ブレイズの姫
マゼイル山脈を越えた西側には大国ブレイズが待ち構えていました。
ちなみに、マゼイル山脈を越えるために要した日数は、三日間でした。正直、よく越えれたなと思います。
頂上付近なんて極寒の地でしたし、猛烈な吹雪にも襲われました。魔法使いが居てくれたお陰で山越えを果たすことができましたが、皆さんはくれぐれもマゼイル山脈を越えようとは思わない様にしてください。
確実に遭難してしまいますから。
アトラスからの海路での行来きを、お薦めします。
ともあれ、僕たちは無事にブレイズへと辿り着くことができました。
ここはブレイズ国の王都トレス・トライアルです。
しかしまあ、何という賑わい振りでしょうか。
街には物や人が溢れかえっています。
これまで旅してきたレト大陸の国々とは、まるで違います。
洗練された街、とでも申しますか。とにかく美しい街並みであり、人々の熱気が凄まじい。
僕たち一行は、街を通り抜けブレイズ城へと招かれました。
いよいよ姫君との対面です。
鼓動が、どんどん早くなります。
「では、これから姫様の元へ案内するんじゃもん。くれぐれも粗相のないように。」
タイゾウの後を歩いていくと、目の前に豪華絢爛な扉が見えてきました。その扉は全てが黄金色に輝いています。
若干、趣味が悪い気がします。
でも、この奥に麗しの姫様が待っていると思えば、その扉も美しく輝いて見えます。
重々しい扉が開かれ中に入ると、更に驚かされます。
なんと、部屋のあちらこちらに金が施されているでは、ありませんか。家具なんかも金細工が散りばめられていますね。
目が眩みそうです。
「相変わらず悪趣味ね、カモミール。」
「貴女はいつまで経っても美しいままね、シエル。」
姫様の声に夢と希望を乗せて、彼女を拝見しました……違う。
何か僕が予想していたのと違う。
僕の姫様像が音を立てて崩れ去りました。
姫様は、ずいぶんとふくよかな体型をしておられます。
顔も品があるようには到底思えない。
それに……いや、もうよしましょう。これ以上傷つきたくないので。
「姫様。タイゾウ、只今戻りました。」
「ご苦労様。それで収穫は?」
タイゾウは、マゼイル山脈での出来事を詳細に報告しました。
「――これが本物のパープルアイズ。素敵だわ。」
カモミール姫はサーシャ様を――いえ、サーシャ様の瞳を食い入るように見つめました。
「サーシャ、だったかしら。貴女は自分の出生の場所を覚えていないそうね。」
「ええ。ですから、魔界について教えてもらえませんか。」
カモミール姫は、一冊の本を取り出し開きました。
「魔界は三つに分かれているという話しはタイゾウから、聞いたわね。」
僕らは、一斉に頷きました。
「それを簡単に説明すると。山、大地、谷底、という風に例えれるわ。まず、山は低級な魔物が住む地域。こちらによく現れるタイプの、いかにも魔物という奴ね。通称テルミナ。次に大地。ここをフルガイアと呼んでいるわ。そこに住む魔物は人間とさほど変わらない姿をしているの。ただ、人間と大きく違うのは、ここに住む者は大なり小なり何らかの変化できるってこと。おそらくサーシャでいえば、その目の色ね。」
なるほど。そう考えると、シグレ島に現れたフォックスがまさにそうでしたね。ということは、サーシャ様は瞳の色が変わるだけで化け物には変化しないということになるのでしょうか。それはそれで、ちょっと残念です。
「それでは谷底は、どうなるんです?」
ローラスも興味津々で訊ねました。
「あら、貴方いい男ね。私の夫にでもなる。」
「いいえ結構です。それよりも続きを。」
なかなか大胆な男ですね、ローラスは。
少し見直しましたよ。
「あら残念。まあいいわ。谷底は通称パンドラと呼ばれているわ。ここは謎だらけ。フルガイアの者ですら簡単には近づけないという話しよ。これは、まあ私の推理に過ぎないけど、それこそ神がいるのではないかと、考えているわ。」
これは予想外な答えです。
しかし否定する材料なんて何もないですから、一概に否定することは出来ません。というより、面白い解釈です。
