第八話 壊れた龍殺し
日没前、坑道からの脱出に成功した自分達を出迎えてくれたのは、アーベルトさん率いる重装衛兵団だった。
衛兵の人たちだけでは無く、攻城兵器の類まで持ち出し、戦争でもやりかねない程の部隊が動員されていた。
衛生兵らしき一部の兵がドワーフの負傷者達の運び出しや、治療を行っている姿がちらほらと見える。
どうやら、先に帰らせた御者はきっちり仕事をこなしてくれたらしい。次から贔屓にしようと思う。
「倉澤、ご苦労だったな。これから戦力を投入しようとしていたところだった」
「増援感謝します。取り敢えずの問題は解決しました。この男が主犯のダークエルフ、ガンドリオです」
血だるまになったガンドリオを引き渡そうとするとアーベルトさんが困惑した表情を浮かべて口を開いた。
「これは生きているのか?」
「まだ死んでいません」
ガンドリオの脇腹に拳を押し当てると、エビ反りになって絶叫と共にもがきだす。
一見すると半死半生の体だが、叫ぶ元気が残っている。当分死ぬ事はない。
それを理解してか、アーベルトさんは満足気に「結構」と頷いた。
「実は出発前に例のエルフが急死してな。それだけでは無い。監獄内の犯罪者五名、要監視対象者十名、商業地区に住む一般市民が七名、ほぼ同時刻に急死した。お蔭でソウブルーは大混乱だ」
「マジか……。恐らくですが、全員、邪教徒ですよ」
「矢張りか」
大体の予想はついていたらしく、彼は特に驚きもせずに報告を促すように頷いた。
「ええ、この男が邪神ガエルを復活させようとして、生贄も持たずにガエルのメイスに手を触れたそうです。結果、邪神ガエルは激怒。機嫌を直す対価として、この男が勧誘した信者全員を生贄にしたと。ベルカンタンプ鉱山の襲撃に加わった信者達も、その殆どが自分達と交戦する前に死亡しています」
矢張り、神なんて存在はろくでも無い。
空想の世界に引きこもっていれば良いものを実在するのだから尚更だ。
その中でも邪神なんぞと呼ばれる輩は信者も含めて一際最悪だと言える。
今回の一件は邪神の邪神たる所以を見せ付けられて非常に気分が悪い。
――宗教対立に加わる気は無かったけど、今なら邪教徒狩りくらい抵抗なくやれそうだ。
そんな事を思っているとアーベルトさんが、おもむろに溜息を吐いた。
「不穏分子とは言え、まだ幾つか情報を引き出したかったのだがな……まあ良い」
本当にご苦労様ですとしか言いようがない。
「後、コレ。ガエルのメイスです。此方を誘惑してきたので、破壊して黙らせました」
アーベルトさんがぎょっとした顔をして、メイスの残骸をしげしげと見つめる。
「怖いもの知らずも程々にな」
「大丈夫ですよ。自分には信仰心の欠片もありませんから、呪いの類は一切効きませんよ。多分」
「もう一度言う。怖いもの知らずも程々にな」
アーベルトさんが表情を引きつらせて言った。
邪神がどうこうでは無く、信仰心が無いと言った事に引っかかりを感じているのだろうか?
