12杯目☕君と交わした約束、更新されますか?
色々重なり、職場が一時的に4つになってしまいました。1月は暇だったのですが、2月更新できるといいな。
窓の外から、セミの鳴き声が聞こえてくる。
懐かしい天井をぼんやりと見つめながら、夢の底に沈んでいた意識が、ゆっくりと現実へ引き戻されていく。
「……真雄! いつまで寝とるのー!」
一階から、母親の声が響く。
高瀬真雄。
約4ヶ月ぶりに、地元・兵庫へ帰ってきた。
「……はいはい、起きてるー!」
布団の中からそう返すも、体は一向に言うことを聞かない。東京では聞かなくなったセミの大合唱。耳障りなはずなのに、不思議と嫌じゃない。のそりと体を起こし、スマホに手を伸ばす。
【真雄、久しぶりの地元どう?】
依月からの連絡に目を通し、寝ぼけた頭のまま短く返事を返す。大学生になって迎える、初めての夏休み。そして――初めての帰省。
そこへ、もう一件。
【まーくん。明後日の集合は17時でもいい?】
その文字を見た瞬間、心臓が飛び出しそうなほど大きな音を立てた。それでも、頬は勝手に緩んでしまう。大学生になって、初めて。
桃姉と、二人きりで出かける。
母親が作ってくれた朝食を食べ終え、身支度を整えて家を出ると、じりじりとした夏の空気が肌にまとわりついた。東京の暑さとは違う、どこか湿り気を帯びた、懐かしい暑さだった。
「……暑っ」
思わず零れた言葉に、返事をする者はいない。
駅前から続く商店街を、真雄はゆっくりと歩き出す。相変わらずの街並みに、懐かしさがじわりと込み上げてきた。商店街を抜け、川沿いの道へ出ると、風が少しだけ涼しい。水面に反射する光を眺めながら、真雄は無意識のうちに歩調を緩めていた。
(この辺、よく来たな)
「男は武道だ」が口癖の父親に、よく連れてこられた場所だった。あの頃は嫌々だったけれど、それがきっかけで桃音にも出会えた。そう思うと、胸の奥に複雑な感情が広がる。
「……懐かしい」
思わず、独り言が零れた。
幼い頃、柔道をやっていた時に通っていた道場だ。そして――
桃音と、初めて言葉を交わした場所でもある。
桃音と出会ったのは、彼女の父親が教えている剣道場だった。
自分より三つ年上の女の子だと、父親から教えられたのが最初だった。もともと、桃音の父親と真雄の父親が知り合いだったこともあり、顔を合わせたことは何度かあった。ただ、きちんと話したことはなかった。
それでも、年上の人たちに混ざって剣道をする桃音の姿は、何度も目にしてきた。負けて悔しそうに唇を噛む顔も、勝って嬉しそうに笑う顔も。そのすべてから、目が離せなかった。
(結局、何も続かなかったけど……)
もともと同じ学校ではなかった。合気道を辞めてからは、桃音との接点も完全になくなったと思っていた。初恋とも呼べる感情は、いつか自然に終わるものだと、そう思っていた。
――中学3年のとき、再会するまでは。
「あれ? もしかして…まーくん?」
ショートに近かった髪は、いつの間にか胸の下まで伸び、高校生になった彼女は、すっかり大人の女性に見えた。あまり変わらないと思っていた3歳という年の差が、急に大きな壁のように感じられる。
それでも。自分に向けられたその笑顔は、あの頃のままで。真雄の初恋は、もう一度、静かに始まってしまった。
(…進展、あるといいな)
そう、胸の内でぽつりと呟いた。隣に並べる男になりたくて、ずっとその背中を追いかけてきた。でも、まだ追いつけてすらいない。
「……いや、でもさ。さすがにキモいよな。
10年近く片思いして、おまけに追いかけるように上京して……」
「……キモすぎる」
自分のことだというのに、考えれば考えるほど、ため息しか出てこない。軽く息を吐き、うつむいていた顔を上げた、その瞬間だった。
「あ!やっぱり、まーくんだ!」
明るい声と同時に視界に飛び込んできた光景に、真雄は思わず息を呑む。
「も、ももも……桃姉ぇ!?」
微笑みながら手を振る桃音が、そこに立っていた。
腰が抜けそうになるのを必死でこらえ、真雄は咄嗟に背後の壁へ手をついて体勢を立て直す。
そんな真雄の動揺など気にも留めず、桃音は楽しそうに近づいてきた。
「ここで会うなんて思わなかったな。メガネ姿、久しぶりだね」
「あ、うん。ふらっと出るだけの予定だったから」
(…桃姉に会うなら、コンタクトにしたのに……!)
