第九話 変化
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拝啓、お袋様。
未成年の女の子に酔った勢いでセクハラした挙句、半裸で同衾してました。
そろそろ死ぬべきなんじゃないかと思います。
――なんて事を考えるくらいには今の自分は気が動転している。
リリネットさんに関しては二十歳を越えているので自己責任で良いだろう。
石を投げつけられる覚悟があれば何とか言い逃れも出来るかも知れないが……。
未成年は流石に弁解のしようがない。非常に不味い。実に良くない。
「昨晩、一体自分は何をやらかしたのですか? 三人にお酌をしてもらって深酒をした事までは覚えているのですが……」
何をしたにしても、きっちりケジメは付けよう。責任が取れることなら取る。
取れそうにも無いことを仕出かしていたら、取り敢えず、腹でも斬ろうかと思う。
「昨日の倉澤様、激しかったです」
エーヴィアさんが顔を赤らめ、上気した頬を冷ますように両手を当てた。反応から察するにアウトである。
「はげっ……、俺は何をしたんですか!?」
身体にはそういう感覚も形跡も残っていない。と言うことは本番以外の事をやってしまったとか?
自分がこの小さな身体を毒牙にかけたのか? 本当に腹を斬った方が良いような気がして来た。
「いやー、倉澤の旦那は呑むと人が変わるね。面白い方向に」
リリネットが快活に笑う。そのまま笑って済ませられることなら良いんだが……
もしかしたら、腹一つじゃ足りないかも知れない。
「最初は私達三人を抱えたまま、他のドワーフさん達の所に行ってお酒を一杯ずつお酌して回っていたんですよ」
エーヴィアさんが上機嫌そうに言うが、その時点で既に覚えていない。
「で、呑んでたら他の連中が喧嘩始めちゃってさ、いつもの事なんだけど」
「もしかして、その喧嘩に乱入した、とか?」
深酒をした時、そういうことをする事が偶に、ある。
だが、エーヴィアさんは首を横に振った。
「胡桃さんが巻き込まれたら危ないからーって、場所を屋敷の外に移したんだよ」
よし、取り敢えずはドワーフとの仲が悪くなるようなことはやっていないようだ。取り敢えず、セーフだ。
「それでちょっと騒ぎすぎてしまって、衛生兵の人たちに怒られてしまいました……」
エーヴィアさんが気まずそうに頬を掻く。それで察した。
「成る程。自分が大声を出していたのですね? ご迷惑をお掛けしました。自分が深酒した時によくやる失敗です」
「まあまあ、あたいも似たようなもんだし。 それで仕方が無いからさ、また場所を変えて、この小屋に来たってわけ」
どれだけ話を聞いても全く思い出せない。そして、問題は此処からだ。
この小屋で自分が一体、どのような痴態を繰り広げたのかだ。
「それで、この小屋で自分は?」
「旦那ったら朝まで呑むぞーって言ってたのに、あたい等を抱えたままベッドにダイブして、そのままいびきかいて寝ちゃったよ」
それもいつもの自分だ。徹マン、修学旅行、オール、朝まで遊ぶと言いつつ、真っ先に寝る。
自分はそういうタイプの人間だ。
「で、旦那は礼服着てるから寝苦しいかなって思って、上だけ脱がせて皆で寝ようって事になった」
あれ?
「その昨晩、自分が激しかったと言うのは?」
「はい、ですから、一日中、私達三人を抱えたまま色んな所を出歩いてお酒呑んで、酔うと凄く激しい人なんだなって思いました!」
セェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッフ!!
超セーフ!
何にもアウトなことは無かった!
って言うか、貴女さっき、めっちゃ顔を赤らめてましたけど、そんな要素何処にでもないですやん!
取り敢えず、セーーーーーッフ!!
