2 さぼっちまえよ
それは心底そう思っている声色だった。おかしそうに笑ってはいるが、目は笑ってはいない。その顔色も、小さな不安の色に侵されていた。
空夜は久々に会った友人に何かあったのだと感づいて、声をひそめた。
「どうした? こんなとこにいるなんて、何かあったんだろう?」
「さぁね」
まったく憎らしいくらいに笑い続けて、それから彼はことなげに尋ねた。
「もう、上がりの時間じゃないのか?」
「そうだけど……そんなこと、何で知ってるんだ?」
「リンに聞いた」
この繁華街を根城にしている女情報屋だ。
空夜は息をついた。
「次の時間の奴が来ない。もう一時間になるかな」
「さぼっちまえよ」
それはある意味誘惑的な言葉だった。貧弱な食糧と引き替えにいくつもの交易屋をはしごして、昨日は結局大量に砂糖を売りさばき、その交渉のために眠っていない。
しかし、ここで仕事を放棄したら、次の時間に来る男から時間外労働料をふんだくれなくなってしまう。ここまで残ったのだから、それなりに取るべきものは取っておきたかった。
「だめ。いつもだと、あと三十分もすれば来る。それまではやってく」
「仕事熱心なんだな」
「金が欲しいだけ」
「そりゃあそうだ」
秋比古はそこで大きくうなづくと、
「この後、時間あるか?」
自然に聞こえるように本人は努力したらしいが、それは本当に不自然な声だった。
目に悪いネオンの瞬き、不格好な音楽、崩れかけた小さな娼館。
この時間、沈黙しているのは多分この街でここだけだったろう。他は宇宙からでも見られるという光と音の洪水だ。
「……ある」
眠さが襲っていることを隠して、空夜は言った。久々の友人の登場に、少しばかりの疲労は晴れてしまった。
「話したいことがある。お前の部屋に行ってもいいか?」