窮地
キリエスの追手は、すぐに現れました。
「そこをどけ!」
どけと言われて、どく馬鹿はいません。
僕は剣を構えました。
「ネイロ様、どうしましょう。」
「そいつは俺が始末しよう。お前たちは、オベリンたちを追え。やつさえ片付ければ、この戦は終わりだ。」
どうやら、先ほど矢を放ってきたのは、このネイロという者みたいですね。
その手には弓を携えています。
「承知しました。皆の者、行くぞ!」
僕の側を騎馬隊が駆け抜けて行きます。
しかし――。
ぐわぁ!
僕が、「はい、どうぞ」と、簡単に通す訳がありません。
僕の横を通っていった者は、全て斬る。
「なかなか、やるではないか――ん?その剣は、まさか――そうか、ブラックエッジとは貴様だったか。まさか、まだ生きていようとはな。おい、増援を寄越すよう伝えろ。」
ネイロの指示で、キリエス兵は本陣へと戻りました。
ここから本陣までは、ほんの僅か。
恐らく一人では押さえきれない程の軍勢がやってくるでしょう。
その前に片付けなければ、なりませんね。
「超音速」
僕は目にも止まらぬ早さでキリエス兵を斬っていきました。
しかし――。
「俺が相手しよう。」
立ちはだかったのは、ネイロです。
他のキリエス兵は、もうあと二、三人でしたけど、残念ですね。
とりあえず、このネイロを倒さなくては、どうしようもなさそうです。
「ブレイクソード!」
ネイロは自分の剣に魔法をかけました。
一見、変わりはなさそうですが……。
「死ね!」
ネイロの剣を僕は、すっと避けました。
スピードは、さほどないようです。
バギッ!
なんと、僕が避けたネイロの攻撃は大木に当り、その大木は一瞬にして砕け散ったではありませんか。
あんなものが、ヒットしたら僕は粉々ですね。
「どうだ、我が剣の威力は。道を譲れば命だけは助けてやらんこともないぞ。」
ずいぶん舐められていますね。
確かに威力はありますが、当たらなければ意味はありませんよ。
僕は、ネイロへ向かって突っこみました。
そして、一気に間合いを詰めていきます。
「な、なに!?」
ネイロは焦りを見せました。
あれだけの威力を見せつけたのにも関わらず、真っ直ぐに向かって来る僕に恐れを抱いた筈です。
ですが、もう遅いです。
「隼」
僕の高速の突きからは逃れられませんよ。
「ぐわっ!」
あれ?
完全に急所を捉えたと思ったのですが、僅かに外れてしまいました。
やはり、戦いの勘は完全には戻っていないようです。
昔なら、完璧に終わっていましたよ……本当に。
でも、まあ勝負はありました。
これで、追手の足止めは完了ですかね。
しかし、そう思っていた僕の読みは外れてしまいます。
「ずいぶんと派手に暴れてくれたな、ブラックエッジよ。」
増援が到着した模様です。
しかも、先頭の男に見覚えありです。
「こ、これはホルダー元帥様。貴方様が直々に来られなくても。ホルダー様には、軍の指揮に専念して頂かなければ困ります。」
どうやら、ここのキリエス兵を束ねているのは、この男の様ですね。
つまりアイスは、やはりここには居ないと考えて良さそうです。
「それは分かっておる。それより懐かしい顔があったのでな、ついつい足を運んでしまったのだ。」
「お久しぶりですね、ホルダーさん。」
「ああ、そうだな。だが残念なことに、お前の腕は相当落ちたように見受けられるが。」
厄介な人が出てきました。
ホルダーとは昔、よく戦いました。
彼はキリエスの兵士でしたから、ことあるごとに剣を交えました。
その当時からホルダーは剣豪として名を馳せていました。
なにせ、全盛期の僕が唯一、一度も勝てなかった因縁の相手なのです。
「ブラックエッジ、大人しく投降すれば、お前の罪も少しは軽くしてやるぞ。」
「嬉しいご提案ですが、どうあがいても縛り首でしょ。だったら僕は、戦いますよ。」
「ふん、調子に乗るな。今のお前では絶対に私には勝てん。それくらい、お前も分かっているだろう。」
確かに勝てないでしょう。
だけど僕にだって意地があります。
ホルダーは無理でも、彼の背後にいる、およそ百人程の兵士を殺れるだけ殺ってやりますよ。
だけど、隙あらば逃走しちゃいますけどね。
「まあ、お前がそう言うのならば望み通りにしてやろう。」
ホルダーは、ゆっくりと剣を抜きました。
すると、後ろの兵たちも一斉に身構えました。
そんな緊張感漂う、一瞬の静寂が訪れた時でした。
突然、ガサガサと何かが草を掻き分けるような音がしました。
もちろん、誰もがその音のする方へと視線を送りました。
野生の動物でしょうか?
そして、それはすぐに姿を現しました。
「熊だ……いや、人間か。」
キリエス兵は驚いた後、安堵した様に言いました。
しかし、ホルダーだけはずっと冷静でした。
「何者か知らんが。関係のない者なら、すぐ立ち去れ。さもなくば命を落とすことになるぞ。」
僕は何ともいいようのない感情で彼を見ていました。
よく知った顔が突然、草むらから出てきたのですから、どういう感情を持ったらよいのか、分からなかったからです。
「失敬失敬。私は通りすがりの者だ。邪魔をした。じゃあ。」
彼は――レジェスでした。
どうして彼がこんな所にいるのかは知りませんが、見捨てていこうとするのは、あんまりです。
「ち、ちょっと、レジェス君?何帰ろうとしているんですか。」
「……冗談だ。」
いや、今のは冗談に聞こえません。
「しかし、たかがこれくらいの兵に苦戦するとは――。」
「危ない!」
「のうのうとお喋りしているところ悪いが、倒させてもらうぞ!」
ホルダーは隙だらけのレジェスに不意をついて斬りつけました。
「――だらしないぞ、師匠よ。」
ホルダーの刃が、まさにレジェスを直撃しようとした、その時でした。
ブン!と、ホルダーの剣が空を斬りました。
「な、なに!?消えた、だと。」
「――剣技、鴉!」
僕は、ただただその美しい太刀さばきを見つめていました。
本当に鴉が羽ばたいているような、華麗でもあり恐ろしくもありました。
鴉は、ぎりぎりまで相手の攻撃を引き付けてから、体を半回転させ敵の攻撃をかわし、そのままの勢いで敵を斬る。
その一連の動作には全く無駄がなく、まさに流れるようなしなやかさが必要になります。
相手からすれば、攻撃が決まったと思った瞬間に避けるので、消えた様に見えるのでしょうね。
「ホ、ホルダー様が敗れた!」
キリエス兵たちは、どよめきました。
これはチャンスです。
これを機に退いてくれれば助かるのですが……。
「おのれ!この二人は必ず討ち取るぞ。絶対に逃がすな!」
やっぱり簡単には逃がしてもらえそうも、ないようです。




