5杯目☕ 優しさと視線の狭間で困惑中。
毎回タイトルを考えるのが難しすぎて、自分の引き出しの無さに嘆いています。
誠堂で働き出して、早いものでもうすぐで1ヶ月経とうとしている。週に2、3日、しかも5時間しか入ったことがない俺は、いまだに遅番の人たちに会ったことがない。
「仕事をまともに教えられるのは早番の人たちだけ」「土岐の負担が増えるから」と遠久村さんは言っていた。
そのおかげもあって、早番のメンバーはだいたい覚えてきた。
前世・近藤勇である遠久村 勇士。(店長)
前世・藤堂平助の藤代 花帆。(大食い)
前世・井上源三郎の上城 匠馬。(身長高くて、めちゃくちゃ優しい)
前世・山崎烝の安西 丞。(主に土日にいる)
そして早番スタッフである、前世・原田左之助の佐々原 清夏さんに、今日も一定の距離から監視されてます。
紫の瞳に、紫がかった腰まである髪を上の方でハーフアップにまとめている。ドイツと日本のハーフだという彼女は、確かに美人で、しかも身長は170cm。
初めて会ったとき、163cmの俺は文字通り、彼女を見上げる形になった。視線の高さの違いに、ちょっとした敗北感すら覚えた。どうやら大学4年生らしく、話すとクールな大人の女性という印象だ。そんな彼女に、シフトが被るたびに気づいたら見られている。
「きよちゃん? 特に何も言ってなかったけど?」
真雄の問いに、花帆は首を傾げる。休憩中、たまたま同じタイミングになった花帆に、真雄は思い切って尋ねていた。
佐々原という人物と初対面の挨拶を交わして以来、どこか視線を感じるようになった。気のせいと思おうとしたが、その頻度が増している気がして、気になって仕方ない。
「本当ですか? 俺、なにかやらかしてるのかと思うんですけど……」
言いながら、胸の内では心当たりを必死に探す。思い当たることといえば――
「初めて会った日にグラス割ったからとか?」
花帆が笑いながら言うと、真雄はすかさず声を張り上げた。
「忘れてください!!」
だが実際、その日から視線を感じるようになったのも事実だった。視線を感じ、そっと振り返ると、壁の影からじっと見られていた。驚いて手元が滑り、グラスを盛大に落としてしまったのだ。
「……やっぱり、俺が前世の記憶ないからですかね」
「んー、そんなことないと思うよ?高瀬くん以外にも、記憶なかった人、昔働いてたみたいだよ」
花帆が言ったその一言に、真雄は思わず食いついた。
「そうなんですか!?」
思っていたよりも肯定的な答えに、少し安心する。けれどやはり、記憶がある人たちの中で、自分だけが“知らない”というのは、どこか取り残されたような感覚を拭えない。
「うん。結城くんが言ってた。むしろ、みんな前世が新選組って珍しいって!」
そう言いながら、花帆はなにかを思いついたように真雄をじっと見つめた。
「んー、もしかして……高瀬くんの前世って」
「はい?」
不意に真剣な目で覗き込まれ、真雄は思わず身を引きつつも、視線を外せずに身構える。
「芹沢さんだったりして!」
「……芹沢って、新選組の初代局長の、ですか?」
「そうそう!!高瀬くん、誕生日いつ?」
「9月1日ですけど……」
即答すると、花帆は数秒考え込んでから、あっさりと首を振った。
「……んー、違うか!」
「判断基準なんですか!?」
思わずつっこむ真雄の声に、休憩室には小さな笑い声が響いた。
「佐々原さん? 特に何も言ってなかったと思うよ」
「俺も、特には」
花帆からの話を聞いたあと、真雄は上城と安西にも同じことを尋ねてみた。
「きよちゃん、何も言ってないから安心して!」
と花帆に言われたものの、やはりその言葉だけではどこか落ち着かなかったのだ。
「佐々原さん、面倒見がいいから、高瀬くんの心配していることはないとおもうよ」
上城の言葉を受け、真雄は頷きながらも、複雑そうに呟いた。
「それはわかります! 基本、何聞いても笑顔で答えてくれるし、優しいお姉さんだなって思うんです。でも、なんていうか、時々その……」
