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風船

作者: 中原恵一
掲載日:2026/07/06

 ある男が友人と話しているときのことだった。

「おい、お前。その風船、どうしたんだよ?」

 男の友人は怪訝な表情で尋ねた。男の背中から空へと向かって伸びる糸の先に、小さな赤い風船がぷかぷかと浮いていて、確かに大人の男には似つかわしくないような感じではあった。

「なにそれ? 知らない」

 男は風船の方を見ようともせず、ただそう答えた。

「ふうん」

 友人はさして気にも留めず、その話はやめた。


 またある日、男がスーパーで買い物しているときだった。

「お客様、背中に何かくっついていませんか?」

 店員が丁寧にそう指摘した。しかし、この時も男は、

「さぁ。気のせいだろ」

 そう答えるだけだった。

 店員は困惑したが、それ以上問い詰めることはしなかった。


 しばらく経って、今度は道を歩いていた子供が男に話しかけた。

「おじちゃん、おっきな風船だね」

 男は子供を無視し、そのまま通り過ぎようとしたが、子供は今や男の頭よりも大きくなった風船に大はしゃぎだった。

「どこで買ったの?」

 しつこくつきまとう子供に男は怒って、

「うるせえな! 風船なんかねえよ!」

 子供はビクッと体を震わせると、ひどく恐ろしいものを見たような顔をして、そのまま逃げてしまった。


 やがて、風船が男の体の二倍ぐらいの大きさになったころ。

「突然、失礼します」

 警察官が巨大な風船の影の下にいた男を呼び止めた。この異様な光景に、男の周りには誰も寄り付かず、通行人たちはみな彼を避けて歩いている。

「……なんでしょうか?」

 男はいかにもイヤそうな顔で振り返った。

「恐れ入りますが、その風船はどうされたんですか? 何か困っているようでしたら、手伝ってあげましょうか?」

 警察官は純粋に心配した様子だったが、男は沈んだ顔で、

「……考えたくない」

 ただ一言、そう呟いて去った。


 そしてあの日、男がいつものように道を歩いていたとき、大きな風船がとうとうパン、と破裂した。

「ああ、耳が痛い! なんなんだよ、ちくしょう!」

 男はその場にうずくまり、大声で叫んでいたが、通行人たちは誰一人男を助けなかった。

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― 新着の感想 ―
不思議なお話ですね……! 風船は何を示していたのでしょう。 男の悪意なのか、猜疑心なのか、なんなのか。 友人がいるということは悪人ではなさそうですが、後半の展開を見ているとどんどん悪い方向に向かってし…
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