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知恵の実を食べた人

 イラン、イラク、ヨルダン、イスラエル、レバノン。

 愛用のシステム手帳に書いた旅の予定を考えると、少しだけ辛くなった。ヨルダンまでは順調に行けたのだが、次のイスラエルで問題が発生してしまい、強盗に拳銃で撃ち殺された。しがない日本人バックパッカーに、強盗犯は何て事をしてくれたんだろう。

 死ぬ瞬間は思ったよりも辛くない。死んだ私を待っていたのは閻魔大王ではなくて、軍で制式採用されている自動小銃や、軍用長距離輸送機も存在する近代的な世界だった。現に私は火薬で飛ぶ拳銃を持たされたし、ここまで来たのはその大型輸送機によってである。

 ここは地球ではなく、なおかつ魔法が存在する世界だと私をここに行かせた女は言う。だけど、モロに科学な品を見て持たされた後に、一体何を信じれば良いのだろう。F117-PW-100とか言うエンジンを搭載して、JP-8というジェット燃料を使って飛ぶ輸送機の中から、この世界には魔法があるだとか言われても信頼性ゼロである。

 けれども、嫌な訳ではない。死んでしまって唯一の心残りは旅を続けられなくなる事だった。未知の物を見れて、旅が続けられるとしたらこの上なく幸せである。

 今、私は暗くて何も見えない森を歩いている。輸送機から降機すると森ばかりが続いていた。かれこれ十日間も人を求めて歩き続けている。非常食としての板チョコを食べてエネルギーを摂取しているが、流石に満足の行く量ではない。

 朽ちた木にいる芋虫だとか、川を泳ぐサンショウウオだとかは見かけたけれど、考え無しに焼いて食うことはしなかった。ここは慣れ親しんだ地球ではなく、異世界なのである。地球の常識が通用しないかも知れない。

 今の所は石を投げれば地面に落ちるし、懐中電灯もしっかり動作する。魔法があるくせに、物理法則は変わらないらしい。

 そろそろ小休憩を挟もうかと考えたが、甘い芳香を感じたので撤回する。匂いに引っ張られるように茂みを踏潰しながら歩き、一個だけ真っ赤な実が生っているリンゴの木を見つけた。実に美味そうな甘美な匂いで、胃を強烈に刺激する。気付けば私は実を手に取って、甘酸っぱい匂いを心ゆくまで愉しんでいた。

 こんな良い匂いのする果実も、毒を持っているのだろうか。食べたくて仕方ないが、疑念が留まらせている。悩んでいると、いきなり背後に誰かの気配を察知した。サバイバルが続いて、神経が研ぎ澄まされているらしい。普段なら絶対に気付かないだろう。

 振り返って辺りを見回すと、私よりずっと背の小さい、ずっと幼い金髪の女の子が居た。どう見ても白人だ。異世界に来て、この子が初めて出会った人である。早速話そうと思ったが、少女の先の尖った長い耳を見て当惑してしまった。始めは人間かと思ったが、明らかに違う。ファンタジーな漫画で見たエルフそのものではないか。図太い神経の方ならここで喜ぶんだろうが、私は喜べない。肌の色が全く違う人間に初めて出会ったような、恐ろしさしか感じられない。

「何かな?」

 話さなければ一つも始まらないから、勇気を振り絞って話してみる。どうせ日本語なんて通じないのだから英語で聞いた。少女は答えずに、私の手の中のリンゴに注目しているようだった。

「欲しいの?」

 言語が通じるかは分からないが、ニュアンスは伝わったらしい。頷いて、素裸の少女が私に手を伸ばす。私は安心して、リンゴを食べた。

 甘さと心地良い酸っぱさがあり、とてもジューシーだ。空腹のせいもあって、直ぐにリンゴは芯だけになった。その芯を少女に渡すと、一体どうしたものかと少女は呆然として、貰ったリンゴの芯と私を交互に見ていた。残念なことに私は優しい。

「俺が先に見つけたからな。悪く思うな――」

 今度は後頭部が思いっ切り何かで殴られ、私は地面に倒された。痛みで思考が掻き乱されるし、首が上手く動かせない。だけど本能的な危険だけは痛い程感じられた。動こうともがくが、速やかに手足を荒縄で縛られ拘束される。

