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短編集

日の沈まぬ街

作者: 霧星 蒼

一.




赤茶色やベージュのレンガの家が立ち並び、赤茶色のレンガが敷き詰められた大きな道が、街の外へと向かってのびていた。上から日差しが降り注ぎ、街を明るく照らしていた。


どこからか、心を穏やかにさせる、深い、鐘の音がゆったりと聞こえる。


レンガの大きな道に沿うようにして立ち並ぶレンガ造りの店からは、何かを焼いているような香ばしい香りや何かを煮込んでいるような食べ物の匂いがただよいはじめた。


道の上に置かれた小さな露天からも何かを焼く音が聞こえ始め、香ばしい匂いにつられた通行者が、ふらふらと集まっていく。


道行く人の一人が、腹を抑えていた共に歩いていた者の肩を軽く二、三回叩いた。その叩かれた者が不機嫌そうにその人に目を移した。その人は何も思うところがないのか、笑顔で道沿いにある、美味しそうな匂いを漂わせている店の一角を指差しながら、何かを言った。するとその者の表情は、不機嫌な表情から一変し、満面の笑みで頷いた。




___________



食器の触れ合う音。ナイフとフォークがあたる音。大きな笑い声。


何か良いことでもあったのだろうか。1つ前のテーブルに座っている如何いかにも働き者のような男は、嬉しそうに同じテーブルについている、横にいる者に話している。


話しかけられた厳つい男は、満面の笑みで大きく何度も頷きながら、その男の背を強く叩いている。働き者のような男は、顔を緩ませながら、照れたように、切り傷やタコだらけの薄汚れた手で、こんがりと小麦色に焼けた頬をかいている。


幸せだと物語っている男の笑顔。なにか、良いことでもあったという事が、はっきりと分かった。私は、大きく目を逸らした。


カップを仰ぎ、湯気の立ったコーヒーを飲み干した。そして、伝票をおもむろに掴むと、立ち上がった。


会計を済まし、店を出た。軽い鈴のような弾んだ音を立てながら、扉は閉まった。


石畳みの道。所狭しと屋台や店が並んでいる。嗚呼。ここも騒がしい。昼時なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。


暫く歩いていれば、喉が渇気を訴え始める。仕方なく屋台で水の入った皮袋を買った。どこかで休もう。そう思いたち、辺りを見渡していれば、私の目は、一つの所から外すことができなくなった。


店の壁に人がいたのだ。それはよく見る光景であるのだが、この日は私は何故だか、無性に話してみたくなってしまった。


騒がしい道の隅に、背中を店の壁に預けながら、遠くを見ている男。その男からは、同じように店の壁に背を預けている者たちの目から感じるような無気力さというようなものなど何もなく、少年のように夢を見ているかの如く、輝いている光を目の中に感じたのだ。


