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戦場の婚約破棄

掲載日:2026/05/08

 燃えさかる街。空を飛ぶ化物が鋭く街に飛来する。大きく開いた口。そこから放たれる炎の荒波。街は再び業火へと包まれた。

 ドラゴンだ。ドラゴンが王都に来たのだ。

 騎士団が、魔道士団が、日々の鍛錬の証拠を示そうと奮い立つ。だが足りない。美しくも禍々しい鱗が、魔力を、剣を、跳ね返す。強大なその翼が、彼らの守るべき街を破壊する。太く鋭い爪が、大地ごとこの世を切り裂く。

 だが、勝てないからと言って諦めるわけにはいかない。街を、民を、この国を守らなければならないのだ。


「第二騎士団、第三魔道士団!ドラゴンの右翼を重点的に狙え!数人単位で固まって動き、的を絞らせるな!」


 戦場にアーサー王子の声が響きわたる。アーサーの声を受け陣形が大きく変化し、ドラゴンの右翼側が激しい戦闘音の嵐に包みこまれる。

 アーサーの横では、その婚約者のメリルダ公爵令嬢がマジックシールドを展開し、流れ弾から拠点を保護していた。


「アーサー様!このままではここもすぐに奴の攻撃範囲に入ってしまいます!今すぐ移動いたしましょう!」

「前線で民が戦っているのだ!私だけおめおめと逃げられるものか!」


 近衛兵からの進言に、アーサーは首を横に振った。マカラニア王国史上、最も民に愛された王子アーサーは、彼自身も同じように民の事を愛しているのだ。


「だが、そうだな。――メリルダ。君は避難民と一緒に逃げなさい」

「嫌ですアーサー様!アーサー様が戦線に残られるのでしたら、私も残ります!――少しなら魔法が使えます!風よけでも何でも使ってください!」

「……メリルダ。君には避難民を無事安全地区まで運ぶという任務を与える!遂行してくれるな?」

「でしたら!行ってすぐに戻って参ります!その際は隣にいさせてください!」


 メリルダはそう言って、アーサーの隣を離れ、駆け出そうとする。


「待て!――行く前に一つ言いたいことがある」

「は、はい!何でしょう!」

「――メリルダ、君との婚約を破棄する!」


 アーサーの一声に、拠点内にいた者達に動揺が走る。

 無理もない。アーサー王子と婚約者メリルダは仲睦まじいことで知られていたのだ。


「君と共にいたくないんだ。これは私の感情の問題で、君に落ち度は全く無いのだが――もう会うことも無いだろうから、この際言ってしまおうと思ってな」

「ア、アーサー様?」

「正直、君との婚約はうんざりだったんだ!……だからもう、行ってくれ。二度と顔を見せに帰ってくるんじゃないぞ!」


 アーサーは顔をゆがめながらそう言った。


「……失礼いたします」


 メリルダの先ほどまでの威勢はどこへやら。走り去って行く彼女の背中は、どこか寂しい表情をしていた。


「……これでいいんだ」


 拠点に残されたアーサーは、ポツリとそうつぶやくのであった。


******


 それから少し経った頃、戦闘は佳境を迎えていた。


「第三騎士団、第四魔道士団壊滅!」

「第二騎士団、ドラゴンブレスが直撃し戦線崩壊!」


 拠点に飛び込んでくる悲報の嵐。もう負けるのは時間の問題だった。


「民の避難状況は!?」

「はっ!保護した避難民の安全地帯までの移動、完了しております!話によると、動く気力すら無くなってしまった民をメリルダ様が鼓舞し、保護した避難民一人たりとも犠牲にすることは無かったそうです!」

「そうか。メリルダが……。であればこれ以上戦闘を続けても仕方がないな。総員に撤退命令を出せ!」

「はっ!しんがりはどうなさいますか!?」

「撤退に指揮官は不要だろう。――私と直属の近衛兵でしんがりを務める!すまない。私と共に最後の民を逃がす防波堤となってくれ」


 アーサーがそう言って近衛兵に頭を下げる。


「アーサー様の頼みとあれば、どこまでもお供いたしますよ!」

「いっそのこと、しんがりの我々でドラゴン討伐しちゃいますか!」

「マカラニア王国の底力、見せてやりましょう!」


 近衛兵は、今から死地に赴く者達と思えないほど、快活な笑みを浮かべた。


「――すまない皆感謝する!行くぞ!」


 アーサーの号令で、近衛兵は速やかに準備を開始する。

 目指すはドラゴンの足止め。彼らの動きにためらいなどは一切なかった。


******


「ぐわぁ!」


 ドラゴンの翼が近衛兵の一人を吹き飛ばす。だがそのことに気を取られる時間もない。


「次が来るぞ!各自マジックシールドを展開しろ!」


 そう言って、アーサーもマジックシールドを自身の前に展開する。瞬間、炎。視界が真っ赤に汚染され、シールド越しに熱が押し寄せる。

 右側の炎が細かくゆれる。次だ。息をつく間もなく、炎の影からヌッと爪が来る。速い。何とか剣を爪と体の間に滑りこませる。吹き飛ぶ体。地面が何度もバウンドする。

 息が苦しい。もう他の兵は逃げ切っただろうか。


 目の前から炎が迫る。――体が動かない。魔力がうまく練れない。ここでお仕舞いか。


「マジックシールド!」


 聞き覚えのある声。顔を上げるとそこには――愛しの人がいた。

 マジックシールドが炎を受け止め、再び視界が真っ赤に染まる。


「メ、メリルダ、どうして」

「どうしてって、隣に戻ってくる約束、しましたので!」


 メリルダが息を切らせながら、何とかマジックシールドを支える。


「だが俺は、婚約破棄を……」

「あんな約束、私、了解、してません、ので!」


 炎が晴れる。ドラゴンは天に向かって大きく咆哮した。

 アーサーは剣を杖代わりにしながら、ゆっくりと立ち上がる。


「なぜ逃げなかったんだ!私がどんな気持ちで!」

「それはこちらの台詞です!アーサー様こそ私の気持ちをわからなすぎにも程があります!」


 メリルダはこちらに向き直りそう言った。彼女の瞳からはポロポロと雫が流れ落ちていた。


「私は婚約しているから、あなたの隣にいたいのではありません!王子だから、あなたを支えているのではありません!――あなたを愛しているから、あなたのことが好きだから、最後まで隣にいたいのです!」


 メリルダの真剣な表情。アーサーは魅入られた。

 走ってきたのだろう。髪はみだれ、服は泥まみれで、顔には切り傷があった。――だが、今まで見てきたどの姿よりも、美しく感じた。


「……すまない。私が間違っていた。――最後まで隣にいてくれますか?私の愛する人よ」

「ええ、もちろんですわ」


 アーサーとメリルダは、二人でドラゴンに向き直った。

 なぜだろう。今ならどんな事でもできそうだ。


******


 マカラニア王国歴127年。突如王都にドラゴンが襲来した。ドラゴンの気まぐれか、はたまた他国の陰謀か、原因は明らかになっていない。ドラゴンは所狭しと王都を一日中暴れ回り、街を焦土と化してどこかへ旅立っていった。

 しかし、突如現れたにもかかわらず、民間の被害者が数百、騎士団、魔道士団含めても千に達しなかったのは、英雄アーサー王子とその婚約者メリルダ公爵令嬢のおかげだと言われている。

 ドラゴンとの戦いで命を失った二人の功績を称え、その後、慰霊の意もかねて、街の中心部に銅像が建てられた。二人は記憶として、長く民の間に語り継がれるのであった。

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