「ああ……成る程、成る程。そういうことでしたか……」
納得のいかない所が多少なりとも無いわけでは無いが、滝の様に溢れ出る冷や汗が漸く止まった。
「もしかして、旦那ぁ?」
リリネットが何かを察したようにニヤリと笑って自分の顔を覗き込む。
「何か、色々やらしいこと想像しませんでしたぁ?」
「しないわけが無いでしょうが!? 気が付いたら全員、半裸で寝てるし、処刑台に乗るかと思いましたよ!」
「あはは、だよねー! ごめんごめん」
彼女が快活な笑い声と共に自分の背中を何度も叩く。
「いやー、でも酔っぱらってたらさ、何か身体熱くなっちゃうし脱ぎたくなるじゃん?」
「それは同意しますけど……」
釈然としないが深く突っ込むのは止めることにした。
自分とリリネットが半裸で寝ていた理由はよく分かった。
――けど、何で彼女まで……
エーヴィアさんは呑んでいなかった筈だ。
それにも関わらず、何で半裸になって自分の腕しがみ付いて寝ていたのだろうか。
――藪蛇になっては大事だ。深く考えるのは止めておこう。
取り敢えず、何も無かったし、ナニも無かった。
色々セーフだったという事にして、ベルカンタンプ鉱山での役割を片付けてしまおう。
「では朝食を済ませて、先輩の用件を済ませてしまいましょう!」
話はもう終わりだ。手を叩き大きな声を出す。
少しわざとらしくなってしまったかも知れないが、まあご愛嬌だ。
「それでこの地には何をお求めで?」
「えっと……その、オレイカルコスの石って知ってますか?」
この世界固有の鉱石だろうか? 聞き覚えの無い名前だった。
リリネットさんの方に目を向けると、彼女は頷いた。
「オレイカルコスの石って言うのは天然自然から産出される鉱石じゃなくって、銅、亜鉛、錫、金、鉄を合金化した後に変性術をかけて作る魔術鉱石だね」
採掘して取れる物では無い。それを知らなかったのだろうか?
エーヴィアさんが絶望的な表情を浮かべている。
「ベルカンタンプ鉱山にオレイカルコスの石は置いてないのですか?」
エーヴィアさんに代わって尋ねてみると「大丈夫! 心配しないで、多少は分けてあげられるから!」と彼女は得意気に胸をドンと叩く。
「良かった……」
エーヴィアさんがうわ言の様に言葉を漏らして膝から崩れ落ちる。
大きな瞳からは宝石のような涙がぼろぼろと零れ落ちていく。
「よかったね、エーヴィアちゃん」
嗚咽を漏らすエーヴィアさんを抱き締め、胡桃さんは「よかったね」「がんばったね」と彼女の背中を優しく撫でた。
「特に何事も無く問題が片付いて良かったって感じかな。ね、旦那」
「ええ。このお礼はまたいずれ」
「よしとくれよ! ただでさえ恩をもらってばっかなんだから、少しは返させてもらわないと! ちょっとオヤジに言ってくるから待ってて!」
これで一安心――等とは思わなかった。俺達はエーヴィアさんが怯える姿を見てしまっている。
昨晩と今朝の乱痴気騒ぎで有耶無耶には出来ない程の衝撃だった。その印象は今でも変わっていない。
――求められてもいないのに他人のデリケートな部分に踏み込むのか?
他人の問題は、他人に救いを求めるまでは当人の問題だ。少なくとも、俺はそういう人間関係の築き方をしてきた。踏み込み過ぎることは却って余計な軋轢を生むことになる。
だから踏み込まなかった。
だが、その理屈が通用するのは平和な現実世界、平和な日本だからこそなのかも知れない。
そもそも、現実世界とこの世界では問題の規模も質も違い過ぎる。
俺が現実世界で経験した一番大きな他人の問題なんて、失恋したことで仕事も手につかない後輩がいたくらいだ。
正直言ってどうでも良いが、二十歳過ぎの男が仕事中にいきなり泣き出す光景と言うのは中々ショッキングだった。
二十過ぎの男が抱える大きな問題がこの程度だったから、これまで踏み込まなかったし、それが正しいと思ってきた。
だが、彼女の抱えている問題と俺の後輩が抱えていた問題を同列に扱って、『頼られていないから踏み込みません』と杓子定規に当てはめて物を考えるのは間違えている気がする。
昨日知り合ったばかりの子供だが、このまま看過してはいけないという気になっている。
彼女が直面している問題が俺の想像通りだとしたら、それを排除するのは巡り巡って胡桃さんの安全に繋がるというものだ。
※ ※ ※
蒼一郎達はソウブルーへと帰還し、冒険者ギルドで依頼完了の報告を済ませる。
既に依頼主の衛兵団長アーベルトから報酬が用意されていた。
エーヴィアに与えられた報酬は金貨八千枚。
非常に高額である事から銀行口座に振り込み済みだとギルド員から聞かされた。
「本当にありがとうございました!」
エーヴィアは朗らかな笑顔を浮かべて、蒼一郎と胡桃に何度も何度も頭を下げて、自宅のある商業地区に向かって走り出す。
時折、振り返って、蒼一郎達に手を振り、時々、歩行者にぶつかりそうになりながら、帰り道を急ぐ。
――急がなきゃ……!
