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1杯目☕ただの大学生、バイト探してただけなんですけど!?

誠堂と書いて「まことどう」です。

友人と脳死で考えていたキャラをようやく形にすることが出来ました。あくまでフィクションです。

黒と白を基調とした店内には、所々に観葉植物が配置されており、ほのかに漂う珈琲の香りが空気を柔らかく包んでいた。どこかで耳にしたことのある洋楽が静かに流れる中、目の前の女性と向き合っていた。


「えっと、うちはこんな感じだけど、大丈夫?」


その言葉の裏にある意図は、もう聞き慣れたものだった。


(・・・これは、遠まわしの不採用(ごめんなさい)だ)


何度目かの不採用にも、心が揺れることはもうなかった。長い黒髪を一つに束ね、眼鏡をかけた女性から履歴書を受けとると真雄(まお)は席を立った。


自分と入れ替わるようにして店内に入っていった2人組の女性。思わず目で追ってしまったのは、彼女たちが向かった先にいたハーフアップにパーマのかかったシルバーの髪の男性。店員らしき彼と、楽しげに会話を交わしていたからだ。


(・・・ああ、自分には無理だな)


そう思うことにどこか納得してしまっていた。履歴書を返された手のぬくもりがまだ残っている気がして、少しだけ指先を握りしめる。


地元兵庫から大学進学のために上京して早1ヶ月。アルバイトの一つも決まらないままだった。入学前にすでにバイトが決まっていた話や、3日で辞めたという話を聞くたびに焦りだけが募っていく。


真雄には、どうしても早くアルバイトを見つけなければならない理由があった。


「えっ、4月から東京なの!?」


あれは、2か月前のことだった。


腰近くまでふんわりと揺れる柔らかなウェーブの髪。その髪には、ラベンダー色の小さな花の髪飾りがまるで風に舞うように所々に散りばめられている。童顔に大きな瞳。その愛らしい顔立ちにぴったりな白のフリルブラウス。胸元には同じラベンダーのリボンが添えられ、裾にはパールが煌めくチュールスカート。そして足元には白の厚底ブーツ。リボンまでラベンダーで統一されていた。首元には繊細なレースのチョーカー。まるでおとぎ話から抜け出してきたような装いの彼女が、ぱぁっと笑って話してくれる。


(か、かわいいいいいィィィィ)


真雄は思わず叫びたくなる気持ちを何とか飲み込んで、どうにか返事を繋いだ。


「そ、そうなんだ。だから、桃姉にいつでも会いに行くね」


「嬉しい!でも、無理しないでね」


「うっ、ううんんん!」


周囲では人々の話し声が飛び交っていたはずなのに、不思議と真雄の耳には彼女の声しか届いてこなかった。

佐倉桃音(さくら ももね)-----彼女は今人気急上昇中の地下アイドルFl@wer(フラワー)の一員であり、真雄の幼なじみでもあった。


(本当は、「桃姉を追いかけて上京しました」なんて言ったら、引かれるだろうな・・・)


高校3年の時、地元の大学に進学予定だった真雄。しかし、3歳年上の桃音が東京にいると母親に聞くや否や、進路を一転させ、東京の大学に進学することを決めた。さらに、桃音が地下アイドルとして活動していると知り、今ではすっかり“推し活”に勤しんでいる。


「まーくんは、大学生になったらバイト始めるの?」


「あ、うん。そのつもり。まだ決めてないんだけど・・・」


「えー!いいな!私ね!カフェで働くの憧れていたんだ!だって」


(・・・カフェか。俺にはあんなキラキラした場所向いてな)


「それにね!カフェで働く人って、大人っぽくて“かっこいい”よね!」


係の人に剝がされる感覚はあったが、真雄の思考は全て桃音の一言に支配されていた。


「カフェで働けば、桃姉にかっこいいと思ってもらえる」


「桃姉が憧れた場所で働けば」


そんな言葉が、頭の中でこだましていた。


(俺、カフェで働く)


不純ともいえる動機を胸に秘めながらも、アルバイトは一向に決まらなかった。まずは見た目から変えようと、眼鏡からコンタクトに。髪型も大学生らしく変えた。それでもどこかしっくりこない。手にした履歴書に視線を落としながら、再び胸の内に呟く。


(やっぱり、名前負けしてるよな)


高瀬真雄(たかせ まお)】という名は父親がつけた名だ。「真の漢になれ」と名付けられたその名前とは裏腹に、真雄の体は小さく背も低かった。名前と現実のギャップは、成長するにつれて真雄の中に小さな棘のように残っていく。低身長は、彼の抱えるコンプレックスの一つだった。


