第十五話 レーベインベルグ
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「ちょっと座り心地が悪いな。少しは大人しくしないか」
ライゼファーが「仕方が無いな」と軽い口調で死にかけのドラゴンの背に拳を振り落とす。
無造作に放たれた拳が、大砲の一撃でさえ破壊困難とされる堅牢な背甲を砕いた。
更に二度三度と拳を振り落とすと悲痛な叫び声をあげていたドラゴンから音が消える。
そして、ライゼファーは平らになったドラゴンの背中に座り直すと満足気に頷いた。
――拳にはかすり傷一つ付いていない。化け物が……!
「うん、いい感じだ。大人しくなって揺れなくなったしね」
そして、魔人を自称するライゼファーは、人を舐め腐ったニヤケ面を浮かべて改めて自分を見据えた。
「それにしてもさ、駄目だよ、君ぃ? ちゃーんと獲物は仕留めないとさぁ」
「魔人だッ! 殺せッ!」
イサドナが吠えるとドラゴンを囲むように展開していた弓兵達が一斉に矢を放ち、立て続けに魔術師たちが火球を放つ。
ライゼファーは抵抗する事無く全身を矢に貫かれても尚、ニヤケ面を浮かべたままで、そのまま爆炎の中に飲み込まれていった。
――あの女、俺ごと無力化する気か!!
「魔人がこの程度で死ぬものかッ!! 撃ち続けろ!! 矢と魔力を惜しむなッ!!」
「や、流石にそれは厳しいって」
勝ち誇りもせずに追撃を命じるイサドナにライゼファーの呑気な声が響く。
相変わらず、距離感や方向感覚の掴めない喋り方をする。
まるで目の前にいるようにも、背後にいるようにも、遠くにいるようにも感じる。
他の奴等も同じようで落ち着かない様子で後を振り向いたり、せわしない様子で周囲を見回している。
すると「グゲッ」と大きな蛙を踏み潰したような間抜けさと、ある種のグロテスクさがこめられた悲鳴じみた声らしきものが聞こえた。
ライゼファーの声とは違い、その声の発生源は方向と位置が明確だった。
式典会場の中は魔人の出現により緊迫感でしんと静まり返り、見失ったライゼファーを誰もが目で追いかけていたこともあり、あからさまな音に誰もが反射的にその発生源に注目する。
そこにはライゼファーに背後を取られて後頭部を足蹴にされ、左腕を捩じ切られようとしているイサドナの姿があった。
「僕は目的があってここに来たんだ。邪魔しないでくれないかな?」
子供を優しく諭すような口振りとは裏腹に、イサドナの後頭部を踏み付けたまま、無造作に左腕を引き千切って投げ捨てる。返り血を浴びたライゼファーは無邪気な子供のように嗤った。
「どうなっている!? いつの間に現れた!?」
「全く動きが見えなかったぞ!?」
「俺は隊長のすぐ後ろにいた! なのに見えなかった! い、いつの間に現れたのか分からなかった!」
苦痛の悲鳴を噛み殺すイサドナの代わりに衛兵達が酷く脅えた様子で不安を叫び、恐怖に伝染した魔術師が無差別に術を放ち、イサドナごとライゼファーに攻撃を仕掛けた。
イサドナ一人の犠牲で魔人を一体倒せるなら安い損失だが、恐らく倒せていない。
そんな事よりも弓兵達の斉射で穴だらけにされた筈の傷が服の損傷ごと消えてなくなっていたことの方が気になった。
「正面」
カトリエルがぽつりと呟く。
「――――!!」
どんなに不可解な動きをしていようと何処から来るのか分かっているなら合わせるのは簡単だ。
正面に右腕を突き出し、後方に飛び退きながら精霊盾を束状に二十枚召喚。
確かな手応えを感じ、盾を送還すると其処には右腕を輪切りにされて肩の切断面を抑えて片膝立ちになったライゼファーの姿があった。
――イサドナの返り血が、消えている……?
