表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

崩壊

初投稿です!拙い文章ではありますが、楽しんでもらえたらうれしいです!

指摘・アドバイス、どしどしください!

注意:残酷な描写あり

  「は、あ……っ、は……」

 呼吸がうまくできない。指先ひとつ動かない。ただ、喉の奥がせり上がる鉄の味で満たされる。


 目の前で、親友の琉生るいが倒れていた。彼の口と腹からは、どす黒い液体がとめどなく溢れ出している。

 そして、その傍らに”それ”はいた。


 化け物――人間のような輪郭をもちながら、目も鼻もない。口だけが耳元まで裂け、三日月状に歪んでいる。剥き出しの歯茎が、暗がりのなか濡れた粘膜のように妖しく光っていた。

 ――逃げなきゃ殺される。

 脳が、脊髄が、生存本能のすべてがそう叫んでいる。


「あああああああああああ!」

 喉が裂けるほどの絶叫が、静寂を切り裂いた。


「……はっ……はっ……!」

 今まで呼吸を止めていたかのように、必死に酸素を吸い込む。背中に張り付いたシャツがやけに冷たくて気持ち悪い。脂汗でぐっしょりだった。


 顔を上げると、整然と並んだ机が視界に入った。前方には教卓と、縦方向の消し跡が残る黒板。――教室だ。


「ちょっと……大丈夫!?」

 視界の端で、はかまの裾が激しく揺れた。焦燥に満ちた声が鼓膜を震わせる。

 呼吸を整えて顔を向けると、そこには袴姿の女子が立っていた。


 彼女は鶴舞咲つるまい さき。クラスメイトで、僕も彼女も弓道部に入っている。

「全然部活に来ないから心配で見に来たら……優璃がすごいうなされてて。起こそうとしても全然起きないんだもん……」


 うなされていた……? 確かに、何かおぞましい夢を見ていた気がする。だが、思い出せない。ただ、得体の知れない不快感だけが澱のように胸に溜まっていた。


「ごめん、心配かけた。もう大丈夫だから」

「そっか、よかった。私はもう道場に戻るから、優璃も早く来なよ?」

 ほっとしたように笑い、彼女は教室を後にした。


 僕も行こう。もやつく頭を振り払い、荷物をまとめて席を立つ。


 部活が終わり、道場の玄関で靴を履いていると、突然首筋に冷たいものが押し当てられた。

「うわっ!」

 情けない声を上げて飛び上がる。この感触、ペットボトルだ。こんな悪ふざけをする人間は一人しかいない。


「琉生……冷たいんだけど」

「ちぇ、バレたか」


 振り返ると、僕より頭一つ分背の高い男子が、ニヤニヤしながらペットボトルを差し出してきた。羽入琉生はにゅう るい。僕がこの学校で唯一「親友」と呼べる男だ。


「ありがと」

 受け取って一気に飲み干す。

「あーあ、また負けちまった。これで通算何本目だっけ」

「なんか……申し訳ないな」

「いいんだよ! 俺が言い出した勝負だしな。次は絶対負けねえから!」

 琉生がニカッと笑う。一年生の頃からずっと同じクラス。裏表のない、気持ちのいい奴だ。


「二人とも、おつかれー!」

 背後から伸びてきた手が、僕と琉生の肩を同時に掴んだ。咲だ。


「も~、また馬鹿なことしてるの?」

「馬鹿じゃねえ、男の真剣勝負だ!」

「くだらなーい。置いて帰ろ、優璃」

 咲が僕の腕を引いて歩き出す。後ろから「待てよ!」と琉生の情けない声が追いかけてくる。


 夕日に包まれた通学路を、三人でゆっくりと歩く。

「それでさ、うちのクラスの数学、マジで分かりにくいんだけど……」

「咲は数学が嫌いなだけだろ?どの先生でも同じだって」

「琉生のくせにうっさい!」


 他愛もない、けれど僕らにとってはかけがえのない時間。でも、なんだか少し寂しい。

「……こうやって部活帰りに話せるのも、あと少しなんだね。本格的に受験勉強が始まったら、余裕なくなっちゃいそうだし」

 ふと漏らした本音に、二人が悲鳴を上げた。


「やめろよ! 今そんなこと考えたくねえ!」

「あああ! 受験なんて消えてなくなれ! 部活させろー!」


 笑い声がひと段落すると、琉生がふと真面目な顔で聞いてきた。

「ところでさ、優璃は進路とか決まってんの?」

「まだ……かな」

 自信なさげに答える。


「俺さ、優璃はもっとすごいやつになれると思うんだよ。いつも消極的だから心配なんだよな」

「お前は優璃の保護者か!」

 咲のツッコミが入る。


 けれど、彼の言う通りだ。僕はいつだって消極的で、空っぽだ。周りに合わせ、顔色を窺って生きてきた。この高校を選んだ理由だって、二人がいたから。やりたいことが見つかれば、僕も僕らしく生きられるのだろうか。


「じゃ、私はここで!」

 交差点で咲が足を止める。彼女は左、僕らは右だ。二人は最後まで「あかんべえ」をやり合い、僕はそれを見て小さく吹き出した。


 咲と別れた後、しばらく沈黙が続いた。気まずさはない。オレンジ色に染まった世界を二人で行く。


「あいつさ」

 琉生が不意に口を開いた。

「咲のことだよ。あいつ、本当に弓が上手いよな。射がさ……綺麗なんだよ。目が離せなくなるっていうか」


 彼は立ち止まり、燃えるような夕焼けを見つめていた。

「どうしたの、急に」


 風が僕らの間を吹き抜ける。琉生が何かを決心したように、僕を真っ直ぐに見つめた。

「俺……咲のことが好きだ」


 ……驚きはしなかった。薄々感づいていたから。それでも、いざ言葉にされると、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 「消極的」という言葉が、呪いのように突き刺さる。自分から動けない人間に、他人を羨む資格なんてない。


