第1話の状況を確かめてみませんか?
周りには何もない、ただどこまでも白い世界。
そしてその白い世界と同じように白いワンピースを着た女の人。逆光で顔は分からない。
此処に来たことはないし、会ったこともないはずなのに何故か懐かしい感じがする。前にもこんなことがあったような。近視感が。
「ライトノベルの主人公になってみませんか?」
ここには俺と彼女の2人しか居ない。つまり俺が主人公になるって?
「―――。」
彼女が口を開いて次に何かを言おうとしたとき…
――ジリリリリリリリ――
目覚ましがけたたましく鳴り響いた。
「なんだよいいとこだったのに…ってうわっ8時!!!」
夢の途中で起こされた俺は時間を見ると慌てて飛び起きた。世界を救う勇者でも何でもない普通の高校生である俺は普通に学校に行かなきゃいけない、夢について考える間もなく急いで制服に着替えるとパンをくわえたまま家を飛び出した。
支度を済ませて家を出てしまえば何か考える余裕くらいは出来るわけで、普段どおりの単調な景色しかない通学路を全力疾走しながら今朝の夢を思い起こした。昨日遅くまでアニメ見てたからだと思うけど、何か気になるよなぁ…夢の中で俺は何て答えたのか。
「ラノベの主人公か……」
ラノベだとこの先の曲がり角辺りで俺と同じようにパンくわえた女の子とぶつかるんだろう。今の俺はラノベの主人公みたいなシチュエーションだが、俺にはそんなハプニングなんか起こる訳ない。
自分で言うのも何だが、俺はラノベの主人公みたいな女の子にモテるようなルックスも不幸体質みたいな変な属性も持ち合わせてないごく普通の高校生だ……言ってて悲しくなってきた。
それでも夢を引きずりながら少しだけ期待して曲がり角を曲がるが、当然のことながら女の子とぶつかることはない。それどころか曲がった道には同じ学校の奴らが誰もいない。遅刻ぎりぎりどころか完全に遅刻かもしれないな。
「どいてーーー!!!!!」
聞こえてきた声にびっくりして声のした方を見上げると、空から女の子が降ってくる様子が目に入る。降ってくるだなんてフィクションの中でしかありえない、ありえないはずなんだがなぜか俺はそのラノベ的展開に遭遇してしまった。
「え?うわぁぁあああ!!!!」
運動神経が良い訳じゃない俺は降ってきた女の子を避けられずに直撃された。全力疾走していた所だから随分と派手に転んだが、運よく大きな怪我はしなかったみたいだ。ただ転んだ衝撃が強すぎて俺は一瞬気を失った。気を失う間際に考えたことは、「空から降ってくる女の子なんて絶対ふつうじゃないってどっかの主人公も言ってたよな……」というどうしようもない事だった。
「痛っ…あ、ごめんなさい、大丈夫!?」
「あ、あぁ一応な…」
そう答えながら顔を上げるとそこには美少女でも居るんだろうか。少し期待しながら顔を上げたが残念ながらそこに美少女はいなかった。誰が居たかって言うとどこにでも居そうな男子高生…つまり俺だ。ここまでラノベ的な展開にしておいて美少女じゃないのか…
「はっ!?」
ちょっと待て、なんで俺が俺の目の前に居るんだ?改めて自分の姿を見下ろすと見慣れない学校の制服のスカート、ブレザーとリボン……もう言わなくても分かるよな?ラノベの王道ネタの一つ、男女が入れ替わるあれだ。
「嘘だろーーーー!!!!!!」
俺の絶叫が街に響く中で遠くから予鈴のベルが聞こえた。あぁ今日は完全に遅刻だな……
これが俺と彼女との最初の出会い。この時は何が起こったか全く分からなかったんだが、後で聞いたところ、俺の通う青葉台高校に転校初日から遅刻しそうになって慌てていて一つ上の坂の上から飛んだそうだ。そこに運悪く俺が居てぶつかったと。………なんだこれ、言ってる俺が全然理解できない。
「ちょっと、なにこれ!?」
あまりの出来事に茫然としていた女の子が予鈴の音で我に返って俺を問い詰めてきた。
「そんなの俺が知るか!むしろこっちが聞きたいくらいだよ!なんだよこれ!」
俺の言葉で少しは冷静になったのか女の子は少し考え込んだ。
「ねえ、そのままここに居て。もう一度ぶつかれば元に戻れると思うから。」
そう言うと彼女はありえない行動を始めた。一本上の坂道まで駆け上がった。
「はっえっちょっと待て!」
「待つほど時間はないのよ!そこ、絶対動かないでよ!!」
「バカ早まるな!そんなところから飛び降りたりなんかしたら怪我じゃすまないぞ!」
「さっきも飛び降りて大丈夫だったじゃない、まぁアンタにぶつかっちゃった訳だけど」
さっきも飛び降りた……?
聞こえてきた言葉を反芻して意味を考えようとしている間にそのまま彼女は飛び降りて、俺が先ほどのような衝撃に襲われるまで長くはかからなかった。
「痛っ…あ、元に戻れたのか?」
「えぇ、だから言ったでしょ?もう一度ぶつかれば戻れるって。この事についてはアンタと私だけの秘密でお願いできるかしら。」
「入れ替わったなんて言っても信じて貰えないだろうしな……ところでさっき鳴ったチャイム、ウチの学校の予鈴なんだが、このままじゃ俺たち二人とも遅刻だ。なんとかできないか?」
「そ、そうだ遅刻!そうね…どうせ私の事知られちゃったんだし、もういいわよね。」
少し悩んだようだが、彼女はそう言いながら彼女は俺の手を握って――
「突然だけど、ライトノベルの主人公になってみませんか?」
いきなり彼女が問いかけてきた、これは今朝の夢と同じなんだ……だったらそんなのもう決まってるじゃないか。
「俺でいいならなってやるよ。ヒロインはもちろんお前なんだよな?」
俺が答えると彼女は微笑んだ。
「えぇ、よろしくね、主人公さん。私だけならこのまま学校まで走っていけば間に合うんだけど、主人公を置き去りにするわけにもいかないし少しだけ巻き戻す事にするわ」
そう言うと彼女は胸元から懐中時計を取り出した。ラノベの世界なんだから時を巻き戻す事だって出来るんだろう。なぜか俺は冷静だった。
「この作品のヒロインの名前はルナリア。ルナリア・エルよ。後で“初めて”会うことになるわ。」
「そのラノベの主人公は冨樫啓介だ。また後で“初めて”会おうな。」
――ジリリリリリリリ――
俺の目覚ましがけたたましく鳴り響いた。
「うわっもしかして8時!?」
目覚ましの音で飛び起きたが、時計はまだ7時ちょっとを指している。ちゃんと遅刻回避できたじゃないか。
「ありがとな、ルナリア。」
そう呟くと、俺は余裕を持って家を出た。でも急いでなければあいつと登校中に会うこともないんじゃないか?そんな俺の予測を裏切って、ルナリアは俺たちがぶつかったあの曲がり角の先に居た。
「初めまして、ケースケ。」
そう言いながら手を伸ばしてきた。
「あぁ。初めまして、ルナリア。」
俺も答えながらその手を握る。そう、この時にはもう始まってたんだ。俺の主人公ライフが。