蒼一郎達の姿が見えなくなるとエーヴィアは慄然とした表情を浮かべ、胸に抱きしめたオレイカルコスの石を強く握り締め、走るペースを上げていく。
ソウブルーは治安が良いことで有名な都市だが、例外は存在する。
特に彼女の住む貧民街などは都市開発や福祉の予算を一切割かれておらず、此処にいるのは物乞いや物取りばかり。衛兵すら立ち寄らないソウブルーの掃き溜めだ。
――お母さん……!!
そんな掃き溜めが今も尚、放置されて残っているのには理由がある。
貧民街のの物乞い、物取り、娼婦。それ等に扮した帝国の諜報員や、盗賊ギルドのエージェントが紛れ込んでおり、下層民という立場を使った情報収集や、合法的な手段では取り締まれない犯罪者達を炙り出すための機会を獣の眼光で虎視眈々と狙っている。
勿論、中には正真正銘の犯罪者もいるが、エージェント達にしてみればいつでも殲滅可能な脆弱な存在だ。
それならば野放しにして隠れ蓑として活用した方が良い。
他者の目を欺き、貴重な情報を集め、表向きには出来ない任務を遂行する役割を担っているという事もあり、この任を与えられるのは決まって優秀な者ばかりだった。
だが、事の重要性を理解していても『何故、自分がこのような事を……!』と嘆く者も珍しくはない。
そして、心を歪ませてしまったせいだろうか。まともな人間が下卑た人間の真似をし始める。
貧民に扮した諜報員が本物の貧民に対して、窃盗、暴行、詐欺、殺人、火付け、誘拐、強姦等の犯罪行為を行う。
ただ弱者を虐げたいだけなのだ。その上、貧民達は税金もまともに払わない不法占拠者。
一人二人消えたところで、数日もしない内から倍以上に数が増える。消えた所で咎めを受ける事も、罰せられることも無い。
その事実が彼等の悪行をエスカレートさせていく。
「戻りました……! オレイカルコスの石、お持ちしました! だから、お母さんを返して下さい!」
エーヴィアもまた、物乞いに扮した諜報員に虐げられる住人の一人だった。
とある諜報員から冒険者ギルドへの紹介状を書いてもらったことが切欠で、彼女の生活は一気に上向きになった。
滞納していた税金も、その殆どが納め終わり、Eランクに昇進した事を切欠に一般居住区への転居が認められる筈だった。
そんな矢先の事、物乞いに扮した諜報員二人に母親を拉致された。
そして、この二人はエーヴィアの家に住み付き、冒険者ギルドで彼女に困難な仕事を受けさせては報酬の全てを奪い取り、食事も満足に与えないばかりか、睡眠さえまともに取らせなかった。
反抗的な態度を取ると、諜報員の一人がエーヴィアの母親を連れ出し、彼女の見てる前で気を失うまで犯し続けた。
日に日に痩せ細り、衰えていく様を二人の諜報員は嗤って眺めては、時に暴力を振るった。
エーヴィアが唐突な不幸に襲われてから数日後、男達に言われた。
「ベルカンタンプ鉱山に行ってオレイカルコスの石を取って来たら母親を返してやる。お前たちの前にも二度と現われない」
それこそが彼女がベルカンタンプ鉱山に行く事を切望し、オレイカルコスの石を求めさせた理由だ。
エーヴィアが懐から取り出したオレイカルコスの石を見て、くせ毛の男が上機嫌に口笛を吹いた。
そして、彼女の腹に蹴りを入れて、宙に浮いた石をもぎ取った。
「遅ぇんだよ、ガキが」
壁に叩き付けられ、咳き込んでいるところを脆くなった建材がエーヴィアに降り注ぐ。
その光景が間抜けに見えた諜報員二人が下品な笑い声をあげ、機嫌を取り戻す。
「ま、良いや。そんで? コイツはどうやって手に入れたんだ? 言ってみろよ」
「ベルカンダンプ鉱山のドワーフの人たちと仲良くなって……」
「は?」
蹲りながら身体を起こしながら事情を説明するエーヴィアにくせ毛の男が青筋を立てる。
何故、彼等が機嫌を損ねたのか分からず、エーヴィアは恐る恐る口を開いた。
「お願いしたら譲ってくれました……」