「時々?」
「……見られてる気が」
その瞬間、後ろから名前を呼ぶ声が響いた。
「高瀬くん!」
「うわっ!? は、はいっ!」
突然声をかけられた真雄は、反射的に背筋を伸ばした。手元の食器を落としかけたが、寸前で持ち直す。声の主は、他でもない佐々原清夏だった
「ごめんね、急に声かけちゃって」
「い、いえ! すみません!」
思わず謝罪が口をついて出た。つい先ほどまで話題にしていた相手の登場に、真雄の心臓は早鐘を打つ。
「私、休憩行っちゃうから、作業の引き継ぎしてもいいかな?」
「はい!もちろんです!」
「備品を片付けてたんだけど、新しいのが届いたみたいなの。今あるところに置いてもらえれば大丈夫だから」
「わかりました!」
「中身、そんなに重くないとは思うけど、無理しないでね」
そう言うと、清夏は身を屈め、真雄の顔をそっと覗きこんできた。
(……話してみると、やっぱり普通に優しい人なんだよな)
「大丈夫? 重くない?」
「ゆっくりでいいからね」
何かを手に取るたび、清夏は一つ一つ真雄を心配してくれる。もはや、優しさというより過保護の域に達しているようだった。年上のきれいなお姉さんからそんなふうに扱われるのは、もちろん嫌ではない。いや、むしろ心のどこかで「ご褒美だ」とさえ思っている。ただ──
(佐々原さん、これもう『お母さん』じゃないですか!?)
まるで小さな赤ちゃんのように扱われている気がして、複雑な思いが芽生えたその瞬間、運び出そうとした段ボールがわずかに傾いた。
「おっと」
「大丈夫?」
滑りかけた段ボールに、そっと添えられた手。
手首の細さに反して、意外にしっかりした指先。力を入れすぎず支えてくれるその感触に、真雄の動きが一瞬止まった。
「あ、すみませ…ん"!?」
顔を上げると、すぐそこに佐々原の横顔があった。紫がかった髪がさらりと揺れて、伏せた睫毛の影が頬を撫でている。真剣なまなざし。少し心配そうな口調。
(美!!!!)
その端正な横顔を、真雄はまともに見たことがなかった。童顔で可愛らしい桃音とはまた違う、大人の女性ならではの凛とした美しさ。心臓が一拍遅れて跳ねた。
(なにこれ、少女漫画でよく見る展開…あれ、これ漫画だったら…)
――落ちてるじゃん俺!?
(いやいや!!俺には桃姉という存在がいて!!)
(違う女性にときめいたら、浮気になるのか!?いや、そもそも桃姉とそんな関係じゃないし!?)
頭の中がぐるぐると大混乱していると、佐々原が微笑んで口を開いた。
「高瀬くん」
「っ、はいっ!?」
思わず上擦った声で返してしまい、顔が一気に熱くなる。動揺しているのが、自分でもはっきりわかる。
佐々原が、ほんの少しだけ近づいてくる。その距離が、やけに近く感じて――
「あの」
「ごめんなさい!!!!俺には好きな人が!!!」
考えがまとまる前に、言葉だけが飛び出した。
「え?」
佐々原が目を丸くしたその瞬間、低い声が後ろから響いた。
「何してるんだ、お前ら」
振り向けば、眉をひそめた土岐が立っている。
「うわぁぁ!!」
盛大に声を上げた真雄の横で、佐々原は驚くこともなく微笑む。
「おはようございます、土岐さん。今日は早いんですね」
「上城いるから新作のメニュー考えようと思って」
「毎月考えるの、大変ですね」
ごく自然に会話を始めるふたり。その間、真雄だけがあらゆる感情を失って宙を見つめていた。
(……なんか、ものすごい『浮気現場』みたいなの、見られた気がする)
(ていうか、俺はなにを告白した……?)
「それより高瀬くん」
呆然と立つ真雄に、先ほどまで土岐と話していた佐々原が、ゆっくりと笑みを向ける
「は、はい!?」
「好きな人いるの?」
その笑顔は、ついさっきまでの優しい印象から一変して、妙に凄みを増していた。直感的に、真雄は悟る。
──滑らせちゃいけない言葉を、滑らせてしまったのだ、と。
清夏メイン回です。上城と安西の話もどこかで書きたいです。