「器用なことをするじゃないか。いつから僕の能力に気付いたんだい?」
「力があればある分だけ使う。そして、はしゃぐ。獣。そうで無ければ躾のなっていない子供。それがお前の行動原理だ」
なんて分かったようなことを言ってみるが、コイツの能力になど気付いてなどいない。
こいつが勝手に特殊な力を使っていると申告しやがっただけだ。
召喚した精霊盾の実体化が早ければ攻撃を防ぐことが出来、実体化が遅ければ召喚位置に存在する物質を押し退ける形で切断出来る。
結果的にカウンターを発生させることが出来た。
ドワーフの少女リリネットとの戦いを想定した歩法と、戦法がライゼファーに突き刺さる結果となった。
流石に彼女と殺し合うことは二度と無いと思うが。
「参ったな。僕は君に会いに来たんだ。倉澤蒼一郎。まだ戦うつもりは無かったんだけど、そうも言っていられなくなってきたかな?」
思いっ切り殺しにかかってきたくせによく言う。
カトリエルの助言が無ければ、心臓を握り潰されていたところだ。
「そうかよ。俺には名指しでまとわり付かれる覚えは無いんだがな」
「君に会いに来たのは偶然さ。この地に来たのは別件。本命は別にある……って言うか、あったんだけどね」
「あった?」
「この地の地下に魔人が、僕の家族が封印されてるって聞いたから調べに来たのさ。なんかもうとっくに封印が解かれているみたいなんだよね、二十年くらい前かな?」
「何だと!? ソウブルーに魔人が封じられていただと!?」
バーグリフが驚愕を顔に浮かべている。正直、自分も驚いている。
彼の統治で安全地帯だと思われていたソウブルーが核地雷を埋め込まれた超危険地域だったとは。
しかも、その危険分子が魔人だと言うのだから、地元の奴等なら驚きも尚更だろう。
「君たち、何か知らないかなー――って、その態度じゃ何も知らなそうだね。困ったな。手がかりが途絶えちゃったよ」
奴は途方に暮れた様子で肩を竦めて言葉を続ける。
「あの子はあんまり強くないから早めに保護しておきたかったんだけど……。手がかりもないし、今日は興味深い君と話をして帰るとするよ。君に壊された腕も直さないといけないしね」
奴の口振りからすると俺の攻撃で受けた傷はすぐに治せるようなものでは無いらしい。
さっきも魔術師達の一斉攻撃を警戒していたことを考えるとコイツは殺せる生き物だ。
だが、もう一人の魔人はジエネルという町を一人で滅ぼした。
それと比較するとコイツにあるのは距離感を狂わせる発声に出鱈目な腕力、瞬間移動。
驚異だが絶対的でも絶望的でも無い。
――弱い、のか?
そうだ。前評判と比べるとあまりにも弱すぎるのだ。
そこで出てくるのが奴の二つ目の失言だ。
『あの子はあんまり強くないから早めに保護しておきたい』
魔人の中にも力の優劣がある。魔人が全員、揃いも揃って、化け物染みた力を持っているわけではないということだ。
それにこれだけの騒ぎだ。直に増援も駆け付ける。後は数の差で押し潰してしまえば良い。この戦いで、俺達の勝利は決して揺るがない。
「それで? 話ってのは何だ?」
ならば、俺が今やるべきことは戦うことでは無い。
上手く話を運べば、こいつらにとって致命的な情報を引き出すことが出来るかも知れない。
何より、思っていたよりも弱いというだけで、ライゼファーに勝てるという確証は無い。
――何はともあれ時間稼ぎ、だな。
俺にとって優先すべきことは胡桃さんの平穏を乱す恐れのある魔人を皆殺しにすることだ。
だが、それをするのは俺である必要はない。魔人殺しの栄光は他の奴等にくれてやれば良い。
「僕のペットを偵察にやったら、まさかのたった一人の人間に返り討ちって言うんだから驚きじゃないか。みんなは魔人以外の存在はゴミ虫なんて言うけど、僕らはそのゴミ虫に何度遅れを取って、何回封印されたと思う? 全滅したことだって一度や二度じゃないんだ。今回だって僕も復活するのに五百年もかかってさ。せめて毒虫くらいには認識を改めた方が良いと思うんだよね。毒虫の中にも君みたいな、びっくり箱みたいな奴もいるからね」
化け物が一丁前に警戒していやがる。慢心してさっさと殺されてしまえば良いものを。
