風船
ある男が友人と話しているときのことだった。
「おい、お前。その風船、どうしたんだよ?」
男の友人は怪訝な表情で尋ねた。男の背中から空へと向かって伸びる糸の先に、小さな赤い風船がぷかぷかと浮いていて、確かに大人の男には似つかわしくないような感じではあった。
「なにそれ? 知らない」
男は風船の方を見ようともせず、ただそう答えた。
「ふうん」
友人はさして気にも留めず、その話はやめた。
またある日、男がスーパーで買い物しているときだった。
「お客様、背中に何かくっついていませんか?」
店員が丁寧にそう指摘した。しかし、この時も男は、
「さぁ。気のせいだろ」
そう答えるだけだった。
店員は困惑したが、それ以上問い詰めることはしなかった。
しばらく経って、今度は道を歩いていた子供が男に話しかけた。
「おじちゃん、おっきな風船だね」
男は子供を無視し、そのまま通り過ぎようとしたが、子供は今や男の頭よりも大きくなった風船に大はしゃぎだった。
「どこで買ったの?」
しつこくつきまとう子供に男は怒って、
「うるせえな! 風船なんかねえよ!」
子供はビクッと体を震わせると、ひどく恐ろしいものを見たような顔をして、そのまま逃げてしまった。
やがて、風船が男の体の二倍ぐらいの大きさになったころ。
「突然、失礼します」
警察官が巨大な風船の影の下にいた男を呼び止めた。この異様な光景に、男の周りには誰も寄り付かず、通行人たちはみな彼を避けて歩いている。
「……なんでしょうか?」
男はいかにもイヤそうな顔で振り返った。
「恐れ入りますが、その風船はどうされたんですか? 何か困っているようでしたら、手伝ってあげましょうか?」
警察官は純粋に心配した様子だったが、男は沈んだ顔で、
「……考えたくない」
ただ一言、そう呟いて去った。
そしてあの日、男がいつものように道を歩いていたとき、大きな風船がとうとうパン、と破裂した。
「ああ、耳が痛い! なんなんだよ、ちくしょう!」
男はその場にうずくまり、大声で叫んでいたが、通行人たちは誰一人男を助けなかった。