私はその男に歩み寄った。


「あんたは何をしているんだい?」


私が尋ねれば、男は俯いていた顔を上げた。


「長い旅の途中で、今は少し休んでいたんだよ。」


男は旅人だった。


「それはご苦労なことだな。」


私はついさっき買った、まだ口のつけていない水の入った皮袋を差し出した。旅人は礼を言うと、それを受け取り、口を付けた。


その者の服は、見たこともない服だった。長い間旅をしてきたようで、服は砂で汚れている。遠いところから来たのだろう。


「あんたはどこまで旅をしてきたんだい?」


私が尋ねれば、旅人は、微笑んだ。


「色々なところをだよ。大きな水溜まりのある所、一面が砂で覆われている所、辺り一面に木が生えている所、日が沈む所。」


「日が沈む?」


私は思わず聞き返した。他にも信じられない場所はあったが、それが一番の驚きだった。


「日が沈むなんてことがあるのかい?」


私は耳を疑った。ずっと昔から、日は沈まないのに、この旅人は何を言っているのだ。


「不思議そうな顔だね。でも、日は沈むんだよ。」


旅人は肩のところで両手を広げた。


「日が沈むという光景は、美しくて幻想的なものだよ。


明るかった辺りが、だいだい色に輝きながら、ゆっくりと暗くなっていくんだ。」


私は想像がつかなかった。


「日がすっかり沈んでしまったら、どうなってしまうんだ?」


旅人は声を立てて笑った。


「朝が来たら、また日が昇るだけだよ。それも、それはそれは美しいんだ。」


旅人は微笑んだ。そして、旅人は言った。


「行ってみるかい?」


その言葉は、酷く魅力的に思えた。本当につまらなかったのだ。この暮らしも、この日の沈まない街も。辛かったのだ。この街に住んでいることが。だから私は答えた。


「行ってみようか。」


と。






旅などした事がない。何を持っていけばいいのかは、旅人に聞いたことだけが頼りだ。


家の中の引き出しやらタンスやらを引っ張り出して、必要なものを大きなカバンに詰めていく。


そうして、ぺちゃんこだったカバンは、膨れた。これで十分だろうか。家の中を見渡してみれば、ふと、写真たてが目に入った。


いつの日に撮ったのかも忘れてしまった家族写真。色褪せたその中では、優しげに微笑む両親の元で、小さな私が楽しそうに笑っていた。


ゆっくりと写真立てに手を伸ばし……写真立てを、前に倒した。


写真立てから目を逸らす。膨れたカバンを手に持つと、肩へとゆっくりと掛けた。そして、扉へと目を移した。


扉をゆっくりと開く。大通りから少し離れた、あまり大きいとはいえないこの通りには、フランスパンの入った紙袋を大事そうに両手で抱えた三つ編みの少女や、杖をついた腰の丸まった老婆がゆっくりと歩いていた。


大きく深呼吸をし、後ろを振り返った。


生まれた時から住んでいた、小さな赤茶色のレンガ作りの家。いつ戻るのかも分からない。もしかしたら、もう二度と戻ってくることはないかも知れない。しかし、それを売り払おうとは思えなかった。楽しい思い出など、消え失せてしまったのに。空虚な思い出しか残っていない筈なのに。


両親との薄れた記憶、育ててくれた祖母との記憶が、未だに私へとつきまとう。苦しく胸を張り裂けるような辛さが。この街が日が沈まないように、私のその思いも、なくなることはない。幸せなど……何もない。


しかし……旅をすれば……日が沈むのを見れば……その辛い記憶も……本当なのかもしれぬ、日の沈む事と共に沈んでくれるのではないか。幸せを見出せるのではないか。そう思えてしまうのだ。日が沈むなどにわかに信じられぬ話ではあるが、それでも……心の中で信じたいと思ってしまう自分がいるのだ。


家から目を逸らし、歩き出した。何度も何度も振り返ってしまう。小さな赤茶色の煉瓦造りの家が、足を進めるごとに遠ざかっていく。


そして……小さな小さな家が、見えなくなった。


振り返ることを止めると、前を向く。大通りへと近づき、人が増え始めた。そして、旅人を見つけた。


旅人は昨日と変わらぬ、店の前で、壁に背を預けて座っていた。私と目が合えば、旅人は右手を肩の高さまで挙げ、やあというと、陽気に微笑んだ。


わたしはそれを返すと、旅人は立ち上がった。


「もう、出発しても平気かい?」


旅人のその言葉に、私はあぁと返す。旅人は目を細めると、「それじゃあ行こうか。」と、背を向け、歩き出した。


大通りを抜け、街の外へと足を進めていく。人通りは少しずつ減っていく。煉瓦造りの家はちらほらと見受けられるだけになっていく。


どれだけ歩いただろうか。振り返れば、街はもう米粒ほどになっていた。不意に寂しいような悲しいような、なんとも言えない感情が込み上げてきた。こみ上げてきたものを慌てて堪え、前を歩く旅人の後を、早足で追いかけた。




そして、もう見えないであろう、私の生まれ育った日の沈まぬ街に……私は、行ってきます、そう心の中で呟いた。






二.





灰色や茶色のレンガが敷き詰められた、細い道は、先が見えず、どこまでも続いている。目を細めてみれば、青々とした高い丘の先へも繋がっていることが分かった。どのくらい続く道なのだろうか。


これほど歩いたのは、生まれて初めてである。足が鈍い痛みを上げている。強張り、もう歩きたくないと足は言っているようだ。そんな足に喝を入れ、少し先を歩く旅人に目を向ければ、旅人はすいすいと足を運んでいる。その様子はまだまだ余裕そうであり、流石旅人といったところであろうか。若いのに、たくさんの旅をして、たくさんのことを経験してきたのだろう。自分よりも年下であろう青年に、尊敬の念さえ浮かんでくる。


「大丈夫かい?少しばかり休むかい?」


不意に旅人が振り返って言った。本当は休みたい。だが……全く疲れた様子を見せていない旅人を改めて見ると、疲れ果てている私は無性にみっともなく思え、首を横に振った。声に出して返事をする余裕はなかった。