 エルフ達が話しているのはイギリス英語で、綺麗な発音で聞き取りやすかった。ちなみに私は日本人なのに、話す英語は酷いフィンランド訛りらしい。

「エイラ、どうして逃げなかったんだ? こいつニンゲンだろう? というか服を着ろと言ったろう」

 私を殴ったと思われる奴は、声から考えるに女性らしい。女性にしては、かなりの力だったと思う。多分、内出血ぐらいしているだろう。上から叩き付けられるように殴られたので、少なくとも子供ではないと考えられる。

「えっと……この人が赤い実を食べちゃった……」

 少女が申し訳無さそうに言うので、かなりよろしくない事をしたと思う。それにしたって、たかがリンゴだに何の意味が有るのだろう。

「冗談も程々にな。ニンゲンにあの実が見つけられる訳無いだろう」

「ホントだよ! 僕見たもん!」

「分かった。もしもの事も有るし、この男を村まで運ぼう。後ろを持ってくれ」

 手と足の間に棒が通され、俗に言う豚の丸焼きスタイルで運ばれる。丸焼きと言えば、モロッコ辺りで食べた子ラクダの丸焼きが思ったよりも美味しくて、また食べに行きたい味だった。呑気な事を考えている状況じゃないのに、なんという事だ。モロッコのアッツァイと呼ばれる甘い緑茶は私の口に合う。アジア辺りの緑茶は大抵加糖されているので、日本の緑茶が飲みたければきちんとノンシュガーと明記されている物を買おう。

「俺、本当にリンゴ食べたぜ?」

 正直に事を言うと、いきなり放り出されて山肌を転げ落ちた。背中に何かリュックサックの何かが当たっていてるらしく、結構痛む。その後で、私を投げたエルフ二人が斜面を降りてくる。殴ったと思われるのは少女の右側に居る女エルフだろう。

「ニンゲン、本当にあの実を食べたのか?」

 ナイフを私の首筋に当てて、大きい方のエルフが問い正す。一回死んだからか、そこまで怖いとは思わなかった。というか海外を回っていればこれぐらい無くはないので、慣れちゃいけないがもう慣れた。

「だからそうだってば……えっと、エイラちゃん? そうだよね?」

「え? うん……芯だけ渡された……」

「何で止めなかったんだ!」

 エルフがエイラを怒鳴り立てると、耐え切れなくなったのか少女は泣き始めてしまった。手足が動かせないので、慰められない。これでは話が聞けないではないか。

「お嬢さん、声を荒らげるのは良くない」

「部外者は黙ってろ! ごめんよ、エイラ」

 完全に当事者なのに、なんという扱いだろうか。エルフがナイフを戻してエイラを慰め、時間を掛けて泣き止ませた。その間にも私は背中に何かが当たり続けて痛いままだ。

「で、このニンゲンは実を食べたのか?」

「うん……僕がこの目で見たよ。芯だって、ほら」

 エイラはそう言って、エルフにリンゴの芯を渡す。時間が経ったと思うのに、全く茶色く酸化していない。どうやら、私が食べたのは普通のリンゴではないらしい。抗酸化剤配合のリンゴとは驚きだ。

「何て事だ。こんなのが我々の長か」

「分かりやすく説明してくれよ」

 何が起きているのかは私に分からない。観光しに来たのに、サバイバルを続けてこの有様だ。荒縄が擦れて、手首が痛くなってきた。

「やむを得ないな……あの赤い実は、我々の長を選出するための物だ」

「じゃあ俺は長?」

「あってたまるか。私達の村のエルフ以外があの実を食べたことは無い。結界も張ってあったのに、どうやって破ったんだ?」

 普通に昼夜を問わず歩き続けただけで、結界とやらを破ったなんて全く分からなかった。その旨を伝えると、更に不審そうな顔をする。私を来させたくないなら、今度から意地悪なイミグレ係員でも配置しておくことだ。結界は通れるが検問は簡単に通れない。

「……詳しい話は後だ。取り敢えずコイツを運ぼう」

 森の中で二人に運ばれ続けて、やっと彼女達の集落に到着した。全員、耳の尖ったエルフで、男が限りなく少ない気がする。集落に到着するなり、地獄の黙示録よろしく私は木製の通気性の良い牢屋に放り込まれた。女性の方が立場が上そうで、今まで見てきた世界とは全く違うので心躍った。

 これから私はどうなるか分からないが、精々この素晴らしい状況を楽しもうと思う。

 処女作と言うのに、童貞作とは言わない。やっぱり、ここでも童貞より処女の方が喜ばれるのが伺えます。

 初めまして、マクミランです。この名前はどっちかというとイギリス人で毛むくじゃらな緑色の人から取りました。宜しくお願いします。

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