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予期せぬ成功

 捕まってしまって、遂に一週間が経った。食には困らなくなったが、やはり退屈である。私の荷物は手を付けず厳重に保管していると聞くので、信頼するしか無い。電子機器が積まれているので、お釈迦様にならん事を願う。

 エルフ達と牢越しに交流してみると、結構優しい奴らだと分かった。だけども、長なんてやらないから釈放してくれないかと言っても、処遇は審議中だと言う。せめて牢から出してくれないかと言っても、信頼できないからお断りらしい。狭い牢だからエコノミー症候群にでもなりそうだ。

 人間だということで私を避けるエルフが大半だが、あのエイラだけは私の側で話を聞いてくれた。彼女は天真爛漫で、まだ無垢な子供だった。海外で死にかけたとかの酷い話や、難しいイスラム教の歴史の授業は避けて、食べ物の話とかを話したり、いろいろな国の歌を教えたりした。

「ヨーグルトに水を加えて良く混ぜたアイランって飲み物が有るんだ。ブルガリアで飲んだ奴にはミントが入っててね。炎天下の中で飲むと格別に美味いんだよ」

 アイランとは、簡単に言えば飲むヨーグルトである。違う点として塩とか黒コショウを混ぜるので、甘くなくてしょっぱいのだ。炎天下で水分と塩分が一緒に補給できるからとても良い飲み物である。ブルガリアだと正しくはアイリャンだ。

「いいなぁ、早く僕も村の外に出てみたい。そう言えば美味しい物ばっかり聞いたけど、不味い食べ物って有った?」

 生まれてからエイラはこの村から出たことがなく、いつかは出てみたいらしい。その前にゴワゴワするからとか言って服を脱がないことから始めるべきだと思う。裸で私の側に寄って来て、ドキッとする瞬間が結構あった。

「勿論有るよ。良く不味いって言われるのにイギリス料理が有るんだ。なぜ不味いかと言えば、連中には塩と胡椒しか無いからさ。お菓子とか、一部の料理は美味しいけどね」

 ローストビーフとかミートパイは美味しかったけど、ウナギのゼリー寄せは発想が謎、揚げマーズバー、スニッカーズみたいなものを揚げたのはカロリー高すぎだ。まぁ、結局残さず頂きましたけども。繊細さというものが無いのがイギリス料理の特徴だと私は思う。

 その血を受け継いだと思われるアメリカ料理も同様に私には合わなかった。確かに美味いといえば美味いが、量とカロリーが酷い。じゃがいもは野菜扱い、ハンバーガーに入っているボロ布みたいなレタスを食べただけで野菜を食べた、ダイエットコーラを飲んでダイエットした気になっている、こんなのだからタイヤ一個分のウエストが普通になるのだろう。

「何でも美味しいって訳じゃないんだね」

「いんや、単に俺の口に合わなかっただけさ。好物ってのは、幼い時に多く食べた物なんだよ。エイラちゃんは何が好き?」

 一方的に各国の飯の不味い美味いを話したが、エイラの好きな食べ物はまだ話していなかった。私に提供される食べ物は川魚を焼いたものとか、地球でもごく一般的に見受けられるものだ。ここの食文化を知るためにもエイラの好物は聞いておきたかった。

「うーんと……待ってて! 捕ってくるから!」

 制止も聞かずにエイラは森に消えてしまい、戻ってきた彼女は手に何かを持っていた。英語が通じない飲食店で適当にはいを連呼し続けたような、嫌な予感がする。

「これだよ! とっても美味しいよ!」

 見せてもらうと、やっぱりと言うべきか芋虫が握られていた。捕獲したばかりでまだ生きており、小さな手の中で蠢いている。アジアとかでは普通に昆虫食を見かける。幾ら食べれない物が少ないといっても、やっぱり気持ち悪い物は気持ち悪いのだ。

「どうやって食べるの?」

「普段は焼くけど、そのままの方が美味しいよ!」

「じゃあ生でいいや……」

 白い芋虫をエイラから受け取り、指の間で藻掻く様子を複雑な心境で眺める。虫を食べたことは殊の外多く、タイでは焼いて磨り潰したタガメを、メキシコでカメムシ、オーストラリアでミツツボアリとか色々食べた。見かけと違って美味しかったのは事実だ。

「食べないの?」

「いや、頂きます」

 心を決め、一気に芋虫を丸ごと口の中に放り込む。こういう物は尻込みしちゃいけないと私はよく知っている。芋虫に限って言えば、下手に食べれば虫の半透明な腹わたが口の外に散乱する結果となる。

