お礼は大事
2人でボートを借り、朱莉は上機嫌に漕ぎ出す。
そんな朱莉を優しく見守っていた宗介と朱莉を乗せたボートは、湖の真ん中付近までやってきた。
そこでふと気がついたのだが……
「何だか周りはカップルだらけですね」
「そりゃ、ボートデートなんて定番だからね」
周りでは優雅にボートを漕ぎながら景色を楽しむカップルや、漕ぐ手を止め、2人だけの世界に入り浸っている者など様々な様子である。
「でも、私達はそう見えないでしょうから一安心ですね」
「え、何で?」
心の底から疑問符を浮かべた宗介の様子に、朱莉は本当に面白い物をみているような笑い声を上げた。
「何でって、宗介さんみたいな都会の洗練された人と、田舎娘の私じゃ釣り合わないからですよ」
「そんな事は無いと思うけど……ほら!
朱莉はあそこの2人を見てどう思う?」
宗介が指定した先では、40代ぐらいの男性と、20代後半くらいの女性が仲睦まじげにしていた。
「どう思うって……すごく仲が良さそうですよね。
夫婦なのか、恋人同士なのかは分かりませんけど、ずっと話も弾んでるみたいで素敵です」
「歳が離れてるから似合わないとかは?」
「全然思わないです。
素敵なお二人ですよね」
「それなら、こうして話が弾んでいる僕達だって、周りから恋人同士と見えてもおかしくないんじゃない?」
「あ……そ、それは……」
朱莉は自分と宗介が不釣り合いだからカップルには見えないだろうと語った。
だが、先ほど自分が発言した言葉を肯定する事は、歳の差素敵カップルを否定することに他ならないためであった。
「ははは、意地悪言い過ぎちゃったかな。
ごめんね……でも……」
そう言って宗介は手を止めた朱莉に少しだけ近づく。
「僕は朱莉が隣に並んでいて劣っているなんて全く考えてないよ。
だから、もっと自信を持って」
「そ、そうですかね……」
曖昧な言葉で答える朱莉。
どうしても自分が宗介の隣にいて見劣りしないなどというのは、お世辞にしか聞こえなかった為であった。
「やっぱり今日会ったばかりの僕の言葉は信じられないかな。
まぁ、これから信頼して貰えば良いか」
「え?何か言いましたか?」
「いいや、何も言ってないよ」
宗介の後半部分はボソッと呟いただけだったので聞こえていなかったらしい。
暫くボート遊びを堪能した2人は岸へと上がる。
「ボート漕いでくれてありがとう」
「い、いえ!
私が漕ぎたいって言い出したんですから」
「それでも僕が楽をして景色を楽しめたのは事実だから。
お礼に今からランチでもいかがかな……って言っても、既にお店は2人で予約しているから来てくれないと困るんだけどね」
「……もう、それじゃ断れないじゃないですか!」
朱莉そう言いつつも嬉しそうにしていた。
もし、これが圭太であればお礼など絶対に言わないであろう。
些細な事で礼など必要ない距離感と言えば聞こえは良いのだが、朱莉にとって、何をしても感謝してお礼を言ってくれる宗介の存在は新鮮に感じていたのであった。