「で、君だよ。倉澤蒼一郎。現代のびっくり箱代表。君は一体、何者だい?」
「あ?」
ライゼファーの顔から笑みが消え去る。真顔で問いかけるその表情は、警戒心を隠すこと無く露わにしている。
人をゴミ虫呼ばわりして格下に見ておきながら、上位者としての矜持さえもかなぐり捨てて俺を脅威として認めている。
――厄介な手合いだ。
そもそも、俺に脅威扱いされる程の力は無い。
この広間にいる魔術師たちの一斉砲撃で成す術も無く死ぬ程度の普通の人間だ。
「こう見えても僕は魔人だから、君達の常識では測れない程長生きでね。だから何度も出会ったことがあるんだよ。生命の根幹を覆し、運命を切り開く程の加護を神から授かった英雄にね」
戦ったことがある。
殺されたことがある。
封印されたことがある。
「だから分かるんだよ。神の加護の気配がね。僕が見れば、神から授かった加護の大小を量ることが出来る」
「神、ときたか」
馬鹿馬鹿しい話が飛び出した。魔人が神を語るなど滑稽が過ぎて笑いが込み上げてくる。
所詮、神など古代の人間が産み出した空想の産物で、宗教は人が人を支配する理由付けの道具だ。
だが、俺が見ている夢とは言え、魔法や精霊、エルフにドワーフ、ドラコン。空想が形を持って存在している。
神の存在だけを否定するのは些か狭量だろうか。
「それで? 俺にも、その下らない神の寵愛とやらがあるって言うのか?」
何が不思議なのか、ライゼファーは意外そうな顔して首を横に振る。
「違う違う。逆だよ。逆。君からは何も感じられない。この場にいる全ての生命、草木、動物、虫、みぃーんな、大なり小なり神の加護を受けている。それは僕達、魔人だって例外じゃない。例外は君ただ一人」
そして、ライゼファーは目を瞑って仰ぐように身体を反り返らせる。
「こうして目を瞑ると違和感がとても強くなるんだ。君だけが加護の気配を持っていない。そこだけが空洞みたいになっているんだ」
反り返った上体を戻し、赤い眼を不気味に輝かせ「と言うことはだよ?」と言葉を続けた。
「君は突然、不可解で、脈絡の無い事故で今すぐ死んでも不思議じゃないんだ。今こうしている間にもね。神の加護を受けていないっていうのはそういうことだ。なのに、君は僕のペット達を圧倒した。人間よりも遥かに存在規模が大きく、神から最強の獣という加護を与えられているにも関わらず、手も足も出させずに圧倒した。一度ならず二度も。それどころか、魔人である僕に対峙して、腕を斬り落とすなんてことまでやってのけた。これはもう一種のホラー、ペテンだと言っても良いくらいだよ」
――当然だ。
この世界は俺の夢で出来ていて、コイツ等はその世界の住人だ。そして、俺は現実世界の人間だ。
夢の世界の曖昧な存在如きが現実の存在を図ろうとすること自体がおこがましい。
現実世界の人間だからこそ言えることもある。
「いつまで魔人の話など聞いている……っ! 戦えっ! 魔人を殺せ!」
口を開くとイサドナが瓦礫を押し退け、全身から血を流して、崩壊した顔面から叫び声を轟かせて、俺の言葉をかき消す。
奇しくもイサドナの怒鳴り声に俺とライゼファーの舌打ちが重なった。
「折角、興味深い答えを得られそうだったのに……邪魔だよ。羽虫!」
――同感、だな。
心の中で同意していると、ライゼファーが怒りで形相を醜く歪めて腕を振るう。
奴の指先に引き裂かれた空間が陽炎のように歪んで熱波を放つ。
立っているのが困難になる程の凄まじい突風が塵や埃を巻き上げ、縦横無尽に炎を走らせる。
「蒼一郎さん、こっちに」
振り返るとカトリエルが髪やドレスを乱されることなく涼しい顔をして悠然と立っている。
彼女の足元を中心に鈍い光を放つ霧が円形に広がっている。結界のようなものだろうか。
何にせよ彼女の言葉を疑う理由も無い。霧の中に入り込むと風圧と熱波が遮断される。
――このまま高見の見物といきたいところだが……。
ライゼファーの放った炎が床を引き裂き、地を走り抜ける。
その軌道上にある人や物、何もかもが引き裂かれ、バラバラになった人間の残骸を天井に巻き上げてイサドナに襲いかかる。
「精々、増長していろ魔人! 今回も封印してやる……いや、今度こそ殺し尽くしてやる!」