心の中で後悔している間に、桃音はすぐそばまで来ていた。
白いブラウスに膝下までのタイトスカート。リボンのついた大きな麦わら帽子を被った、いつもの“アイドル姿”とは違う桃音。その姿に、真雄の心臓は今にも飛び出しそうになる。
「懐かしいねー。まーくんと、初めてちゃんと話した場所だよね」
「……!覚えてくれてたの?」
「うん。忘れないよ」
あまりにもあっさりと言われて、逆に胸がぎゅっと締めつけられた。初めて話した日のことを、覚えていてくれた。その事実だけで、今にも踊り出してしまいそうなほど嬉しい。
「ねぇ、覚えてる?昔まーくんが合気道で自分より身長高い人倒したやつ!」
唐突に投げかけられた言葉に、真雄は少しだけ視線を泳がせる。頭の奥を探るように、曖昧な記憶を辿ってみたが
「…覚えてないかも」
「そっか」
桃音はくすっと小さく笑って、続けた。
「まーくんは小さくて、試合に負けて泣いちゃう子ってイメージだったんだけど」
(うっ…)
胸に、地味に刺さる。
「その時は、あっという間に倒しちゃってさ。後で聞いたら」
「《合気道は争わない武道。自分と相手を守るための武術なんだよ》って教えて貰って。ああ、まーくんにピッタリだなって思ったんだよ」
何気ない一言。
けれど、真雄にとっては。自分でも知らなかった“誰かに見られていた自分”を突きつけられるようで。胸の奥が、静かに熱を帯びていった。
「だからね、嬉しかったんだよー!『桃姉の騎士になる』って言ってくれて。私、お姫様になったのかと思ったもん」
「……え。なんか…恥ずかしい……」
それは、幼い頃の真雄が桃音に向けて口にした言葉だった。
――大きくなったら、桃姉の騎士になる。
真雄自身、忘れかけていた約束。それを桃音が、今も覚えていてくれたという事実に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「桃姉はさ。どうして、アイドルになろうって思ったの?」
恥ずかしさで話題を変えるように、真雄はそのまま口にした。桃音は少しだけ考える素振りを見せてから、照れたように笑う。
「んー…お姫様になりたかったから、かな」
「お姫様?」
「うん。ほら、小さい頃ずっと剣道やってたでしょ。髪も短かったし、よく男の子みたいって言われてて」
懐かしそうに目を細めながら、桃音は続ける。
「テレビで見たアイドルが、キラキラしてて……まるでお姫様みたいで」
「こんな世界もあるんだ、って思ったの。だから、憧れもあったのかな」
その言葉を、真雄は黙って聞いていた。
強くて、真っ直ぐで。
それでも、ずっと“お姫様”に憧れていた人。
「それに、まーくんが、ずっとそばで騎士でいてくれたら安心だね」
冗談めかした口調。でも、微笑むその表情は、どこか無邪気で――ずるいほど綺麗だった。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「じゃあね、まーくん。また明後日」
「うん、また」
遠ざかっていくその背中を、真雄はしばらく見つめていた。
ねぇ、桃姉。
俺は騎士じゃなくて、あなたの。
王子様になりたいんだ。
って言ったら、君はどんな顔して笑うのかな。
桃姉こと桃音のプロフィールです。
佐倉桃音
誕生日10/15 age21
身長156cm
イメージカラー白。ゆるふわパーマ
東京生まれ、兵庫県出身。
小さい頃父親に連れられた道場で真雄と出会う。幼なじみ関係。
ゆるふわ天然であり本人が言って言葉に深い意味はないが、真雄はそれを糧にしている。自分が言った発言を忘れたりすることが多い。