 妙に柔らかい芋虫を舌の上で転がした後、奥歯を使って強く噛む。その瞬間に芋虫の内臓が口の中一杯に広がり、一緒に水っぽさとクリーミーな味も広がった。しばし噛み砕いた後に飲み込み、エイラに水を要求する。食べられなくはないが美味しいとは思えない。

「ダメ……かな?」

「俺たちの所は虫を食べる習慣があまり大きくない」

 見た目とか味が悪かったり、貧困の象徴や時代遅れの習慣とされてるが、栄養になるのは虫だ。乾燥重量の半分以上がタンパク質であり、ミネラル類にも富むらしい。少ない餌でも多くが育つので、飢餓を救う食べ物と言われている。現に私もサバイバルにて虫に命を救われた。

 ここには昆虫食の習慣が有ると分かったが、焼くか煮る程度で料理はしないのだろうか。人間の所に料理は有りそうなので、早く行ってみたいものだ。

「エイラちゃん、俺ってどうなるんだ?」

 イスラエルの入管で食らった放置プレイを思い出させる。こっちは食料と水が提供されるが、一週間も足止めを食らっている。ビザなんて有りそうもないので、別に金銭的被害は無さそうだ。

「分かんない……」

 エイラの背後から、この村の強面の幹部達が近づいてくる。そそくさとエイラは退散して、木を組み立てただけの家に戻っていった。エイラはこの幹部が嫌いらしい。多分、これから私の処遇は言い渡されるのだと思う。自分にとって良い内容である事を願いたい。

「お前の今後が決まった。明後日の朝に絞殺、その後に火刑に処す」

 簡単にこの村の幹部は私の死を宣言してくれた。一回死んでしまったからか、思ったより心は揺れ動かなかった。代わりにこの理不尽に対する強い怒りと、二週間ちょっとで旅が終了した悲しみが湧き上がる。それと最後に食べたものが芋虫というのも悲しい。最後の晩餐には世界各国の食べ物を一気に食べてみたいものだ。

「何で、死ななきゃならんのです?」

「長を決める実を食べたのが悪いのだ」

 私は長が決まると踏んで実を食べたのではなく、単に腹が空いていたので食べただけだ。きっとこれは『事実の錯誤』と言う状況で、日本は刑法第三十八条で罪を犯す意思がない行為は罰しないとしている。その事を言おうと思ったが、多分通じないだろう。日本大使館がここにあれば仲介してくれそうだが、無い。

 私をここまで連れてきた奴らは助けてくれるのだろうか。見た限り、結構強そうな奴らではあった。

「俺が長をやるってのはどう?」

「同族以外には纒まらんよ」

 ならば、脱出するのみだ。私が入っている牢は木製で、手は自由だから割と簡単に脱獄できそうだ。代わりにフルタイムで見張り番が居るが、交代時間を突けば問題無さそうだ。荷物は収納場所をエイラから聞き取っているので、移動されていないのを願う。

 出来るだけ不審に見られないように装い、夜が深まるのを待った。寝たふりで見張り番を安心させ、交代を促す。作戦は実に単純且つ明快である。見張りの交代時間を見計らって牢を脱出し、静かに見張り番を行動不能にして荷物を取る。そこからは全力疾走で離れるだけだ。

 遂にその時が訪れ、見張り番が踵を返して待機所に向かった。直ぐ様身を起こして、力の限りで牢屋を殴り壊す。壊す時の物音で見張りは気付いたらしいが、もう遅い。首に腕を回し、全力のスリーパーホールドで頸動脈を締め上げる。アメリカに長期滞在した時に、とある民間軍事会社で近接格闘やら近接戦闘を教わった。

 だけどド素人が上手く決められる訳がなく、見張りが大声を上げる。どうやら上手く頸動脈を締められなかったらしい。直ぐに技を解除して見張りの背中を蹴って倒し、荷物が置かれている場所に行く。エイラは有るって言ってたのに、カーキ色のリュックサックは無かった。これで万事休すだ。

 何もかもを諦めた時、背後に気配を感じて振り返る。振り向いた先に、私のリュックサックとポーチを持ったエイラが居た。

 荷物を受け取って背負い、走りだしたエイラを追う。既に他のエルフは私の脱獄を察知し、弓を持ち始めた。私に向けて放たれるが、ラッキーにも命中はしなかった。

 全裸のエイラは軽快な動きで起伏を乗り越えて先を行く。荷物を持っているので、ついて行くので精一杯だ。追跡を撒くことができたのか、突然静かになる。不気味で、この沈黙は心地良いものではない。

