闘神
剣を失ったモルドスが今度は先に仕掛ける様子です。
しかし先程、アイスの言ったことが気にかかります。
彼はモルドスのことを闘神と呼んでいました。
それがどういう意味なのか僕らにはまだ知ることができませんでした。
「お前はスピードに自信があるようだが、上には上がいるということを思い知るのだ。」
モルドスがそう言った瞬間、奴は突然その場から消え去ってしまいました。
「ば、ばかな!」
気づくとモルドスはディミトリさんの目と鼻の先にまで移動しているではありませんか。
その速さといったらさっきまでのディミトリさんと互角かそれ以上です。
慌ててディミトリさんは後方に下がり距離をとりました。
しかしその一瞬の間に、またしてもモルドスはディミトリさんとの間合いを詰めてみせました。
「どうしたディミトリよ。さっきまでの動きよりずいぶんと衰えてしまっているではないか。」
モルドスは腕組みをしたまま何度もディミトリさんが逃げる方へと瞬時に動き目の前に現れてみせます。
しかし、攻撃を加える素振りがありません。
ただ追いかけっこをしているみたいです。
ここで僕は重大なことに気づいてしまいました。
それはディミトリさんの異変です。
明らかに動きが悪くなっています。
そしてその理由がすぐに判明しました。
パープルアイズです。
あの目はさっきの真のパープルアイズではなくパワーアップする前のものです。
おそらくは力を使い過ぎたものによるものでしょう。
「なんとか少しでも力が残っているうちに。」
ディミトリさんは覚悟を決めたように今度は前に出ました。
「腕の一本くらいは貰っていくぞ!」
ディミトリさんの渾身の一撃をモルドスは片腕で防ごうと腕をだしました。
パキン!
すると甲高い金属音が響き渡りました。
その音はディミトリさんの剣が折れた音でした。
驚くことにモルドスの腕の方がディミトリさんの剣に勝っていたということです。
モルドスからは魔力のようなものは感じません。
つまり腕を魔法で強化したということではなく、生身のままでディミトリさんの鋭い刃をへし折ったということ。
「な、なんという強靭な肉体だ。」
ディミトリさんは剣を折られたことで退くしか他に手がありません。
素早くモルドスとの距離をとろうと試みましたがモルドスはその隙を逃しませんでした。
すぐにディミトリさんとの距離を詰め、拳を振り上げました。
そして、ドゴン!という衝撃音とともにディミトリさんは地面に叩きつけられてしまいました。
それはそこに大きな窪みができるほどの力強い一撃でした。
「グハッ!」
「まだ息をしているのか。つくづく楽しませてくれるなディミトリ。だが、それも終わりだ。さすがに我も飽きたぞ。」
モルドスはそう言ってディミトリさんの胸ぐらを掴み上げました。
「この拳で貴様の頭を粉々に吹きとばしてやろうぞ!」
モルドスは拳をグイッ!と後ろに引き、ディミトリさんに向けて放とうとしました。
一方のディミトリさんの瞳からは既にパープルアイズは消え失せていて、モルドスの腕を払って逃げる事も困難の様子です。
このままでは本当にやられてしまいます。
「さらばだディミトリ!」
――その時でした。
突然モルドスは振りかざした拳をピタッと止め、半身を後方へと向けました。
「こざかしい。」
ボン!
何かが弾けた音が鳴り響きモルドスの周りを爆風が覆いました。
「これは、サーシャ様の不死鳥」
サーシャ様の魔法剣フェニックスがモルドスを急襲したのです。
ですが、モルドスはそれをいとも簡単に拳にて吹き飛ばしてみせました。
「そこまでよ。私が相手になってあげるわ。」
「小娘が大口を叩きよる。まあ、よい。気が変わった。ディミトリよ、貴様はまだ生かしておいてやろう。そこで娘の死に様でも見ているがいい。」
モルドスは掴んでいたディミトリさんをこちらへ向かって放り投げました。
「お父さん、あいつは私に任せて、そこで休んでて。」
「サーシャ……頼みがある。」
「なに?」
「最後に『パパ』と呼んでくれないか。」
「――絶対に嫌よ。まあ私があいつを倒してくるまでそこで大人しくしておいてちょうだい。」
「サーシャ、すまない。モルドスに手傷一つ負わせることが出来なかった。奴の弱点すら見出だせなかった。お前に任せることになってしまうとは本当に情けない父だ。」
「甘くみてもらったら困るわ。私だってお父さんと離れている間に強くなったんだから。」
「だが無茶はするな。あいつの強さは桁違いだ。今のお前でも敵わないかもしれん。もしもの時は私もお前と共に戦おう。」
サーシャ様は微かに微笑んで軽く頷きました。
「いくわよ!」
サーシャ様が動こうとしたその時でした。
モルドスとサーシャ様の間に割って入って来た者がありました。
「待ってください兄上。」
――アイスです。
「ここは私が。」
「アイスよ。余計な真似をするな。」
「サーシャではあまりにも力不足です。今のこいつではさっきのディミトリよりも遥かに弱い。兄上が出るまでもありません。」
「そうか、いいだろう。ここはお前に任せよう、我が弟よ。」
アイスは剣を抜き構えました。
アイスの剣の刃は彼の名を表すように鋭い氷の刃のような美しいブルーに輝いていました。
「どっちでもいいわ。二人共、私が倒してみせる。」
「自惚れが過ぎるぞ、サーシャ。今の貴様は私にだって太刀打ち出来ぬ程に弱い。もしも私を超えたくば戦いの最中にディミトリが見せた真のパープルアイズを覚醒せねば到底勝ち目などないぞ。」
僕はアイスの言葉にどこか違和感を覚えていました。
彼の物言いは、どこかサーシャ様へのアドバイスめいたものを感じたからです。
やはりアイスにはどこか迷いがあるのかもしれません。
ですが、どっちにしろ乗り越えなくてはならない壁であることには変わりありません。
ここで成長できるかどうかが今後のサーシャ様の剣士としての生き様に繋がっていくはずです。
「さあ来い、サーシャ!」




