表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

16杯目☕️ 子どものまま、約束を。

「それで、作戦会議?」


先ほどまでの話を聞き終えた清夏が、そう口にした。上城が用意したお菓子とジュースをカウンター席で口にしながら、律はこくりと頷く。


「清ちゃんなら、どうする?」


「そうね……喧嘩っていうほどでも、なさそうだし」


律は小さく息をついた。少しの間、黙ったままカウンターに肘をつき、頬杖をつく。視線は無造作に並べられたクッキーやジュースに落ちていたが、心ここにあらずという表情だ。


「律くん」


「やっぱり、杏ちゃんに自分の気持ちを伝えることが大事だと思う。杏ちゃんも律くんと仲直りしたいけど、素直になれないだけかもしれないよ」


「うん……そうだよな……」


律はコップのジュースを手に取り、軽く握っては放す。手のひらに伝わるひんやりとした感触が、なんとなく自分を落ち着けてくれる気がした。


「よし……腹を決めるか……」


小さな決意の空気が、カウンターの上でキラキラ揺れる光と混ざる。ジュースやお菓子に反射した光が、律の心を少しだけ落ち着かせる。


「……近藤に、頼む……ことをっ」


(相当、嫌なんだな……)


遠久村の名前を出すたびに歪む顔に、真雄はそう思った。


「それで、うちの杏に謝りたいと?」


出勤してきた遠久村は、腕を組んだまま律を見下ろした。その視線は、いつもの軽さが嘘のように真剣だ。


律は一瞬、視線を逸らした。


前世の記憶が、否応なく胸の奥をざわつかせる。芹沢鴨だった自分が、近藤勇に頭を下げる日が来るとは――どんな未来でも、想像すらしていなかった。それでも。


杏の泣いた顔が、脳裏をよぎる。律は小さく息を吸い、ぎこちなくも、はっきりと頭を下げた。


「……頼む。杏に、会わせてくれ」


それは、芹沢鴨としてではなく、一人の子どもとしての、精一杯の願いだった。


「…分かった」


その一言に、場の空気がふっと緩む。少し離れた場所で見守っていた真雄たちも、思わず息を吐いた。


「ただ俺も着いていく!」


間髪入れずに放たれた遠久村の声に、場の空気が一瞬、止まった。


「……は?」


思わず返した律の声は、素のままだった。眉をひそめ、何を言われたのか理解できない、といった表情で遠久村を見上げる。


「大事な大事な一人娘だからな! また泣かせられたら困るからな」


遠久村は胸を張り、腕を組む。その表情は真剣そのものだが、言っていることは完全に過保護な父親だった。


「……っ」


律は一瞬、言い返しかけて口をつぐむ。


「……分かった」


短くそう答え、律は視線を逸らした。その声には、不満も、悔しさも、そして杏のために飲み込んだ覚悟も、すべてが滲んでいた。


「いやー!それにしても、芹沢さんが俺に頭下げる日が来るなんて思わなかったな!」


遠久村が急に表情を崩し、がははと豪快に笑った。


「まさか杏の友だちが芹沢さんっていうのにも驚いたのに、喧嘩したなんて」


悪気の欠片もない。ただの冗談、ただの感慨。けれど、その一つ一つが、律の胸の奥を正確に抉っていく。


「……っ」


律の喉が、かすかに鳴った。


胸の奥で、押さえ込んでいた何かが、音を立てて軋む。芹沢鴨だった過去。近藤勇だった男の前で、頭を下げたという事実。


「だから僕はお前が嫌いなんだ!!!」


律は、拳をぎゅっと握りしめ叫んでいた。


公園の片隅で、ブランコがひとつ、きぃ、と小さな音を立てて揺れていた。その影の中に、杏の姿があった。


律は足を止め、一拍だけ呼吸を整えてから、そっと近づく。


「……杏」


名前を呼ぶと、ブランコが揺れる音が止まった。


「……! りっちゃん……」


杏の大きな瞳が、驚いたように見開かれる。立ち上がろうとするその動きよりも早く、律は深く頭を下げていた。


「杏、ごめん。杏を泣かせてしまったこと、謝りたい」


「りっちゃん……」


律は一度、息を整えてから続けた。


「僕たちは結婚できない。でも、僕は杏のことが大好きだし……ずっと一緒にいたいと思ってる」


「でも……ずっと一緒にいるには、結婚だって……」


「パパが言ってたよ……」


