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第三話 変わった家族

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Copyright © 2017 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ソウブルー地方は大陸の中心に位置する各地方を繋ぐ交通の要所で温暖な気候に恵まれた地域だ。


 切り立った丘の上に建設された巨大な壁の内側には大都市を思わせない牧歌的な雰囲気の街が広がっているのが特徴だ。


 特に優れているのは治安。

 なんと壁の内側なら子ども達が日が沈むまで遊んでも、殺されたり誘拐されたりしないらしい。

 子供が夜道を一人で出歩いても、無事に無傷で帰宅することが出来るとまで言われているほどだ。

 正直、嘘みたいな話だけど、それだけソウブルーが安全な場所だということを証明しているのだと思う。


 急勾配の坂道がやたらと多いのが玉に瑕だけど、それさえ目を瞑ればこれ程住みやすい土地はない。


 支配者のバーグリフ様も非常に優れた施政者であると共に、人格的にも優れた人物と言われている。

 戦争が始まろうとしている今、力を持たない者はこぞってソウブルーを目指すことになる。


 私、リディリアも含めて。


 魔人トゥーダス・アザリンの襲撃を受けてジエネルは壊滅。

 燃え盛るジエネルを、どうにか逃げ出し、叔父のトーヴァーがいるフォーレストを訪ね、事の次第を伝えた。


 魔人復活の話は反応が微妙だった。

 けど、ジエネルが壊滅した事は叔父自身、事実を確認したらしく、そこからの動きは素早かった。


 これを機に、あの卑劣の王オライオンが帝国を非難し、武装蜂起に力を集中させるであろう事は、この辺のまともな教育を受けていない子どもにだって予想出来る。


 だから、叔父はジエネル壊滅の話を信用のおける一部の住民にだけ伝え、フォーレストを捨てる日に向けて、着々と準備を進めてきた。


 ソウブルー出発まで後三日――変な二人組がフォーレストに現れた。


 一人は長身で黒髪・黒目の男性、倉澤蒼一郎。

 もう一人は収穫前の稲穂の様な小麦色の髪に雪の様に白く長い睫毛の女の子の倉澤胡桃。


 二人は家族らしいけど共通点は黒目だけで、女の子の方は毛が生えた三角耳に、太くてモコモコした尻尾が生えている。

 多分、ハーフのライカンスロープだ。

 ライカンスロープの見た目は普通の人間と、ほぼ同じ。

 獣化形態になることで祖となる獣の特徴が身体に顕れる。


 胡桃さんは獣化形態になる途中のまま止まってしまったような姿をしている。

 ハーフ、もしくは群れから逸れたり、親と死別したとかの理由で、獣化と人化が出来ないんだと思う。


 蒼一郎さんは胡桃さんとの関係を妹、妻、娘では無く『家族』と漠然とした言い方をした。

 もしかすると二人に血の繋がりは無いのかも知れない。


 蒼一郎さんのことを主と呼ぶ胡桃さんに、主と慕う胡桃さんに対して敬称を付ける蒼一郎さん。


 何と無く特殊な家庭環境なのだと思った。

 あまり踏み込まない方が良いと思い、質問することなく先を急ぐことにした。


 土道を道沿いに進み続け、太陽が頭上に差し掛かった辺りで三叉路に突き当たる。

 南の都市ホライムーンからソウブルーを目指す商隊たちの通り道にもなっていると叔父から聞いた。


 商品の買い付けのために空きの荷馬車を何台か運んでいる筈なので、運が良ければ幾らかの金を渡せば乗せてもらえるかも知れないとも聞いている。

 考えることはみんな同じみたいで中年の夫婦とお婆さんが倒木の上に腰かけていた。


「あそこで商隊が来るのを待ちましょう」


 そう提案すると蒼一郎さんが「分かりました」と笑みを浮かべて頷いてくれたのに対して、胡桃さんは一言も発することなく蒼一郎さんに従った。


 村を出てからここまで、彼女は私に対して一言も喋りかけること無く、私の言葉に対して一切の無反応を貫いた。


 蒼一郎さん曰く、「ちょっと難しい子で家族以外には中々心を開いてくれないんですよ」とのことだ。


 とても申し訳無さそうな態度とは裏腹に改善するつもりは無いらしく、彼女を咎めることをしないどころか「家族に無視されない限り、傷付いたりする子では無いので、いない者と扱ってもらっても構いませんよ」と言った。


