第六話 流儀
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
自分達を乗せた二台引きの馬車が草原を進み、三日前に野盗の集団を皆殺しにした辺りに差し掛かる。
死体は残っていない。恐らく野性の肉食獣にでも食われたのだろう。
――別にどうでも良いか。
そんな事を思っているとエーヴィアさんが目を覚ました。
「あ、あれ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
彼女は弾かれたように飛び起き、両手で顔を庇い震えて錯乱する。
それまで安眠オイルの効果で安らかな寝顔を浮かべていて、悪い夢にうなされていた様子は無かった。
夢では無く、現実に恐ろしい物が待ち受けている。そんな習慣付いた反応のように感じた。
――それに、ごめんなさい?
厳めしい顔をするカトリエルと顔を見合わせていると胡桃さんが動き出した。
「こわくないよー。ここには悪い人はいないからだいじょうぶだからねー」
悪い人――、胡桃さんは何を感じ取ったのだろうか?
エーヴィアさんを抱き寄せ、普段家族にされているように優しい手つきで頭を撫でた。
いつもは甘えん坊の胡桃さんも人間の年齢に換算したら七十過ぎ。
それに相応しい穏やかさと安心感がそこにあった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい! ごめんなさ……あれ?」
声をかけると、我に返ったエーヴィアさんが呆気に取られた様子で瞼をしぱたかせる。
そして、漸く状況を察したらしく、顔を紅潮させて――、
「お騒がせしました。もう大丈夫です」と胡桃さんに抱き締められたまま力なく俯いた。
「では、もう間も無くでベルカンタンプ鉱山に到着します。ブリーフィングを始めましょうか」
彼女の尋常では無い様子が気にならないと言えば嘘になる。
だが、恥じらいで頬を高潮させているだけでは無く、落ち着きのない様子で視線を右往左往させている。
あの取り乱しようが何だったのかと問われたら、どう答えたら良いのだろうかという不安げな気配を感じた。
あまり触れて欲しくは無さそうだったので、今は一先ず置いておく。
『怖い夢にうなされるなんて先輩も可愛い所あるんですね。何だったら自分と一緒に寝ます?』なんて言ってみようかと思ったが自分のキャラじゃない。これではチャラいセクハラ野郎だ。
エーヴィアさんの夢見が悪かったという体で話を進めようかと思ったが……。
上手く言葉が見つからない。普通に話を進めることにした。
「三日前、ベルカンタンプ鉱山の坑道内に召喚されたエレメントを駆除したところ、邪教の遺留物を発見した。更に七日前、ソウブルーの商業地区入り口で司祭二名がエルフの邪教徒により殺害されている。衛兵団は、これら一連の事件が邪教徒達による陰謀。その準備段階にある等の関連性を懸念している。そこで邪教徒の痕跡が残るベルカンタンプ鉱山で遺留物や被害の見落としが無いか再調査を行う。胡桃さんは嗅覚、カトリエルは魔力探知で坑道内の調査。エーヴィアさんは冒険者としての見地から全体のフォローを。基本的に四人で固まって行動する事になるが、有事の際は自分か、カトリエルの側から離れない事」
尚、自分は荒事以外に出来ることが無い。
今回の追加調査の主役は胡桃さんとカトリエルの二人で、自分は彼女達を動かすためのパイプ役だ。
此処最近は殺し合いばかりで思考が物騒になりがちになっていたし、のんびりやらせてもらう事にしよう。
「何か質問は?」
「ますたー」
「何かな?」
「この子のおてつだいはー?」
庇護欲に目覚めたのかエーヴィアさんを抱きしめたままの胡桃さんが、忘れられていないか不安げな表情で瞳を揺らしている。
