小話1杯目☕とある日の小さな夜話
真雄の唯一の友達、依月の話です。
俺の同居人は変わっている。
身長173cmの端正な顔立ちを活かして、舞台俳優をやっている男だ。一度だけ、招待されて舞台を観たことがある。そこで初めて、こいつが「天才」と呼ばれる理由がわかった。まるで役そのものが立っているかのようで、観客の心をさらう芝居。あんなものを見せられたら、文句のつけようがない。
売れてもおかしくないと思うのに。
「今日も可愛いね、香水変えた?」「その服似合ってるね。今度デートしようよ」
同じ職場ということもあり嫌でも目に入る。どんな相手でもさらりと口説き、さらりとなびかせる。そう、こいつ、女癖が悪すぎる。おまけに
「依月ぃぃぃ!!またあいつがああ!!!」
酒癖が悪い。泣きながら抱きついてきたと思った次の瞬間、体の半身が床に落ちている。仕方なくそのまま引きずってベッドへ運ぶのが、最近じゃすっかり俺の『日課』となりつつある。
そのせいで、事務所は大々的に『売り出せない』だから、無名俳優というポジションから抜け出せないままなのだ。
まぁ、本人は「演技ができれば、どんな場でもいい」と言っているから、きっとそれで満足なのだろう。でも、俺からしたらやっぱり、もったいないと感じてしまう。あんな才能、そうそうあるものじゃないから。
それでも、たぶん、縛り付ければこの人はこの人じゃいられない。事務所もそれがわかっているから、あまり強く出ないのだろう。女癖が悪いのも事実だけど、どんな相手でも、ちゃんと一線だけは越えない。そういうところだけは、きっちりしているのだ。
「……かっこいいな」
出会ったときから、この人はそうだった。自分を持っていて、どんなときもそれを貫いている。最初は成り行きで始めた同居だけど、今となっては、自分の意思で続けている。
放っておけば、あっという間に“人間”から逸脱してしまうという理由もある。初めてこの家に来たとき、服や台本、ゴミが散乱し、食事は全部デリバリー。そんな生活ぶりは、まさに「人間を終えた姿」そのものだった。
俺自身、これで生活するのは耐えられなかったというのもある。でも、居候の身でできることといえば、掃除や料理くらいで……そうしているうちに、気がつけば、ダメ人間を1人、立派に作り上げてしまっていた。
……まぁ、これも俺の責任、なのかもしれない。
『依月い。今どこ?』
「…家ですけど」
サークルの飲み会で遅くなると言っていた同居人からの電話に、作業していた手を止めた。受話器の向こうから聞こえてくる賑やかな声からして、居酒屋かどこかで盛り上がっているのだろう。
『迎えに来て』
「は?」
それだけ言うと満足したのか、電話はあっという間に切れてしまった。酔っ払った声からして、依月の嫌な予感は的中した。基本、酔っていても自力で帰ってくるタイプの相手だ。わざわざ迎えを頼まれるのは、かなり珍しい。
「場所どこだよ」
どこなのかも告げずに切れた電話。メッセージを送っても、もちろん返信が来ることはなかった。
イラッとする気持ちを抱えながら再び電話をかけると、今度はあっさり繋がった。
地図アプリを頼りにたどり着いた場所には、すでに誰かがいた。自分を待っていたのだろうか。初対面にもかかわらず、(ああ、この人が)と直感的に分かった。
同居人の代わりに電話に出てくれたその人物に案内され、依月は呼び出しの張本人を見つける。
「おお!依月い!」
予想に反して酔いつぶれてはおらず、同居人は依月を見るなり手を挙げた。その姿にため息をつきながら、依月は彼の腕を自分の方へ回した。
「すみません。この人連れて帰ります」
「ほら、帰りますよ。立ってください」
「依月…無理」
「立て」
酔いつぶれて立とうとしない同居人に、少し苛立ちながらも肩に腕を回し、店を後にする。
残された仲間たちは、2人の姿を呆然と見つめ、誰かが小さく呟いた。
「もしかして、あの子が…」
「大切にしたい子!?」
きゃあと歓声が漏れる。「大切な子がいる」という言葉で、同居人が告白されないようにうまく逃げていることも。自分が知らないところで、新たな誤解が生まれていることも。依月はまだ知らなかった。
最後の「立て」を最初は「立って」にしてたんですけど、意外とイラついた依月は、「立て」て言いそうだと思い変えました。真雄にはそんな言葉遣いしないと思う。