成す術も無く、立ち竦むイサドナの前に咆哮と共にバーグリフが立ち塞がり、剣を振るった。
バーグリフの剣は、紺碧の刀身に文字のような模様が刻まれていて、実戦的と言うにはあまりにも華美で、権力の象徴や、儀式的な意味合いを持つ剣のように見える。
だが、美術品のような意匠の数々はそれぞれが魔術的な効果を持っているのだろう。
あの出鱈目な炎がバーグリフの斬撃によって風圧の奔流諸共引き裂かれ、火の粉を散らして霧散する。
「口の利き方を弁えなよ、人間……!!」
そして、バーグリフの頭上に目を血走らせたライゼファーが現れた。
俺が輪切りにした筈の右腕で巨大な斧を振り落とし、頭蓋から真っ二つにしてイサドナ諸共吹き飛ばす。
真っ二つになったバーグリフとイサドナがボールのように虚空を舞う。
間に割って入ることも、警告を発する間も無くバークリフが殺された。
――マシな戦力は……!?
そう思った矢先の事、金属が皮膚を裂き、骨を断ち、臓腑を突き破る音が聞こえた。
陥没した地面の中心で背中から剣を突き刺され、胸から刃を生やして斧を取りこぼすライゼファーの姿と、それを成したバーグリフの姿があった。
「アアアアアアアアァァァァァァァァベルトォォォォォォォォォォォッ!!」
「御意」
バーグリフの雄叫びのような招集。式典会場にいない筈の人間が、間髪入れずに返答する。
声は聞こえど姿は見せず。その瞬間、一筋の閃光が視界の隅から隅を走り抜けていった。
「っ!?」
気を失ったイサドナを抱きかかえ、剣を振り抜いた姿勢のまま佇むアーベルトさんの後ろ姿。
こぼれ落ちるライゼファーの首を見て、漸く何が起こったのかを理解した。
――衛兵なんてやってないで貴方が龍と魔人の殲滅をやって下さいよ。
「流石は対魔人要塞ソウブルー、相変わらず良い装備を揃えている」
ライゼファーの首が感慨深げな表情を浮かべて言った。
そこは生物として素直に死んでおけよ、お前。
「でも、どんなに舞台を整えても所詮は羽虫だね」
首を斬り落とされたライゼファーの勝ち誇った台詞とともに姿が掻き消える。
そして、バーグリフの背後から五体満足のライゼファーが狂喜に満ちた表情で、死神を思わせる巨大な鎌を振り落とす。
バーグリフは上半身と下半身が泣き別れになる寸前の所で、金属の噛み合う音を立てて剣の腹で斬撃を受け止めた。
ドラゴンを殴り殺す出鱈目な膂力と拮抗していることから察するに、筋力を増強する魔術でも使っているのだろうか。
「ええいっ! 安全な所で見ていないで手を貸してくれ! 龍殺し! 今なら褒美も望むままだぞ!」
一見すると魔人と拮抗しているかのように見えるが、結構いっぱいいっぱいらしい。
アーベルトさんが慌てた様子でフォローに回っている。バーグリフの窮地にかなり切羽詰まっている様子だった。
「自分は普通の人間なのですがね……」
胡桃さんの身の安全のために、二度と復活出来ないように殺してやろうと思ったのは本心からだ。
だが、彼等より身体能力も装備も一段と劣っているというのに何が悲しくて、あんな化け物を相手に真正面から戦ってやらねばならんのだ。
かと言って、何度か言葉を交わしたことのあるアーベルトさんを見殺しにするのも心苦しい。
バーグリフは兎も角、彼を死なせるのは俺の心が許容出来そうにも無い。
――俺の敵、だしな。
人任せに出来るなら一任せてにしてしまいたいが、俺が殺せるなら、俺がそのことごとくを死滅させるのが道理だ。
「参戦する。フォローは頼むよ」
「勝ち筋も見えていないのに仕方のない人」
カトリエルは呆れたような口ぶりで嘆息するが、指先で描いた魔法陣の中から切っ先が二股に別れた短剣を引き抜いて、参戦の意志を示した。
「悪いね。知った顔が死ぬのは気分が悪い」
精霊剣と盾を召喚してバーグリフ達の間に割って入ると、俺の動きを追い払うように奴の大鎌が刃を煌かせ、横薙ぎに閃光の軌跡を描いた。
魔術で肉体を強化されている奴等とは違い、此方にあるのは自前の身体能力だけ。
真正面からぶつかり合っても一合で全身の骨を砕かれるのが関の山だ。
――直撃は死に直結するのは分かっているが……!!