 正直、軽蔑した。


 軽蔑に値する人の言うことなんて聞いてやるもんかと意地になって諦めずに声をかけ続けた。

 けれど、私に振り向いてくれれば御の字。彼女から返事が返ってきたことはない。


 先客の人たちに一言挨拶して蒼一郎さんと並んで倒木の上に腰を下ろす。

 すると胡桃さんが彼の前に立って「ますたー、だっこー」と甘い声で甘えた。


「ほら、おいで」


 そう言って蒼一郎さんが手を広げると胡桃さんはあどけない笑顔を浮かべて飛び付いた。


 蒼一郎さんに抱き締められて胡桃さんはご満悦そうな表情をしている。


 その光景に先客のおじさん達は暖かい眼差しをしていたけど、正直言って独り身にはきつい光景だ。


 もう十八歳が目前まで迫っていると言うのに結婚に相応しい相手がいない。


 良さそうだなと思えるような人には既に相手がいて、私を口説こうとするのは陰湿なエルフの青年と、汗臭くて空気の読めない上に同族からも嫌われているオークの男。たった二人だけだ。


 私の周りにいる未婚の男がこの二人だけとも言う。


「そう言えば、蒼一郎さんの奥様は?」


「いえ、独身ですよ?」


 蒼一郎さんは何食わぬ顔で言った。


「意外、ですね」


 私より年上、確実に二十歳は越えている様に見える。


 こっちは行き遅れで焦っているのに、男女の意識の違いという奴なのだろうか。

 彼は、やっぱり何食わない顔で「後十年くらいは独身でも良いかな、なんて」などと口走った。


 この危機感の無さから察するに、やっぱり貴族か商家の三男坊なんじゃないかなと思う。

 大体、姓を持っているのに貴族じゃないというのは、ちょっと無理がある。


 それか彼の膝の上で大絶賛甘え中の胡桃さんが障害になっているから?

 そう言えば、彼女が『わたしがますたーのおよめさんになるー』なんて言い出さないことが少し意外に思えた。


 そうこうしている内に商隊の荷馬車が通りかかった。


「六人だけど空きはある?」と尋ねると御者のおじさんが「すまない。空きは二人と三人分の二台だけだ」と申し訳なさそうに言った。


「それでしたら私が次の馬車を待ちますから」と、お婆さんが申し出る。


 それだったら、私たちが三人空きの所に、中年の夫婦が二人空きの所に座れば良い……んだけど、お年寄りを一人ここに置いていくのは気が咎める。


 こっちも余裕が無いのは確かなんだけど……


 あっちの中年夫婦も同じ考えみたいでたじろいでいると御者のおじさんが「どうする?」と急かしてくる。


「大丈夫ですよ。胡桃さんは俺の膝の上に座らせておくので」


 そう言って蒼一郎さんが胡桃さんを抱いたまま立ち上がった。意外とパワフルな人だ。


「勿論、無理矢理乗らせてもらうわけですから金はちゃんと人数分払いますよ」


「それは構わないけどベイルダーまで半日はかかる。小さな女の子とは言え、半日も膝の上に乗せたままは辛いぞ?」


「半日程度なら慣れてますから」


 御者さんの言うことなどお構いなしと言わんばかりに蒼一郎さんは胸を張る。

 根負けしたのか、呆れたのか、多分両方だと思うけど御者さんは「良いよ。全員乗りな」と促す。

 お婆さんからお礼の言葉を受けながら蒼一郎さんは二人空きの馬車へと向かったので、私も後を追いかけた。


 荷馬車の乗客は疎開目的の家族が息を潜めるように背を丸めて座っていた。

 私たちをちらりと見て、目を逸らした。誰も彼もが黙り込んでいる。とても辛気臭い。


 だと言うのに……


「良い景色だねー」


「ねー」


 他の乗客の暗い雰囲気など知ったことかと言わんばかりにはしゃぐ倉澤一家。

 こんな代り映えしない景色に最悪の乗り心地ではしゃげる心境にはついていけそうにも無い。


 蒼一郎さん達は置いておくとして、この暗い雰囲気は私と同じ、ジエネルの生き残りなんじゃないかと思う。

 いっそのこと、ソウブルーを通過して帝国領の西部にある首都、騎士の都レーンベルグまで逃げ延びた方が良いのかも知れない。


 高額の税金をどうやって工面するか、という問題があるけれど。

 私の迷いなど気にすること無く、荷馬車はベイルダーに向かって進み始めた。

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Copyright © 2017 芥川一刀 All Rights Reserved. 


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