旅人は暫しそんな私を見ると、楽しそうに小さく笑った。


「少し歩くと良い場所がある。そこで暫し休もうか。」


意地を張っているのが分かったのだろう。


無性に悔しさが込み上げてきて、私は半ばヤケになりながら、大きく頷いた。





青々とした草が茂り、風が葉を揺らす。草の上を風が駆けていく。


真っ青な澄み切った空が広がり、ゆっくりと雲が風に流れていく。


大きく息を吸えば、私の心の中も澄みきっていくようだ。あれほど疲れてたのに、その疲れも吹っ飛ぶようだ。


私は長く伸びた青々とした草の上に勢いよく倒れこんだ。背中に何の痛みも感じる事なく、フサリと軽い音を立てて、私の身体は草の中に沈み込んだ。


視界一杯に清々しい、淡い水色の空が広がっている。綿をちぎったかのような柔らかそうな雲が、空に浮いている。


「綺麗な空だな。」


私は小さく呟くと、旅人は「そうだね。」とすぐに返ってきた。


サワサワと草の揺れる音が遠くで聞こえ、その音が大きくなっていき、また小さくなっていった。


風が私の上を通り過ぎていく。


白い、綿のような雲が本当にゆっくりと流れていく。ふわふわと柔らかそうな白いそれを、目を動かすことなく見つめていれば、それしか目に入らなくなり、意識が吸い込まれてしまいそうだ。


どのくらいの時間がだっただろうか。「そろそろ行こうか。」という旅人の言葉に目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていた。


上半身をゆっくりと起き上がらせてみれば、あれほど疲れ切って重かった体が軽い。どれくらいの時間眠っていたのだろうか。辺りを見れば辺りは相変わらず明るく、日の高さも変わらない。しかし、日自体が沈まないので時間を図ることは困難だ。


眠っていた時間を聞いても、旅人は笑って受け流し、答えてくれない。仕方なく、私は聞くことを諦め、また、歩き出した。







三.





旅を始めてから、少しの時が過ぎた。


鬱蒼と木々が茂っている。その一言に尽きる。


「これは何なのだ?」


何回目なのか数えるのも面倒になってきたその言葉を旅人へと向ければ、旅人は不思議そうに首を傾げた。


「森だよ。おかしいな、君のいた街にもなかったかい?」


「これが森だと?こんなに鬱蒼うっそうとした場所が?あの森だと言うのか?」


私の知る森は、そんな暗いものではない。少し薄暗い森に、幻想的な木漏れ日が、地面を照らす。近くで鳥が可愛らしい声でさえずっている。上を見上げれば、枝をリスが小さな身体で俊敏な速さを見せ、駆けていくのが見受けられる。美しく落ち着く。私が知っているのはそんな森だ。少なくとも、こんなおどろおどろしいものではない。


歩みを進めていれば、不意に、ガサッ……と葉が擦れた音がした。


誰かいる!私は咄嗟に旅人を見れば、旅人は呑気に欠伸を噛み殺していた。


茶色のごわごわとしている毛並み。上を見上げなければならない程の大きな生き物が、私と旅人の前に立ち塞がった。私ははじめて見るその生き物に、震えが止まらなかった。なんて大きな生き物なのだ。


目が離せない。その大きな茶色の塊が、長い腕を伸ばした。大きな手が私へ向かって伸びてくる。私は思わず目を閉じた。喰われる!その思いだけが私の中を支配した。身体は冷え切り、歯はガチガチと噛み合わない。


嗚呼。わたしは、この茶色の塊の腹の中に入ってしまうのだ。思えばつまらない人生だった。幸せも見出せず、旅の途中で死んでしまうなんて。唯一の心残りは、日が本当に沈むのが、この目で見ることができぬことだ。見てみたかった。暗くなったこの世界を。


「もしもし?おじさん?もしもし?」


私を旅人が呼んでいるのか?そうか。旅人も喰われてしまったのか。私が喰われている間に逃げれば良かったものを。馬鹿な奴だ……。目を開ければ、旅人が私の前に立ち、肩に手をやっていた。視界が前後に揺れる。


「おじさん、気をしっかり。」


「お前も死んだのか。」


揺れる視界の中、尋ねれば、旅人は肩を揺する手を止め、声を立てて笑った。前後の揺れがなくなる。


「生きているよ。私も、君も、そして彼も。」


旅人が右へと目を向ける。その先には、茶色の塊がいた。


「それは……。」


「くまだよ。」


……くま?


