sub side 01 リディリアは結婚したい
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蒼一郎が冒険者ギルドに出向いてから程無くしてからの事だった。
リディリアが呆気に取られたような表情で口を開いた。
「なんか、凄いですね。トントン拍子に婚約が決まるなんて」
行き遅れという意識があるだけに焦りのようなものを感じずにはいられなかった。
リディリアの名誉のために敢えて言うなら、巡り合わせが無さ過ぎた。その一言に尽きる。
縁に恵まれず、極まれにある廻り合わせが悪過ぎたから十八歳になった今でも独身で恋人イナイ歴年齢という状況に陥っている。
「婚約と言っても貴族避けと私が彼を特別扱いするための口実。お互いの利害が一致したからこその仮初めの関係よ」
「そういうものなんですか? なんか二人とも余裕がありすぎて焦ってるのが馬鹿らしくなっちゃう。けど、のんびりしていられる歳でも無いし……」
「のんびりしていられない?」
リディリアの諦念にカトリエルは不思議そうに首を捻る。
十五歳で結婚し、十六歳で出産。
日々を地道に、真っ当に過ごし、第一子が結婚する頃には一財を築き上げているだろう。
そうして子供夫婦を支えながら孫の面倒を見る。
三十代も半ばになると身体にガタが来るようになり、いよいよ老後生活の始まりだ。
子供夫婦に支えられながら、結婚する孫の晴れ姿を見ることは出来るだろうか。
曾孫をこの手に抱くことは出来るだろうかと、死に対する漠然とした不安が募り出す。
そして、四十代半ばで天寿を全うし、静かに息を引き取る。
カトリエルが知る由も無いが、これが一般的な村民の一生だ。
蒼一郎が三十過ぎまで結婚しなくても良いと言って、彼女が絶句していたのも、こういった事情からきている。
だから、カトリエルは腑に落ちない様子で眉をひそめて尋ねた。
「私より年下に見えるけど何か急ぐ理由でもあるのかしら?」
「もう十八ですよ? もう適齢期ギリギリ……って言うかアウト気味だし……。手に職付けてないから一生叔父のお世話にならなきゃいけないかも……」
そのトーヴァーも三十路を過ぎ、老人と言っても差し支えない年齢で、いつまで世話になれる事か。
寧ろ、世話をせねばならないのに彼女が口にした通り、手に職があるわけでは無いのだ。
仕事を与えてもらうことは出来ても、自分で仕事を生み出すことは出来ない。
はっきり言えば、野垂れ死にコースが刻一刻と近付きつつある。
そこでカトリエルは、漸くリディリアの焦りに気付いた。
「そう。貴女の故郷は結婚適齢期が早いのね」
「え?」
「十八で行き遅れということは十五が適齢期なのかしら?」
「そ、そうです! 両親も叔父もみんな十五で結婚して! なのに同期は親と出稼ぎに行ったまま帰って来ないし! たまに帰って来たと思ったら結婚してるし! 下の子達は十歳になったばかりの子供だし! 私のことなんかを口説きに来るのは借金まみれのエルフと、生傷を自慢に来るバカなオークだけ! 独身、借金、バカの三択だったら独身を選ぶしかないじゃないですか! でも、このままだと私の老後はどうすれば良いのか……」
連弩砲の如く、カトリエルにまくし立てるリディリアの語尾が徐々に小さくなり、肩を落として項垂れる。
だが、彼女が結婚出来なかった理由をもう一度述べよう。
リディリアはこれまでの巡り合わせが悪過ぎただけだ。
まず彼女の故郷、フォーレストはソウブルー地方どころか帝国全土でも屈指のド田舎である。
彼女が語った通り、若者は結婚適齢期を迎える前に両親に連れられ都市部等の発展した土地へと行く。
その方が高額の税金を納める羽目になったとしても、最終的な利益が大きくなるからだ。
その上、子供を学校で教育を受けさせて貴族等の権力者や有力者達とのコネを作ったり、職人に弟子入りさせて財産を作るための技術を磨かせたり、生きる為の力を付けさせることも出来る。
何より縁談等の良縁はフォーレストのような田舎に転がっていないのは、彼女の語った通りだ。
その結果、妻や夫を連れて里帰りする旧友達の姿をリディリアは目の当たりにすることになる。
勿論、リディリアだって何もしていなかったわけじゃない。
早くに両親を流行病で失ったこともあり、蓄えは決して多くは無かったが、一念発起してジエネルという新天地へと進出したのである。
しかし、恋人が出来るよりも先にジエネルは魔人に滅ぼされた。
これではまるで結婚せずに野垂れ死ねと運命が言っているみたいではないか。
恐らく、八雷神の一柱に運命を弄ばれている。リディリアはそう思わずにはいられなかった。
とは言え、これは価値観が数世代前でストップしているド田舎に住む人々の理屈であって、ソウブルー等の都市部の人々とは大きく事情が異なる。