そう言えば確か以前に、リディリアさんから信仰に批判的な態度はトラブルの原因になると聞いた。
彼の態度を見える限り、不信心のスタンスは本当にヤバそうだ。
「放置していては邪教の手で何をされるか分かったものではありません。近日、冒険者ギルドには、サマーダム大学に押し付けるよう提案するつもりです」
「お前という男は……、怖いもの知らずも程々にしておけ」
何かを諦めるような表情でアーベルトさんが肩を落とした。
何処かで見た覚えのある表情だと思ったら、アレだ。
出来の悪過ぎる生徒への説教を諦めた教師の表情だ
――学生時代に何度か見た事がある。
ただ何が悪いのかが、本気で分からない。
自分の言動と態度を振り返って察するに、多分、宗派に関わらず、神器に対する扱い方がよろしくないということを彼は言いたいのかも知れない。
だが、神は人間の創造物であり、人間の下位存在でしかないという考えを持ってから久しい。
自分では気を付けているつもりだが、染みついた習慣は中々直らない。
「失礼。戦闘直後で少し気が立っているようです。改めますのでご容赦を」
「ああ……、是非改めてくれ。それにサマーダム大学の方が保管に適しているのも事実だ」
「では、これはリリネットさんに預けておきますね。其方から冒険者ギルドに提出してください。神器ですから結構な値が付くと思いますよ」
リリネットさんの方に振り返り、ガエルのメイスの残骸を手渡すと肩をがっちりと掴まれる。
気配から察するにアーベルトさんだ。
「貴様は一度、常識というものを学べ。頼むから」
失敗失敗……、またまた失言だ。
「外国人なんで勘弁して下さい」
彼の方に振り返り、降参の意を示すために両手を挙げると、アーベルトさんは頭を抱え出す。
そうしたかと思うと、カトリエルの方に向き直り、「婚約者の躾くらいしっかりしろ」と恨みがましく言い残して部隊の方へと去っていった。
「婚約者っ!?」
エーヴィアさんとリリネットさんが声を揃えて叫んだ。
「言っていませんでした?」
「それどころか名乗ってもいなかったわね」
カトリエルに言われて気付いた。
エーヴィアさんは栄養失調状態で眠剤入りの粥を食べさせて、現地に入る直前まで夢の中。
その後は胡桃さんが面倒を見ていたので自己紹介の暇も無かった。
リリネットさんに至っては戦闘の真っ最中に腹部からの出血に加えて足首を骨折するなどの瀕死の重体。
自己紹介の暇があったら治療という状況だった。
「改めて自己紹介するわね。錬金術師のカトリエルよ。今はソウブルーの職人地区で工房経営しながら、彼と胡桃ちゃん、もう一人弟子の子と四人暮らしをしているわ」
「まー……、倉澤の旦那って見るからに二十歳越えてるし、そりゃ売れ残ってるわけないよねぇー……」
「ですよね……。しかも、カトリエルさんすっごい美人だし……」
カトリエルの名乗りにエーヴィアさんとリリネットが愕然とした表情で肩を落とし、二人で顔を合わせてぼそぼそと何かを喋っている。
何と無く、気まずい上に申し訳ない気分になったのは気のせいでは無いはずだ。
「貴方は胡桃ちゃんと一緒に行ってて」
「君は?」
「貴方の後始末よ」
そう言って、彼女は二人の側へと駆け寄った。
どうするのだろうかと様子を見ていると、彼女は、こっちを向いて『あっちへ行ってなさい』と追い払うようにジェスチャーをする。
「分かったよ。ヴィクトルさんに挨拶を済ませておく。胡桃さん行くよ」
「うん!」
胡桃さんと手を繋いでヴィクトルさんの方に向かって歩き出し、途中で振り返ると女三人で円陣を組んでいた。
――まあ、彼女に任せておけば悪いことにはならないだろう。
ヴィクトルさんの屋敷に向かうとドワーフ達に歓待を受ける事になった。
カトリエルと同棲するようになってからは面倒見てもらいっ放しで、酒も一滴も呑まない日が続いていたこともあり、遠慮なく接待してもらうことにした。
暫くするとカトリエルに手を引かれてエーヴィアさんと、リリネットが和やかな雰囲気で現れた。
「今度、ソウブルーに遊び行くからさ、女同士で遊びに行こうよ!」
