急速冷却
「うう……まさか宗介さんと同じ部屋に泊まる事になるなんて」
「そんなに唸るほど嫌?
お互いの家は行き来してるわけだし、今更だと思うけど」
「それはそうなんですけど……やっぱり一晩過ごすって言うと違うというか……」
「最初に出会った日も一晩過ごしてるんだけどね」
「そういえばそうでしたね……って、そういう事じゃありません!」
「まぁまぁ、ほら、外を見てみなよ」
宗介に宥められた朱莉は言われるままに窓の外に目を向けた。
外ではまだ明かりのついた園内が輝いて見え、足元には今から帰るのであろう人々の姿が見える。
「うわぁ……すごい!」
「朱莉にこの光景を見て欲しかったんだ。
気に入ってくれたみたいで良かった」
「こんなの見せられたら気にい……」
言いかけて朱莉の動きが止まる。
ポケットに入れていたスマホがブルブルと鳴り始めたからであった。
何となく相手が分かっていた宗介は、右手でどうぞというジェスチャーを取った。
ポケットからスマホを取り出すと、予想通りに圭太という文字がディスプレイに表示されていた。
空気を読んだ宗介はそっと部屋の入り口の方へと移動していく。
「もしもし……圭太くん?」
「もしもし!
そっち側におじさんとおばさんが行ってるんだって?」
「え、ええ……今も一緒にいるよ」
何の用か聞く前から圭太は朱莉に疑問をぶつけててきた。
そんな圭太に戸惑いながらも返事をする朱莉。
「ちぇ〜そういう事なら事前に教えといてくれよ」
「ごめんね、急に決まった事だったから」
「今年は朱莉がいないからおじさんとおばさんの相手をしようと思ったらいないからビックリしたよ」
(圭太くん、お父さんとお母さんの心配をしてくれていたんだ)
圭太の言葉に心に温かなものを感じた朱莉……だが、次の瞬間にその思いは打ち砕かれてしまう。
「朱莉が連絡くれなかったから台無しじゃん。
こうなるって分かってたらちゃんと予定入れてたのに」
「え、あ、うん、ごめ……」
圭太の言葉に一瞬頭が真っ白になる。
このようなやり取りは田舎にいた頃はザラにあった……そのぐらい気を許せる相手同士の軽口の筈だった。
だが、朱莉の心の中に確かに芽生えてしまったのだ……宗介ならこんな事は言わないのにという想いが。
「全く……朱莉は本当に俺がいないとダメだな!」
その一言は決定打となってしまった。
朱莉の中で築き上げていた何かが確かに崩れ落ちる音が聞こえ、ずっと感情が冷めていくのを感じたのである。
……それでも、それでも、長い時間を過ごしてきた圭太の為に朱莉はある質問をした。
彼にとってはほぼ敗北が決まっていた戦いで、僅かながら逆転できる可能性があった質問を。
「圭太くん……私達の関係って何なのかな?」
「え、何って、俺達は昔からの幼馴染だろ?」
何を今更当たり前のことを聞くのだ?
圭太の言葉にはそのような感情が込められており、その先に続く言葉が紡がれる事は無かった。
「そう……両親のことはごめんね。
それじゃ……バイバイ」
心から冷め切っていくのを感じながら朱莉は電話を切った。
切る瞬間に圭太が何か喋っているのが聞こえたが、今の朱莉の耳には全く届かなかったのである。




