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3杯目☕知らぬが誠、バイト始めます。

小説を読む時、ラストの1ページ目から読む癖があるのですが、まだ3話目なのに最終話のラストシーンが書けました。最終話まで書けるように頑張ります。

「バイト、決まってよかったな!」


「まあ、なんとか」


大学の講義を終えた高瀬真雄は、隣に腰を下ろした滝川 依月(たきがわ いづき)と会話を交わしていた。赤みがかった髪を前髪留めのヘアピンで整え、サーモンピンクの瞳が、陽だまりのような柔らかさを湛えている。


「でも、ごめん。せっかく紹介してもらったのに……」


「えっ!? いや、それこそ、こっちのセリフだって! 紹介しておいて不採用とか、本当ごめん!」


真雄が「誠堂」を訪れる前に受けたカフェのバイト。それは依月が紹介してくれた場所だった。「一緒に働けるかも」と嬉しそうに笑っていた依月の顔が脳裏に浮かび、申し訳なさが込み上げる。


だが、そんな真雄の気遣いなどどこ吹く風で、依月はいつもと変わらぬ笑顔を向けてきた。


「でもさ、真雄が受かったバイト先、ちょっと気になるな〜。今度、連れてってよ」


「えっ!? あ、その……」


(新選組コンセプトカフェだなんて、言えるわけねぇ……!)


「なに? もしかして――いかがわしい店だったりして?」


「えっ!? そ、そんなわけないだろ! いや、その、まだ働いてないし! 初バイトだし! 続くかも分かんないし、そのうち、ね、そのうち!」


自分でも苦しいとわかる言い訳に、真雄は内心で頭を抱える。その必死さがツボに入ったのか、依月はぷっと吹き出し、ついには涙が出るほど笑い始めた。


「はははっ、なにそれ! そんなに慌てなくてもいいじゃん!」


「あ、えっと」


「でもさ、いつか連れてってよ。友だちが働いてるとこ、ちょっと見てみたいし」


机に突っ伏しながらも、顔だけこちらに向けた依月の笑顔は、自然と光を集めるようだった。

その瞬間、周囲の女子たちから「きゃっ」と小さな悲鳴が上がったのが、真雄の耳にもかすかに届く。


「なぁ、真雄はこのあと――」


依月はそのまま話を続けようとしたが、ポケットから鳴った通知音に眉をひそめ、言葉を切った。


「あ、ごめん。なんでもないや」


「同居人から?」


「うん。買い物頼まれちゃった。また今度、飯でも行こう」


「いいよ、今度行こ」


依月と別れたあと、真雄は小さくため息をついた。

やっぱり依月みたいな人間は、おしゃれなカフェが似合う。きっと“キラキラした何か”ってやつは、生まれ持ったものなんだろう――そう思わずにはいられなかった。


依月と初めて会ったのは、大学の入学式の日。「高瀬」と「滝川」。名簿順でたまたま隣になった、それだけのきっかけだった。


上京したばかりで緊張していた真雄に対し、依月は最初から人懐っこく笑いかけてきた。

お互い地方出身で、少しだけ武道経験があるという共通点も手伝って、自然と友人になっていた。


大学生活で、唯一といっていい友人。

だからこそ、あのバイト先だけは、どうしても隠し通したかったのだ。


そう、このバイト先だけは――


あの出会いから2週間。真雄は、再びカフェ「誠堂」の入口で足を止めていた。


(……緊張する!)


人付き合いが苦手なうえに、これが人生初めてのバイト。真雄の足は、固まったように動かない。


「お客様ですか?」


背後から声をかけられ、真雄は思わず裏返った声を上げた。


「あっ、いや! 俺は……!」


慌てて振り向くと、そこにはオレンジ色の髪と瞳を持つ、幼い顔立ちの女性が立っていた。髪は三つ編みカチューシャにまとめられていて、背も低い。


(こ、子ども……?)


そんな真雄の心中など知らぬ顔で、彼女はぱっと笑顔を咲かせる。


「もしかして、高瀬まおさん!」


「……どうして、俺の名前を……?」


真雄が戸惑い気味に問いかけると、目の前の人物はパッと顔を輝かせた。


「わあっ、やっぱり! メッセージに“高瀬”って書いてあったし、表示名が“MAO”だったから、てっきり女の子かと思っちゃった!」


「え、ああ、えっと……」


「初めまして! 藤代 花帆(ふじしろ かほ)です! ここのスタッフやってます!」


ハイテンションでまくし立てる相手に、真雄は完全に置いていかれていた。だが、「スタッフ」という一言に我に返り、慌てて姿勢を正す。


「あ、ああっ! 初めまして、高瀬真雄です!」


「あはは!初日ってやっぱり緊張するよねー!大丈夫だよ!みんな優しいから」


「あ!はい!…優しい?」


真雄は返事をしながら、思わず昨日の出来事を思い出していた。スタッフの一人・土岐とのやりとりは、どう見ても“歓迎”とは程遠い。むしろ、取り調べに近かった。


(あれが……優しい?)