「うん! 楽しみに待ってる!」
さっきのお通夜ムードは何処へやら、である。
「あの子たちに何を言ったんだい?」
カトリエルに尋ねてみたが「自分で気付きなさい」と、はぐらかされてしまった。
――別に無理して聞き出すことでも無いか。
「前回と言い、今回と言い、倉澤殿には世話になり通しだな」
祭壇のような座席の天辺で盃を交わしながらヴィクトルさんが頭を下げた。
「いえ、大事無くて何よりです」
幸いにもドワーフ側に死傷者は出ていなかった。
死体かどうか見分けの付かない程の重症者は決して少なくなかったが、それもカトリエルと衛生兵達の手で一命を取り留めている。
とは言え、手持ちの薬が足りず看護の必要なドワーフはまだまだ多い。
アーベルトさんは数名の衛生兵を残し、ガンドリオをソウブルーへ移送する為、帰還していった。
カトリエルも工房へ薬を取りに衛兵団と共に帰路に着いた。
明日の朝、リディリアさんに薬を持たせてくれるらしい。
ドワーフの生命力なら問題無く回復に向かうことだろう。
「しかし、坑道の中を滅茶苦茶にしてしまいました。再開するのは些か骨かと」
「命は一つとして奪われておらんのだ。嘆くのではなく、喜ぶべきだ。それに邪教徒が残したのは神器の残骸だけでは無い。遺留物の数々を売りさばけばが金になる。多少の休業くらいなら何も問題は無い。倉澤殿に感謝こそすれど、恨む理由は何一つとしてないな」
鷹揚に盃を呷るヴィクトルさんに倣って、自分も盃を呷り度数の高い酒の喉に流し込む。
ひり付くのど越しが癖になりそうになる。
「先程から思っていたのだが、倉澤殿は祈るように酒を呑むのだな」
「はて? そう言われたのは初めてですよ。良い酒器で呑ませてもらっているからですかね?」
自分は酒癖があまり良い方では無い。
寧ろ、呑み方が汚いと顰蹙を買うことの方が多く、現実世界ではハンドルキーパーを買って出て、人前では呑まないようにするくらいだ。
――久々の酒だから張り詰めていたんだろうか?
ドワーフの男性達の見た目は大らかなおっさんだ。
酒を勧められたら遠慮する事無く、次から次へと呑んでしまいそうな雰囲気がある。
だから、やらかさないようにと緊張しているのかも知れない。
「オヤジぃー! いつまで旦那を独り占めしてんのーっ!」
祭壇の下でリリネットが酒瓶を握る手を振りながら不満気に頬を膨らませている。
その隣には胡桃さんとエーヴィアさんもいる。流石に酒は飲んでいないようだが。
「我等流の歓待だ。楽しんでいってくれ」
そう言って、ヴィクトルさんは大きな掌で自分の背を叩いた。
「ご厚情に感謝します」
祭壇から飛び降り、彼女達の前に着地する。
「やーっときた! 旦那、オヤジの面倒お疲れ。年寄りは話が長くてヤになるね!」
「いえいえ、ご立派なお父上ではありませんか」
「よしとくれよ、お父上なんて柄じゃないって。それよか、旦那。一献どうよ? 二人に呑ませちゃダメー、なんて固いこと言うんだからさー」
「帝国の法はどうだか知りませんが、自分の故郷では酒は二十歳からと決まっています。胡桃さんも先輩もまだ十五歳なのですから、自分の目の黒い内は飲酒は許しません」
「ますたーの言い付け、ちゃんとまもってるよー」
胡桃さんが得意気に胸を張って鼻を鳴らし、目で『ほめて、ほめて』と訴えるので、胡桃さんを抱き寄せ「うん、胡桃さんは良い子だ」と頭を撫で回す。
どんなに人間らしく見えても、髪がぐちゃぐちゃになっても不機嫌になるどころか、尻尾をぶんぶん振って大喜びする。
「先輩も良い子にしていましたか?」
「え、あ、はい。してました……」
「よしよし、先輩も良い子だ」
エーヴィアさんも抱き寄せて、頭を撫で回す。犬が二匹になったみたいで気分が良い。
胡桃さんとも仲が良いし、彼女が犬なら是が非でも現実世界に連れて帰るのに。
何せ胡桃さんは人間以上に、犬とも仲良く出来ない子だから仲良く出来る子は非常に貴重なのだ。
しかし、エーヴィアさんは犬では無く、人だ。
――犬耳と尻尾を付けて現実世界連れ帰れば逆に犬になったりしないだろうか?