その言葉を聞いた瞬間、律の顔がわずかに歪んだ。そこには、「余計なことを教えやがって」とでも言いたげな視線が、遠久村へと向けられていた。


当の遠久村は、その視線に気づいたのか、笑いながら小さく手を合わせ、謝るようなジェスチャーを返している。


「っていうか、そもそもどうして律くんは“結婚できない”なんて言ったんですか?小さい子なら、みんな言いますよね」


真雄には、それがどうにも引っかかっていた。

幼い頃は、理由もなく「結婚する」と口にするものだ。それなのに、律だけがはっきりと拒んだ理由が分からなかった。


「杏、結婚は……男の人と女の人がするものだろ」


「好きな人同士がするって、パパが言ってた」


「……いや、うん。それは間違ってない。間違ってないけど、杏……」


杏の言葉に、律は思わず頭を抱えた。そして一拍置き、ゆっくりと視線を落とす。


「僕たちは……女の子同士だろ」


「お、女の子!?」


律の言葉に、真雄は思わず声を上げかけ、慌てて自分の口を手で塞いだ。


「…女の子同士だからダメなの?」


「女の子同士だからダメなんじゃない。きっと大きくなったら、色んな出会いがある。結婚は出来なくても、僕はずっと杏と一緒にいたい」


律の言葉に、杏はしばらく黙り込んだ。やがて、ゆっくりと顔を上げる。涙の跡も消えて、どこか納得したような――けれど、どこか違う気もする表情だった。


「じゃあ!」


杏の顔がぱっと明るくなる。


「杏が男の子になればいいんだね!」


「「なんで!!??」」


杏の言葉に、律と真雄の声がぴたりと重なった。


「だって、杏が男の子になれば結婚できるでしょ?」


「いや、待って、杏。そこまでしなくても……」


「杏!!!」


「え!? 遠久村さん!?」


遠くから見守っていたはずの遠久村が、いつの間にか二人の前に立っていた。その顔は、どう見ても号泣している。


「杏は! ずっと可愛い女の子でいてくれ!!結婚はパパとしよう!!」


「パパ!でも、パパはママと結婚してるじゃん」


「……そうだけど。杏は……パパの天使だから……」


(親バカだ……)


その場にいた全員が、同じ感想を抱いたが、誰も口には出さなかった。


「……パパは、少し落ち着きましょう」


真雄が苦笑しながらそう言うと、遠久村は鼻をすすりながら頷いた。


「じゃあさ!」


杏はぱっと顔を上げた。


「りっちゃんと結婚しなくても、一緒に住めばいいんだね!」


「……え?」


「毎日一緒にごはん食べて、一緒に寝て!」


「待って待って待って!!」


遠久村が慌てて割って入る。


「同居は早い! 早すぎる!!パパも一緒に住む!」


「大人げないですよ、遠久村さん」


真雄のツッコミに、その場の全員が一斉に遠久村を見た。本人だけが状況を理解しておらず、まだ涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「さすがに過保護すぎますよ」


「パパと3人は嫌かなー!」


花帆と清夏の即答が突き刺さる。


杏はぽかんとその様子を眺めたあと、くすっと笑った。場に張り詰めていた空気が、ふっと緩む。


「杏」


律は杏と目線を合わせた。


「結婚できなくても、友だちでも、僕は杏のそばにいる」


「ずっと一緒?約束?」


「ああ」


「じゃあ、杏も約束する!」


律がぽつりと呟くと、杏は楽しそうに笑った。仲直りの印のように、2人は手を握りあった。今日の小さな騒動は、こうして穏やかに幕を閉じた。


芹原律せりはらりつ

誕生日10/28 age.6

前世・芹沢鴨。イメージカラー紺の灰色のジャケットに紺のショートパンツ、白いハイソックス。青みがかかった髪色に灰色のベレー帽。紺色の瞳。

京都生まれ東京育ち。エスカレーター式の私立小学校に通っている。偶然知り合った遠久村の娘と友だち。祖父母に連れられ、ごく稀に誠堂にやってきていた。幼い頃から前世の記憶持っているため、友だちが少ない。見た目と名前、自身を僕と呼んでいるため、男の子と間違えられるが、れっきとした女の子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