奴の予備動作から攻撃位置を予測し、動体視力と反射神経だけを頼りに攻撃を避け、回避運動の流れに身体を連動させて、奴の頭蓋に斬撃を叩き付ける。
頭部の半ば程まで埋まった剣から手を離し、奴の大鎌を握り締める。
そして、手の中に精霊剣を召喚して大鎌を持ち手ごと砕く。
「此処で介入するのかい? 今日の所は話をするだけで帰ってあげるつもりだったのに本気?」
ライゼファーが意外そうな表情で大鎌の残骸から手を離した。
破壊された大鎌に執着する素振り一つ見せずに、鍔の無い剣を召喚して刺突を繰り出す。
それを受け流すが、摩擦で精霊剣の刀身が焼き切られる。既に再召喚のプロセスは完了済みだ。
奴の伸び切った腕を両腕で掴み、内部に精霊剣を直接召喚して、ずたずたに引き裂き、引きちぎる。
「冗談だと思うか?」
奴の右足の踵が浮かんだ。
――蹴りが、来る!
左足を軸に回転して身を翻し、間合いを広げる。身を屈め、蹴りの軌道から逃れる。
完全に避けたが衝撃が背中を叩く。驚かされるが行動を阻害する程でも無いし、戻りが遅い。
両足と左手の発条を開放し、奴に身体を密着させて精霊盾を内部に叩き込み、その衝撃を利用して飛び退く。
「イレギュラーって言っても所詮は毒虫。相容れない存在ってわけだ」
ライゼファーの身体の至る所が爆ぜ、破壊され、一見すると満身創痍。
だが、どうせ次の瞬間移動でも元通りになるのが見えている。
追い詰めたつもりは無いが、奴も追い詰められているとは思っていないだろう。
「だから敵になるんだろうが、俺とお前は」
「敵ねぇ……。敵かぁ……、君如きが僕の敵になれるのかな?」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ頂点気取りが! テメェら魔人は長い寿命使って負け続けてばかりの無能じゃねぇか!」
突如として轟く巨大なだみ声。
声の大きさに負けないくらいの爆音を轟かす爆炎に、ライゼファーが木っ端みじんに吹き飛んだ。
爆心地一帯がガラス化し、その中心には一振りの剣が突き刺さっていた。
「待たせたなぁ、龍殺しの兄さんよォ! 龍殺しの剣、レーベインベルグ! 届けに来てやったぜィ!」
その出鱈目な投擲を披露したのは鍛冶職人組合の会長、ドワーフのロイドさんだった。
柄尻と柄頭には絡み付く蔦の様なアンバーブラウンの意匠が施され、蔦の中には黒い魔石が六つ。
胡桃さんのレッドダイヤモンドや、カトリエルから貰った指輪の例で言えば、六つの術式が組み込まれているということになる。
柄頭から伸びる二股の刀身は薄く細いが、ライゼファーを粉砕し、地面に突き立てられても尚傷一つ付いていない。
バーグリフの剣と同様に刀身に刻まれた文字が何かしらの効力を持っているのだろう。
こう言うのも何だが、ロイドさんが作ったとは思えない程、繊細で優美な剣だった。
龍殺しの剣――、レーベインベルグを地面から引き抜く。
重過ぎず、軽過ぎず、まるで身体の延長線上にあるかのように手に馴染んだ。
「レーベインベルグ。確かに受け取りました。流石、いい仕事をしていますね」
「当ったりめぇよ! 魔術殺しのスケイルドラゴンの素材を中心に、希少鉱石の数々で作った合金鋼! それをこの俺がふんだんに使って作ったんだぞ! 敗北主義者の魔人なんざ物の数じゃねぇぜ!」
「言ってくれるじゃないか。薄汚い亜人風情が」
ロイドさんの背後に現れたライゼファーが龍の背甲をも砕く拳を、その後頭部に振り落とす。
一撃で彼の鉄兜を砕き、カトリエルの結界が二撃目を食い止める。
「てめぇ! 俺様自慢の兜に何てことしてくれやがる!」
流石はロイドさんと言うべきか、それとも頑丈なドワーフと言うべきか。
鉄兜を砕かれる程の衝撃を受け、頭と鼻から血を吹き出しながらもライゼファーに掴みかかる。
だが、それは流石に不味い。
