17 子どもの眼 獣の愛
和知は頭を下げたまま、無表情に言葉を待った。
「ゲーリング公がいらっしゃっているわ。彼のお相手を」
「承知致しました」
和知の主人はその素早い答えににっこりと微笑むと、
「和知は本当に頭がいいわ。私あなたが大好きよ」
「ありがとうございます」
しかし、それは獣を愛するのと同じ感情。
そして和知の言葉も、呻き声と同じ言葉。
彼女は近付いてきて手をのべると、和知の頬にそれを滑らせて撫でた。『黒い髪』の人間にしては白い色の和知の肌の上を、それはなめるように滑る。
和知の体の中心が不快感に身震いする。しかし、表層部分は飽くまで冷静だ。毛の筋ほどの不快感さえ顔に表れてはいない。それはここに来てから覚えた処世術。
彼女はうっとりと和知の顔を眺めると、
「行きなさい、かわいい子」
和知は一度ひざを折ると、彼女の脇を過ぎ、月の見えない見せかけの空のある部屋に入っていった。
空は青く、風は白く、見せかけの自己完結した世界へ。
宇宙の黒さなど知らないふりのできる世界へ。
そこは、楽園と呼ばれる地、ユーリ・エバ。