現実世界で、ごはんの時間が遅くなった時にする無言の訴えによく似た表情だった。
「えっと……」
しかし、胡桃さんの発言は予想外だったらしく、エーヴィアさんが戸惑った様子で狼狽える。
「先輩、もしかして『お望み通りにベルカンダンプ鉱山まで連れて来てやったんだから後は自力で頑張ってねー』なんて自分が言うとでも思ってました?」
だとしたら極めて心外だ。
此処に連れて来て放置するくらいなら最初から放置している。
「流石に迷惑だと仰るのであれば遠慮しますが、そうで無いのなら自分達は全力で介入するつもりですよ?」
「一応聞いておくけど、その『達』の中には私も入っているのよね?」
カトリエルはいつものように鉄面皮をしたまま、さも当然といった調子で口にする。
『先帰ってて良いよー』とか言ったら、ガチで怒られそうなので、大きく頷いて見せる。
「ああ、最初からアテにしている」
その場しのぎでも無ければ社交辞令でも無い。
そもそも、自分は人から知恵を出してもらわなければ何も出来ないような男だ。
彼女にも言った通り、元から巻き込む気満々だ。
情けないことだが、彼女は「よろしい」と満足気に頷いた。
今日、カトリエルのことで気付いたことがある。
彼女は一見すると無表情で無感情だが、その第一印象に反して面倒見が良く、親切な女性だ。
そこまでは気付いていたが、それに加えて他人の問題に首を突っ込むのが好きなようだ。
多分、解決出来るだけの自信があるからなのだろう。自覚があるかどうかは知らないが。
それは兎も角、今後は遠慮せずにおねだりをした方が彼女の機嫌を損ねずに済みそうだ。
「ありがとうございます……! 本当にありがとうございます!」
頭を下げながら、再び涙を流すエーヴィアさんを抱きしめ「だいじょうぶだよー」と胡桃さんが慰める。
彼女の面倒はこのまま胡桃さんに任せる事にした。
馬車が道なりに、針葉樹のトンネルを潜り抜けていくと、真新しい破壊痕がちらほら目に写る。
「酷い有り様ね。濃密な残留魔力に自分の力を誇示するようなやり口……ダークエルフかしら?」
嫌な予感しかしない。エレメントを駆除したのは三日前。
この短期間で再びベルカンダンプ鉱山が狙われている。
偶然や嫌がらせの類では無く、そのダークエルフとやらが明確な意志と目的を持っていて、それが阻止されたと知り、次なる手に強硬手段を選んだ。
多種多様なエルフの区別は今一つ付いていないが、『ダーク』という響きは何ともろくでも無い印象を感じてしまう。
「ますたー、血のにおいがする。たぶん、ますたーが知ってる人かも」
矢張り、ろくでも無い。知人の血が流れるような出来事が起こった。または現在進行形で起こっている。
状況的にもそのダークエルフとやらが敵だと断定しても問題無さそうだ。
アーベルトさんからは出来るだけ生かして来いと言われている。
それは、一人だけ生かしておけば後は殺しても問題ないと言うことだ。
「倉澤様、ここからは歩きで行きましょう。馬車だと目立ち過ぎるかも知れません」
エーヴィアさんの提案に頷く。御者は普通の人だ。
足手まといだし、戦えない者を護れる程の力を自分は持ち合わせていない。
「此処までで結構です。戻ったら衛兵団長のアーベルトさんに『標的と一戦交えてくる』とお伝え下さい」
御者に金貨百枚を持たすと、かくかくと頷いた。
一般人に渡すチップにしては非常に高額になってしまったが、彼が余程の不誠実で無い限りは確実且つ、速やかに伝令役を務めてくれるはずだ。
調査依頼の最中には発生した戦闘報告。状況的に誰が相手なのかを明確にせずとも彼なら理解出来るはずだ。部隊を編成してこの地へと現れるのは日没頃だろう。
周囲の破壊痕から察するに相当の術の使い手であることが伺える。万が一の保険を備えておくに越したことはない。