「まず余程の事情が無い限り、十五で結婚するなんてソウブルーでは滅多に聞かない話ね」
貴族の当主が早死にした際、一族の力の低下を防ぐための婚姻による関係強化が早期結婚の代表例である。
後は現実世界で言うところの『できちゃった婚』くらいのものだ。それでも十五は早い。
「え? そうなんですか?」
「都市と地方では寿命の差が段違いだもの。結婚と出産に慌てる必要が無いわ」
都市の平均寿命は八十歳。カトリエルにしてみれば三十代半ばで身体にガタがきて、老人扱いされる田舎の環境が異常過ぎるのだ。
尤も、リディリアが思い込んでいる地方民の平均寿命四十五歳というのも随分古い情報で、フォーレストの平均寿命も今は六十五歳まで伸びている。
若い世代が都市へと出て行き、ドーナツ化現象著しいフォーレストの情報は古いまま更新されず、人生四十五年という旧い価値観が根付いている。
冷静に考えれば四十五歳を過ぎてもピンピンしている年寄りが増えていることに気付くはずだ。
しかし、年増だの行き遅れだのと老人達に蔑まれていく内に焦りだけを募らせるばかりで、周りを落ち着いて見る余裕が無かった。
「ソウブルーだと二十~二十五歳が適齢期。二十六を過ぎると流石に焦った方が良いと思うけれど……。貴女、外で『私は十八歳の嫁ぎ遅れです』なんて口走って御覧なさい? ソウブルー中の独身女性全員を敵に回すことになるわよ?」
事実、外にはリディリアよりも遥かに切羽詰まった女性が数多くいる。
彼女が外で行き遅れを自称しようものならソウブルーで戦争が勃発しかねない。
「そうは言われても……」
「いきなり自分の価値観と違うことを言われても納得し難いかも知れないけれど、そういう物だと理解しておきなさい。ソウブルーは人口も多いし、貴女なら引く手数多なのは間違いないでしょ。焦ること無いわよ」
「はあ……」
本人にその気が無いのは分かっているが、カトリエルに言われても皮肉にしか感じられなかった。
まるで人形のような現実離れした儚さと、芸術性を兼ね備えた美貌を持ち、王族や貴族にも影響を持つ程の錬金術師という才媛だ。
確実に玉の輿に乗るタイプで、彼女の場合は結婚が出来ないのでは無く、しないだけで、やろうと思ったらいつでも出来るであろうことは同じ女のリディリアの目から見ても明らかだった。
だから『この人の感覚で言われてもね……』と思わずにはいられなかった。
実の所、カトリエルの言ったことは事実なのだが、リディリアにはそれを信じるなど到底出来ることでは無かった。
何せ、生まれてから一度として真面な異性にモテたことが無い。異性とのロマンスなど一度として経験したことが無い。
だから、分からないのだ。
カールがかった艶めかしいセミロングのブルネット。
筋の通った高い鼻に、大きな黒目、健康的な色香を感じる唇。
それらのパーツが左右が均一に整った小顔で、典型的な美人顔をしている。
その上、軽く日焼けした肌も常人なら健康的な印象を感じさせるが、彼女に限って言えば、それが寧ろエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
出会いが無さ過ぎてモテたことが無い上に、カトリエルという現実離れした美女を前にしているせいで、リディリアは自覚を持てていないだけなのだ。
何処にでもいるような極普通の田舎娘と思っているようだが、リディリアのような女のことを世間一般では美女と呼ぶ。
そんな彼女がソウブルーの大通りで『普通の顔をした行き遅れの年増』を自称しようものなら、戦争法無視の大虐殺が勃発する。法廷に立ったとて、弁護人、検察官、陪審員、裁判官、満場一致で自業自得だと斬り捨てる。
「だけど……やっぱり早く結婚したいし、焦りますよぉ……」
「だったら蒼一郎さんにお願いしてみるのはどうかしら?」
「はいっ!?」
カトリエルの発言にリディリアの心臓が跳ね上がった。
「多分、彼、二十代半ばくらいでしょう? 貴女、指輪をもらって喜んでいたでしょう? 満更でも無いんじゃないかしら」
蒼一郎がいないせいか、それとも此方に興味が無いせいか胡桃はソファの上で身体を丸めて眠りについている。
聞いてみたいことは多々あったが、無理に起こすことも無いと胡桃に質問するのは諦めた。
「いや、それは……まあ……、今まで見て来た男性の中では群を抜いて一番まともですけど……」
何せ、『大量の借金を抱えているが愛があれば大丈夫。だから、この苦労を一緒に抱えて行こう』などと、何が大丈夫なのか、さっぱり意味不明な口説き文句を得意気な顔をして言い放つようなバカなエルフ。
