15杯目☕️小さな訪問者が強すぎました。
「あれ?」
真雄は思わず声を漏らした。
「……開いてない」
珍しく早起きした真雄は、そのままバイト先へ向かったものの、店はまだ開店前だった。店の前に立ったまま、少し考え込む。
(とりあえず、どこか行くか……)
そう思い、踵を返した瞬間だった。
「っ!」
「うわああ!!」
振り返った勢いで、何かにぶつかった。慌てて下を見ると、そこには子供が立っていた。
灰色のジャケットに紺のショートパンツ、白いハイソックス。頭には灰色のベレー帽を被っている。
「え、なに……迷子?」
次の瞬間、足に鋭い痛みが走った。
「痛った!!!」
「見ない顔だ。不審者か」
「不審者じゃな――痛っ!」
どうやら蹴られたらしい。弁明しようとするが、容赦なく蹴りが飛んでくる。完全に不審者だと思われているようだった。
「…?お前は」
どうにか落ち着かせようとした、その時。
「あれ?」
聞き覚えのある声が、二人の間に割って入る。
「わ! 高瀬くん!早いねー!」
「あ、藤代さ……」
「藤堂か」
「あれ!?りっちゃん!?」
花帆が驚いた声を上げる。
「久しいな」
そう返した幼い子どもに、花帆は懐かしそうに笑い、自然と会話を始めた。どうやら二人は知り合いらしい。
その様子を見ながら、真雄の胸に小さな引っかかりが生まれる。
(……藤堂?)
花帆の苗字は藤代のはずだ。
それなのに、迷いなく「藤堂」と呼んだ。その違和感が、忘れかけていた記憶をゆっくりと呼び覚ましていく。
――《私の前世、藤堂平助なんだ》
「ぬぁ!!!??」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「どうしたの!? 高瀬くん!」
花帆が慌てて振り返る。
「やっぱり、不審者か」
冷静にそう言い放つ子どもに、花帆はすぐさま首を振った。
「りっちゃん! 違うよ!」
場所を移し、三人は近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。向かいに座る律を、真雄はまじまじと見つめる。
「僕は芹原 律」
一拍置いてから、律は言った。
「誠堂のスタッフらしいから言うが、僕の前世は芹沢鴨だ」
あまりにもさらりと告げられた言葉に、真雄の思考が一瞬止まる。
「せ、芹沢鴨……? この人が?」
「りっちゃんは、前世の記憶を持ったまま生まれてきたんだよねー」
「ああ」
花帆の言葉に、律は短く頷いた。
「記憶を持ったまま……? 藤代さんは、違うんでしたっけ?」
「私は数年前かな!でも、たまに記憶を持ったままの人もいるみたいだよ!」
花帆の言葉に、真雄は小さく頷いた。その直後、ひとつの疑問が浮かぶ。
「前世が芹沢鴨の人、いたんですね。前に藤代さんに聞いたときは、いないって言ってた気がして」
それは、誠堂に入ったばかりの頃のことだ。花帆が冗談めかして口にした言葉が、ふと脳裏をよぎる。
《高瀬くんの前世、芹沢さんだったりして!》
思い出したように、花帆は少し笑って肩をすくめた。
「りっちゃんが芹沢さんだって知ったの、ほんとについ最近だからね」
「ああ、そうだな」
元々、誠堂に通っていた祖父母が、たまたま律を連れてきたのがきっかけだったらしい。その後、律が1人で店を訪れた際に、前世のことが明らかになったのだという。
「ところで、りっちゃん。どうしたの?学校は?」
「今日は休みだ。杏の父親に用があったんだが、まだなんだな」
「遠久村さんなら、昼過ぎに来ると思うよ」
花帆の言葉に「そうか」と律は答えて頷いた。真雄はふとした疑問が頭をよぎる
「杏ちゃん?って、遠久村さんの娘さんなんですか?」
「うん!そうだよ」
その返事を聞いた瞬間、真雄の思考が一拍遅れた。
(杏の父親……遠久村……?)
頭の中で、名前と名前が雑に繋がっていく。
(待って待って待って。まさか――)
次の瞬間、真雄の中で答えが完成した。
「りっちゃんは、遠久村さんの娘、杏ちゃんとお友だちだからね」
「ああ」
(近藤勇の娘と芹沢鴨が友だち!!??現世凄っ!!)
律が不思議そうに首を傾げる。
「どうした。不審者」
「いや、だから不審者じゃ……」
「なんだ? お前も前世持ちか?」
「高瀬くんは違うよー」
「……そうか」
律は一瞬だけ真雄を見たあと、何も言わずに視線を逸らした。
「ところで、りっちゃん。どうして遠久村さんに会いに来たの?」
「それは……僕が、杏を泣かせてしまった。それを、謝りたいんだ」
「え?」
律の話によると、それは数日前のことだった。ふたりが通う小学校での出来事だ。
「杏は、りっちゃんと結婚する」
いつものように手を繋ぎながら登校していたとき、杏はそう言った。微笑むと同時に、肩まで伸びた茶色の髪がふわりと揺れる。
あまりにも突然の言葉に、律は一瞬、言葉を失った。
「杏……。僕らは、結婚できないんだ」
「なんで?」
「それは……僕が……」
言葉を探しているうちに、杏の表情が曇る。
「りっちゃんは、杏のこと嫌い?」
「嫌いなんて、ないよ! 杏のこと、好きだ」
「じゃあ……なんで……」
「だって、杏。僕たちは……」
最後まで言い切る前に、杏が叫んだ。
「りっちゃんなんて嫌い!!」
律は、その場で言葉を失った。大きな瞳から、ぽろりと零れ落ちた涙が見えたからだ。杏は握っていた律の手を振りほどくと、そのまま走り去ってしまった。
「杏は……前世の記憶があるせいで周りに馴染めなかった僕に、唯一、話しかけてくれた存在なんだ」
「だから、どうしても仲直りしたい」
少し間を置いて、律は小さく続ける。
「でも、あれから杏は僕を避けてるから……屈辱だが、近藤……」
その名を口にした瞬間、律はわずかに顔を歪めた。
「杏の父親に、頼むことにした…くっ」
(……本当に嫌そうな顔だな)
6歳児とは思えないほど歪んだ表情に、真雄はそう感じた。
「……なるほど」
律の話を聞き終え、花帆は「ふむ」と顎に手を当てた。
「大丈夫だよ、りっちゃん! 私たちが杏ちゃんと仲直りするお手伝いするね!」
「本当か?」
即座に返ってきた言葉に、律の目がわずかに見開かれる。花帆はそれを見て、にっと笑った。
「よーし。仲直り大作戦、決行だね! とりあえず、もう開いてると思うからお店戻ろ! りっちゃんも!」
「僕も?」
「うん。遠久村さんが来るまで、作戦会議しよ!」
花帆の言葉に、律は一瞬だけ迷いを見せたあと、小さく頷いた。
「分かった」
こうして、仲直り大作戦は幕を開けたのだった。