「バカか、テメェはっ!!」
激昂したくせ毛の男がオレイカルコスの石を投げつけ、エーヴィアは額から血を流して崩れ落ちる。
「いつ、誰がオレイカルコスの石を貰って来いって言ったぁ!? 俺達はオレイカルコスの石を! 捕って来いって言ったんだよぉッ!!」
くせ毛の男が地団駄を踏み、舞い上がる埃がエーヴィアの身体を汚していく。
「全く……こんな石ころがあったって何の意味が無い。あのな、クソガキ」
もう一人の諜報員、金髪を逆立てた男がエーヴィアの髪を鷲掴みにして顔を持ち上げると、顎に這わせた指を食い込ませる。
「お前、倉澤蒼一郎って男知ってるか?」
(な、なんで倉澤様の名前が……?)
「半獣のガキに欲情する変態らしいんだけどな?」
――倉澤様はそんな人じゃない!
エーヴィアは食ってかかろうとするが、諜報員が次の言葉が彼女の動きを止めた。
「アイツ、鍛冶エリアの復旧作業に龍殺しの業を使ったんだとよ」
(倉澤様が……龍殺し……?)
ついさっきまで龍殺しの英雄と行動を共にしていたという事実にエーヴィアは驚愕に顔を歪ませる。
だが、金髪の男は彼女の反応に興味関心を示す事無く言葉を続ける。
「ドワーフの糞爺共、何勘違いしたか知らんが『ただの解体作業に龍殺しの業を使わせてしまった。このままでは帝国一の鍛冶屋の名折れだ』とかなんとかご機嫌でほざき出しやがった」
「俺達の仕事は断りやがったくせによ」
エーヴィアに蹴りを入れたくせ毛の男が、その時のことを思い出したのか、苛立ち混じりに吐き捨て、床を蹴る。
「オレイカルコスの石でレーベインベルグとかいう業物を作り出して、倉澤に貢いだらしい。結果、魔人ライゼファーを斬り殺して、バーグリフ様やアーベルト様のお気に入りだ」
「ムカつくよなー? その倉澤って奴、Fランクの冒険者。お前以下のクズの分際で!」
床を穴だらけにしただけでは飽き足りないのか、棚や壁に拳を打ち付け始める。
こんなにぼろぼろでも母親と二人で暮して来た思い出の家だ。それが破壊されていく様にエーヴィアは心を痛め、蒼一郎をクズ呼ばわりされた事に怒りを覚えた。
だと言うのに身体が動いてくれない。不甲斐なさに涙を溢れさせる。
「だけどな、倉澤って雑魚に出来るって事は俺達も装備があれば同じことが出来るってわけだ。俺達は帝国から派遣されたエリートだ。お前ら如き、底辺冒険者とは訳が違う」
そう語る金髪の男の双眸は嫉妬で澱み、思わず、エーヴィアは恐怖で目を逸らしてしまう。
「あのドワーフの爺。何処ぞの馬の骨とも知らん奴にはオレイカルコスの石は使えないなどと抜かしやがる。ならどうする? 倉澤蒼一郎からレーベインベルグを奪い取る? そりゃダメだ。アイツは上のお気に入りだからな。それに職人地区に住むエリート様だからな、お前らクズ達と同じように扱うわけにはいかない」
余程、腹に据えかねたらしく、エーヴィアの顎を掴む指に力を籠める。
そのまま、顎の骨を砕かんばかりにだ。
「だったらよ、俺達もドワーフのお気に入りになれば良いってわけだ。だから、お前がオレイカルコスの石を盗んで、それを俺達が逮捕する」
「っ!?」
「そして、この足で石を返しに行く。俺達がいれば安全ですよーってな? そこまでしてやれば俺達にだって業物の一つや二つ作ってくれるってわけだ」
「そうすりゃ、ドラゴンだろうが魔人だろうが俺達が殺してやる」
これが貧民に扮したエリート達のお遊びで、それに巻き込まれる貧民の遊ばれ方だ。
エーヴィアの流した涙にまるで汚物に触れたかのような反応を示して、彼女の顔を床に叩き付ける。
それでもエーヴィアは立ち上がろうと身体を起こす。その眼に諦めはなかった。
「お母さんは……! お母さんはどうなるんですか!?」
「お前ないい加減、親離れしろって。さっきまで俺のナニ咥え込んで悦んでたんだからよ」
そう言って、くせ毛の男は腰を下品に動かす。
