とある港町で
新連載始めました。
お気軽にお立ち寄りくださいませ。
「海に出たい。船を用意してくれ。」
出ました!自由奔放の我が儘娘の気まぐれ発言。
彼女の名前はサーシャ。剣士である。
剣の達人で只今、その名声は急上昇中である。
ただ問題が……それは彼女の性格上のものだ。
戦士である以上、多少荒っぽくても仕方ない。気が強いのも頷ける。
しかし彼女の場合、そういった類いではなく、どちらかというと性悪。
本人に、そのつもりがなくても振り回されるのは、いつも周囲の人間。あなたの周りにもいませんか?そういう人。
ああ、申し遅れました。僕はピートという独身男性です。
この小娘……いえ、サーシャ様の付き人を致しております。
四六時中、この方と共に行動しておりますと頭が変になりそうです。今回のサーシャ様の要求は「舟」だということで、これより宛もなく探しに行って参りたいた思います。
現在、我々が滞在しているのは、レト大陸にあるフェイトフル・リアルムという国の港町です。
幸い……というより、恐らくサーシャ様は海を見て舟が欲しいと言い出したのでしょう。単純な人です。
まあ港町ですので、舟を調達するのは容易いかもしれません。
僕は、そこら中に停泊している舟に声をかけてみました。
ですが、よくよく考えてみると、サーシャ様は『海に出たい』と、おっしゃっただけで、何処へ向かうかまでは言いませんでした。
そんな状態で船乗りたちに、海に出たいと言ったところで、「勝手に行けよ」と、言われてしまうのがオチです。かといって彼女の元へ戻り、何処に行きますか?なんてことを聞くのは、まっぴら御免です。
「ハァー。仕方ない。造りますか。」
僕は近くの雑木林に入り、森林伐採。環境にはよくありませんが、仕方ありません。
小一時間ほどで舟は完成しました。もともと手先は器用な方なので、たいした苦労はありません。
人が二人と、荷物や食料くらいなら問題なく積めるでしょう。
僕は早速サーシャ様の元へ走りました。
港の海の眺めが良い波止場でサーシャ様はお待ちでした。
おや?サーシャ様が二人の柄の悪い男たちと、なにやら揉めているようです……しばらく観察してみましょう。
「おい姉ちゃん。可愛いな。」
「どうだい俺達とデートしねえか?いいだろ。」
どうやら典型的なチンピラのようです。
「あのー、冗談は顔だけにして頂けるかしら。何が楽しくて、あなた達みたいな不細工と、この私が……ああ、考えただけで具合が悪くなるわ。」
「おい女!ちょっと可愛いからって調子にのんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ!兄貴は確かに不細工だけど、気前がいいんだぜ。」
「お、お前。さりげなく俺のこと馬鹿にしたよな、今。」
どうやら二人は兄貴分と弟分の関係であるようです。本当の兄弟の可能性もあるって?……まあ、どちらでもよいでしょう。
「あら、気前がいいのね、あなた。じゃあ、あの舟を私にプレゼントしてくださる?」
サーシャ様は港に停泊している舟の中でも一番大きくて豪華な舟を指差しました。
「ば、ばかやろう!そんなの無理に決まってるだろ。」
「そうだそうだ!兄貴の稼ぎじゃ一生かかっても無理だ!」
「お前、やっぱり俺のこと馬鹿にしてやがんな。」
サーシャ様は大きなため息を吐きました。恐らくあれはもう、このやり取りに飽きたというサインに他なりません。
「あのさ、もう消えてくれる。お金持ちでもないし顔も駄目。他に何もないなら、もういいわ。でも――例えば貴方が、めちゃくちゃ強いって言うのなら私も考えてみてもいいけど。」
ああ、サーシャ様の悪い癖です。もう彼らを解放してあげてください。どっからどう見ても彼らが強い筈がないじゃないですか。
「兄貴は強いぜ。」
弟分は自信ありげに声を上げた。
「ええ!そうなの?どのくらい強いの?レト大陸で何番目くらい?」
「レ、レト大陸で何番かは分からねえ。だが、この町では上位に入る自信はあるぜ。」
「なにそれ?この町?こんな小さな町で一番だったとしても、それが何?って感じなんだけど。もういい、飽きちゃった。どっか行って。」
これで、この茶番劇はようやく終わりですね。
僕も少々待ちくたびれました。早くサーシャ様に舟を見せてあげたい……と、思っていたのですが、あろうことか兄貴さんは、まだ引き下がりませんでした。
「試してやる。お前も腰に剣を差しているんだから、ちょっとはやれるんだろ。相手してやる、かかってこい。」
「うお!兄貴かっこいい。相手が若い女の子だから、勝てると思っての言動。さすがっす!」
弟分さんは、わざと言っているのか馬鹿なのか分かりませんが、恐らくは図星。
サーシャ様は木製の樽に座ったまま、兄貴さんを挑発します。
「いいわ。かかってきなさい。」
剣すら抜こうとしないサーシャ様に対して兄貴さんは、躊躇っています。
「どうしたの?その腰の物も、はったりなの。あんまりガッカリさせないでちょうだい。――殺すわよ。」
ああ。サーシャ様、素敵です。そんな冷酷な貴女が僕は一番好きです。兄貴さんには悪いですが、死んでいただきましょう。それで一件落着です。
「くそおぉ!馬鹿にしやがって!」
兄貴さんは剣を抜きました。その剣をサーシャ様、目掛けて力強く降り下ろしました。
しかしサーシャ様は、ご自分の剣を抜くことはしなかった。
兄貴さんの剣を容易く避けました。ほんの数センチだけ身体をひねっただけです。そして、兄貴さんの顔面に肘鉄をお見舞いしました。
「グハッ!」
兄貴さんは、ぶっ飛び鼻血が噴水のように吹き出ました。
「あ、兄貴!」
弟分さんが兄貴さんを抱え、その場を去ろうとした時でした。
「ちょっと待ちな!あんたら私の貴重な時間を奪っといて。タダで帰るつもりなの?」
サーシャ様は樽から飛び降り、剣に手をかけました。
「――有り金、全部でいいわ。あっ、もちろん二人分のね。」
優しい笑みを浮かべるサーシャ様は恐ろしい。
それが兄貴さんと弟分さんにも伝わったらしく、二人は布製の袋を投げて渡し、その場から逃げ去りました。
「毎度あり。」
僕はサーシャ様へ近寄り、たった今、戻ってきた素振りを致しました。物陰から見ていたなんて口が割けても言えません。
「ただいま戻りました。ん?それ、どうしたんです?」
僕は白々しく兄貴さんたちの置いていった袋を指して訊ねました。
「これか?なんだよ見てたじゃんかピート。そこで。」
僕の額から大量の脂汗が吹き出てまいりました。
僕は話を逸らすように、
「え、えっと。サーシャ様、舟の準備ができました。さあ、いざ海原へと繰り出しましょう。」と、誤魔化した。
「おお!そうか、じゃあ早速行こう。ところで、その舟にはベッドはついてるんだろうな。あっ!あと風呂。これは欠かせないよな。まあ、ピートの事だから抜かりはないだろう。悪い悪い、疑ったりして。」
僕は今すぐにでも、目前にある海に飛び込み命を絶ちたいと、本気でそう思いました。
地平線へと陽が沈んでいきます。
その美しい光景に涙が出そうでした……色んな意味で。
「あっ!サーシャ様。出発は明日にしましょうか。」