18 聖餐に近く
日に照り返すクレア・エバが東の空に浮かび上がる頃になって、空夜と秋比古は目を覚ました。
窓の外から入り込む昼の太陽の欠けらが、古びた室内を照らした。それは眩しく透明で、床の板の目地までもを浮き上がらせる。
雲はときどき途切れながら、天上に封印したはずの太陽の光をもったいぶるように降らせる。空気に閉じ込められた匂いが、甘酸っぱいものを口の中に含ませて、夜に降るであろう雨を予感させた。
室内には香ばしい匂いが漂っていた。
それに触発されて空夜が目を覚ますと、台所に桐珂の後ろ姿があった。
彼女は目が見えない。しかし、生活にはまったく支障がない。それは彼女のもっている力のためだ。
桐珂は緩慢な動作で鍋をかき混ぜ、オーブンに入った香ばしい何かの様子を確かめていた。彼女のその後ろ姿は平和そのもので、かつて戦局を左右すると言われたクレッフェの部隊の人間であったことなど微塵も感じさせない。やせ細った体は、それでも出会った当時に比べればまだふっくらとしたほうで、調理をしている小さな鍋も大きく見えるほどだった。
空夜が目を覚ましてベッドから顔を上げると、桐珂はすぐにそれに気付いてふり返った。
「空夜?」
「うん。起きたよ」
彼女はにっこりと微笑んだ。空夜も見えない彼女にそれを返す。
隣で秋比古も目を覚まし、寝ぼけている彼をつついて洗面所で顔を洗い、二人で食卓を整えた。
普段はあり得ないチキンが主流の煮込み料理で、多分、桐珂は秋比古歓迎のために奮発したのだろう、と空夜は考えた。
「よく眠れたかしら?」
席に着きながら、桐珂が尋ねた。
早速食べようとしていた秋比古は、その質問に姿勢を正した。
「ありがとう。よく眠れました」
桐珂には見えないのに、彼女に向かってにっこりと微笑み返した。