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1000文字小説

桜謡

作者: 池田瑛

見事に枝垂れた桜の下にビニールシートを広げた。桜の花びらがシートに落ちていく。


 今日は、桜木産業の一大行事となっている花見の日で、僕はこの行事の幹事。会場に向かうバスの手配、寿司の注文、場所取りなどをしなきゃならない。


 酒類、寿司のセッティングが完了した後、シートの上に大の字になった。立っている状態なら手を伸ばせば届きそうな枝垂れ桜も、寝転がってしまうとずいぶん遠いように感じる。


「あの、すみません」という声で僕は目を開けた。僕よりも若い、二十歳前後と思われる和服の女性がシートの外に立っていた。僕は彼女を見上げる形になった。


「花見の会場はここでしょうか? 」と、彼女は言った。


「はい、そうです」と、僕は慌てて起き上がり答えた。花弁が僕の体に落ちていたようで、何枚かの花弁が再び舞った。


「これを桜木さんにお渡しください」と、彼女は言った。彼女は、桜色の布地に、桜の花びらの刺繍のある振り袖を着ていた。彼女は大きな笹の葉の包みを差し出した。僕は、それを受け取った。花見に来るのに、桜の和服なんて、ずいぶんな人だなと僕は思った。


 その後すぐに会社の人達が到着した。乾杯の音頭の後、社長にビールを注ぎに行くついでに、受け取った笹の葉の包みを渡した。ちなみに桜木産業の社長は、名字が桜木で、当然の如く創業者一族で、2代目だ。


「ああ、ありがとう。和服を着た人からの? 」と、社長は言った。


「はい。そうです。5時くらいにお越しになられてすぐに帰られました」と僕は説明をした。


「ああ、いつもそうだよね。これは父の墓に、明日届けるよ」と、社長は言った。


「先代のお墓にですか。その中身って何なんですか? 」


「桜餅だよ。父の好物。この花見の日に差し入れられる桜餅は絶品らしい。僕が子供の時に、頂戴と言っても絶対くれなかったからね。会社はいつかお前にやるが、この桜餅は葉の切れ端一つやらん、と言われたこともあるよ。そこまで父が言った桜餅だから食べてみたいというのが本音だけど、流石に故人の物を失敬する訳にはいかないからね」と言って社長は笑った。

 そして、「そんなことより幹事ご苦労様。まぁ一杯」と、社長は僕のコップにビールを注いだ。僕はそれを飲み干した。


 花見が終わり、一通り片付けが終わった後、一人でこの枝垂れ桜を眺めた。人の心を惑わすような、そんな美しさがこの桜にはあった。

読んでくださりありがとうございます。

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