ロイドさんだって俺にとっては絶対に死んで欲しくない人の一人だ。
「貴様の相手は俺だ!!」
レーベインベルグを構え、ライゼファーに向かって疾走する。
驚く程身体が軽い。まるで世界が、時間の流れが緩やかになったようだ。
奴がロイドさんに攻撃を加えるよりも、俺が距離を詰めて斬撃を叩き込む方が圧倒的に早い。
ロイドさんが投擲した時同様に、爆炎を伴う斬撃で奴を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「後ろ」
カトリエルが呟いた。首を斬り落とすどころか、粉々にしても復活するような奴だ。
この程度で死ぬ筈が無いと思っていたのが幸いした。
彼女が警告した時、自分が思ったのはこうだ。
「だろうなァッ!!」
すぐ様、その場から飛び退いて、体勢を立て直す。
さっきからコイツは攻撃対象の死角からの不意打ちを狙い続けている。
行動の予測と、それを裏付けるカトリエルの声があれば見えていなくても対応は容易い。
「へぇ……お嬢さん。さっきも僕の攻撃を読んでた……いや、見えていたようだね? 毒虫風情が魔人の動きを読むだなんて不遜だよ。随分と不遜じゃないか、お前!」
「そう」
激昂して好戦的な笑みを浮かべるライゼファーだったが、カトリエルは表情を崩さず、いつものように無感情に無関心な態度を貫く。
まるで目の前の魔人を脅威と認識していないような態度だ。いつも通りと言えば、いつも通りだ。
真正面から襲い掛かるライゼファーの姿が掻き消え、カトリエルの背後に現れ、その横っ面に彼女の踵がめり込んだ。
回し蹴りが綺麗に入った格好になる。
「お転婆なところもあるんだな」
それは兎も角、矢張り、彼女にはライゼファーの動きが見えているようだった。
蹴りの反動を使って舞うように反転しながらステップを踏んで俺の隣に立ち、淡々と口を開く。
「勝ち筋が見えたわ」
「その言葉を待っていた。自分はどうすれば良い?」
「私の装備では殺し切れない」
鎖状に繋げられた宝石の数々が彼女の足首に巻かれていた。
恐らく、宝石の一つ一つに効果の異なる魔術が付与されている。
それだけの手札があって尚、決定打に繋がる一撃を叩き込むことは出来なかったということだろう。
「だから私が貴方を勝ち筋に乗せてあげる。ここまで来て逃がすのも勿体ないわ。折角だし始末していきましょう? 貴方ならアレに勝てるわ」
「ああ、任せてくれ」
「大口も其処まで来ると笑えるよ!」
ライゼファーが突進するがカトリエルの結界がその動きを阻む。
「生憎だけれど、これ以上、人形遊びには付き合ってあげられないわね」
彼女の足元から閃光が走り、巨大な光の柱がライゼファーを貫く。
その勢いは留まることを知らず、式典会場の天井に穴を開ける。
天井が崩壊し、雪崩の如く降り注ぐ瓦礫を打ち払い、状況が落ち着くのを見守っていると瓦礫などよりも一際巨大な物体が落ちて来た。
大きな地鳴りと共に湧き上がる埃を剣圧で吹き飛ばし、視界を確保する。
天井から落下して来たのは巨大な……
「なんだこれは?」
それは表面がしっとりと濡れたような感じがする苔生した十メートル程の岩だ。
だが、その巨大な岩には目と鼻と口のような形をした窪みがある。
窪んでいる部分は生々しくグロテスクな肉の色をして、不気味に脈を打っている。
額と思われる部分からは幾つもの触覚が生えていた。触覚の先端にはライゼファーの姿があった。
全身を矢に貫かれたライゼファー。
右腕を失ったライゼファー。
全身に返り血を浴びたライゼファー。
首を失ったライゼファー。
先端に何も無い触覚もある。
「これが魔人ライゼファーよ」
強いて言えば、複数の提灯を持つ、馬鹿でかいチョウチンアンコウとでも言うべきだろうか。
今まで俺達がライゼファーだと思って戦っていたのは人の形をした触覚の先端だった。