エーヴィアが涙を流す姿に思う所は何も無いらしく、動きと同様に下品な笑みで顔を醜く歪ませた。
「もう止めて下さい……! 止めてよ……っ!」
「仕方が無い奴だな。お前は失敗したんだよ、ガキ」
金髪の男はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて、嘲笑う。
「もう一度行きます、行きますから……っ! 今度はちゃんと盗んで来ますから……! お願いだからお母さんを返して! もうお母さんにひどいことをしないで!」
「人聞きの悪いガキだな。お前の親は俺が悦ばせてやってんだよ! 男に悦ばせてもらったから、お前も産まれたんだろうが! あ、そうだ。お前も俺が悦ばせてやろうか?」
醜い顔をしたくせ毛の男がエーヴィアににじり寄り、金髪の男は相棒の痴態に深々と溜息を吐いた。
「趣味が悪いな、お前は。そんなガキを犯したいのか?」
「俺はな、俺のことが嫌いな女を無理矢理犯すのが好きなんだよ。 俺の好みの女は俺を嫌ってる女ってな!」
「野蛮人め。女を抱く時くらい紳士でいたいものだ。ただでさえこんな仕事で野蛮人の真似をせねばならんというのに」
金髪の男にとって貧民を虐げるのは、ただのストレス解消。
自分自身がエリートであるという自覚があるからこそ、この者達とは違うと、虐げ無ければ心のバランスを取る事が出来くなりつつあるから、そうしているだけだ。
たが、くせ毛の相棒は完全に趣味として熱中してしまっている。
呆れて物も言えないが、そうなる気持ちは分からないでも無かった。
「おもしれぇぞ? 蛮人ごっこ」
「付き合い切れん。次の獲物を探しに行ってくる」
「次の獲物……?」
「ああ、何で色々と聞かせてやったと思う? お前で遊ぶのはもう飽きた。後は相棒に犯され親子共々殺されて終わりだ。俺達は次の玩具で遊ぶ。これまでと同じようにな」
「そんな……、それじゃあ最初からお母さんを開放する気なんて……」
「あるわけが無いだろう?」
エーヴィアが絶望に苛まれ、その表情から感情を殺す。完全に心が折れている。
これまでにやってきた事は、この表情を見たいがための下準備でしかない。
「お前たち如きのクズが取引出来るとでも思っていたのか? 大体、拉致された母親を目の前でレイプされて、お前も良い様にこき使われて、冒険者としての報酬を全て奪い取られて、そこまで人としての尊厳を穢され、奪われ、何故、抵抗しなかった? それはお前が人では無い、搾取されるだけのクズだからだ。だから、こんな対等ですらない取引に応じてしまう。帝国にはな、そんな愚鈍なクズは必要が無いんだよ」
金髪の男は上機嫌に言い放って立ち上がると、くせ毛の男が満を持してエーヴィアに覆い被さる。
衣服を引き千切り、白い肌が露出するがエーヴィアの口からは悲鳴も上がらず、抵抗も無い。
「少しは抵抗しろよ! 面白くねぇな!」
くせ毛の男が声を荒げ拳を振り上げる。次の瞬間、エーヴィアの家の壁が吹き飛んだ。
粉々になった建材と共に、振り上げた拳が紅い血の糸を引いて宙を舞った。
「な……っ!?」
破壊された壁の向こう側には一人の男が何かを投擲したままの姿勢で、男達を射殺すかのような形相で睨み付けていた。
その傍らには数人の物乞い――、それに扮した彼等の同僚が物言わぬ屍となって息絶えていた。
確実な死を証明するかの様に腹からは無数の剣が埋め尽くされるように生えていた。
精霊兵器、精霊剣と呼ばれるそれは人の真似好きな精霊が作った粗雑な剣で、異世界に接続する事だけを目的とした召喚魔術の基本中の基本だ。
だが、そんな簡単な術式でも直接体内に召喚すればドラゴンのような幻想種ですら殺せる。
貧民を虐げる性根の腐った人間なら尚更だ。
「な、なんだテメェ……って、倉澤蒼一郎!?」
くせ毛の男が斬り飛ばされた腕を治癒術で再生させながら驚愕に打ち震える。
――何故、武器が強いだけのごますり男が此処に居る!?
