13杯目☕️僕と君の距離はどのくらいですか
凪のあすからというアニメが好きで、何十回も観ているのに号泣しながら書きました。
13杯目☕️
昔から、父親が苦手だった。
口を開けば「男は武道だ」と言い、あらゆる場所へ連れ回される。そのうえ、名前負けしているだの何だのと、事あるごとに言われ続けてきたのだ。
そして――
「真雄おおお!! 元気しとったか!!」
顔に似合わない大声で泣きながら、父親は真雄に頬ずりしてきた。その瞬間、真雄の表情はすっと消える。
愛されていることは分かっている。ただ、もう少し加減というものを、覚えてほしかった。
真雄の両親はいわゆる晩婚だった。生まれたときから体が小さかったこともあり、父親は可愛くて仕方がなかった。だが、女の子のような見た目をしていたことが、父親にとっては心配の種でもあった。その不安から、真雄にあらゆる武道を叩き込もうとしたのだ。
――それが、後年しっかり疎まれる原因になるとも知らずに。
「真雄! 久しぶりに武道やらへんか!」
「え……いや、いいよ」
「遠慮すんな! 道着どこや! まだサイズ合うやろ!」
「ちょっと、ええ加減にしなさい」
少し離れた場所から、母親の冷静な声が飛んだ。
「今日、花火大会あるんやって。せっかくやし、誰か誘って行ってきたら?」
母親の何気ない一言に、真雄の手が止まった。
「……あ、うん。行く予定、ある」
「あら、そうなん? 誰と――」
一瞬、間を置いてから、母親が声を弾ませた。
「あ! 分かった。桃音ちゃんやろ?」
その名前が出た瞬間、真雄の肩がわずかに跳ねた。
「あんた、昔から桃姉、桃姉言うてたもんなぁ」
「桃音って、佐倉んとこの娘さんか!」
不意に昔のことを持ち出され、両親の視線が一斉に真雄へ向けられる。逃げ場のない空気に、真雄は小さく息を詰め、耳まで熱くなるのを感じながら視線を逸らした。
「ああ!! もう! 行ってきます!!」
逃げ出すように家を出た真雄の背中に、「気つけてな」と声が飛んできた。
駅へ向かう道を歩きながら、無意識のうちにスマホを握りしめる。画面を確認しても表示は変わらない。それでも、何度も見てしまう。
(……落ち着け)
自分に言い聞かせるように小さく息を吐く。花火大会。ただそれだけの予定なのに、胸の奥がざわつくのは、偶然の重なりがもたらす奇跡のせいだろう。
ライブ終わりの特典会。白い机の向こうに立つ桃音と、その前に短い時間だけ。会話はいつも決まっていて、感想と挨拶、そして「またね」で終わるはずだった。
「まーくんは帰省するの?」
不意に投げかけられたその一言に、心臓がわずかに跳ねる。桃音はいつも通りの笑顔で、深い意味なんてなさそうに首を傾げていた。
「う、うん。7月の終わりくらいに……一週間だけど、そのつもり」
声が少し裏返ったことに自分でも気づき、胸の奥が熱くなる。
「あ! 私もなの!」
桃音はぱっと表情を明るくさせ、手を叩いた。
「じゃあ、会えたらいいね」
その一言は自然で、軽く、でも確かに胸に響く。
(あ、会えたらいい……!?)
考えるより先に言葉が口をついた。
「じゃ、じゃあさ……」
喉が一瞬詰まる。
「花火大会、行かない……?」
言い終えた瞬間、世界が一拍遅れたように静まり返る。その緊張とは裏腹に、桃音は笑顔で二つ返事したのだった。
改札を抜けると、人の流れが一気に増えた。浴衣姿の人、屋台の袋を提げた家族連れ。遠くからかすかに祭囃子が聞こえてくる。
「まーくん!!お待たせ。人多いねー!」
「うっ、う、うん。そうだね」
(待って、可愛すぎないか???)
