9杯目☕️視線の先に、あったもの
人は、忘れた頃にふと思い出すことがある。
(……また、佐々原さんだ)
忙しく立ち回る店内の隅で、清夏は今日もこちらを見ていた。目が合うと、すっと視線を逸らされる。
(やっぱり、俺、何かしたかな)
以前にも、清夏から向けられる視線を感じたことはある。だがシフトが被らなかったり、店が忙しかったりして、その違和感はいつの間にか意識の外へ追いやられていた。
話しかければ、会話はごく普通だ。特別冷たいわけでも、避けられているわけでもない。それでも、こうしてふとした瞬間に、定期的な視線だけが戻ってくる。
「いや、悪い気はしないんだよ……しないんだけどさ」
「勘違いしそうになるんだよ……!」
「あっはは!真雄は単純だな」
コーヒーを口に運びながら、依月はそう言った。
以前、二人で行こうとして行けなかったカフェに、今日はようやく来られている。目の前には星座をモチーフにしたケーキが並び、ひと口頬張ると、見た目に反してさっぱりとしたクリームの甘さが口いっぱいに広がった。
「どうせ、モテモテな依月には分からないよ」
「拗ねるなよ。まぁ、真雄見てたくなる気持ち分かるかも」
「え?」
「真雄って、見てて飽きないからさ」
依月は星型の飾りを口に放り込みながら、さらりと言った。
「…褒めてないよな、それ」
「褒めてる!褒めてるよ」
依月は軽く笑い、続けて言った。
「逆にさ。桃姉が、真雄のこと見てるなって思ったら、どうする?」
「へ!?桃姉が、俺を?」
依月の言葉に促されるように、真雄は頭の中で桃音の姿を思い浮かべる。いつも見ている存在が、今度は自分を見つめている。
視線が交われば、きっとあの優しい笑顔で――
《まーくん》
そう呼ぶに違いない。
「……死ぬ」
ぽつりと漏らし、真雄は顔を赤らめて両手で覆った。その反応が可笑しかったのか、依月は先ほどよりも楽しそうに笑う。
「そうなったら死ぬかも……いや、でも、いつも目は合わせてくれるけど……いや……」
言葉が迷子になる真雄を横目に、依月は小さく息を吐いた。
「……ほんと、変わらないな」
それは独り言のように、誰に向けたともつかない呟きだった。
「?依月、なんか言った?」
「ん?何も言ってないよ。ところでさ……」
話題を切り替えるように、依月は何事もなかった顔で言葉を続けた。
翌日のシフト。開店準備を終え、カウンター越しに顔を上げた、その瞬間だった。
――視線。
(……やっぱり)
店内の端。清夏は、今日もこちらを見ていた。目が合うと、いつもどおり、さっと逸らされる。まるで、最初から見ていなかったかのように。
(さすがに、気になる…)
忙しさに紛れて、見ないふりをするのは簡単だ。ただ、清夏からの視線が気になって仕事にならないのだった。意識をしてしまうことにより、変に緊張してしまっていた。
真雄は小さく息を吐いた。
(……聞くだけ、聞いてみるか)
上着の裾を握りしめて、視線の先をもう一度だけ確かめる。そう1歩踏み出そうとした。
「高瀬くん」
「わっ!?」
突然背後から声をかけられ、真雄は思わず跳ねる。振り返ると、そこには花帆が立っていた。
「わ、なんかごめんね。休憩って言いに来たんだけど、どうしたの?」
「……あの」
真雄は意を決したように花帆に打ち明けた。
「きよちゃん? 全然気づかなかったな」
「藤代さんなら、どうします? 俺、気になって……」
「んー……本人に聞くかな。あ、きよちゃん!」
「!!!???」
真雄が止める間もなく、花帆は清夏を見つけて声をかけていた。心の準備ができていなかった真雄だけが、取り残されて慌てる。
「どうしたの?」
「高瀬くんが、きよちゃんが見てる理由知りたいって」
(この、藤代…!!!!)
花帆の言葉に、清夏は一瞬言葉を失い、みるみるうちに頬を赤らめた。
真雄は慌てて否定しようとして――やめた。絞り出すように、真雄は言った。
「視線、感じてて……その……もしかして……」
「あ!えっと……その……」
意を決したように声をかけると、清夏は一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を泳がせた。指先を落ち着かなげに絡めながら、言葉を探すように口を開く。
「あの、私……ずっと……高瀬くんのこと……」
そこで一度、言葉が途切れる。
「……小さくて、可愛いなって思ってて」
「……へ」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
「私、小さくて可愛いものが好きで……それで、ずっと高瀬くんのこと、小動物みたいだなって……」
真雄は数秒、言葉を失ったまま固まる。
(……しょうどう、ぶつ)
頭の中で反芻した単語が、じわじわと現実味を帯びてくる。
「それにね、高瀬くんって、くんせい君に似てるなって思ってたの!」
清夏の言葉に、真雄は思わず何度もまばたきをした。
「くんせい君……?」
「くんせい君は、きよちゃんが飼ってる猫ちゃんだよー!」
「猫……?」
予想外すぎる返答だった。
それでも、なぜか悪い気はしない。むしろ少し嬉しくなっている自分に、真雄は戸惑った。
「あ、でも!佐々原さんが飼ってる猫ってだけで、光栄だなー!」
「あ、あった!」
清夏はそう言ってスマホを操作し、画面を真雄のほうへ差し出す。
「これが一番のお気に入り!」
(ぶ、ブサ……!)
そこに映っていたのは、平たい顔に押しつぶされたような鼻。くしゃっとした表情のエキゾチックショートヘアで、なぜかオレンジ色のフルーツ帽子まで被せられている。
「可愛い〜〜!」
女子二人が一斉に声を上げる中、真雄は言葉を失った。
「あ、あの……ちなみに、似てるって、どの辺が……?」
恐る恐る尋ねると、清夏はにこっと無邪気に笑う。
「んー、顔かな」
……完全に、とどめだった。
猫と言われた時点で、真雄の中では「確実に可愛い猫」が完成していた。その予想を軽々と裏切られ、内心で深くショックを受ける。
「それ、見たことない」
不意に、頭上から声が落ちてきた。
聞いたことのない声――だが、なぜかどこかで耳にした覚えがある。反射的に、真雄は背筋を伸ばした。
「あれー?珍しいね!」
「今日、早く終わったので」
「高瀬くん。初めましてだよね?」
「彼は葉山 一希くん。同じ大学1年生だね」
「どうも」
清夏にそう紹介され、葉山は軽く頭を下げた。
真雄よりも頭ひとつ、いやそれ以上に背の高い彼は、自然と見下ろす形になる。
一方の真雄は、思いきり見上げることになった。
「……で」
思わず漏れたその一言の続きを、真雄は心の中で叫ぶ。
(デカっ!!??)
その瞬間、真雄の中で――悩んでいたすべてがどうでもよくなった。
本当は5話に投稿する予定が長くなってしまったため、二部作?みたいになりました。