「……そうだったんだ。頑張れよ、応援してる」

「おう! ありがとな!」

 琉生が笑う。これでいい。これでいいんだ。胸の奥のもやもやに気づかれぬよう、自分に言い聞かせる。


 市街地まで来たところで、別れの時間が来た。

「じゃあな琉生。あんまり咲と喧嘩すんなよ」

「わ、分かってらぁ……」

 照れ隠しに頭をかく彼を見て、少しだけ心が軽くなった。


 その平穏が、一本の悲鳴によって切り裂かれるまでは。


「きゃああああああ! 誰か、たすげっ――」

 肉を叩き潰すような、鈍く不快な音が響く。夕暮れの街に、不自然な静寂が広がった。

「今の声、どこから……」


 心拍数が跳ね上がる。誘拐か……?それとも強盗……?

「こっちだ!」

 琉生の叫びに導かれ、声のした路地へと駆け出す。角を曲がった先、僕らは「それ」を目撃した。


 女性が、崩れるように倒れている。腹部と肩が赤黒く濡れ、首は力なく折れ曲がっていた。

「なん……だよ、あれ……」

 琉生の声が震えている。僕らの視線の先にいたのは、女性ではない。


 ”それ”は人の形をしていた。だが、口や鼻がなく、たるんだ皮膚が垂れ下がっている。巨大な裂け目のような口が、若い女性の首筋を貪っていた。

 ――化け物。

 全身の血が凍りつき、足の感覚が消える。目の焦点がうまく合わせられない。指先が、唇が、ガタガタと震えて止まらない。


 僕らの気配を察した化け物が、死体をゴミのように放り投げ、こちらを向いた。目がないはずの顔から、肌を刺すような殺気が放たれる。耳のあたりまで裂けた口が三日月のように大きく歪んだ。


「優璃……お前は逃げろ」

 震える声が耳に届く。琉生が、着ていた学ランを脱いで腕に巻き付け、化け物へと一歩踏み出した。


「まさか……戦う……のか? 無理だ、殺される……!」

「……大丈夫だ。武器も持ってねえし、タッパも俺と変わらねえ」

 琉生の手が小刻みに震えているのが見えた。汗が額や腕を伝っていく。


 化け物がゆっくりと向かってくる。琉生は腰を落とし、迎え撃つ構えをとった。

 その時、化け物が右の人差し指をスッと前に突き出した。奇妙な、滑稽なまでの動作。


 その瞬間、悪寒が走った。――夢の断片が、鋭く脳を貫く。

「琉生ッ!! 離れろッ!!」

 枯れた声で叫んだ瞬間、世界の音が消えた。


 化け物の指が、あり得ない速度で伸長した。

 水の中のように鈍くなった視界のなかで、長く伸びた「指」が、琉生の胸を無造作に貫く。

 指先は金属のような光沢を放ち、彼の背中まで突き抜けていた。


 琉生は呆然と、自分の胸を貫く指を見つめている。化け物が、それを乱暴に引き抜いた。

「がぁっ……ぅ、あぁぁぁ……っ!」

 琉生の口から、熱い血の塊がぶち撒けられた。


「……る……い……? 琉生ッッ!」

 駆け寄ろうとする僕を、彼の絶叫が遮る。

「来るなァッ!」

 血を吐きながら、彼は膝をついた。胸の穴からどす黒い液体が溢れ出している。それでも、彼の声には力があった。


「でも……っ!」

「早く……失せろよッ……! お前がいたって……どうにもならねえんだよ!」

 言い放つと同時に、化け物の指が再び琉生を貫いた。二度、三度。執拗に、肉を抉る。

 琉生が地面に転がった。

「優璃……咲、を……たの、む……」


 化け物は倒れた彼に跨り、何度も、何度も、その指を突き立てた。

 グチャッ、ボキッ、という生々しい破壊音。

 それは、子供が虫をつぶして遊ぶような、純粋で残酷な愉悦に満ちていた。


「――ああ……、ああああああああッ!」

 僕は、逃げ出した。親友を見捨て、化け物とは逆の方向へ、なりふり構わず。

 背後からは、肉が飛び散る音と、断末魔が聞こえ続けていた。


 ――ごめん、琉生。ごめん。

 ニカッと無邪気に笑う彼の顔が、網膜に焼き付いて離れない。

 ごめん、ごめんごめんごめんごめんごめんごめん――!


 狂ったように足を動かし、大通りへと飛び出す。

「……は……? なんで……」


 そこは、僕の知っている街ではなかった。

 至るところにあの化け物が溢れ、老若男女を問わず食らいついていた。腕をもがれた女性、群がる怪物に囲まれた子供。衝突し、炎上する車。

 悲鳴、怒声、断末魔。


 当たり前の日常は跡形もなく消えていた。

 世界は、たった数分で地獄へと塗り替えられていた。




応援、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Xから来ました。 日常の風景から突然、異形の化け物が登場するインパクトが残酷さや衝撃がものすごく、すぐに話に惹き込まれました。 些細ながら評価とブクマさせて頂きます✨
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