「もしかして、旦那……酔ってない?」
エーヴィアさんを撫で回しながら物思いに耽っていると、リリネットが観察するように自分の顔を覗き込んだ。
「酔っていますが、まだまだほろ酔い程度です。と言うか、君も飲み過ぎてはいけませんよ? リリネットはドワーフですから風俗的に飲酒の習慣があるのかも知れませんが……」
流石に酔っぱらっていても未成年に酒を勧めるのは駄目だ。
アウトだ。厳禁だ。それは許される事ではない。
ただでさえ酒飲みにとって肩身の狭い世の中になりつつある。
法と常識を守って楽しまなければ余計に肩身の狭い思いをする羽目になるのだ。
「ちょっと待った!」
「どうしました?」
「旦那、何か勘違いしてないかい?」
「勘違い? はて?」
「アタイ、幾つに見える?」
「リリネットがですか? えーっとですね……」
彼女の顔をしかと見る。この世界の社会制度がそうさせるのだろうか。
十代でも義務と責任を背負っているという事もあり、この世界の子供達は全体的に子供らしさが薄い。
だから顔付きよりも体付きや肌の質から年齢を察するしかない。
身長は百三十センチ前後、二次成長期を迎える手前らしく体付きに膨らみは無く、まだまだ女性らしさは感じられない。
「十三、四歳くらいですかね?」
「ほら、やっぱり勘違いしてる! そこに十、足してもらいたいねぇ」
「嘘ぉ!?」
「マジだっての! 二十三歳! 大人だから! ドワーフの女は早熟な男と違って成長が遅いの!」
「ほぼ同年代じゃないか……」
驚愕の余り、良い気持ちで酔っぱらっていたのが綺麗に吹き飛んだ。
「異種族って分からないものなんだな……」
「じゃあ、アイツ。アイツは幾つに見える?」
そう言って彼女が指差した方向には立派な黒ひげを生やしたドワーフの男がいた。
足は短く、恰幅の良い腹が前方に突き出している。
ぱっと見、五十前後のように感じるが、ドワーフの男は早熟と言った。
「多分、三十くらい?」
「はっずれー! あいつ十五歳。あたいの弟だよ」
「本当に分からないものなんだな……」
「あ、あの倉澤様。盃が空になっていますよ」
頬を赤らめたエーヴィアさんが上目遣いで酒瓶を手にしていた。と言うか、近い。
自分の右腕が何故か彼女の腰に巻き付き、抱き寄せたままホールドしているのだ。近くて当たり前だ。
そう言えばさっき妙な事を口走って彼女を抱き寄せたような記憶があるような無いような。
――子供にセクハラしてどうする自分。これだから酒の呑み方が汚いと言われるのだ。
今すぐ彼女を開放して謝罪した方が良いかも知れない。
だが、酔っぱらうと妙なことを仕出かす助平野郎だと思われるのも不味い。
それだけで酒を没収されるのは是が非でも避けたい。ドワーフ達の酒をもう少し楽しみたい。
だが、思った。
――自分は平静だ。まだそこまで酔っぱらっていない。
酔っ払いに此処までの思考が出来るか?