「知らないかい?」


旅人の言葉に、頷く。


「驚かせて申し訳ないってさ。」


旅人がそう言えば、


「はい、申し訳ありません……。」


茶色の塊……否、くまは申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。低い声で、声は恐ろしかったが、その姿が酷く気の毒に思え、私は引きっていながらも笑顔を浮かべ、くまを快く許した。


くまは安心したように息をつくと、今度は僅かに俯いた顔を勢いよく上げ、私と旅人に言った。


「貴方方は旅をしているのですか?」


私は小さく頷く。横目で右を見れば、旅人も大きく頷いていた。


「ならば……おいらも連れていってはくれませんか。」


私は目を見開かずにはいられなかった。くまが、どうして。そう思っていれば、私がいぶかしげにしていることがわかったのだろう。くまは語り出した。


「おいらは生まれた頃からずっと、森にいます。魚の取り方、木の実の取り方、寝床の作り方、毒キノコの見分け方。森でのことなら、なんでもと言えば語弊ごへいになるかもしれませんが、分かります。ですが、森の外の事など、全くもって知らないのです。


森の外は、どんな景色なのか。どんな空なのか。森の外でも、日は沈まないのか。ご飯は何を食べるのか。生き物は?木は?全く想像がつかないのです。


はじめは聞くだけでいいと思いました。しかし、聞こうと思っても、この森に近付く者たちは、おいらのこの姿を見て、驚いて逃げていきます。森の外の話など、聞くことができないのです。


そして、おいらの願いは日々積もっていき、ついには、森の外に出て、この目で見てみたいと思うようになったのです。」


くまは大きな体を二つに曲げ、深く頭を下げた。


「お願いします。おいらも旅へ連れて行ってください。」


大丈夫なのだろうか。未だに恐ろしい気持ちが消えない。もし、突然、後ろからがぶりと噛みつかれ、喰われたら……。


「いいんじゃないかい?」


私が悩んでいれば、旅人は言った。


「な……旅人。あんた……。」


衝撃を受けている内心を隠しながら、旅人へと目を向ける。私の顔は今、酷く困惑しているだろう。


「旅は道ずれ。旅仲間は沢山いた方が楽しいのさ。」


旅人は飄々とした笑みを浮かべている。そんな旅人を見ていれば、なんだか怯えている私が、小者のような奴のように思えてしまった。


「よろしくたのむよ、くま。」


そして私は、くまへと右手を差し出したのだった。くまは嬉しそうに、お願いしますというと、力強く手を取り、大きく上下に振った。


くまの力はやはり強く、内心、もぎられるという思いが頭を立ち込めてはいたが、私は引きつった笑みをくまに浮かべていたのだった。


それからくまを先導にして、鬱蒼とした森を進んでいく。この森のことならほとんど分かると言ったくまの言葉は決して誇張ではなく、迷う事なく森の奥へと進んでいく。


私だけなら間違う事なく迷っていただろう。


前を歩くくまと旅人の背中を追いながら、歩き続ける。どれくらいの時間が経ったのだろうか。おそらく、旅で少し歩き慣れてきた私が疲れたと思うくらいだ。かなりではないが、距離はあっただろう。


鬱蒼として、光りがあまり入ってこなかった辺りに、次第に前方から明るくなっていく。光りが集まっていき、視界に木がなくなった。暗さに慣れていた目には急な太陽の光は少し眩しく、目を細めて、目の上で右手をかざし、太陽の光を遮った。


「森を出たね。」


旅人がそう言えば、くまが振り返ることなく「はい。」と言った。その声はどこか湿っている。


「本当に大丈夫なのか?」


私が尋ねれば、くまが振り返った。


「大丈夫です。おいらは旅をしたいのですから。」


そう力強く言ったくまだが……その目はきらきらと光っていた。私と旅人は何も言わずに、歩き出した。振り返ってみれば、くまは少しの間、森を見つめている後ろ姿があったが、吹っ切れたのだろう。こちらに向き直り、早足でのしのしと歩いてきた。





四.