しかも、貧民に化けた諜報員を皆殺しにする勢いで激怒している。
「く、倉澤様……!?」
「遅くなってすいません。先輩。助けに伺いました」
蒼一郎は姿勢を正し、一歩一歩踏みしめるようにしてエーヴィアの家を目指す。
「先輩……先輩!?」
くせ毛の男は慌ててエーヴィアから飛び退いて、蒼一郎に友好的な笑みを浮かべて近付く。
「い、いや、かの龍殺しとまさか知り合いだったとは存ぜず……いや、これはですね」
臭い息を吐きながらペラペラと回る口を蒼一郎の拳が貫く。
「黙っていろ。永遠にな」
前歯は砕け散り、舌が半ば程から引き千切れ、下顎が外れた。
素早く引き抜かれた拳が鼻っ面に振り落とされ、鼻骨が潰れ、顔の内側に入り込む。
更に拳が振り落とされ眉間を砕く。
顔面を破壊されて崩れ落ちるくせ毛の男の喉仏に、蒼一郎の踵が振り落とされる。
窒息させるなんて生易しいものではない。
首の骨をへし折り、肉が潰れて千切れる程の勢いで圧力をかけていく。
「ま、待ってくれ! 相棒がアンタの女に迷惑をかけたことは謝る! だから、相棒を許してやってくれ!」
金髪の男はまるで自分は犯行には関わっていない。
やったのはくせ毛の男だけだと言わんばかりの態度で蒼一郎に縋り付く。
「途中からだったが話は聞こえていた。お前たち如きのクズが取引できるとでも思っていたのか、だったか?」
「ひっ……そ、それは……!」
「その台詞、そっくりそのまま返してやる。そして、貴様等は最低でも後五回は殺す」
地獄の奥底から鳴り響くような濃密な殺気を纏った声色に呼応するかの如く、壁に突き刺さったレーベインベルグが旋回しながら蒼一郎の手元に帰還を果たす。
自らの魔力を媒介にして、刀身に爆炎を纏い赤熱化した刃の切っ先を眉間に突き付ける。
「ひ、ひぃ…………!?」
「倉澤様、待って下さい!」
蒼一郎の凶行をエーヴィアが止めた。
全身に纏った濃密な殺気が瞬時に霧散して、金髪の男は安堵と共に失禁する。
――そ、そうだ、クズガキ! 甘ったれたことを言って、この狂犬を落ち着かせろ!