 唯一追い付いたエルフが私達に静止を呼び掛ける。足を止めて振り向くと、私を殴って捕まえたエルフが立っていた。私達を捕まえに来たはずなのに、彼女は丸腰だ。

「エイラ、どういう事だ?」

 質問されても、エイラは答えられなかった。狼狽して口をモゴモゴ僅かに動かすばかりだ。こうして止まっている間にも武器を持ったエルフが接近してると思うと、怖くてたまらなかった。

「……おかしいもん。この人は知らずに間違ったのに、殺されるなんておかしいもん」

 何とかエイラが言い放ったのは、喜ばしくも私の擁護だった。肩を竦め、エルフが私に近づく。ナイフはポーチではなくリュックサックの中なので直ぐには出せない。

「その通りだと思う……エイラを頼んだ」

 意味が分からなかった。尋ねると、どうやらエイラは私と一緒に旅がしたいと言う。この村のエルフはある程度成長すると旅立って、人間の世界を見るのだが、エイラはまだなのだ。それを行なってしまえとの事らしい。

 私も一人旅は自由でいいが寂しくもあると思うし、エイラは良い子そうなので、連れて行っても問題無いだろう。了承すると、エルフは少しだけ笑った。

「良かった。お前ならエイラと一緒に行ってくれると思ったよ。この中に一通り必要な物が入ってるからね。服を着て行ってらっしゃい」

 服と荷物をエイラに渡して、エルフは森の闇の向こうへ消えていった。暫く釈然としなかったが、思い切ってエイラの手を握る。私の傷だらけで日焼けした手とは大違いで、まだ傷が無く色白い。

「良かった……これで、一緒に旅ができるね」

「俺も仲間ができて嬉しい。さぁ、走ろう」

 リュックサックを背負い直し、再び走り始める。五時間ぐらいぶっ続けて走り続け、朝日が昇り始めると、私たちは歩調を緩めて先を急いだ。私はもう限界だったが、エイラはまだ行けそうだった。若さが羨ましい。というか五時間ぶっつづけで走れる私の体力もまだまだ舐めたもんじゃない。

 中流であろう丸っこい石が多い河原で小休憩を挟み、エイラに渡されたサイドバックの中身を確認する。距離が掴めない役立たずの地図と、これからどうするべきかのメモ、その他生活に必要な物が詰め込まれていた。

 書かれている物は紙だと思ったが、どうやらパピルスらしい。水で濡らして終わらせないために、デジタルカメラで一応撮影しておく。電子機器は全て無事なのがとても嬉しい。

「何してるの?」

 服を着たエイラが私に近づき、デジカメの液晶画面を覗き込む。やっぱり服を着るのが嫌なのか、少し不機嫌に感じられる。

「写真撮影」

 身を反転させ、カメラをエイラに向けて一枚撮る。何も分からず驚いた顔が実に可愛らしい。撮った写真を見せると更に驚いていた。そもそもカメラすら無かったような反応だ。

「これはカメラだよ。景色を撮影……いや、寸分違わず模写できる」

「どこの物?」

「日本製。他にも色々あるけど、それは街に着いてからにしよう」

 デジカメをポーチに戻し、背嚢から鞘付きのナイフを取り出す。太ももにナイフを括りつけ、いつでも抜けるようにしておく。これならいきなり熊が出没しても怖くない。

 朝食がまだなので、チョコレートの最後の欠片を二つに割り、大きい方をエイラに渡す。匂いを嗅いで謎に思っていたが、私が食べるのを見て彼女も口に含む。

「甘い……今まで食べた物で一番甘い……」

 今食べているものは違うが、私はイギリスで食べた紫かがったパッケージのチョコレートが一番美味しかったように感じられる。とにかく甘くてクリーミーなので美味い。日本では滅多に見かけなかったので少し残念に思う程に美味い。幸運にも似た味のチョコレートを見つけたので、禁断症状を抑えられた。日本はビターチョコレートが一番美味しい。

「行こう。川を下れば、街が見えてくるそうだ」

 再び大荷物を背負って、川の流れに沿って足を進める。やっとのことで同じ人間に出会えると思うと、心が踊った。宗教や言語、人種と法などの全てが気になる。きっとどこも変わりなく腐っているのであろう。

やっと旅立ちです。

思ったより早く書き終えました。

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