振り向くと、桃音が立っていた。淡い色の浴衣に身を包み、髪をまとめたその姿は、いつもより少し大人びて見える。真雄の心臓は飛び出そうな程音を立ててしまう。
「まだ、花火まで時間あるから、何か食べない?」
そう言った桃音は、少し照れたように笑った。
「あ、うん。じゃあ……屋台、見て回ろっか」
人の多さもあり、2人並んで歩くその距離が、妙に近い。浴衣の袖が触れるたび、真雄は肩を強張らせた。
屋台の明かりに照らされた通りは、人で溢れていた。かき氷、焼きそば、りんご飴。甘い匂いと香ばしい匂いが入り混じり、どこか落ち着かない。
「どれにしよっか。いっぱいあって迷うね」
桃音はきょろきょろと屋台を見回しながら、楽しそうに言う。その横顔を見ただけで、真雄の胸がきゅっと締めつけられた。
「えっと……じゃあ、たこ焼きとか?」
「いいね!あ、それとベビーカステラも食べたいな」
並んで屋台に向かう途中、人の波に押されて距離が縮まる。不意に、桃音の袖が真雄の腕に触れた。
「……っ!」
思わず息を呑んだ。離れようとしたが、すぐ後ろから人が押してきて、それ以上動けない。浴衣越しに伝わる体温と、ふわりと香るシャンプーの匂いに、思考が一瞬止まる。
「わ!まーくん、ごめんね」
「う、うん……全然大丈夫!」
心臓の音がうるさくて、自分の声すらちゃんと聞こえているのか分からない。ただ、隣にいる桃音の存在だけが、やけに近く感じられた。
一通り食べ物を手にすると、 2人は人の流れから少し外れた場所へ移動した。屋台の裏手、提灯の光が控えめに届く一角。喧騒が嘘のように、そこだけ、少しだけ静かになる。
2人並んで立ったまま、たこ焼きを頬張る。屋台の音、遠くの笑い声、足元を通り過ぎる人影。その全部が、背景みたいにぼやけていく。
「まーくんとこうやって出かけるの初めてだね」
「そうだね。小さい頃、練習の合間に遊んでたりはしたけど」
「ふふふ、楽しかったね」
桃音のその一言に、真雄はたこ焼きを頬張りながら、必死に平静を装っていた。
(やばい。楽しい)
(楽しいし、可愛いし、なんなんだこの状況)
口の中のたこ焼きが、やけに熱い。それをごまかすように、何度も噛みしめた。この時間が、いつまでも続けばいいのに、と思いながら。
「昔も楽しかったけど、今も楽しいよ?」
「……え、本当?」
思わず零れた声に、桃音は小さく頷いた。少し照れたように目を伏せて、柔らかく笑った。
「東京では、こうやって会えないから。だから……今、すごく嬉しい」
その言葉と一緒に向けられた微笑みに、真雄の胸がどくん、と大きく鳴る。夜の喧騒も、遠くの屋台の音も、すべてが一瞬遠のいた気がした。
(今なら……)
「あ、そろそろ、始まりそうだね」
桃音が空を見上げて言う。人の流れが、自然と同じ方向へ向かい始める。肩が触れそうな距離で並びながら、真雄は小さく息を吸った。
「あのさ!桃姉、俺──っ」
真雄の言葉を遮るように、夜空へ大きな音を立てて花火が打ち上がった。
眩い光が一瞬、二人の表情を照らす。
「綺麗……。あ!ごめんね、まーくん。何か言いかけてたよね?」
「ううん、なんでもない!花火、綺麗だね」
桃音が再び夜空に視線を向けるのを見て、真雄もそっと同じ方を見上げた。胸の奥に溜めていた言葉は、花火の音にかき消されるように消えていく。
桃音に想いを伝えることを。いや、“誰かに想いを伝える”ということ自体を――何故か怖いと思ってしまった。
夜空には、音を立てて大輪の花が咲き続けていた。
昔は恋愛小説ばかり書いていたのに、よう誠はコメディを意識して書いてるせいで、違和感凄いです。