――いいや、出来るはずがない。
そうだ。自分が平静だと簡単に証明する方法があるじゃないか。
「では、一杯だけお酌をお願いします。明日は先輩の用件を片付けなくてはなりませんからね。二日酔いで行動不能なんて無様を晒すわけにはいきません」
ほら完璧だ。邪神ガエルと邪教徒ガンドリオを始末して皆思っていた筈だ。
『あー、終わった終わったー、さーソウブルーに帰るべー』って。
自分はエーヴィアさんが目的を持って、この地に訪れたことを忘れてなどいない。
ベルカンタンプ鉱山の再調査どころか、一気に事件を解決してしまったが、これは彼女にとっては物のついでだ。
これからがエーヴィアさんにとっての本番なのだ。
「覚えていて下さったんですね!」
「ええ、当然です。何のためにこの地に留まったと思っているのです? 先輩、貴女のために留まったのですから」
――決して、タダ酒目当てだけで残ったわけではない。
そして、盃を呷り、空にする。喉が焼ける感覚が心地いい。
「わ、私のためだなんてそんな……」
「それに忘れたなんて言ったら胡桃さんに怒られてしまいます。ねー、胡桃さん」
「うん! エーヴィアちゃんにはいっぱい手伝ってもらったから今度は胡桃さん達の番!」
「あー、本当に胡桃さんは良い子だなぁ!」
二人ともまとめて更に抱き寄せ、髪の毛が乱れるのもお構いなしに頭を撫で回す。
胡桃さんからおひさまの暖かい香りが、エーヴィアさんからはベリー系の甘酸っぱい香りが漂って来る。
何か間違えている気がしなくも無いが、まあ良いか。
「ねーねー、倉澤の旦那ぁー。二人だけじゃなくって、あたいの事も可愛がって下さいよぉー」
お前は何処の小悪党だ。しかし、可愛いので問題無しとする。
この愛想の良さとバカっぽさ、まるでゴールデンレトリバーだな。
「自分の膝なら空いてますよ? 膝の上でお酌して頂けますか?」
「お、旦那、話せるじゃないですかぁー。そんじゃお邪魔しまーす!」
彼女が「どっこいしょ」と膝の上に乗って盃に酒を注ぎ入れる。
大型犬と違って重量感を感じられないのが残念だが、柑橘系の爽やかな香りがする。
「あーでも、明日も仕事ですから一杯だけですよ?」
「分かってますってぇー」
「ますたー。胡桃さんもおしゃくやってみたーい!」
盃を乾かすと胡桃さんが手を挙げる。
自分は何かに挑戦しようとする姿勢には応援したいと常日頃から思っている性質だ。
そうで無くても胡桃さんの挑戦を否定するなど絶対にあり得ないし、あってはならないことだ。
それに自分がそうされたいという欲がある。
「お、それじゃあお願いしよっかな」
「わーい!」
リリネットから受け取った酒瓶を慎重に傾け、溢さないように適量の酒を注ぎ入れることに成功した。
「流石、胡桃さん上手だねー」
胡桃さんが注いでくれた酒を一気に飲み干す。
「うん、美味い!」
「やった♪」
愛する家族が初めて注いでくれた酒だ。不味い訳が無い。
非常に気分が良いので肉料理を指で摘まみ、胡桃さんの口元へ運ぶ。
胡桃さんは自分の指に歯を立てないよう、上手に唇を被せて肉を取り、指についた脂を舐め取る。
「美味しい?」
「うん!」
笑顔で尻尾をばたばたを振る。少し飲み過ぎてしまったのだろうか。
胡桃さんの姿が柴犬に見えた気がした。
多分、見た目が変わってもやる事が変わってないから、酔いの錯覚と合わせてそう見えたのだろう。
なんか気が付けば、女の子が三人。自分に密着している。
キャバクラ遊びをしているみたいだが、こんな事をキャバクラでやってたら黒服から『お触りは厳禁です』と叱られるか、問答無用で追い出されるところだ。
――そろそろ、酒を控えた方が良いかも知れない。
「あ、あの……倉澤様、私もこういう機会、今までに無くって、もう一度お酌をさせもらっても良いですか?」
そろそろ控えた方が良いのは分かる。しかし、そう言われてしまうと断り辛い。
それに女の子の上目遣いという奴はどうしてこうも魅力的に映るのだろうか。