回復や復活をしたのでは無く、元から多くの擬態を持っていたに過ぎない。
距離感の分からない喋り方をしていたのも喋っていたのは擬態では無く本体だったからだ。
「へぇ? 僕の正体にいつ気が付いたんだい?」
「さっき、彼が言っていたでしょう? 力があればある分だけ使う。魔人の思考形態は獣と変わらない。相手を侮って思考しない。構成した魔力の結合が甘すぎる。だから、簡単に気付かれる。その程度の擬態なんて擬態の内にも入らない。所詮は人形遊びでしかないわね」
強大な力を持つ魔人も彼女にかかれば、ただの有象無象。
侮蔑を隠すことなく吐き捨て、奴に背を向けた。
「後は貴方に任せるわ。その剣を持つ今の貴方なら、あの魔人を逃がすことも無いでしょう」
「逃げる? この僕が? 逃げるだって?」
「ま、こそこそ隠れて人形遊びが好きな潰れ顔の根暗野郎。その貌じゃ一秒でも早く、人前から逃げ去りたい気持ちも分からんでも無いがな」
「倉澤蒼一郎。あまり僕を怒らせるなよ。興味があるのはその中身だけだ。潰した肉体から魂を引き出して永遠に解体してやっても良いんだよ。ああそうだ、君の肉体と魂を分解して君の身体で僕の新しい擬態にしてやるよ。君の記憶、意志、感情を擬態に移して友人、恋人、家族をその手で殺させてやぶっ……!?」
醜悪極まる奴の口の中に肉薄し、レーベインベルグを撃ち込み、付与された魔術を全て開放する。
爆炎が吹き荒ぶり、奴の肉片が弾け飛び、返り血が顔全体にへばり付く。
レーベインベルグから放たれた焔が自分自身の身体を焦がしていくが知ったことか。
「殺す――――!!」
貫いた肉の中に左腕を埋め込み精霊剣を召喚し内部を破壊する。
破壊され、脆くなった肉の内側にレーベインベルグを再び撃ち込み、爆撃を喰らわせる。
内部に埋まった精霊剣が散弾のように弾け飛び、内部から飛び出した刃が俺の頬を裂いた。
そんな事はどうでも良い。そんな事よりも――
「俺に家族を殺させると言ったか!? 豚如きが思い上がるのも大概にしておけ!! 俺が貴様を殺すと言っている!!」
「毒虫風情が!!」
臭い息を吐き出す巨大な口から、弾丸の如く音速を越えて放たれる触手を斬り捨て、爆ぜ飛ばす。
奴は手足の無い身体を操り、機敏に這って後退し、魔法陣を展開する。
「眷属ッ!!」
魔法陣の中から槍のような角を生やしたドラゴンが突進してくるが、周囲の空間から無数の鎖が現れ、その動きを拘束する。
「甘いと言ったはず。その程度では不意打ちにもならない。それにその人にドラゴンを差し向けるのは悪手でしかな無いわ。ねえ、あなた?」
「やっちまえよ! 龍殺し!」
「期待されたら応えたくなる性分だ……!!」
身動きが取れずにもがくドラゴンの目をレーベインベルグで貫く。爆炎を喚び、爆発の反動で身体を旋回させて、ぐちゃぐちゃに破壊された眼底に左腕を鋭く突き入れ、その脳髄を鷲掴みにする。
激痛にもがくドラゴンがその身を拘束する鎖を引き千切り、天井に向かって弾き飛ばされるが、遅い。
弾き飛ばされる直前、奴の頭蓋に精霊剣を都合、五十は召喚出来た。
頭部の許容量を遥かに越えた異物が現れたことで、頭部の裂け目から、形状を維持出来なくなった脳が溢れ出す。
崩れ落ちる龍の背を足場に、ライゼファー目がけて飛翔する。
「次は貴様だ。二度と復活出来ると思うな!」
予備動作のつもりか奴が身悶えするが、距離を詰めてレーベインベルグで撃ち貫く方が早い。
深々と突き刺さる刀身が、剣を握る手が奴の血に濡れていく。
「此処で殺してやる!」
「クラサワソウイチロウッ!!」
渦巻く焔が猛威を奮い、奴の体内を喰らっていく。
奴が負けじと切り裂く炎を吐き出すが、カトリエルの結界がそれを阻み威力を大幅に軽減する。
斬られた薄皮を焦がす程度にしか効いていない。
――コイツを殺す! 今なら殺せる!
