにサービスもしよう。だから人間らしく、無様に汚らしく、癇に障る声で泣いて叫んでみせてくれ」


「逃げ……なさい……!」


 必死に声を絞り出すが、触手から放たれる凄まじい擦過音にカトリエルの声はかき消され、グァルプの表情を酷薄に歪ませた。


 紫電を放つ触手が螺旋を描き、エーヴィアの肢体へとじわじわと迫っていく。

 この少女が泣き叫んで死んでいく様を見せ付けてやれば、この女の心に修復不可能な亀裂を走らせることが出来る。

 どれだけ痛め付けても涼しい顔を浮かべていた女の心が圧し折れた時、この眼前でどれ程の無様を晒すのか。

 溢れ出す嗜虐的な悦楽に呼応するかのように自然と触手が踊り狂う。


「蒼一郎さん……!」


「蒼一郎様……!」


 奇しくも何の手立ても無い二人の女の口から同時に、同じ男の名が、祈るように紡ぎ出された。

 最後の最後は、此処にはいない男に縋り付く。


 グァルプの口から自然と嗤いが溢れ出す。


 この女の心を圧し折ってみたいと思っていたが、思いの外、無様だった。

 しかも、後から現れた無力な少女も、あの男の縁者で何も出来ないまま今、その命が朽ち果てようとしている。

 実に愉快で、愉快で、そして愉快だった。


 グァルプの心が愉悦に染まる。抗い難い程の享楽に抵抗する事無く、エーヴィアを嬲り殺しにする。

 そして、空間が揺らめく程の不気味に響く高音が、残響となってこだまする。


「あ――――――――?」


 意味を成さない間抜けな言葉が漏れた。


エーヴィアの身体を包み込む触手がギチギチと肉を締め付ける生々しい音を立てる。

 不快に蠢く触手が膨張し、破裂した風船のような乾いた音と共に弾け飛び、その肉片の一つ一つが炎上する。

 触手の中から零れ落ちた炎の中には、腰を抜かして座り込むエーヴィアの姿と――――、


 墓標の様に屹立する美術品のような剣があった。


 柄尻と柄頭には絡み付く蔦の様なアンバーブラウンの意匠が施され、蔦の中には黒い魔石が六つ。

 柄頭から伸びる刻印が刻まれた二股の刀身は薄く細いが地面に突き立てられても尚、折れず、曲がらず、その輝きを些かも燻らせることは無い。 


「レーベイン……ベルグ……!?」


 グァルプの意味を成さない間抜けな言葉を無視して、カトリエルがその剣の銘を口にした。

 太陽諸共、全てを焼き尽し世界を創造した原初の火、根源の炎を喚ぶ刀剣型魔術兵装。

 倉澤蒼一郎を魔人殺し足らしめる魔剣がエーヴィアの身を守ったのである。


「あ――――――――? あ、あの男の剣だと!?」


 ヘドロの様な粘性を持つ巨体に適当に張り付けられた眼球が忙しなく動き出す。


 バカな――――――――、来るのが早すぎる。


 サマーダム大学から撤退したのは二日前。


 途中で休憩を挟んだり、戯れに人の居住地を滅ぼしもしたが魔人の足でもサマーダム大学からソウブルーまで二日を要する。


 人間の足――――、どれ程の軍馬や名馬を乗り潰し、不眠不休で移動を続けたとしても三日はかかる。

 あの男が、人間が、魔人と一足違いでソウブルーに到着するなどあり得ない事だ。

 

「蒼一郎さん……何処に……?」


 巨腕にぶら下げられた女がうわ言のように呟く。あの男が何処にいるのか分かっていない様子だった。

 それもその筈だ。魔人でさえもあの殺意の塊のような男の姿を捉えることが出来ていないのだから。


「蒼一郎様……?」


 少女が心細そうな様子で周囲を見渡す。


 声が聞こえない。


 気配を感じない。


 魔力を感じない。


 あの男の存在を証明するのは未だ、地面に突き刺さるレーベインベルグのみ。


 神剣の担い手の姿が無い。


 だとすれば答えは一つだけだ


「私の知覚範囲外からの超長距離投擲術式だと!? 認められるか!! 人間如きが――――――!!」


 その刹那、ソウブルーに――、魔人グァルプの巨体に一条の閃光が降り注いだ。


 その閃光は拳であった。


 眼下の惨状を目の当たりにして怒りに打ち震え、殺意に満ちた凶相を浮かべる倉澤蒼一郎の。


 翠緑に輝く拳であった。


 打点を中心にグァルプの巨体に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、拘束が解けたカトリエルを抱き止めると蒼一郎の貌から凶相が消える。


「遅いわよ」


 横抱きにされた彼女がいつものように無表情というには安らかな表情で、無感情というには穏やかな声で言い放つ。


 帰って来た――、蒼一郎はそう思った理由が彼女にある事を自覚した。


 カトリエルとの間に甘い感情のやり取りは無い。

 偶々、利害が一致したから取り敢えず、婚約者という対外的な立場を得ていたに過ぎない。

 だが、彼女と同じ屋根の下で過ごしていく内にそんな感情に変化をもたらした。


 ほんの数日だけ彼女から離れ、戻ってきて理解した。

 彼女もまた日常を象徴する人なのだと。


 だからこそ恐ろしかった。


 彼女が全身から暖かい鮮血を流す姿が。


 だからこそ許せなかった。


 この惨状を引き起こした存在が。

 

 そして、殺し切れずに逃した己の蒙昧さが。


「悪い。せめて遅れた分は働きで取り返す」


 そう言って、カトリエルを抱いたままグァルプに悠々と背を向け、エーヴィアの元へと歩み寄る。


「エーヴィア。彼女を頼む。自分の大切な家族なんだ」


「は、はい!」


 カトリエルに肩を貸しながら、大きく頷く。

 蒼一郎の突然の出現に驚き、今までとは違う雰囲気に戸惑い、そして、窮地を救われた喜びがあった。


「蒼一郎さん」


 戸惑いを隠せないエーヴィアを余所に、カトリエルは蒼一郎の背中に声を投げかける。


「それの始末は任せるわ」


「ああ、任せてくれ。これは此処で殺す。今度は逃さん」


 手を伸ばすと地面に突き刺さったレーベインベルグが宙に浮き、轟と竜巻の様な風切り音と共に高速旋回して、蒼一郎の手に納まる。


「改めて宣告してやる。貴様は此処で殺してやる。だから貴様は此処で死ね」


 再び凶相を浮かべて鏖殺を宣言し、魔人グァルプにレーベインベルグの切っ先を突き付けた。

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