小さめの川に沿って、下へ下へと向かっていく。どこへ向かっているのだろうか。いや。目的は日が沈む所なのだから、目的地へ向かっているのは確かなのだが……。


水が大きな石にぶつかり、白い水飛沫を上げながら、流れていく。小さな魚が石に打ち上げられそうになりながらも必死で泳いでいるのが分かった。綺麗であるのだが、それ以上に自然を感じた。また、どこか寂しげな印象を受ける。何故だろうか。


川から少し離れた所で寝る事を旅人が決め、私は旅の事などよく分からぬ身なので、旅人の言うことに何の迷いもなく肯定した。


あちこちで生えている木の側に落ちている木の枝を拾い、その枝で焚き火を作りながら、くまの帰りを待つ。焚き火ができてしばらくすると、くまが川で3匹の小さめの魚を取ってきた。ごわごわとした毛が水を吸い、毛はけばけばとして、一層黒くなっている。


旅人は礼を言うと三匹の魚を受け取り、旅人のカバンから取り出されたナイフで下処理をすると、旅人と共に集めておいた、長い枝に口から尻尾へ枝を突き刺した。よく見ると魚には牙の痕があり、くまが噛み付いて魚を取ったということが見て取れた。


恐ろしいが、流石くまだ。それに、旅人の手際も見事なものだ。


作っておいた焚き火の近くの地面に魚の刺さった枝を突き刺すと、それからは何もすることがなかった。


パチパチと、火の燃える音がする。赤い炎が枝を舐めていき、枝がパチリと音を立てて火の中に沈んだ。火が少し勢いを増した。


遠くではザーザーと水の流れる音がする。風も今日はほとんど吹いておらず、それ以外、何の音もしない。


誰も声を発せず、静かな時が流れていく。


ふと、旅人が「そういえば。」と口を開いた。焚き火から旅人へと目を向ければ、旅人は微笑んで言った。


「そういえば、気付いているかい?君がいた街よりも、日が傾いてきていることを。」


「そうなのか?」


なんだか寂しげな感じがすると思ったのはそれであったのだと、私は心の中で何度か頷いた。


「もうすぐ日が沈む所を見れるよ。」


旅人はそう言って朗らかに笑った。日が沈む所を見るという旅は、もうすぐ終わる、そう私は感じ、少し苦しげな思いが浮かんできた。







五.




ずっと、川の近くを歩いている。そろそろ、見飽きたものだ。ひたすら歩き続け、川の少し離れた所で眠り、また歩き……。その繰り返しだ。


どれだけそれを繰り返しただろうか。川が明らかに初めに見たときと比べ大きくなっている。水の流れる音も、ザーザーという荒々しい音ではなく、穏やかで、サラサラと音を少し立てて流れている。


辺りも、私の知っている明るさではない。少しずつ、日は傾き、少しずつ暗くなっているのが分かった。進む先に、今までとは違った、大きな水溜まりが見えた。その水溜り……はどこまでも続いており、先は見えない。


もうすぐだ。見たことも行ったこともない私であるが、それはなんとなく感覚で分かっていた。


辺りが次第に暗くなっていく。初めてのことであるのに、不思議と恐怖は感じなかった。


旅人の足が止まった。


「着いたよ。」


そう、旅人が言った。


「これは海というんだ。美しいとは思わないかい?」


旅人の声に、わたしは無言で頷いた。





ザザン……ザザン……と、波が静かに砂浜に打ち寄せる音が響く。


その美しさに息を呑んだ。


キラキラと白く輝く海面とオレンジ色の光がどこまでも続く水色の空に混ざり合っている。


透明感のある青と水色のグラデーションがかかった海に、ゆったりと沈んでいくオレンジ色の優しい……けれど眩しい光の塊。


ゆったりと、白い光を反射させ、海は黒を写していく。


ゆったり……ゆったり……黒が海を包んだ。


もうオレンジ色の塊は見えない。ただ、優しい闇が、わたしを包んでいた。


くまは両手を上に上げて、万歳をしている。暗くて表情は見えないが、嬉しそうな様子は伝わってくる。


私はそれを横目で見ながら、歩いていく。


歩いてきた私を見て、旅人は「なんだい?」と聞いた。


「これからも、共に旅をしても良いだろうか。」


返ってきたのは楽しそうな小さな笑い声。表情は暗くてぼんやりとしか見えないが、おそらく旅人は微かに笑っているのだろう。


「構わないよ。」


旅人はそう言った。


口元を緩め、私は心の中でそっと呟いた。


やっと日が沈んだと。



ーENDー

日が沈むところがなぜ海なのか。それは……沖縄で見た、海に太陽が沈んでいく……という光景が本当に綺麗で感動して……。そうしようと決めました。


そもそも、この話を書こうと思ったのも、それがきっかけです。なので一番の目的は……日の沈む場面を書くことでした。


……自分が出来る限るの精一杯の描写をしましたが……綺麗にかけた自信はありません……。


最後に。読んで下さり、本当にありがとうございました。

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