「死ね! 死ねッ!! 死ねェェェェェェェェェェェェェェッ!!」
奴が肉を膨張させ、その身を貫く刃を押し出そうとするが、今の俺はレーベインベルグの力で身体能力が大幅に向上している。
力を込めて押し出されようとする刃を逆に深く押し込み、爆炎の魔術を幾度も発動させる。
爆ぜる焔がついに奴の外殻を吹き飛ばした。孔という孔から焔が吹き荒ぶり、奴の内外を呑み込んでいく。
ありもしない俺の魔力を全てレーベインベルグに注ぎ込み、奴の全てを粉砕する勢いで破壊の焔を開放する。
爆音が轟いた。耳をつんざき、平行感覚が狂う程の轟音だ。鳴ると同時に奴の外殻がめくり上がる。
悍ましい肉片が千切れ、奴の身体が小さく、細切れになっていく。
中から現れる拳程の結晶。多分、あれが奴の心臓だ。
「ふざけた言葉の報いを受けさせてやる……!!」
「ク、クルナ! コッチニクルナアアアアアアアア!?」
そう言われて行かない馬鹿はいない。このうろたえようは、矢張り、奴の弱点だ。
「いい加減に死んでろッ!!」
剣閃を走らせ、奴の核を真っ二つに引き裂く。
両断された結晶は粉々に砕け散り、奴の耳障りな声も途切れた。
「殺ったか……?」
カトリエルが目を瞑り、気配を探るような仕草をする。
バーグリフがこっちに走って来る姿が見えた。
この男、人に手伝えと言っておきながらライゼファーが真の姿を見せてからはずっと傍観していやがった。
アーベルトさんに肩を貸してもらってどうにか立ち上がるイサドナが不機嫌そうな面で自分を睨んでいる。
早々に戦線離脱する羽目になったのを自分に八つ当たりされても困る。
ロイドさんが自慢げに腕を組んで頷いている。
この人がいなければ奴を殺すことは出来なかった。最高の鍛冶職人だ。
そして、カトリエルが安堵したように息を吐く。
「ええ、気配が完全に霧散した。貴方の勝ちよ、蒼一郎さん」
「それは良かった……?」
視界が急に低くなる。前方に投げ出された自分の両足を見て腰を抜かしたのだと知った。
まるで自分が魔人ライゼファーに怯えていたようで情けない。
慌てて立ち上がろうとするが身体の自由が効かない。
どういうわけだか視界も明滅している。
そのまま崩れ落ちた頭はカトリエルの膝の上で抱き止められた。
こちらを覗き込む表情はいつも通りの無表情。妙に安心する。
「無理が過ぎるわよ。私が贈った指環もレーベインベルグも充填された魔力が尽きてる。あなた、途中から自前の魔力で魔術を使っていたのよ?」
「自分にも、魔力があったのか……」
「ええ。ほんの僅かだけれど……、今は魔力不足で衰弱しているだけ。次に目を覚ますときは元通りだから今はお眠りなさい」
そう言って、彼女は自分の瞼に柔らかくて暖かい手を乗せた。
彼女の言う元通りとは俺が現実世界に戻ることを言っているのだろうか?
それとも夢世界の日常が戻ってくることを言っているのだろうか?
どちらかは分からない。
だが、今は死ぬほど疲れた。
それに家族を狙う敵、魔人ライゼファーの抹殺にも成功した。今は彼女の温もりを感じて休みたい。
そして、水の中で漂うような浮遊感の中で微睡む意識を手放した。
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