a returnee
僕たちの元へ入った火急の知らせは、和んでいたムードを壊し、張り詰めた緊張の糸を再び結びました。
「キリエスが動いたという知らせが入った。挙兵し、大軍を動かしたということだ。」
「進軍先はフェイトフル・リアルムね。」
おそらくは、シエルさんの言った通りでしょう。
ですが、何か引っ掛かります。
「それが、キリエスの軍勢は大きく二つに別れて進軍しているらしい。一つはフェイトフル・リアルムだ。そしてもう一つは、フード平原に大軍勢が陣を張っているみたいだ。」
フード平原?
ということは、ソルディウスを警戒して、国境付近のフード平原へと軍を進めたといったことでしょう。
「おそらく、そのどちらかにアイスはいるだろう。」
それは、確かでしょう。
可能性だけで考えるなら、フェイトフル・リアルム側になると思います。
アイスは一応は隣国のザラスの統治者ですからね。
しかし、フード平原というのは解せません。
キリエスやザラスがフェイトフル・リアルムに進軍すれば、ソルディウスは必ず兵を挙げます。
それなのに、わざわざフード平原で待ち構えたりするでしょうか?
あそこで、先に陣を敷いてしまったら地理的に、戦いでは不利になると思われます。
それに、ソルディウスからフェイトフル・リアルムへ行くには、何もフード平原に出なくとも、道は他にもあります。
いや、むしろフード平原を通ってフェイトフル・リアルムを目指す方が遠回りになります。
何かしらの罠と見た方が懸命ですね。
「私の口からこんなことを言うのは実に申し訳ないが、アイスを止めてくれるのは君たちしかいない。」
「なによ水くさい。父親の尻拭いをするのは、娘として当然よ。まあ、任しといてよ。」
どのみち、僕ら人間は彼を倒さなくてはなりません。
面倒なことではありますが、サーシャ様がやるなら僕もやるしかありませんからね。
「人間界へは、このフォックスが同行する。頼んだぞ。」
「はい。アイスの件については明らかにフルガイアの不始末ですから、私も共に戦います、サーシャ様。」
フォックスが味方についてくれるのは、心強いです。
彼とは一度戦っているだけに、その強さを知っています。頼もしいですね。
僕たちは、フルガイアをゆっくり観光することもなく、すぐに人間界へ戻ることになりました。
「サーシャよ……何というか……私はもう人間界へは、行けない。それで――。」
「分かってるわよ。たまには帰ってきてあげるわ。」
サーシャ様の言葉にディミトリさんは、会心の笑みを浮かべました。
「私は何も出来ないが、最後に幾つかプレゼントをしよう。」
おお、お土産でも頂けるのでしょうか。
フルガイアの名物なんかいいですね。
人間界では高値で売れるかもしれません。
「まずは、サーシャ。剣を貸してごらん。」
ディミトリさんは、サーシャ様のスパロウティアズを手に取り、
何やら始めました。
「スパロウティアズは、どうだい?」
「ええ、使い易いわ。何だかすごくフィットしてくれている感じ。」
「そうか――これでよし。少し私の魔力を剣に追加しといた。」
スパロウティアズを手にしたサーシャ様は、その変化にすぐに気付きました。
「こ、これは。手に持っただけで力が溢れてくるようだわ。凄い――ありがとう、お父さん。」
ディミトリさんは満足そうに大きく頷きました。
「それともう一つ。レジェス君、こっちへ。」
僕へのプレゼントではありませんでした。
しかし、何故にレジェスにでしょうか?
サーシャ様の面倒を見てきたのは僕ですよ。
そういう気遣いがなっていませんね、ディミトリさんは。
「『私に?何かくれるのか?』と、申しております。」
「ああ。この間から気になっていたんだ。少し目を閉じてくれないか。」
「『目を?へ、変なことはしないだろうな。』と、申しております。」
「ハハハ。心配するな。すぐに終わる。」
レジェスは緊張した面持ちで、そっと目を閉じました。
その仕草は、まるで乙女ですね。
ディミトリさんは、レジェスの咽あたりに、手を添えました。
「もういいよ。声を出してごらん。」
「……あ……ああ……あああ……うお!声が出る!うおおおぉおお!」
う、うるさいです。
「もしかしたら一時的に回復しているだけで、また声が出なくなる可能性もあるが、とりあえずはオッケーだな。」
「それはあり得ますね。レジェス様は年に一度ほど声が出せていましたから。」
なるほど。だからジャクリンさんはレジェスの声を聞いても、さほど驚いた様子はなかったのですね。
「久しぶりの我が声だ、存分に聞いておくのだ皆の者よ。ん?貴様はピート!おのれ、よくも私に変な名前をつけおって!」
「い、いや、今さら!?君はもう一発、僕のことを殴ったでしょう。」
「一発では気が済まん。あと百発は殴らせてもらう。」
声が出せるようになったレジェスの、ターゲットになった僕は不運としか言いようがありませんね。
「ハハハ。楽しそうでいいな。私も、このキリエスをそんな風にしたかった。仲間同士で毎日、宴のような日々を送りたかった。」
いや、全然楽しくないですから。
勘違いも甚だしいですよ、ディミトリさん。
「ディミトリ様、そろそろ。」
「そうだね。それじゃあ人間の諸君よ、また会おう。」
こうして、僕たちは人間界へと戻りました。
そして、ここから怒涛の戦いの幕が開くことを、僕たちはまだ知る由もありませんでした。




