16 月をみる
和知は月を見あげた。
地球で見るよりも格段に大きい。それがとても好きだった。
地球とは違い、ここには昼がない。地面が熱せられる時間はあっても、大気がないために空は青くならない。黒いままの空間が無限に広がっているのが分かる。
地球は自己完結している、と考える。
宇宙の広さも、その奥の深さも、大気があればこその盲目のまま過ぎることになってしまった。だが、大気がなければ生きてこられなかったこともまた確かだ。
ここはどうだろう。宇宙を客観視できるような場所だろうか。
いや、ここもまた人間だけが満足できる自己完結の場だ。ユートピア、宇宙の楽園、最後の中立地帯、いろいろな呼称はあるけれど、そのどれもが人間の自己満足から付けたものだ。
和知は少しだけそんな感傷に浸った。
戦争は終わった。もう二年も前に。
だが、和知にとっての戦争は毎日生きることだった。今日まで、そして明日も。
「和知」
後ろから声がかかる。
感傷をいっきに捨てるのは得意だ。そうやって、真ん中の部分と表層を分けることでこれまでどのようにでも生きのびてきた。
和知はふり返って、そうして頭を下げた。
「はい、ここにおります」
後ろにいた彼女は高慢にそれを見下ろした。それからにっこりと笑った。
「何を見ていたの?」
「月を」
すかさず和知は答えた。
無駄なことは話さない。感情もこめない。それが、和知が彼女に気にいられている理由なのだということを知っていた。
まるで機械のように、それが彼女の望んでいる奴隷の姿だった。楽園に、しかし確かに存在する奴隷の影。
彼女はユーリ・エバに奴隷が存在するなどということに気付いてはいないだろう。楽園の人間にとって、奴隷はすなわち人間ではない。人間ではないものを差別したところで、それは当然のことなのだ。その観念には不自然な影は何もない。