そして、馬車が針葉樹から出て行くのを見送り、行動を開始する。
「カトリエル。そのダークエルフは此方の存在に気付いているのか? 例えば残留魔力を触媒にして生命探査みたいな魔術で侵入者を感知するとか」
「いいえ、あくまで侵入者に対する威圧が目的みたいね。視認性も悪いから遠見の術も使い辛い。残留魔力で侵入者の恐怖心を煽って追い払うので精一杯といったところかしら」
そう言ってカトリエルは去った馬車の方を見つめている。
彼女に倣って意識を飛ばしてみるが、彼女の推論を裏付けるかのように襲撃を受けているような気配は感じられなかった。
と言うか、あの馬車の御者は伝令として重要な役割を持っている。囮のような扱い方をするのは勘弁して欲しい。
まあ、結果的に無事だということが分かったから良いが。釈然としないが切り替えていこう。
「胡桃さん、血の臭いがする所まで案内してくれる?」
「うん! こっちー!」
エーヴィアさんの手を繋いだまま胡桃さんが走り出す。
彼女は転びそうになりながら「あわあわわわわわっ!?」と必死に体勢を立て直しながら足を動かしている。
頑張れ先輩。転んだくらいじゃ胡桃さんは止まってくれない。
「急ぎましょうか」
彼女は慌てた風でも無く、淡々と口にする。
「ああ。示威目的に垂れ流した魔力を感じたからと言って、誰も彼もが逃げ帰るだけで済ませるわけじゃない。場合によっては近隣の都市に通報して、討伐部隊が派遣されることになるかも知れない。そうなれば、数で圧殺されて、目的を達成するどころじゃなくなってしまう。その程度のリスクさえ気付けない大馬鹿者は、そう滅多にいるもんじゃない」
「ええ。そのダークエルフにとって人除けは一時凌ぎで十分ということ。敵の探知を疎かにしているという事は、目的を達するのに多くの時間を必要としていないと考えるべきね」
あまりのんべんだらりと喋っている余裕は無い。
胡桃さん達の後を追うと、自然の中が余程走りやすいのか、落ち葉や柔らかい地面を巻き上げながら全力で疾走していた。
それでもエーヴィアさんは胡桃さんのペースを掴んだらしく、並んで疾走する。
子供とは言え、流石はEランクの冒険者だ。
そして、意外にもカトリエルは涼しい顔をして息を切らせる事無く、自分の足についてきた。
深窓のお嬢様、生きた芸術品、そんな形容が似合う美女が猛スピードで、しかも無表情で林道を駆け抜ける姿にシュールなものを感じながら走ること五分。
針葉樹の中でも一際巨大な樹木の前で、胡桃さんが立ち止まった。
せり上がった木の根で出来た窪地には、ドワーフの少女リリネットがいた。
だが、その変わり果てた姿は壮健というには程遠く、素直に再会を喜べる状態では無かった。
地面に倒れ伏す彼女の顔は血と汚泥に汚れ、肩と脇腹からはじくじくと血を流し、露出した両足には今し方付いたばかりと思われる赤の裂傷痕。右の足首はあらぬ方向に曲がっている。
それでも彼女は呻きながら声を絞り出す。
「逃げて……倉澤の旦那……」
「後ろ」
何の気配も感じないが、魔力による挙動なら魔人の動きすら見切るのがカトリエルだ。
彼女の言葉に疑いを持つ事無く、レーベインベルグを引き抜き、迷う事無く背後に斬撃を振り落とす。
すると突如として現れた襲撃者の左肩に刃を深々と食い込んだ。
そのまま崩れ落ちる襲撃者の鳩尾に蹴りを入れ、剣を引き抜きながら肩口から左腕を斬り落とす。
切っ先を地面に突き刺し、襲撃者の右手を縫い止め、そいつの眉間に蹴りを突き刺す。
鉄板で補強したブーツはさぞかし効いたようで、襲撃者は白目を剥いて昏倒した。
まだ死んでいないが、このまま襲撃者を放っておけば、どのみち失血死は免れない。
だが、運が良ければこの襲撃者が死ぬ前に情報を得られる。息の根を止めるのは後回しだ。
それにしても青のルスルプトに加護を与えられたからだろうか?