食事中にも関わらず、鍵のかかった扉をこじ開け、床に返り血を滴らせて『見ろ! この傷は熊に付けられたものだ! だが、俺は恐れること無く立ち向かい討ち取ってやったぞ!』と熊の生首を持ち上げて勝ち誇るオーク。
これが、これまで彼女の近くにいた男だ。
しかも、本人の意思など一切気にせず、どちらがリディリアを娶るに相応しいか衝突することも度々あり、恋のライバルなどと言い合っているのだから始末に負えない。
それに引き換え、蒼一郎は高身長、整った顔立ち、スタイル良し、家族の窮地には例えドラゴンにも立ち向かう勇敢さ、それを奢らない物腰の柔らかさ、更に指輪を女性に贈る際のスマートさ、あのエルフとオークなどとは比較にもならない。
「カトリエルさんだったら、どう思いますか?」
結論を避け、照れ隠し半分に聞いてみる。
残り半分はソウブルーという大都市に住む美人錬金術師がどう評価するのか興味があった。
「そうね……」
良いにせよ悪いにせよ、一言でばっさりと言い放つと思ったのとは裏腹にカトリエルは真剣な様子で考え込む。
「まだ知り合ったばかりだから何とも言えないけれど……」
「けれど……?」
「胡桃ちゃんへの態度を見る限り、家族想いで子煩悩な父親になりそうね。家庭的な面は合格。王族や貴族にも通用する礼儀作法がある。対外的な部分でも頼りにしても良いという事よね。しかも、一人でドラゴンと戦えるだけの力があるから、戦争に巻き込まれても未亡人になる心配も無し。私の場合だと目的が一致しているから、結婚を理由に錬金術や研究を邪魔されたり、辞めさせられることも無い。経済的な部分は私がどうにかするから良いけど、龍殺しなら稼ぎ口に困ることは無いし、こっちも問題無いわね。驕った様子も無いし……、困ったわね……」
「困ったって……何がです?」
「彼に求婚されたら、普通に応じるわ。だって断る理由が無いもの」
相変わらずの無表情。涼しい顔をしたまま彼女はそう言った。
だが、リディリアは気付いた。決してカトリエルは心まで人形の無感情な人間では無いということに。
そうで無ければ態々『困った』などという予防線を張るような前置きの仕方をする必要が無い。
恐らく、仮初めのつもりで始めた婚約が、仮初めで無くなりそうだということを自覚したのだろうと考えた。
この超然とした美女が表面上では平静を保ちつつ、内心に照れと焦りが生まれつつある。
リディリアは、その意外性を好ましく、また楽しく思った。
しかし、リディリアには無表情どころか、ポーカーフェイスを気取ることすら出来ない素直な女だ。
何故無言でニヤついているのか、一目で看破出来る程に。
だから、カトリエルは無表情のまま反撃を繰り出す。
「仮初めの婚約者でいるつもりだったけど、貴女のお蔭で彼のこと本気になれそうよ」
「え?」
「蒼一郎さんを取ってしまってごめんなさいね」
「ええっ!?」
「まあ、叙勲後は貴族に近い扱いになるでしょうし、二人や三人くらい増えても、別に構わないのだけれど」
「え、え、ええっ!?」
「彼のこと嫌いでは無いのでしょう?」
「それは! ……そうですけど……え、でも……えーっ!?」
「結婚はしたいのでしょう?」
「それはそうですけど……でも……あー……」
一々、涼しい顔でリディリアを後押ししつつ、追い詰めるカトリエル。
そもそも、彼女達の話題は蒼一郎が結婚相手として良いか悪いかという話であって、するかしないかは、また別の話である。
それにも関わらず、蒼一郎以外に選択肢が無いような言い回しで迫られ、リディリアは思考をドツボにハマらせていく。
「流石に趣味が悪過ぎたわね」
「え?」
まさか其処まで結婚のことを悩んでいるとは思わず、本気で苦悩するリディリアの様子を見ていられなくなり、先にカトリエルが降伏を宣言する。
「彼、三十五歳まで結婚はしないって言っていたし、そんな人を結婚相手に選ぼうなんて思わないわよ? あくまで私が二十五歳になるまでに求婚されたら断る理由が無いから応じるというだけ」
「あ……」
リディリアも言われてから気が付いた。
蒼一郎を結婚相手に選べない一番の理由――、
地域制によるものか、それとも性格的なものなのか、何にせよ本人に結婚する気が全くない。
蒼一郎と結婚するために十年待つか、それとも一年でも早く結婚出来るように手を尽くすか。
はっきり言えば、知り合って十日にも満たない男にそこまでする理由が無い。
「ま、お互いに良い相手が見つかると良いわね」
「はい……って言うか、私の結婚っていう問題が全然解決してません!」
「ごめんなさいね。錬金術で若さを保つことや寿命を延ばすことは出来ても結婚相手を作ることは出来ないの」
リディリアの婚活はまだまだ始まったばかりである。
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