accidental meeting
レイズマウンテンを抜けた僕達は、ある森に迷い込んでいました。
さほど大きな森ではないので、すぐに出られるでしょう。
しかし、この森は美しい。木々が風に揺られ優しい音色を奏でています。それに呼応するように小鳥は唄い、澄んだ小川のせせらぎが癒しの空間を演出しているではありませんか。
「サーシャ様。この森は何とも居心地の良い処ですね。」
「そんなことより私は腹が減った。ピート、肉。」
なんとも風情のない方です。もう少し女性らしく振る舞えないものでしょうか。
僕は仕方なく食料を探しに行こうとしました。すると、何者かが落ちた枝を踏む音がしました。何かいます。
サーシャ様は既に臨戦態勢をとっています。
僕達は息を殺して、じっと待ちました。
すると、目の前に一人の男が現れました。
「おっ!人だ。こんにちは。」
どうやら猛獣や魔物ではなかったようです。
その男は、まだ若いどこかの剣士のようでした。
「こんにちは。あの貴方様は?」
僕が訊ねると、彼はにこやかに答えました。
「俺はローラス。武者修業の旅をしているんだ。そういう君たちは、こんな所で何を?」
「僕はピートと申します。こちらのサーシャ様の従者をしております。実は軽く迷ってしまいまして。」
「そうだったのか。ちなみに何処へ向かっているんだ?」
僕は一応サーシャ様の顔色を伺いました。サーシャ様は黙って小さく頷きます。
「ワルツ城へ行こうかと。」
「ワルツ城?ちょっと待ってくれよ。」
ローラスは懐から地図を取りだし広げました。
「ワルツ城、ワルツ城……無いなあ。」
僕はローラスが広げた地図を覗きこみました。
「ちょっと失礼します――えっ!?」
僕が驚いたのには理由がありました。ローラスが持っていた地図はレト大陸のものではなく、ギアン大陸の地図だったからです。
載っているはずがありません。彼は天然なのでしょうか。
「あ、あの――これはギアン大陸の地図では?」
「ああ!そうか、しまった!ここはレト大陸か。すまん。」
すると、ここまで黙って聞いていたサーシャ様が口を挟みました。
「あなたギアン大陸の人?」
「そうだよ。レト大陸には、まだ着いたばかりだ。そういえば俺も迷っている最中だった。悪いな力になれなくて。」
「そんなことは、ありませんわよ。ちょうど私も剣の稽古相手が欲しかったところなの――お手合わせお願いできるかしら?」
まさかの展開です。まあ、でもそれも悪くありませんね。こういった出会いを積み重ねて強くなってゆくものです。しかも都合の良いことに相手のローラスも剣の修業中。お互いにもってこいの相手です。ローラスの剣の腕が、どうだかは分かりませんがね。
「こりゃ参ったね。君の様な美しい人が相手で本気が出せるか心配だ。」
ローラスは言葉とは裏腹に、既に剣を抜いていた。やる気満々といったところだ。
サーシャ様も剣を抜き、ローラスに対して、「ありがとう。」と、礼を述べます。
それと同時にサーシャ様は先制攻撃に出ます。
しかしローラスの反応も良い。斬りにいったサーシャ様にカウンター攻撃で対抗しました。
一進一退の攻防が繰り広げられています。ですが徐々にサーシャ様が押してきています。
剣の腕はサーシャ様の方が一枚上手。スピードも反射神経も身体能力も全てに於いてサーシャ様が勝っているようです。
これは勝負がつくのも案外早そうですね。
「いやー、参ったな。君、強いじゃないか。」
あら?もう終わりでしょうか。呆気なかったですね。もう少しサーシャ様の、お相手をしてくれれば僕は、ゆっくりと休めたというのに。使えない男でした、ローラスは。
「君になら本気でやれそうだ。」
おっと!急展開。ローラスは本気じゃなかったみたいです。でも見た限りでは一杯一杯の戦いをしているように見えたのですが……はったり、でしょうか?
