17杯目☕誠堂、ゲーム効果発動中です。
「高瀬くん! これ、3番さんに!」
「はい!」
「はい、ご注文ですね」
「ただいま満席ですので、少々お待ちください」
昼下がりの店内は、いつになく熱気を帯びていた。浅葱色の羽織が揺れ、食器の触れ合う音と女性客たちの弾んだ声が絶え間なく重なる。
その中心で、真雄もまた休む間もなく動き続けていた。トレーを抱え、オーダーを確認し、通路を縫うように歩く。ようやく一息つけた隙に、カウンターでドリンクを作っている清夏の隣へ滑り込む。
「なんか今日、忙しくないですか」
清夏は手を止めず、ふっと笑った。
「ふふふ、今日から“薄騎士”の舞台だからね」
「はく…きし…?」
聞き慣れない単語に首を傾げた瞬間、横から花帆がひょこりと顔を出す。
「『薄桜の騎士団 ―命燃ユ、恋芽吹ク―』っていう、乙女ゲーム原作の2.5次元舞台なんだけど…」
「前世で新撰組だった騎士たちが、記憶を失った王女を守る乙女ゲームなんだけど、騎士たちはなぜか彼女のことを覚えていて、そこに前世の因縁や国の危機が絡んでくるの!恋愛しながら、失われた記憶と真実に向き合っていく話なんだ!」
勢いそのままに、花帆は店内を指さした。
「ほら!うちのお店、新撰組モチーフだから!」
店内のあちこちには新撰組を思わせる装飾が施され、スタッフの制服も浅葱色に白い山形模様の羽織だ。その雰囲気を目当てに訪れた“薄騎士ファン”の女性客たちで、店内はいつにも増して賑わっている。
(モチーフというか、スタッフの前世新撰組ですけど!!?)
客席のあちこちから、楽しげな声が響く。そして、卓上にはぬいぐるみやアクリルスタンドが並び、ドリンクよりも主役のような顔をしている。
「やばい、高嶺様尊すぎ……」
「この席、写真撮っていいですか?」
「このアクスタのビジュ最高だよね!」
スマートフォンのシャッター音が、店内のあちこちで小気味よく鳴る。もはやカフェというより、期間限定コラボ空間のようだった。
(なんか、違う店にいるみたいだ…)
視線を巡らせると、壁際の席では浅葱色の羽織を背景に写真を撮る客たちの姿。その中に、新撰組の名を冠したキャラクターたちが当然のように並んでいる。
多くの女性客がぬいぐるみやアクリルスタンドを手に、楽しげに写真を撮っている。やけに金髪のキャラクターばかりが目に入った。
「ってか、前世と言っても、自分がキャラになってるって違和感ないんですか?」
小声で尋ねると、あっさりとした返事が返ってきた。
「んー、ないかな?」
「前世って言っても、別人みたいなものだからね〜。なんなら、私たち薄騎士のファンだよー!」
「ファン!?」
視線の先では、推しグッズを愛でる客たち。その光景と“本人たち”が同じ空間にいるという事実が、真雄の頭を軽く混乱させたのだった。
「はぁーー!やっと休憩だぁ…」
椅子に沈み込むように腰を下ろし、真雄はそのままテーブルに突っ伏す。肩から力が抜け、指先までじんと重い。
「お疲れ様ー!」
対照的に、花帆は明るい声で手を振る。彼女の前のテーブルには皿が所狭しと並び、サンドイッチにパスタ、サラダにデザートと、まるで小さな宴会のような量だった。
(……本当に同じ“休憩”だよな?)
空腹のはずなのに、体が食事を受け付けない。疲れすぎると人は食欲すら鈍るのか、と妙に冷静な感想が浮かぶ。
「高瀬くんはフルで入るの、今日が初だもんね!」
「はい……慣れてきたからと思ったんですけど、間違えました……!!!」
情けなさを噛みしめながら顔を上げる。店内のざわめきはまだ途切れず、食器の触れ合う音や笑い声が壁越しに響いていた。
「あはは! こっちは高瀬くんいてくれて、助かるよ!」
「それが、例の薄騎士ですか?」
花帆の手元にあるゲーム画面へ、真雄は身を乗り出すように視線を向けた。ゲーム機器の画面には、色鮮やかな背景とともに、煌びやかな装いの騎士たちが並んでいる。
花帆はフォークをくるくると回しながら、楽しげに答えた。
「そうだよ!高瀬くん好みの人いる?」
「え!?」
唐突な問いに、真雄は思わず声を裏返らせる。次の瞬間、ゲーム機器を差し出され断る間もなく、反射的に受け取ってしまった。
キャラクター選択画面らしく、5人の騎士が整然と並んでいる。笑顔全開の王子様風、無表情の黒髪、あどけなさを武器にしていそうな少年枠といった個性豊かなキャラクターたちだ。
指で画面を操作する勇気はなく、ただ眺めるだけにとどめる。
「藤代さんの推しは誰なんですか?」
視線を画面から外さないまま尋ねると、花帆は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「私はね…この人!」
彼女が指差したのは、柔らかな笑みを浮かべた騎士だった。
「へー、自分自身じゃないんですね」
半ば冗談のつもりで言うと、
「えー!さすがに違うよ!」
花帆は即答しながら笑った。キャラクターをみながら、真雄の脳裏に休憩前に客が手にしていたキャラクターがよぎった。
「……そういえば、この金髪のキャラって誰なんですか?」
「金髪?…ああ!神楽深月って名前で、沖田総司が元になってるキャラだね!」
「沖田総司…」
その名前を聞いた瞬間、真雄の中で小さな引っかかりが形を持つ。ずっと気になっていたことが、自然と口をついた。
「そういえば……ここって、前世が沖田総司の人、いませんよね?」
何気ない確認のつもりだった。けれど返ってきた答えは、驚くほどあっさりしている。
「? いるよ」
「えっ! いるんですか!?」
思わず声が裏返る。自分でも大げさだと思うほどの反応だった。
「結城くんがそうだよ」
その名前を聞いた瞬間、真雄は言葉を失う。
「結城……」
その名だけは、この店で何度も聞いている。直接会ったことはないのに、妙に存在感だけは知っている人物だ。
「よく名前、聞きますね」
「結城くんはバイトの中でも古参だからね!」
花帆は最後の一口を頬張る。
「あ、でも今日、遅番だから会えるんじゃないかな?」
「ついに、会えるんですか!」
その言葉に、真雄の意識が一気に引き寄せられた。
遅番。つまり、このあと来る可能性があるということだ。
会ったことはない。けれど名前だけは何度も耳にしている。古参バイト。沖田総司の前世。なにかと話題に上がる人物。
ただの同じバイトのはずなのに、まるで有名人に会う前のような、そわそわした落ち着かなさが胸の奥に広がる。
「まぁ、来たら、だけど」
「それってどういう――」
真雄が思わず背筋を伸ばした、その瞬間だった。
「お疲れ様でーす!!!」
スタッフルームの扉が勢いよく開き、明るく張りのある声が響く。
ピンクと濃い茶のツートン。左側の一部だけ灰色に染まった、跳ね気味の姫ウルフ。ちらりと見えた八重歯が印象的な女性が、そこに立っていた。
「おはよー! 莉杏ちゃん!」
「わ! かほちん!やっほー!」
場の空気が一瞬で切り替わる。黄みがかった猫のような目が真雄へ向けられる。遠慮のない観察の視線。わずかな沈黙ののち、彼女は首を傾げた。
「……誰?」
薄騎士のあらすじ、キャラ設定作りました。キャラ設定作ってる時が楽しいですね。