胸の内で小さくツッコミながらも、真雄は案内してくれる花帆の後ろについて、カフェの奥へと足を進めていった。


「あ!くまさん!おはよう!」


「おはよう。藤代さん。君は…」


キッチン横を通りかかったとき、すでに中では誰かが作業をしていたようだった。振り向いたその人物――「くまさん」と呼ばれた男性は、真雄に静かに視線を向ける。


「あっ!初めまして、高瀬真雄です!」


「ああ、君が!初めまして。上城 匠馬(かみしろ たくま)です。」


その名乗りと同時に、彼が一歩前に出たことで、真雄は思わず息をのんだ。


(で、デカっ……!)


軽く190cmはありそうな長身。しかもがっしりとした体格で、並ぶとまるで大人と子どものようだった。163cmの真雄は、自然と見上げる形になる。


「通称くまさんなんだよ!」


「くまさん…?」


「体格がティディベアみたいってのと匠馬って名前から取って、くまさんってみんなに呼ばれてて」


言われてみれば、柔らかく整えられた栗色の髪が、額にかかるほどの長さで無造作に揺れている。瞳は穏やかな茶色で、低音の声。すっと通った鼻筋と、口角が自然に上がった微笑みが、彼の人柄の良さを物語っていた。どこか安心感を与えるその佇まいには、“くまさん”という呼び名がよく似合っていた。


「“前世”でも、“源さん”って呼ばれてたから、逆に落ち着くくらいだよ」


「そうそう、それ! 懐かしいな〜」


(前世……?)


聞こえてきた言葉に真雄が考えている間に、にこにこしながら、花帆がごく自然な調子で問いかけてくる。


「ちなみにさ、高瀬くんの前世って誰だったの?」


「えっ?」


「私、前世は藤堂平助だったんだよ!高瀬くんは?何番隊だったの?会ったことある人かな?」


「俺は井上源三郎だったんだ」


状況が理解できず、真雄は思いきっておずおずと手を挙げた。


「……あの、それって……決めなきゃいけないんですか? 俺、まだ決めてなくて……」


その言葉に、二人は同時に小首をかしげた。


「決めるって……何を?」


「え? えーと……“設定”というか……」


「設定?」


花帆が目をぱちくりさせる。その無垢な表情に、真雄は完全に追い詰められていた。


「は?……はあああああ!?!?!?」


次の瞬間、カフェの静かな空気を裂くように、真雄の叫びが響き渡った。


「ちょっとおおお!!! 聞いてないんですけど!!!」


「ははは!最初に言ったじゃないか!」


真雄の言葉に、遠久村は楽しそうに笑い声を上げた。花帆の話を聞いた真雄は、真っ先に遠久村のもとへ駆けつけていた。


「いやいやいや!! 普通、“設定”だと思うでしょ!? 常識的に考えて!!」


どうにか理解しようとする真雄に、花帆が申し訳なさそうに言った。


「ごめん。局長。ってきり同じなのかと思っちゃって」


「局長!?ってことは、本当に…?」


花帆の言葉に真雄は更に驚いて遠久村と向き合った。遠久村は「気にしなくていい」と花帆に答えていた。そして、改めて真雄と向き合った


「改めて高瀬くん。ここ誠堂で働くスタッフは全員、前世新選組隊士なんだ」


「ぜ、全員?」


「ああ、全員」


その言葉に、真雄の表情から色が消える。新選組、前世、全員——現実感のない言葉の数々が、頭の中を渦巻いた。


「嘘……でしょ。前世とか、新選組とか、そんな……」


言葉の先が続かず、視線が宙を彷徨う。次の瞬間、真雄の体がふらりと揺れ、力を失ったようにその場に崩れ落ちた。


「高瀬くん!!!?」


花帆の叫び声が店内に響く。彼女が慌てて駆け寄る中、真雄の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。


そして、その意識の最果てで、ただひとつの決意だけを抱えていた。


(ああ……やっぱり、辞めよう……)



次は誰が出るか、楽しみにして頂けたら嬉しいです。


花帆の名前表記間違えてたので書き直しました。

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