奇襲に気付いたのはカトリエルの言葉とほぼ同時だった。どちらにせよ好都合だ。
「カトリエル、彼女を治療出来るか?」
「ええ、病魔や魔術で傷つけられているわけじゃないから手持ちの薬でどうにか出来るわ」
「胡桃さんと先輩は周囲の警戒を」
「うん、まかせてー」
「すいません。接近に気付けませんでした……」
エーヴィアさんがしょげ返るが仕方がない。
「相手は高位の隠形術の使い手。魔力の扱いに余程長けていなければ仕方が無いわ」
リリネットさんに施術する手付きと同じように淡々とカトリエルが言った。
事実、自分とカトリエルも襲撃者が術を解除して攻撃に移る直前まで気配を感知する事が出来なかった。
エーヴィアさんを責めるより、胡桃さんの鼻さえも誤魔化し切る敵の術が見事だったと褒めるべきだ。
術以外はお粗末だったが。
「リリネットさん、喋れますか?」
「あの時の召喚術師だよ……間違いない……」
「その召喚術師は坑道ですか?」
リリネットさんが力無く頷いた。
「倉澤の旦那は……あたいと同じくらいの強さでしょ……逃げた方が良いって……」
彼女と同格だなんて過大評価にも程がある。情けない話だが最低でも1ランクは格が落ちる。
だが――、
「あれからロイドの親方にレーベインベルグを。青のルスルプトから加護を頂きました。それに敏腕の錬金術師に冒険者の先輩。頼もしい家族。その気になれば帝国を獲れる戦力です。ご心配には及びませんよ」
自分一人ではどうにもならないくらい自覚している。だが、それでも如何にか出来る自信はあった。
深刻そうな顔をする彼女を勇気づけるために冗談めかして笑って見せるが、その視線はレーベインベルグに集中していた。
「レーベインベルグ……ヴァルカンの剣」
「ヴァルカンの剣? ヴァルカンって、ヴァルカンの心臓の、あのヴァルカン?」
エーヴィアさんが何度もその名を連呼する。何と無く聞き覚えのある言葉だった。
カトリエルが施術の手を止めて、自分の顔を見上げた。
「ヴァルカンというのはドワーフ達に伝わる火虐神と呼ばれる火の化身よ。剣を携えた鍛冶の神としての側面をあるそうだけど。その剣の銘がレーベインベルグと言うのは初耳だけど、貴方鍛冶職人組合で何をやったの?」
「依頼で瓦礫の解体をやっただけなんだけどな……信頼過剰。重過ぎだ」
でも良いさ。家族に害する奴は皆殺しにするのが俺の流儀だ。
そして、それと同じように、恩には恩を。信頼には信頼で応えるのが倉澤の流儀だ。
ロイドさんはドワーフが信仰する鍛冶の神、ヴァルカンの剣に因んだレーベインベルグを俺に与えてくれた。
だったら、その信頼をロイドさんの兄弟分であるヴィクトルさんが管理するこの地を荒らすダークエルフとその一党を殲滅し、平穏を取り戻すことで礼を返すのが道理だ。
そうで無くては己の流儀に反する。
カトリエルから気付け薬と痛み止めを受け取り、襲撃者の意識を取り戻させる。
「貴様達の目的は何だ、答えろ」
「誰が喋るか……!」
「左腕みたく首を斬り落とされたいのか?」
襲撃者は変わり果てた自身の身体を見て絶句する。
左腕は肩からごっそりと斬り落とされ、右腕はレーベインベルグに貫かれ地面に繋ぎ止められているが、凄まじい切れ味を誇る二股の剣だ。
奴が身じろぎする度に右腕を削ぎ切りにして小さな肉片を地面に落とし、傷口からは止めどなく溢れる鮮血が大地を赤に染めていく。
「今は痛み止めが効いているから何も感じないかも知れないが、このままだと死ぬことになる。だが、此方の質問に答えるのなら失った左腕も傷付いた右腕も元に戻してやる。どうする?」
「それは……」
逡巡する襲撃者の身体が膨張を始めた。
何かの攻撃かと思って剣を引き抜き身構えるが、襲撃者は何かに怯えるように涙を溢れさせて何度も首を横に振り、水中で酸素を求めてもがくように、必死の形相で手首から先が無くなった右腕を此方に伸ばした。
「違っ……! お、俺は裏切ってない! 裏切って……っ!!」
泣き言が途切れ、風船がはじけ飛ぶような軽い音と共に襲撃者の身体が爆ぜた。