せめても、という父親なりの考えだったのかもしれない。幼い頃から、空手、剣道、柔道、合気道とありとあらゆる武道を叩きこまれた。父親の口癖は「男は武道だ」だったが、どれも真雄には続かなかった。唯一、続いたのは合気道だった。続いたというより、父親が直々に指導する合気道だけは逃げ場がなかったため、仕方なく続けていた。


しかし、それも中学までの話。高校に上がる頃には、稽古からも遠ざかり、特技と呼べるにはあまりにも時間が経ち過ぎていた。面接のためにやってきた街で、急ぐ予定もなかった真雄は、駅前の大きな交差点で信号が変わるのを待ちながら、ぼんやりと人波を眺めていた。どこかで誰かの声が聞こえた。そう思ったとき、すでに答えは出ていた。


「どけ!!!」


怒声とともに、何かが視界に飛び込んできた。一直線にこちらに向かって走ってくる男。その手には無造作に掴まれたショルダーバッグ。口が開いており、中には財布らしきものが覗いていた。ひったくりだと気づいたのは、ほんの数秒後だった。


そして、目に入ったのは光る金属-------ナイフのような刃だった。


(し、死ぬ!!??)


恐怖に駆られた真雄は思わず目を閉じた。

    

-------「騎士(ナイト)みたいだね」


その瞬間、遠い記憶が蘇った。それは幼い頃の記憶。元々筋肉が付きにくい体質だった真雄は、柔道の試合のたびに何度も投げ飛ばされ、そのたびに泣いてしまっていた。負けて悔しいのか、投げ飛ばされての痛みなのか。口惜しさと痛みが交錯してただ涙がこぼれていたのか、自分でもはっきりとは思い出せない。


道場の片隅で肩を震わせている彼に、1人の少女が近づいてきた。同じく父親に連れられて見学に来ていた----桃音だった。これまで、何度かすれ違う程度で名前は知っていたが、顔見知りに過ぎなかった。だが、その日は違った。


「柔道のことはよく分からないけど、合気道やってるまーくんはなんか違うっていうか」


「違う・・・?」


桃音の言葉に真雄は驚いて問い返した。合気道の稽古姿を数えるほどしか見たことがない、間柄のはずなのに。


「小さい体でも相手の人倒したりできるんでしょ!」


「まるで悪い人から守ってくれる騎士みたい!」


その言葉と、無邪気に輝く瞳に、真雄の胸は一瞬で熱くなった。これが、初めて心を奪われるということなのだろうか。優しさと憧れを同時に感じさせられる彼女の笑顔を、幼い真雄はいつまでも忘れられなかった。


---------そうだ、俺は。


「じゃ、じゃあ俺!大きくなったら-------!」


あの日、幼い自分が叫んだ言葉が、胸の奥から蘇る。


俺は、桃姉を------


(桃姉を守る騎士になるって、決めただろう!!)


考えるより先に体が動いた。


ナイフを振りかざす男の手を、すっと払うようにかわす。崩れた体勢を逃がさず、その勢いを借りて肩口に手をかける。力任せではなく、呼吸を合わせるようにして重心を崩し、柔らかくも確かな投げで地面に倒す。


自分でも驚くほど自然に、無意識に身体が動いていた。


「う、うぐっ・・・!」


ドサッと鈍い音がした。男は地面に沈み、しばらく動かない。倒れた男のうめき声が、ようやく周囲の騒然とした空気に引火するように、人々のどよめきを引き起こした。


「大丈夫ですか!?」「だ、誰か警察!」


周囲が騒然とする中、真雄は呆然と地面にうつ伏せになった男を見下ろしていた。


(・・・俺が、やったのか)


緊張していたのか力が抜けた真雄はその場に座り込んでしまった。身体が勝手に動いたことに驚いたのか、現実が追いついていないのか自分でもわからなった。


「凄いな!君!」


背後から低く落ち着いた声が響いた。どこか重みがあり、けれど威圧感というよりも安心感のある響きだった。


振り返ると、ひときわ背の高い男が立っていた。がっしりとした体格に、日焼けした肌。威圧感のある立ち姿にもかかわらず、その顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。


「小さな体で倒すなんて!今のは合気道か!」


「え・・・あっ。は、はい」


「そっか!そっか!えっと・・・高瀬真雄くん」


「な、なんで、俺の名前・・・」


目の前の男は目線を合わせるように座り込むと、にっこりと笑いながら、手にしていた履歴書を顔の高さまで持ち上げた。


「君。俺の店で働いてみないか!」


「・・・は?」


これが俺と遠久村(おくむら)さんとの出会いだった。


数えきれないほどの「不採用」を突きつけられてきた俺にとって、それは初めての「採用」という言葉だった。正直、変な人だと思った。けれど------だからこそ、かもしれない。


この人のもとで働いてみたいと。そう、直感が告げていた。


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