計算か天然か知らないが、今日の自分は飲んだくれの王子様だ。
「良いですよ良いですよ! 自分相手ならいくらでも失敗したって大丈夫ですから、喜んでお付き合いしましょう!」
盃を差し出し、酒を呷る。胡桃さんだけでは不公平だから彼女にも摘まんだ肉を食べさせる。
「先輩は魅力的ですが、もっと食べて肉を付けた方が良いですね」
「く、倉澤様は太っている人の方が好きですか?」
「太ってるのは論外ですが痩せすぎも良くないですね。後、よく食べる人は好きですよ」
「わ、分かりました! 私、食べます!」
「良いですねぇー。先輩はがっつり太ってもやっと標準体型くらいですから、どんどん食べちゃって下さい」
「旦那ぁー! 一杯だけって話じゃありませんでしたかぁ? まだ飲まれるんだったら、あたいにもお酌させて下さいよぉ」
余程気に入ったのかリリネットが小悪党スタイルで迫って来る。
どちらかと言えば小悪魔スタイルの方が好みだ。
この世界の人に言っても通用するかどうか分からないので、彼女から酒瓶を受け取り、盃を持つように促す。
「酌してもらってばかりじゃ何だ。俺からも」
「おっと、それじゃあかんぱーい!」
「かんぱーい!」
勢い良く盃を持ち上げて、喉の中に流し込む。
矢張り、酒は良い。実にいい気分だ。
「ますたー、もう一回やりたーい!」
「おお、どんと来い!」
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目が覚めた。身体を起こそうとするが身体が動かない。
重りのような物で拘束されている。そんな感覚だ。
ぼやけた視界が鮮明になっていく。
「知らない、部屋だ」
右を見る。心臓が跳ねた。
自分の右腕にしがみ付いて小さな寝息を立てて、安からな表情で眠りに就くエーヴィアさんがいた。
左を見る。冷や汗が溢れ出す。
自分の左腕にしがみ付いて涎を垂らすリリネットがいた。
何と無くだが状況が分かってきた。
自分の腰にしがみついているのは胡桃さんだ。この子は見なくても分かる。
頭を持ち上げて周囲の状況を確認すると小さな寝室のようだ。自分達以外は誰もいない。
周囲に人の気配は無く、外からは小鳥の囀りが聞こえる。
朝だが、胡桃さんが起きないという事は午前八時にはなっていない。寝過ごしたということは無さそうだ。
改めてエーヴィアさんとリリネットさんの寝姿を確認すると、かなり服がはだけている。
首を持ち上げてみると自分も上半身裸になっている。
「俺は一体、何をやらかしたっ!?」
完全に目が覚めた。昨晩の記憶がフラッシュバックする。
調子に乗って色々やらかしたのは何と無く覚えている。深酒をしないようにするつもりだった。
だが、自分が調子に乗って三人にお酌をさせて、その度に一気飲みしていたのは何と無く覚えている。
――問題はその先……!
覚えていない! 本当に覚えていない!!
この寝室に入ったのだって、いつ頃なのか全く思い出せない!!
「うあー……倉澤の旦那ぁ、おはよー……」
リリネットさんが蠢きながら目を覚まし、ただでさえはだけた衣服が更に乱れていく。
「おはようございます……倉澤様ぁ……」
エーヴィアさんが半分寝たまま、とろんとした表情で自分の腕にしがみ付く。
身体の色んな所に当たっている。朝からそれは色々まずい。まずいまずいまずい。
しかも、カトリエルの栄養剤入りの粥のお蔭か、それともドワーフ達の食事が良かったのか、非常に血色が良く、昨日の彼女よりもずっと魅力的に見える。
と言うか、昨日、馬車の中で寝起きに怯えていたのは何だったんだ。
「あ、ますたー、おはよー」
二人の声で目を覚ました胡桃さんが、はっきりとした口調で挨拶をすると自分の身体をよじ登るように這い出す。
そして、胡桃さんの膝が自分の阿の所を直撃する。
「皆、おはよう……いっそ、殺してくれ」
三人の子供達が不思議そうに顔を見合わせていた。
もう二度と深酒しねぇ――。
これまでの人生で何度誓ったか分からないが、改めて心の中で誓いを立てた。