「燃え盛る剣!」
「こ、これは――。」
驚きました。まさかローラスが魔法剣士だったとは。サーシャ様にとっては魔法剣の使い手は初見のはず。これは予想外に、いい経験値が貯まりそうですね。
「改めて挨拶させてもらおう。ギアン大陸はアトラスから来た、魔法剣士ローラスだ。サーシャ、全力でかかってきな。」
「これが魔法剣。面白い!」
サーシャ様はローラスに正面から挑みました。だがローラスの魔法剣の炎によって、なかなか近づけません。
ローラスの剣は激しく燃えていました。あんな炎に捕まったら丸焼けですね。サーシャ様の丸焼き……あんまり美味しそうじゃありませんね。
「どうしました。逃げ回っていては勝機はないですよ。」
サーシャ様も、それくらいは理解しているでしょう。だが、近づけない。やはり厄介ですね、魔法剣は。
あれ?そういえばサーシャ様は――。
「サーシャ様。落ち着いてください。その炎、本当に熱いですか?」
「なっ!?炎は熱いに決まってるだろう。触らなくても、それくらい分かる。」
「だって、その炎は魔法ですよ。サーシャ様には魔法が――。」
「そ、そうか。サンキュー、ピート。」
そう、サーシャ様には魔法が通じません。とは、言ったものの本当のところ魔法剣の魔法も効かないかどうかは分かりません。まあ実験的なものですね。効かないと信じていれば効かないかもしれませんし。
サーシャ様はローラスの攻撃をかわし、その剣に顔を近づけました。
「おっ!熱くない。これならいける!」
「なんだと!?そんな馬鹿なことが――。」
完全に油断していたローラスにサーシャ様の攻撃が牙を剥いて襲いかかりました。
かろうじて避けたと思われたローラスでしたが、顔から赤い鮮血が滴っています。どうやら掠めたようですね。
流れはサーシャ様にきています。次こそ仕留めたいところ。
「ま、待て。」
おやおや、ローラスから待ったの要求です。
「君は本当に熱くなかったのか、俺の魔法剣の炎が?」
「熱くなかった。というより私は魔法を受け付けない体質でね。」
「なんだよ、その反則的な体質は!?」
サーシャ様。なにもそんなに馬鹿正直に話さなくてもよいものを。
己の秘密を容易く教えてしまっては、強みでもなんでもなくなってしまいますよ。
「世界は広い。面白い奴がいるもんだな。とりあえず今日のところは俺の負け、降参だ。剣の腕をもっと磨かなければお前には勝てない。俺はもっと世界中を見て回りたいんだ。だからまだ死ぬわけにはいかない。」
「えーっ!せっかく勝てそうだったのに、残念。」
「ハハハ。またどこかで会おうぞサーシャ。さらば。」
「――あっ、逃げた。」
ローラスは一目散に逃走しました。まあ、あのまま戦いを続けていれば十中八九、サーシャ様が勝っていたでしょうから、賢明な判断です。
「なんだ魔法剣士もたいしたことなかったな。」
確かにサーシャ様の仰る通りです。魔法が効かないサーシャ様には簡単な相手でした。しかし、ローラスは見たところ、まだ駆け出しの魔法剣士のようでした。もしも、あれが手練れの魔法剣士なら、こう易々とは勝てないでしょう。魔法が効かなくても、やりようならいくらでもあるのですよ、サーシャ様。
魔法剣士を甘く見ていると痛い目に合いますよ……魔法剣士……はっ!
この時、僕はとんでもない思いつきをしました。
いや、むしろ今までどうして気づかなかったのでしょう。
サーシャ様を最強の剣士に――ならば、やらねばならないことがありました。
魔法の効かない魔法剣士。
これは、考えただけで強そうじゃないですか?
「サーシャ様。」
「どうした、ピート。」
「魔法剣士になりましょう。」