この期に及んでもまだ男は考えを改めなかった。
せめて彼女の暗く、冷たい、処刑者のような目を見ていれば、態度も考えも改められたはずだった。
「この人達にお母さんを攫われました。殺したら、お母さんの居場所が分からなくなってしまうんです。だから、まだ殺さないで下さい」
金髪の男は最初から蒼一郎しか見ていなかった。だから、聞き逃すことになってしまった。
エーヴィアが『まだ』と言ったことを。
「彼女の母親は何処だ? 何処に連れて行った?」
「お、俺は知らない……、相棒が連れて行ったんだ」
「だったら、すぐにこいつを治せ」
金髪の男の足元にくせ毛の男を蹴り飛ばして、顎で促す。
「だ、大丈夫か、相棒。今、すぐに治してやるからな!」
――クズ同士、仲間想いでも気取っているのか。
蒼一郎は内心で吐き捨て、くせ毛の男が回復するのを待った。
そして、居場所を聞き出し、「後四回は殺す。そこで大人しく待っていろ」と炭化した二つの屍に言い放った。
諜報員達の言っていた場所に行くとエーヴィアの母が檻の中に閉じ込められていた。
幸いにも健康状態は悪くなく、カトリエルにでも任せておけば数日で活力を取り戻すことが出来そうだった。
尚、蒼一郎が殺害した諜報員達だが、物乞いが惨たらしく殺されても衛兵たちが動かないのと同じで、例え諜報員であろうとも物乞いに扮している以上、物乞いとして扱われる。
そのように扱っているからこそ、物乞いなのか、諜報員なのか、非常に曖昧な存在として諜報員達を貧民街に紛れ込ませることが出来る。
調子に乗って違法行為に走った挙句、殺されてしまったが、ただの自業自得でしかない。
ソウブルー側からしてみれば、綱紀粛正の手間が省けたというものである。
――流石は暗部。色々と闇深いものだな。けど、いつの時代も、どの世界も暗部っていうのはそういうものなのかも知れないな。
それにそんな嫌な過去よりもこれからだ。
まず、エーヴィアの母が監禁されていた場所にはエーヴィアから奪い取ったと思われる報酬が残っていた。
それでも、これまでに奪われた報酬の一割程度のものだが、それでも滞納した税金を全額納め、一般居住区でそこそこの家を買うくらいの金はある。
だが、エーヴィアはその金に殆ど手を付けずに済んだ。
「リリネットから貰った? アイツは俺の兄弟分の娘だ。つまり俺の娘でもある! だったら俺からも礼をしてやるのが筋ってもんだ!」
オレイカルコスの石を手に入れた経緯を知ったロイドの一声で、職人地区のドワーフ達がエーヴィア達の為に家を建てる事が決まった。
治安の良い所に移り住めば、今回のような下衆な犯罪に巻き込まれることも無くなる。
これからは稼いだ報酬を理不尽に奪い取られる事も無くなる。
エーヴィア親子ならすぐに真っ当な暮らしを取り戻すことだろう。
「と言うのが、今回の顛末です」
蒼一郎はギルドの応接室でローザリアに報告を終えると、紅茶を啜った。
貧民街の出来事とは言え、蒼一郎は多くの人間を殺した。
それが物乞いであったとは言え、その実態は物乞いに扮した諜報員だった。
エーヴィアの救出に貧民街を駆けずり回り、蒼一郎は嫌という程思い知らされた。
今回の一件が氷山の一角でしか無く、彼女達と同じような目に遭わされている貧民はあまりにも多い。
エーヴィアの元に辿り着くまでに幾度と不快な光景を見せ付けられ、見せ付けられる度に死体の山を築く羽目になった。
――これが半ば黙認状態だというのだからどうしようもない。
「エーヴィア様はEランクの冒険者です。それは常人よりも遥かに優れた能力を持っている事の証明でもあります。倉澤様には不服な発言かも知れませんが、今回の一件は彼女の振る舞いが迂闊であったと断じざるを得ません」
蒼一郎は報告を行うと共に、ギルド側の冒険者に対するケアが不十分だったのでは無いのかと問い質した。
だが、ローザリアは動じる事無く反論した。蒼一郎が知る由も無いが、この手の問題は決して少なくない。
子供だからというだけの理由で特例的に守られるような事は無い。
そもそも、十五歳というのは帝国の一般的な就労開始年齢だ。
どんなに蒼一郎が子供扱いをしようとも、帝国は当然であるかのように責任のある大人として扱う。
それがギルドの、いや――、帝国の見解だった。
「報酬を全て不当に奪われていたとしても、彼女の口座に規定通りの報酬が振り込まれていたのは事実。彼女の実力や適正に見合った依頼で尚且つ、高額報酬の物を割り当てる等、権利を守っていたのも事実。だから、ギルド側としては彼女に対する最大限の配慮を行ってきた。そういうわけですか」
負け惜しみをするかのように蒼一郎は吐き捨てた。
どれだけ彼女に問い詰めても意味は無い。
彼女とて一ギルド員でしか無く、上層部の人間では無いのだ。
――意見を通すならもっと上の。自らの意志を具現化させるなら、自分がもっと上に行くしかない。
それは蒼一郎がこの世界に対する向き合い方に変化の兆しをもたらすものであった。
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