「神様が魔界になんて、ありません。」
ローラスは信心深い男のようですね。
「まあ、パンドラに関しては何も分かっていないのが実情よ。それよりもサーシャの記憶がないのは残念ね。もしも、フルガイアで産まれたのであれば、この世界にどうやって来たかはっきりするかもしれないのにね。」
「魔法の穴が通り道では、ないの?」
僕もサーシャ様と同意見です。というより、そうとしか考えようがないのではないでしょうか。
「デーモンズホールのことね。確かに、その説が一番有力だわ。でも確証はない。それに、どこに有るのかも謎よ。もしかしたら存在自体が虚構なのかも。」
僕らは一斉にシエルさんを見ました。
すると、シエルさんも察したように、カモミール姫へ自身の説を唱えました。
「なんですって!デーモンズホールがキリエスのグラス城の下にある!?」
しかし、そんな大事な話しを何気に簡単に広めていってもよいのか?と、だんだん不安に陥っていきそうです。
「確かにデーモンズホールがレト大陸に存在するのは昔から誰もが知っていること。キリエス……あり得るわね。」
カモミール姫は、しばらく考えている様子でした。
そして、突拍子もないことを言い出しました。
「よし、決めたわ!ブレイズがキリエスを滅ぼしてくれるわ。タイゾウ、急ぎ兵を集めなさい。私はお父様に直談判してくるわ。」
何と!この姫様は戦争をおっ始めるつもりみたいです。
豪快というか無茶苦茶というか、恐ろしい姫君みたいですね。
「姫様、なりませんじゃもん!キリエスは分裂したとはいえ、まだ強大国ですぞ。我らブレイズだけでは到底及びません。それにギアン大陸とレト大陸の間には海があるんじゃもん。大軍を渡らせるためには大量の船がいります。」
「うるさいわね。船なら買い集めればいいわ。それにブレイズだけでは不十分ならソルディウスに援軍を求めればいいのよ!」
カモミール姫は一歩も引こうとはしませんでした。
しかし、それはタイゾウも同じでした。
「ソルディウスが、どうしてブレイズに協力するんじゃもん。それに、今やソルディウス側だった旧フォンダン国は、キリエス側についているんじゃもん。」
これについては、タイゾウの言い分が正しいと思われます。
「デーモンズホールの情報をソルディウスやフェイトフル・リアルムに流して協力させればいいじゃないの。世紀の大発見になるのよ。きっと手を貸すわ。」
「確かにデーモンズホールをキリエスが管理していると知れば黙っては、いないじゃもん。特にキリエスには魔物と繋がっているのではないか、という疑いがあるのは事実。ですが!もし!」
タイゾウは丸いサングラスを中指でクイッと押し上げてから、強い口調で続けました。
「そのデーモンズホールが発見されなかった場合、どうするんじゃもん?間違いでした、では済まないですぞ!」
これには、カモミール姫も反論の余地がありません。
シエルさんは確かに有ると思っていますが、確実ではありませんからね。
そんな、存在しないものの為に戦をさせられたとあっては、ソルディウスやフェイトフル・リアルムも黙ってはいられないでしょう。
そもそも、そんな不確実な情報で協力するとも思えませんしね。
「ですからまずは、デーモンズホールが本当にグラス城にあるのかを確かめることが先決じゃもん。」
「……そうね。私としたことが事を急かし過ぎたわ。」
どうやら納得してもらえたみたいですね。
危うくレト大陸全土を巻き込んだ戦が始まってしまうところでした。
「これは本格的に調査に乗り出すしかないわね。サーシャ、貴女たちの力を借りたいわ。」
これは思ってもみない急展開です。
だいたい僕たちは、キリエス行きを止める代わりに、このギアン大陸に渡って来たのです。
僕には嫌な予感しかありませんでした。
そして次の瞬間、カモミール姫が口にした言葉で愕然とさせられました。
「サーシャ。貴女、キリエスに行ってデーモンズホールの手掛かりを見つけてきてちょうだい。」