肉片と血液と体液と骨、人の残骸が混ぜ合わさった水分豊富なミンチが眼前の空間――、カトリエルが展開した結界にへばり付く。
「成る程、アーベルトさんの尋問も上手くいかないわけだ」
口を割らないのでは無い。割れないんだ。
口を割っても割らなくても死ぬなら後は信仰心と意志の問題だ。
――生憎とこの襲撃者は口を割りかけたようだが……。
そんな素振りを見せただけで発動するとは随分と性質の悪い呪いだ。
邪教の術か、それともダークエルフの術かは知らんが奴等の陰湿さが知れる。
――だが、分かったこともある。
「主犯とはまともな会話が成立しそうにないわね」
カトリエルがリリネットさんの治療をしながら此方を横目で見ながら言った。その通りだ。
「次からは、この手の敵と戦うことを想定して死霊術師を用意しておくべきね。用意出来るかどうか分からないけど」
多分、ゲーム的な解釈をするなら蘇らせた死人を使役して情報を引き出すとか、死者の霊を呼び寄せて口を割らせるとか、そういう事が出来る術なのだろう。
話の流れから察するに、この考えが的外れということは無い筈だ。そして、希少な能力でもあるらしい。
「それは追々……取り敢えず、交渉が成立しないって分かっただけでも上出来さ」
奴等から情報を得ることはほぼ不可能。
それはつまり、怪しい奴や敵は見かけ次第、何も考えずに殺して良いという事だ。
気分的には幾分か楽になる。
「ふと思ったんだけどさ」
「何かしら?」
「死霊術で過去に魔人達と戦った英雄達から話を聞くことって出来ないのかい? これなら生きたままクラビス・ヴァスカイルに行く方法を探さなくても良いと思うんだ」
矢張りと言うか、案の定と言うか、彼女は首を横に振る。
自分が気付くくらいだから彼女が気付かないはずも無い。
万に一つくらい彼女に見落としがある可能性を考えてみたが、まあ、そんな事だろうとは思っていた。
「死霊術で使役出来るのは死亡直後の霊か、強い怨念を抱いて現世に残り続けてる霊だけ。意外とは思うかも知れないけれど、魂が現世にとどまり続けられる時間ってそんなに長くないのよ」
つまり、有力な情報を持った英雄達の魂はとっくにクラビス・ヴァスカイルに行ってしまっている。
矢張り、そう簡単に楽をさせてはもらえないようだ。
「あ、あの……」
エーヴィアさんが自信無さげに小さく手を上げた。
「わた、私、簡単な死霊術なら使えます……。使役は出来ませんけど情報を引き出すくらいなら、何とか」
「本当ですか? お手柄ですよ、先輩!」
ミンチ化した人間の前に子供を立たせるのは釈然としないが、彼女の報酬を弾むことで棚上げする。
「ここは……」
エーヴィアさんの死霊術でミンチ化した人間の残骸から半透明の人間が現れた。
さっき飛び散った襲撃者だ。
霊体化した影響か、表情は精彩を欠き、虚ろげだ。
「なにこれ……」
胡桃さんが得体の知れないものを見る様な目付きで霊体化した襲撃者を突こうとするが、どうやら霊体に触れることは出来ないらしく、胡桃さんの腕がすり抜け胴体に埋まった。
「はわっ!?」
慌てて腕を引き抜き、エーヴィアさんの背中に隠れて肩から警戒心に満ちた顔を覗かせる。
――そこは自分の背中に隠れるところじゃないのかなー……
「大丈夫だよ、胡桃さん」
先程とは立場が逆転してエーヴィアさんが胡桃さんを抱き締める。
それに自信無さげな雰囲気もすっかり消えている。
胡桃さんの情操教育と、彼女の精神安定のためにも、二人を一緒にしておいた方が良さそうだ。
少し、いや、大分ジェラシーを感じるが。
「おれは……クラビス・ヴァスカイルにいったのではないのか……?」
襲撃者は周囲を見回し、うわ言の様に呟いた。
「クラビス・ヴァスカイルは英雄が最後に行き着く誉れ高き世界。死後は天国か、地獄か、クラビス・ヴァスカイルか……なんてね」
襲撃者の霊が言った言葉に自分が訝しんだことに気付いたらしく、カトリエルが口を開いた。
奇襲を仕掛けておきながら、自分如きに手も足も出せずに負けるような雑魚が?
この様で英雄を自称するなんて厚かましいにも程がある。
「先輩、彼には普通に質問しても良いのですか?」
「はい。自我は殆ど残ってません。知っていることに限れば、反射的に返答してくれますよ」
だったら、余計な罵倒を浴びせている場合じゃない。
「お前たちの目的は何だ?」
「われらのかみ……ガエルのメイス……」
「ガエルのメイスがあればどうなる?」
「ガエルが……ふっかつする……」
「ソウブルーで八雷神教会の司祭を殺したのはお前達の仲間だな? 動機は何だ?」
「わからない……ソウブルーには……いってない……」
「お前は何を命じられた?」
「ガエルのメイスが……はっくつされるまで……もくげきしゃと……じゃまものをころせと……」
「倉澤様、そろそろ魔力が尽きます」
「分かりました。ではこれが最後。ベルカンダンプ鉱山の主、ヴィクトルは何処だ?」
「わからない……にげられた……だから、そのむすめを……えさにしようとした……」
そして、襲撃者の霊体がその姿をかき消した。
「カトリエル」
「私が知っているエルフ達の邪神とは名前が違うわね……。ガエルという名前の魔人になら心当たりがあるけれど」
「奴等の言うガエルが邪神か魔人かは知らないが、発掘を妨害するか、メイスを破壊してしまえばガエルの復活は阻止出来る?」
「メイスの発掘はまだ済んでいないみたいだけれど、相手には短時間で発掘を終える自信があるということは忘れないで。あまり時間は無いわよ?」
言われるまでも無い。カトリエルに頷いて返す。魔人と邪神。どちらにせよ自分の手に余る敵だ。
だと言うのにライゼファー戦でレーベインベルグに充填された魔力は使い切ってしまった。
一応、大気に含まれる微量な魔力を取り込み、自動的に充填する機能は備わっているらしいが焼け石に水だ。
ライゼファーを吹き飛ばした爆炎を呼ぶ力も、身体能力を強化する力も戻っていない。
魔人や邪神を相手に真正面から戦える状態では無い。
「ですが先輩のお蔭ですよ」
「え?」
「先輩がいなければダークエルフを殺すことは出来ても、奴等の企みには気付けませんでした」
「そんな……私なんて……」
エーヴィアさんが紅くなった頬を隠すように両手で抑えて俯く。その素直な反応に気分が良くなる。
別にセクハラ趣味でも無ければロリコンでも無いが、更に褒め倒したらどうなるのか見たくなる。
「ご謙遜を! 確かに死霊術師を派遣するつもりではありましたが、それでは手遅れになっていたところです。先輩のお蔭で邪教徒達の野望を本当の意味で挫く事が出来そうです。流石と言わざるを得ません」
「もー! やめてください! 調子に乗っちゃいますよ!?」
茹蛸のように顔を真っ赤にして、わたわたと両手をばたつかせる。
胡桃さんに抱き締められたままということもあり非常に可愛らしい。
そして、やっと年相応の雰囲気が戻って来たようにも感じられる。
「それだけ素晴らしい能力を示したのですから良いではありませんか。多少、調子に乗っても。この件が片付いたら先輩のお母様の件、自分達もお手伝いしますので、もう一頑張りお願いします」
「倉澤の旦那、あたいも!」
表情に精彩を取り戻したリリネットさんが立ち上がる。足首を骨折していたとは思えない程の機敏さだ。
ドワーフの年齢はよく分からないが、見た目だけなら胡桃さんやエーヴィアさん同様、十代半ばの子供に見える。
そんな子供が、あれだけボロボロにやられたと言うのに傷が治ったなら再び戦おうと言うのだから驚嘆すべきタフネスだ。
「足首の骨折は?」
「折れ方が綺麗だったから繋いでおいたわ。坑道に到着する頃には完全に治るんじゃないかしら?」
カトリエルに視線を向けると彼女は問題は無いとでも言いたげな表情で頷いてみせた。
どういう身体構造をしているんだと突っ込みたくなるが、流石はカトリエル。
そして、ドワーフの生命力ということだろうか。
「ねえ、頼むよ。倉澤の旦那! ここはあたい等の家なんだ! このままじゃ旦那に任せっぱなしで終われない!」
頼み込むリリネットさんの表情は怒りと決意に満ちていたが、悲壮感は全く感じなかった。
まともな大人なら『後は大人に任せて、子供は安全な場所に隠れていろ!』と言っているところだろう。
だが、家や家族を下らない陰謀に巻き込んだ奴への報復を人任せにしては、憤りのやり場も無く、溜飲も下がらない。
大切なものだからこそ自らの手で決着を付けたいという思いに、自分は強い共感を覚える。
彼女の想いや怒り、決意を否定することなど自分には出来やしない。
そもそも、否定する気など欠片も無いが。
「主治医が良いと言っている事ですし、リリネットさんの力も借りることにしましょうか。先導をお願いします」
リリネットさんが「任せてよ、旦那!」と弾けるような笑顔で飛び跳ね、林道を駆け出す。
そのすぐ後ろを胡桃さんとエーヴィアさんが並走し、カトリエルと共に彼女達を追う。
ベルカンダンプ鉱山に渦巻く陰謀は邪神、或いは魔人ガエルの復活とその阻止に収束していく。
思いがけないことから陰謀の正体に気付き、漸くスタートラインにつくことが出来た。
後はゴール地点。ガエルの復活を企てるダークエルフの喉笛に刃を突き立てるだけだ。
顔も名前も知らんが、貴様たちはやり過ぎた。
その報いは命で償ってもらう――それが俺達の流儀だ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




